ビーの子
その日の夜、お父さんはとんでもないものを持ち帰ってきた。
「お……、お父さん……。そ、それは……」
私はビビりすぎて腰を抜かし、お父さんが持つ巨大な茶色の塊を振るえる手で指さす。
「ん? これは今日森の中で仕事仲間が見つけてな。駆除した時、貰ったビーの巣だ」
お父さんはあっけらかんと言う。
「お父さん、どうしてそんな危ない物を持って帰ってきたの!」
――いや……、デカすぎる。私が持ったオオスズメバチの巣より大きい。子供の私じゃ持てないかも。
「え? いや、これすごく珍しいものなんだぞ。大抵は駆除するとき、一緒に燃えてしまうからな。これだけ燃えずに残ってるのは奇跡に近いんだ。もしかしたら、高く売れるかもしれない。そう思って、持ってきたんだが……」
お父さんはビーの巣を私の前に置き、見せてきた。
ビーの巣の一部から見えるのは残ったビーの子が蠢いている姿だった。
私は吐き気を催し、口を手で押さえる。ギリギリのところで押しとどめたが、いつ吐いてもおかしくない。
ただ、私はある記憶を思いだした。
――蜂の子って食べられるよな。しかも栄養満点……。そうだ! 蜂の子が食べられるんだ。だったら、ビーの子も食べられるかも……。
一年間、私は体を大きくするために必要なバランスが良い食事がとれなかった。フロックさんに『食え』と言われたのに不甲斐ない……。
一年前に魚を食べていらい、体に良い食べ物をとることが出来なかった。
私の前世の記憶。
人生最後の仕事をした時、蜂駆除業者の方から蜂の子の佃煮をもらって食べた記憶がある。
――素材そのまま……。濃い味付け無しで幼虫を食べるのは初めてだけど、これを逃したら栄養がいつ取れるかわからない。
私は背に腹は代えられない思いで、覚悟を決めた。
「お父さん……、食べよう……」
「食べるって何を……? もしかしてこの巣を食べるのか? 木製だから美味しくないぞ」
「違うよ……、蜂……いや、ビーの子供を……」
私は指先をビーの子に向ける。
「ビーの子供って……、この白いうねうねしたやつか。こんなもの食べられるのか? まあ、冒険者の時に甲虫の幼虫を食ったことがあるが土の味しかしなかったぞ」
「だ、大丈夫……。神父様に教えてもらったから……」
――嘘である。神父様という、いかにも賢そうな人を取り上げたほうが信憑性を持たせられるのだ。聡明な人が食べられると言っていたら、バカな人間は疑わずに信じてしまう。
「神父様が言うなら間違いないか……。よし、食べてみよう。母さん料理してくれ」
「そうは言っても、ビーの子供を料理した覚えないし……」
お母さんは頬に手を置き、困っていた。
「神父様が言うには生でも食べられるし、火でさっと炒めたり、スープに入れてもいいらしいよ」
「あら、そうなの? じゃあスープの具にしちゃおうかしら」
お父さんが剣で巨大な巣を割ると、無数のビーの子が現れた。
生きたビーは一体もおらず、私は安堵する。
ビーの子は六角形の中に一匹ずつ綺麗に敷き詰まっている。
集合体恐怖症を患ってしまいそうなほどの数…何匹いるのか数えられない。
「おろろろろろろ……」
私はビーの巣を割った状態を見て、容易く吐いてしまった。吐き出すものなど食べていないのに……。
「大丈夫かキララ! そんなに、怖かったのか……」
お父さんは私の肩を持ち、おろおろした表情で見つめてきた。
「だ、大丈夫、ビーの子の数にちょっと驚いただけだから……」
――何であの集合体を見て、平常心を保てるの。ライトとシャインだって、興味津々に見つめてるし……。この世界の人達、頭のネジが外れてるよ。恐怖心なさすぎるでしょ。
お母さんはビーの子を二○匹程度抜き取り、具無スープに入れて少し煮詰める。
その後、ビーの子が入ったスープは木製の容器に移され、テーブルの上に並んだ。
見た目はとんでもなく、グロテスクである。
白い芋虫が、ほぼ透明のスープに浮かんでいるのだ。マカロニにだったら喜んで食べるのに……。
――ど、どうしよう……。背中のゾクゾクが止まらない。もう、視界にすら入れたくもない……。
この料理が日本の一般の食卓に出ることは絶対に無い。こんな糞不味そうなスープが出てくるようになったら日本の食文化が破綻しているとしか言いようがない。
――うわ~、やばい、どうしよう。私から食べてみたいって言ったのに……、口にすらできないかも。
私は家族皆でお祈りをしている間、どうやってこの気持ち悪いスープを飲む、または飲まないようにするか考えていた。
お祈りが終わり、とうとうこの時が来たかと私は目を開ける。
