フレイズ家でも攻略できなかったら
「もう、三人とも、どこに行っていたの? 料理全部食べちゃったよ~」
ミーナは私たちがいない間に、残っていた料理を平らげてしまったらしい。ものすごい大食いだ。私とスージア、サキア嬢はすでに料理を得ているので問題ない。
余らせる方がもったいないし、ミーナに食べてもらえてよかった。
パーティーは私たちとフレイズ家の家族の団欒でお開き。別に催し物とかそういうのはなかった。一種の食事会みたいなもの。
食事を終えた私たちはそれぞれの部屋に戻るまえに、フェニル先生からの話が……。
「えぇー、皆、明日も元気に頑張ろう~っ」
フェニル先生は完全に酔っぱらい、未だに下着姿で飲んだくれていた。
そんな姿を見て、ニーバさんはうなだれ、イグニさんはあきれ、ディーネさんは激怒、ニクスさんは苦笑いを浮かべ、ルフスさんは軽く笑っていた。
メロアはもう顔も見たくないと言いたげな表情。
フェニル先生の言葉通り、明日も頑張るためにしっかりと睡眠をとらないとな。
私たちはドレスを着たまま部屋に戻った。そのあと、各自の部屋で服を着替え、着ていたドレスは持って帰ってもらってもいいという。なら、あの中から着ておけばよかった。ちょっと損した気分。
私は体操服に着替え、着ていたドレスを「クリーン」で綺麗にした後スチームドライヤーのような高温の水蒸気を当ててしわを伸ばす。乾燥させてから木製の箱に戻す。
勉強するために椅子に座った。
「ベスパ、ニクスさんとルフスさんの話を聞かせて……」
「了解です」
ベスパはニクスさんとルフスさんのもとにいるビーと私の視界をつなげた。
天井近くからの視点に代わった。広い部屋で、ルフスさんの自室だと思われる。ものすごい大量の本が保管されており、壁一面が本だらけ。いったい、どれだけ読書家なのかと思うほど。椅子に座り、大きな質の良い机を隔ててニクスさんが立っていた。
「ニクス、明日からダンジョンの攻略に掛かる。フレイズ家の問題だ、私たちで方をつける。ミリアとハイネはここに残していけ。二人もフレイズ家に近しいが、どこから情報が洩れるかわからない」
「わかりました。僕もできる限り力を貸します」
「よく言った。それでこそSランク冒険者だな」
ルフスさんは微笑みながらニクスさんの顔を見ていた。弟想いなのか、ギルドマスターという位よりも誉れ高いSランク冒険者の弟がうらやましいのか……。
どちらにしろルフスさんの発言からして、フレイズ家の者以外はダンジョンに入ってはいけないらしい。そうなると、私の侵入がますます困難になった。
ニクスさんの冒険者パーティーに入っているが、パーティーメンバーのミリアさんとハイネさんまで同行を拒否させられるとなると、私が仲間に加わるのはほぼ不可能。
でも、フレイズ家の力を総動員すれば、無理なく攻略できるはずだ。
私は何も考えず、ただただ園外授業をこなせばいい。
「はぁー、フレイズ家の方たちがダンジョンを攻略してくれるのはいいんだけど、フロックさんとカイリさんは無事に救出されるのかな。無事だといいな……」
私はフロックさんの首飾りを握りしめながら、彼の無事を祈っていた。暗いダンジョンの中で、さまよっているに違いない。きっと大丈夫。フロックさんたちなら大丈夫。
そう、心の中でつぶやき胸のつっかえをこらえる。
「ベスパ、森にあるダンジョンの扉は空いてる?」
「いえ、しまっています。私たちが閉ざしてから、一度も空いていません」
「そうなんだ。敵はそこに行く余裕がなかったのかな……」
「警戒している可能性もありますね。やはり、フェニル先生がいるのが大きいのかもしれません。彼女は、規格外ですから」
ベスパはフェニクスのように翅を広げ、羽ばたいていた。嫌な音がずっと鳴っているのだけれど。
「もし、もしだよ……。フレイズ家の人たちでも攻略できなかったらどうなるんだろう」
「そりゃあ、フレイズ家はダンジョンを最近発見したと報告するでしょうね。そのまま他の冒険者、フレイズ家でも無理ならSランク冒険者を多数動員するんじゃありませんかね。さすがに、多くのSランク冒険者で攻略しようとすればどうにかなると思いますよ」
「なるほど、そうなったらSランク冒険者が総動員するんだ。もし、それでもだめだったら……?」
「迷宮入りになると考えられます。今も、世界に未踏破のダンジョンがいくつもありますし、無限ダンジョンという場所もあるくらいです。私たちの知識の範囲外にあるんですよ」
「そっか。ダンジョンの管理を施せば、危険すぎることはないのか……。と言うか、ダンジョン内で魔造ウトサを使ったらどうなるのかな?」
「…………」
ベスパはフリーズした。完全にコンピューターが止まってしまった時と同じ状態で、思考がシャットアウトしている。再起動すると、八の字でブンブン飛び回り始める。
