少年と少女の痴話喧嘩
先ほどの男はバートン車を御者に走らせ、ボロボロの教会に到着していた。
男はバートン車から出て、教会の入り口前に移動していた。
「おい、マザー! 儂だ! さっさと扉を開けないか!」
マザーさんは、教会の入り口を小さく開け、覗き込む。
「これは、これは…。神父様ではありませんか…。なにしにここにいらしたのですか? あなたは領主邸の近くにある綺麗な教会があるではありませんか。こんな所に用はないはずですが…いったいどういったご用件でしょう」
「マザー、きさまの力が必要になった。儂らに力を貸せ。礼は弾むぞ」
「いえ、結構です。それに我々は聖母マリア様に祈っている途中ですから邪魔しないでください。神父様は綺麗な教会で邪神にでも祈っていればよいのです」
「マザー、何を言っている。儂の信仰するドリミア教は万物を授けし、最高神ドリミア様をお祀りする最高権力ぞ。きさまの信仰する腑抜け神マリアとは格が違うのだ。ゆえに、きさまには拒否権が無い」
「マリア様に失礼な発言は止めていただきたい。無能な私には何もできません。ですから神父様の命令にはしたがえません」
「ふざけるな、儂の命令を拒否できる者はこの街におらん! さっさと教会から出てこい! さもなくばここの教会ごときさまらを押しつぶしてやってもいいんだぞ!」
男が右手を握りしめると、教会がきしみだす。
「私の方こそ神父様の未来を見てもいいのですよ…。どのように死ぬのか…教えて差し上げましょうか?」
「は! バカな戯言を言いよって。儂の死に方などすべての民が見届ける中、華々しい最後に決まっているだろうが! さあ早く教会から出てこい! きさまは我々、ドリミア教会が支配する!」
男は更に右手を握りしめると教会が揺れ動く。その為、教会の壁が少し崩れかかっている。
「分かりました…内容だけ聞きましょう。それで判断します」
「ダメだ。儂はドリミア教会でのみ発言を許されている。王都の神官様によってな」
「神官…そうですか。なら私に拒否権など無いのですね…」
「先ほどから言っておったであろうが、なに同じ話を繰り返しておる」
「では神父様はなぜこのような所に来たのですか? 私には理解しかねます。ただの人である私が神の使いなど、できかねますよ」
「きさまには神の使いになってもらいたいわけではないわ。それはもう別の者が担っている。きさまは導き手として選ばれた。この世界の導き手としてな、その力を我々の為だけに使ってもらうぞ!」
「すでに担っている…、いったい何を考えているのですか…。そんな厄災を勝手に…」
「マザー、あまり深く考えない方が身のためだぞ…」
「それならば、なおさら私はあなた方に協力するわけにはいきません」
「ふざけるな、儂とてきさまに頼みたくて来ているのではない。神官様、直々の命令だ。きさまにも分かるだろ。もし逆らえばどうなるか…。きさまのスキルを使えばなおさらな…」
「っつ…………。分かりました…、ですが、少し待っていてください。子供たちに話してきます」
「時間は無い、数分で終わらせろ」
「分かりました…」
――マザーさん。いったい何の話をしているんだろう…。私には何一つ分からないよ。厄災、導き手、神の使い…。頭がこんがらがる…。今は子供たちの方に集中した方がいいかも。それに、大分酔ってきた。まだ慣れないな、視覚共有は…。
「ベスパ…視覚共有を切ってくれる…。もう、気持ち悪くって…」
「了解です」
私は静かに目を開ける。すでにレクーは停止しており、建物の少ない街の外れに来ていた。
すぐ隣に街で使われた汚水が流れており、地下水路へつづいている。
「キララ様、ここです。この穴の先に残りの子供たちがいるはずです」
ベスパが飛んでいる箇所には半円型の小さな入り口があった。
「ここか…入口が大分小さいね…。まぁ、水路の入り口だからか…。あの盗人ちゃんはここに住んでるの?」