目に飛び込んでくるのは、スープに浸かったビーの子……。
いやぁ……、久しぶりに幼虫を見た。毎回思うのは同じ。本当に君たちは何ともまぁ、見た目が悪い。
スプーンを持ちたいという気すら起きない。
「はわわーっ!」
「はわわーっ!」
――ん? 二人とも…何でそんなに目を輝かせているの……。
私は視界を少しずらすと、木製のスプーンを持ち上げ、今か今かと待ちわびている者が二名いた。
「いただきまーす!」
元気よく叫んだのは双子だった。シャインは右手、ライトは左手でスプーンを持ち無邪気にスープへと齧り付く。
無味のスープを口の中にどんどんかきこんでいく。
――幼虫が、シャインとライトの口の中に……。もぐもぐって咀嚼されている……。うぅ……、想像しただけで吐き気が。
「美味し~い! いつものより美味しいよ。このスープ!」
「美味し~い! いつものより美味しいよ。このスープ!」
シャインとライトは同時に叫ぶ。
私は信じられなかった。
双子から美味しいという言葉が出てくるなんて……。
私はもっと、土臭い! とか、苦い! など、そう言ったいかにも幼虫を食べた後の言葉が飛んでくると思っていた。でも『美味しい』か……。
双子を実験台にしたようで申し訳ないけど、私もスプーンを持ち、スープを掬って振るえる手で口に運ぶ。
「美味しい……」
美味しいなんて感情、この世界に来てからいつ味わっただろうか。
私の記憶の中から、一向に出てこない。
「あらほんと……、美味しいわね」
お母さんも案外美味しかったからか、口角が上がっていた。
「ああ、なんかいつもより元気になりそうだ」
お父さんはスープに幼虫が入っていようがお構いなしに口の中に掻きこむ。
家族の皆は、ビーの子に対して良い印象を持ったようだ。
その日から、ほぼ毎日ビーの子を使った料理は続いた。
はじめはあれほどグロテスクだったのが、日に日に慣れていき、何も感じなくなった……という訳ではない。やはり見た目は、いつまで経っても気持ち悪い。その印象は変わらない。
それに、ビーの巣を単体の状態で見ても気分は悪くなってしまう。
ただ、疑問はあった。いったいどこでビーの巣を取ってきているのかという疑問だ。
――お父さんはどうしてこんなにビーの巣を取ってこれるのだろう。あの日は『偶然燃えずに残ってた』と言ってたのに。ここの所、三日に一回はビーの巣を持ち帰ってきていた。運が良すぎるだけなのかな。
「ただいま! 今日も持ってきたぞ」
案の定、お父さんは今日も大きなビーの巣を持ってきた。
「お父さん、どうしてこんなに持って来れるようになったの?」
「ん? それはな、お父さんビーの子を食べたくて仕方がなくてな。いろいろ試してたんだよ」
「試してた……、いったい何を?」
「昔はビーの巣を見つけたら、たいまつの火で焼き払ってたんだ。今考えたら凄くもったいなかったなと思うよ」
「まあ、それが普通でしょ……」
「ビーの子が美味いとわかってから、巣の周りを飛び交うビーの数を少しずつ減らしてビーの巣を取ろうと思ったんだが、ビーの数を中々減らせなくてな。一匹一匹、たいまつの火で倒していたら、切りがない。何とかビーを巣から追い出したいと思って、いろいろ試してみたんだが上手く行かなかった。水や砂をかけてみたり、巣の周りを木で囲ったり、巣をいきなり壊したり。試行錯誤の結果、最も良い方法を見つけたんだ! それが、これを使った方法だ」
お父さんが見せてくれたのは何の変哲もない、ただの草だった。私からすれば雑草その物……。
「草? 何なのこれ」
「この草はウコンセリトカ草と言ってな、魔獣や虫、動物よけとして使われる草なんだ。近くの森によく生えている草で、これを火であぶると煙が大量に出る。この煙はビーたちを巣から追い出してくれると試行錯誤の結果、突き止めた。追い出したビーをたいまつの火で一気に燃やせば、ビーの巣は簡単に手に入ると言う訳だ。これで、毎日ビーの子が食べられるぞ!」
「やったー! ビーの子、大好き!」
双子は両手を上げてとても喜んでいる。
――私としては、毎回あの光景を見るのは精神に重い負荷がかかる。だから、採取はぜひとも遠慮したい。どうか……食べる専門で……。
「キララ、今日から頑張ってビーの子を取るわよ!」
「は、は~い……。お母さんの仰せの通りに……」
――結局、やらなきゃいけないのね。あぁ、私の精神は耐えられるのだろうか。
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