兄妹への提案
「あ、あの! 私はあなた達を処分しようだなんて思ってないよ。逆に助けたいの、少しでもいいから話を聞いて。聞いてくれるならこの袋いっぱいあげるから!」
私は小袋の入った袋を少年に見せて食欲を誘う。
「食べ物で釣ろうってか…卑怯だぞ…」
「君もお腹空いているんでしょ。そんなに動いたら倒れちゃう、その前に栄養補給しないと」
「食べ物ならさっき食べた…。その袋に入った物をな。これで僕はまた2日は何も食べなくて大丈夫だ…」
少年は足を少し開きながら眉間に皴を寄せて、私を睨む。ただ、頭が少し揺れている。立っているのがやっとなのだろう。
「いやいや、子袋の中身だけで2日も生活できるわけないでしょ。そんなに私が敵に見えるの?」
「この街にいる人は皆敵だ…。テリアだけが僕の身方…。僕はテリアを守れるのなら、死んでもいい」
――いや…、愛がちょっと重いよ。
「それなら大丈夫、私はこの街の人じゃないから。もっと遠くの村で住んでいるの。それにこの子を守りたいんでしょ。だったらなおさら私の話を聞くべきだと思うよ。これからの人生を考えるならね。私はあなた達が『街の生活よりも幸せだ』と思える毎日を約束する」
私は少年が食いつきそうな話題を並べ、話し合いに持って行こうとする。
だが…そう簡単に私の聞いてくれる子供ではなかった。
「それが本当だとして…。いったい何が目的だ…、目的もなく行動するなんて在り得ない。僕たちを利用するだけ利用して、捨てるんだろ!」
――そんなこと絶対にしないのに…。でも確かに使うだけ使ってポイっと捨てられるという考えも出来なくはないか。
「えっとね…私達には人手が必要なの。大人を雇ってもいいんだけど、どうせなら働けない子供たちを働かせてあげた方が有意義だと思ったの。そうすれば私たちも助かるし、子供たちも助けられる。どちらにもいい影響しかないんだよ」
「働かせる…、僕たちが働けるの…」
「うん、君たちでも十分働けるよ。だから私の話を聞いてほしい」
少年に向って真剣な口調で話しかけ、何とか心を揺さぶらせる。
私の方へ向けていたナイフをしだいにおろしていく。
そのまま、少年は私のもとへ歩み寄ってきた。
――まだ油断できないよね…。ナイフをいきなり突き刺してくるかもしれないし…。ベスパ…いつでも飛び出せる準備をしておいて。
「了解です、少年がキララ様に攻撃した瞬間取り押さえます」
少年はゆっくりと歩みを寄せてくる、一歩一歩着実に私に近づいていた。
靴裏が濡れた地面につくたび、泥はねが舞う。
少年は私の手の届く位置にまで移動していた。
――ど…どうなるの…。
「あの…さっきは石を投げて済みませんでした。僕の名前はガンマ・サリンズと言います。こっちの天使が僕の妹、テリア・サリンズと言います。あなたは?」
――どうやら大丈夫だった見たい…。と言うか…妹を天使って…。確かに可愛いけど…。
「私の名前はキララ・マンダリニア。立ち話も何だから、ちょっと座ろう」
「はい…椅子ならこっちにあります」
私は少年に付いて行き、廃墟の隙間を通る。
――うわ…いつ壊れてもおかしくないな…。ベスパ、万が一落ちてきたらビーたちで受け止められる? 結構重そうだけど。
「そうですね…。ビーたちをもっと集めれば可能です。そうなるとキララ様の方が心配になるのですが…」
――とりあえず、受け止められるんだね。それなら私の方は気にせず受け止めて、出来るだけ見ないようにするから。
「了解しました、収集範囲をさらに拡大してビーを集めます」
――よろしく。
「ここです。どうぞ座ってください」
「ありがとう」
廃墟の中にあった、ボロボロの椅子に私は腰かける。
立て掛けが悪く体が揺れるが座れるので問題はない。
「それじゃあ、私からガンマ君達に提案するね」
「はい…」
「私の村で一緒に働いてほしい。仕事内容はおもに動物たちの世話、その他諸々あるけど得意な仕事をしてもらおうと思ってる。1日2食付き、寝床完備、給料支給。この待遇で君たちを雇おうと思うんだけど…どうかな?」