「もし、ダンジョン内で魔造ウトサが使われていた場合、ダンジョン全体が魔造ウトサにむしばまれている可能性があります。ダンジョンも一種の魔物ですし、魔造ウトサが体内で延々と残り続けますから、生まれてくる魔物がすべて魔造ウトサに侵されていてもおかしくありません……」
「は、はは……。つ、つまり……、対外アンデッドってこと?」
「その一歩手前か、アンデッドの可能性がありますね。万が一、フレイズ家が踏破しようとしているダンジョン内に大量の魔造ウトサが放り込まれていたとしたら駆除できるのはフレイズ家の中でフェニル先生しかいませんよ」
「だ、大丈夫だよ。だってフレイズ家の中にあったダンジョンだもん。魔造ウトサが入っているわけないよ……」
「ですが、キララ様。フロックさんとカイリさんはフレイズ家が管理している森の中が、正教会関連で怪しいから調査していたんですよ。可能性はゼロじゃありません」
ベスパは私が放棄したい考えを突き付けてくる。この世に絶対はない。まあ、私が女だということは絶対なのだけれど……、そういう話じゃなくて、未来に絶対はない。
「フェニル先生とニクスさんに特効薬を持たせた方がいいかな?」
「両者は味方だと思われますが、他の者の中に敵が紛れ込んでいる可能性がゼロじゃありませんから、あまり接触しないほうがいいかもしれません。こっそり忍び込ませておきましょう。ニクスさんはキララ様を頼りにしてくれた方です。私たちも彼を頼りましょう」
「そうだね。英雄を英雄たらしめてもらおう……」
私は『転移魔方陣』でライトが作った特効薬を大量に持ち運んでいる。私の魔力もふんだんに含まれた品だ。魔力が抜けないよう、試験官に入れてあるので取り出して使える。
その話を手紙に書き『転移魔方陣』が掛かれた木製の板と共に封筒にしまった。
封筒をベスパに頼んで、ニクスさんが使うウェストポーチに忍ばせてもらう。一人で読んでくれれば、ニクスさんの力になり、周りが危険に陥れば助けられる。でも、特効薬の件をできるだけ誰にも知らせたくないので、他の水と言うことにして飲ませてもらう予定。
闇属性の魔力がはびこり、出てくる魔物がアンデッドばかりだとすると特効薬なしで攻略するのは難しいはずだ。
正教会が抱えている聖職者を何人積めば、ダンジョンを攻略できるのか。フェニル先生がいればもっと安心できるが、彼女は私たちの担任だし、お酒を飲みまくってべろべろだし、頭数にいれられていない可能性もあった。
「明日にならないとわからないか……」
私はベッドで目をつむり、安らかに眠ろうと思う。フロックさんのことが頭の中で何度も流れてくるので、そう簡単に寝られないのだけれど。
気づいたときにはすでに朝になっており、少々眠気が強い。眠りが浅かったのだろうか。
「うぅーん……。朝……」
日差しを浴びようと思い、カーテンを開けるも、外は暗い。曇り空だった。雨が降りそうな天気で、気持ち同様にどんよりしている。ほんと、何でこういう日に限って天気が悪いのか。
天気がいいだけで気分がよくなるので、晴れてほしかった。雨になる気がすると思った瞬間に鼻にぽつりと小さな水滴が落ちてくる。
六月の梅雨になっていないのに、雨がザーザーぶり。外に行くのは少し気が引けるくらいの大雨だ。
土に降り注ぐ雨のにおいはどこか、なつかしさを感じるけれど、雨という天気は少しおっくう。
こんな天気でもフレイズ家の人たちはあわただしく動いていた。
早朝からベスパが見回りをこなすと、赤い鎧を身にまとった騎士たちが出発の準備を進めているという。どうやら、フレイズ家の騎士もダンジョン攻略に乗り込むらしい。
それは、規則的にどうなのだろうか。彼らは騎士であって、冒険者ではない。
ダンジョンは原則、冒険者以外立ち入り禁止区域のはずだ。なのに騎士団を使うなんて……。
それだけ本気で攻略する気だということだろうか。
赤色の鎧を身にまとった騎士たちがいなくても、ルフスさん曰く、フレイズ領に王都から派遣されている騎士団があるというので、何ら問題ないそう。いや、問題ないかもしれないけれど、私としてはあまりお勧めしない。だって、王都から派遣されている騎士団なんてどう考えても正教会の手が及んでいるじゃないか。
ルフスギルドのギルドマスターであるルフスさんが指揮を執り、イグニさんがすでに出発の準備を部屋で進めている様子もベスパの視界から把握できた。こんな雨の日に出るなんて……。
冒険者は雨を嫌うはずだ。歩きにくいし、濡れるし、体力を奪われる。
その点は私が売っている雨具で、どうとでもなるのか。雨の日でも仕事ができるようにしてしまった私の責任かな。




