カッチカチの黒パン
「あ、オリーザさんお帰りなさい。…また誰かいますね…」
「あ…初めまして、レイニーと言います。よろしくお願いします」
――え…普通に挨拶できるんじゃん。乱暴な言葉遣いだと思ってたのに…。私舐められすぎてるの…。
「あら、礼儀正しい子じゃない。初めまして私の名前はコロネ・アコリエよろしく。そっちのお嬢さんにもまだ挨拶してなかったよね」
「あ、はい。初めまして私の名前はキララ・マンダリニアと言います。街から離れた村で牧場をやっています」
「へ~、小さいのに凄いわね。何歳なの?」
「今のところ10歳ですけど、あと2か月したら11歳になります」
「大事な時期だよね~、友達と遊んだりしないの? そういうお年頃でしょ」
「えっと…私の住んでいる村には同い年の子がいませんから。特に遊んだりはしません」
――子供と遊ぶのはちょっと…。中身があれだし…。
「あら、そうなの。私なんて15歳の成人になるまでどれだけ遊び惚けたか…。そりゃあもう毎日遊び三昧の日々だったんですよ。『ああ…このまま遊び続けていたいな~』と思いながら…早3年。18歳になったつい昨日…。友達とここのパンを食べた時、衝撃を受けたんです。それはもう凄い衝撃でした。『あ…私の一生ここでなら掛けていいかも』と思ったんですよ! それから…………」
――いつまで話が続くんだろう…。
「おい、コロネ。話が長いぞ、さっさと2人をこっちまで案内してこい」
「あ! すみません。つい話が長くなってしまう癖がありまして…。こちらです…」
コロネさんに連れられ、厨房の方へ進んでいく。
「ほら、一応全種類1つは残しておいたんだ。食べてけ」
「食べていいんですか…俺が…」
レイニーは私の方を見る。
「私はいらないから全部食べていいよ。それに弟妹達にも持って行きなよ」
「ほ…ほんとに…。ほんとにいいのか…」
「うん、私は自分でも買えるから。お腹が空く辛さは私だってよく知ってる。子供たちに少しでも美味しい物を食べて幸せになってほしい」
「あ…ありがとうございます…」
「確か…昨日売れ残った黒パンもあったな。それと冒険者用に売り出そうと思ってた長期保存用の黒パンもあったはず…。コロネ、2種類の黒パンを持って来てくれるか」
「昨日の黒パンとカッチカチの黒パンですね。了解しました!」
コロネさんは厨房から駆け足で出ていき、すぐ戻ってきた。
「これが昨日余った黒パンと…カッチカチの黒パンです」
コロネさんは結構大きな木箱を持ってきた。給食の時にパンが入っていた長方形型の箱そっくりだ。
黒パンの個数は合わせて30個ほどだろうか…。
「これも持って行きな、水で少しふやかしながら食べるんだ。そのまま食べたら歯が折れちまうからな」
「こんなにいっぱい…貰ってもいいんですか。いや…でも…」
「遠慮なんかせずに全部持って行けばいいんだよ。黒パンならそこまで高くない。日持ちもするし、腹にも溜まる。俺だって子供たちが腹減らしているのを見て見ぬふりは出来ればしたくない。俺のやれる範囲だが、少しは面倒見させてくれ」
オリーザさんは鼻の下を擦りながら少し照れている。
「オリーザさん…。あ、ありがとうございます…。俺…絶対に恩を返しますから…」
「そうだな、10倍返しで構わないぞ。いつまでも待っててやる、俺が死ぬまでだけどな」
「オリーザさんはまだ30半ばですよね。そんな簡単に死にませんよ。それに死んでもらったら困ります。オリーザさんの作ったパンが食べられなくなっちゃうじゃないですか」
「俺だってそんな簡単に死ぬつもりは全くない。何なら100歳までパンを作り続けてやる勢いだ。見てろよ、俺のパン屋が王都の大通りで長蛇の行列を作り、煌びやかに輝くところを! その時は嬢ちゃん、牛乳の配達よろしく頼むぜ。俺はどんだけ値上がりしても嬢ちゃんの牧場で取れた牛乳しか、使う気はねえからな」
「はは…、王都までどれだけ距離があると思ってるんですか。バートン車で3日以上かかりますよ。オリーザさんの為だけにそんな遠くまで行けません。あ…そうだ、確か…今日はギルドに行って試飲してもらおうと思ってたので何本か牛乳瓶を持って来てたんですよ。レイニーとコロネさんも牛乳を飲んでみますか?」
「え、良いんですか。凄く高級食材なんじゃ…」
「いえ…。そんなに高級じゃないですよ。何なら街に普及してもらいたいくらいです。ちょっと待っててくださいね。今持ってきます」
私はパン屋を飛び出し、荷台の端に置いてあった牛乳瓶用のクーラーボックスを持ち上げる。
持ってきた本数は12本。つまり1ダースだ。
「これくらいの重さなら何とか持てるな…」
私は少しよろめきながら、クーラーボックスを運ぶ。
――牛乳瓶はたった12本しかないのに、その重さで体がよろめくなんて…さすがに私…筋力なさすぎでは。1本200mlくらいだから…、全部で2.4L。いつもは普通に持てるはずなのに…。私の体…疲れてるのかな…。
それでも何とかパン屋さんまで戻れた。
「よっこいしょ…。ふ~、それじゃあ…配りますね」
コロネさん、レイニー、オリーザさん、と牛乳瓶を渡していく。
「これが牛乳…確かモークルの乳ですよね。それにこの入れ物、斬新ですね…」
コロネさんは牛乳瓶をひっくり返したり、振ってみたり…指先ではじいてみたりと、牛乳だけでなく容器の牛乳瓶にまで興味津々だ。
「ちょうど飲み切りやすい大きさに調整されてるんですよ。ささ、飲んでみてください。オリーザさんのおじさん舌だけじゃ信用できません。もしかしたら、街の人には合わないかもしれませんから」
「おい、嬢ちゃん。俺はまだおじさんって歳じゃねえぞ」
「十分おじさんだと思いますよ」
「オリーザさんはパンの修行に出た15歳の時から時間が止まってるみたいなんですよ。だからまだ自分は若いと思ってるんです。そろそろ加齢臭もしてきますよきっと」
「おいおい、勘弁してくれよ…」
――永遠の15歳か…。なんかアイドルの前ふり見たい。
「そ、それじゃあ…いただきます…」
3人は牛乳瓶のふたを開け、飲み口に唇を付ける。
一口飲んだら、牛乳瓶の口から唇を放すと私は思っていたのだが…、どうやら皆一口で飲み切ってしまったようだ…。
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