「はい、この中に住んでいるようです」
「こんな所に住んでるの…。はぁ…凄いな。それより…なんかもめてる声がしない?」
「そうですね…私にも聞こえますが…、あ! あそこじゃないですか!」
ベスパが飛んで行く方向を見ると、そこには少年と少女がいた。
私は少しだけ近づき、茂みに隠れる…。
「何で邪魔するんだよ! お前には関係ないだろ! 俺ならやれる! 必ず稼いで戻って来るから!」
「この分からず屋! スキルも貰ってない。体も細い、力もない、体力もない、武器だってボロボロのナイフしかないのにどうやって冒険者になるって言うの! そんな状態でなったとしてもゴブリンに直ぐやられちゃうよ!」
「ふざけるな。俺はゴブリンより強い。確実にな」
「私に押さえつけられている時点でダメでしょ! もっと現実的な考えを持って…っつ!」
うわ乗りになっていた少女を押し返し、逆に上乗り返した少年が叫ぶ。
「このままじゃダメだから、何か変えないと行けないんだよ! 俺がいなくても、セチアがいれば子供たちを何とか食べさせて行けてるじゃないか。俺は何の役にも立ってない。何か役に立てるとすれば、冒険者になって金を稼ぐくらいしかないんだよ…」
「ラルフ…、バカ、バカバカバカ!! 1人よりも2人っていつも言ってたじゃん! 何で今になって1人で行こうとするの!! 私を置いてかないでよ!!」
「い…いや…だからお前は子供たちを食べさせて行けてるんだから…、皆の役にたててるだろ…」
「役に立ててるとかそう言うの関係ないから! 私はラルフに褒めてほしいから頑張ってやってるだけ! 子供たちを助けてるのはラルフが助けたいって言っているから私も助けたくなったの!!」
「そ…そんなこと言われたって…。俺、なんにもできないのが悔しくて…」
「ラルフは私の役にたってるんだからそれでいいんだよ…。私の傍にいてくれるだけでいいの…」
「嫌だ…」
「え…」
「俺はセチアに守られたくない…」
「ラルフ…」
「僕がセチアを守りたいんだ…」
「………」
――何しているのかな…あそこで。いちゃつくカップルか何かですかぁ…。
「キララ様…顔が怖いですよ…。えっと…年齢は9歳ほどでしょうか…。実際に見ると大分細いですね…」
――そうだね…。どうしよう、出ていくタイミング逃しちゃったな…。このまま終わりまで見続けた方がいいのかな…。でも…この後、どうなるのかなぁ…。見てたい自分がいる…。はぁはぁ…。
「キララ様…今度は顔が気持ち悪いです…。そもそも…これはいい雰囲気という状況なのでしょうか? それならば壊さない方が得策なのでは…」
――まぁ…いい雰囲気と言えばそうだけど。このまま行ったら、あの少年が冒険者ギルドに行ってしまいそうで…。でもでも…それを止める女の子…燃える展開なのでは!
「冒険者ですか…、あの体では難しそうですけどね。キララ様なら余裕だと思われますが…」
――私の体がごついとかそういう訳じゃないよね…。唯々、能力的に冒険者が向いてるって言いだけだよね?
「そのつもりですが…。何か間違った発言をしましたか?」
――いや、別にいいんだけどさ…。…ん? ベスパ直行!!
「了解です!!」
「どうしても行くって言うのなら…私を倒してから行って」
少女はボロボロのナイフを持って、少年の前に立ちはだかる。
「いいんだな…セチア…。怪我しても知らないぞ」
「それは私が言いたいね。ラルフ…怪我したら、冒険者に成れないよね…」
両者は少し離れた位置で錆びたナイフを構えている。
そして切りかかった。
『ファイア!』
「!!」
「!!」
切りかかった2人の目の前にベスパが割り入る。
私の放った『ファイア』がベスパに当たった瞬間、小さく爆ぜた。
「うわ!」
「きゃあ!」
2人は爆風驚き体勢を後ろにそらす、踏み込む力すらない2人は濡れた地面に尻もちをついた。