2人は口を開けテリアちゃんはよく分かっていないようだけど、ガンマ君の方は理解が追い付いていないような顔をしている。
「あの…ご飯が付いて、さらに寝るところまで付いているにも拘らず…さらにお金まで貰えてしまうんですか…」
「うん、そのつもりだよ。もちろん強制はしないけど…君たちをこのまま廃墟で寝泊まりさせたくはない。こんないつ壊れてもおかしくない所にいるよりは『街を出て私たちの村で働いてみない?』というお誘い。仕事が嫌になったら街に戻ってきてもらってもいいし、もっと大きくなって街で仕事したいと思うんだったら、いつ辞めてもらってもいい。特に縛りは無いから、好きな様にできると思うよ」
「…しょ、証拠は…そんな条件がある訳ない…。それを証明する証拠は有るんですか」
「証拠…。証拠はないけど…、作っている商品ならあるよ。2人にも飲ませてあげようか?」
――ベスパ、牛乳瓶2本を持って来て。
「了解です」
私が両手を広げていると、上空から牛乳瓶が落ちてくる。
掌にきた瞬間につかみ、そのまま2人に手渡した。
「これが私達の作っている『牛乳』と言う飲み物。モークルと言う動物から取れるミルクで、栄養がとても豊富な凄い飲み物なんだよ。私たちと働けば牛乳が毎日飲めます。ささ、ググっと」
「これが…売り物…さっき水が入っていた容器と同じだけど…。あ、テリア待って、まず僕が毒味をするから」
――いや…毒なんていれてないってば…。
ガンマ君は牛乳瓶の蓋を取り、においを嗅ぐ、異臭はしないため嫌な顔はしない。
少量を口にして舌の感覚を研ぎ澄まし、毒かどうかを判断しているようだ。
すこしの間が空き…ガンマ君はいきなり、一気に飲みはじめた。
瓶の中身が勢いよくガンマ君の口に流れていく。
「ぷはぁ~! お…おいしい…。こんな美味しい飲み物があるなんて…」
「ほんとに! お兄ちゃん、私も飲みたい!」
「分かった、いま開けてあげるから」
ガンマ君はテリアちゃんの持っている牛乳瓶の蓋を外すと、こぼさないよう慎重にテリアちゃんに手渡す。
テリアちゃんは手に持った牛乳瓶の飲み口を自身の口元へ運び、傾ける。
テリアちゃんの顔が晴れ上がり、目が輝く。
そこから止まらずに牛乳を喉へ流し込む。
全てを飲み干したあと、牛乳瓶を口元から離す。
テリアちゃんの鼻下に可愛らしい白髭が誕生した。
「お…おいひ~」
偉く感動してくれたようで、何とも幸せそうな表情だ。
「お兄ちゃん。行こうよ、こんな所にいても意味ないって」
「ああ…そうだけど…。僕達だけ行くなんて…まだ皆がいるじゃないか」
「それもそうか…」
2人は下を向き、考え込む。
「あ~、その点は心配しなくて大丈夫。その子達も私は大歓迎だからさ、来たいという子がいるなら誰でも呼んできていいよ」
「ほんとに…そんな誘拐まがいなことをしてもいいんですか…」
「問題ないみたいだよ。ギルドマスターに聞いてきたら『見つからなければ問題ないだろう』と言ってたから。それに、見つからないようにする作戦も考えてあるから心配しないで」
「そ…それなら、村に行こうと思います…。それと皆にも伝えてきていいですか」
「もちろんいいよ。できるだけ遅くならないようにしてね。えっと…私は今からちょっと用事があるから、離れないといけないんだけど…。終わったらまたここに戻って来るよ。もし皆集まったら、あそこにいる可愛いマスクを付けたモークルが引っ張っている荷台に乗っててもいいからね」
「はい、分かりました!」
ガンマ君が走り出そうとしたその時…。
廃墟の壁がきしみ出し、いきなり揺れ始めた。
柱が折れかけており、今にも倒壊してしまいそうだ。
「ベスパ! お願い!」
私は2人に覆いかぶさりながら机の下にもぐる。
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