諜報員に頼らない
「キララちゃん、何か欲しいのでもあるのかしら?」
私が突っ立っていると、近くにいたディーネさんが話しかけてきた。びくっと一瞬跳ねてしまったが、胸をなでおろす。少々気が張っていたので、いきなりすぎて驚いてしまったのだ。
「い、いえ、ちょっと考え事していまして……」
「そう? なになに~、好きな男の子のことでも考えていたのかな~」
ディーネさんは私の視線が向いていた方向を見た。そこに丁度男子たちが食事しているテーブルで、ものすごく勘違いされている模様。
「そ、そういうのじゃないですよ。まあ、違うわけでもないのかな……」
「えぇ~っ、なになに~、おばさん、気になっちゃう~」
ディーネさんはおせっかいなおばさんらしく、私に張り付いてくる。私が考えていたのはフロックさんのことであって、男子たちではない。別にフロックさんが好きというわけでもない……と思うけれど、私の命の恩人だから助けたいという気持ちが大きいだけ。
――無事だといいな。
私はディーネさんに根ほり葉ほり聞かれそうになったが、ハイネさんが守ってくれた。かっこいいお姉さんのようで、さばさばしているが、心は熱いらしい。
「はぁー、ほんとなんで僕がSランク冒険者なんかに。僕はまだまだ新人なのに……」
お酒に酔っぱらっているニクスさんがテーブルに突っ伏しながらめそめそしていた。
「もう、ニクス、そんなんじゃタングスさんにに示しが付かないよ。今日は、私がいっぱい癒してあげるから、めそめそしないのー」
近くにいたミリアさんも酔っぱらっているが、ものすごく優しいお姉さんのような口調でニクスさんの頭を撫でてあげている。包容力が高い方なんだろうな。
「ぐぬぬ……、ミリアばかりずるい……」
その光景を遠目で見ていたメロアはフォークとスプーンをひん曲げるほど手に力が入っている様子。ずるいも何も、すでに結婚を誓い合っているというか、ものすごく仲良しなのだから妹が介入できる余地は一つもないよ。
「大人って、酒を飲むと変わるんだなー。おやじもそうだった……」
「お酒の魔力だよね。僕たちはああならないようにしないと」
「お父様やお兄様たちもああなってしまうのだろうか」
ライアンとパーズ、レオン王子はある一か所を見つめていた。
「ははははははははっ! 酒、酒をもっともってこいっ!」
「こらこら、フェニル様、あまりお酒を飲まれては、また裸になってしまいますよ」
「体が熱いんだから、仕方ないだろうっ! ははははははははははっ!」
フェニル先生は完全に実家気分らしく、ドレスを脱いで下着姿になってお酒をがぶ飲みしていた。ニーバさんはそんなフェニル先生をみて、完全に頭を抱えている。
――大変そうだな。にしても、スージアとサキア嬢はどこにいるのだろう。まさか、あの二人、もうあんなことやそんなことを……。
私の体温が上がりかけていたが、両者の共通点を思い出しいったん冷静になる。
――ふ、二人は諜報員だからもしかするとフレイズ家の情報を盗んでいるのかも。そんなことしちゃだめだよー。まったく、さっさと捕まえないと。
私はビーの視線を借り、両者をすぐに見つける。
「スージアさん、だめです……、皆、食事しているときに……」
「そっちが、誘惑してきたんだろう、良いじゃないか……」
サキア嬢のドレスが乱れ、スージアが体に覆いかぶさる。
周りを見渡せば、そこはスージアが寝泊まりしている部屋だと思われた。完全に、やる寸前じゃないか。あの二人、まだ子供だよな?
私は溜息をつきながら、二人の行動を見ないようにと思ったが、もう一度ビーと繋がろうとするもつながらない。
「どうやら、サキア嬢のバタフライに私たちの監視がばれてしまうようですね」
ベスパはビーの視界が潰されたと冷静に話していた。つまるところ、両者がいちゃついているときに覗いてしまったのが気づかれたと。私、犯罪者扱いされないだろうか。
そう思っていたら、広間にスージアとサキア嬢がやってくる。
「キララ、ちょっと……」
「キララさん、ちょっと来てください……」
スージアとサキア嬢が私のもとにやってきた。何かしら私にいいたいことがあるらしい。ああ、二人の大切な時間を覗いてしまったことを謝らないとな。
「は、はい、わかりました……」
私は犯罪がばれてしまった覗魔のようにおとなしくお縄につく。二人からタコ殴りにされても私は何もいえないだろう。なんせ、ほとんど盗撮のようなものじゃないか。
私とスージア、サキア嬢はパーティー会場を出て、私の部屋のほうにやってきた。
「キララ、今、フレイズ領はどうなっているのか、知っているか?」
スージアは私が使っているベッドに飛び乗って、枕のにおいをかぎながらいってくる。こいつ、しばいてやろうかと思ったら、サキア嬢がドロップキックを食らわせて、吹っ飛ばしていたのでスカッとした。
「えっと、二人のイチャイチャしているところを見てしまった罰は……」
「別に、見たいなら見ればいいさ。俺とサキアのラブラブっぷりをっ!」
スージアとサキア嬢は別に怒っている様子はない。というか、別に見られてもいいことしかしていないそうだ。
私が近くにいる時は常に見られている感覚で生活しているらしい。いやー、とことん諜報員の精神なんだな。
「で、今、フレイズ領がどういう状況なのか、キララは知っているのか?」
「まあ、ちょっといろいろあるみたいだね……」
「フレイズ領は他国でも有名な領土ですからね。何かあれば、良い情報でお金儲けできるかもしれません」
サキア嬢はベッドに座り、おしとやかに呟く。
「私に何をさせようと……」
「キララはフレイズ領についていろいろ知ってそうだったし、僕たちもフレイズ領というか、ルークス王国についてもっと知りたいだけさ。話してくれれば、頭を貸すよ」
スージアは椅子に座り、私に情報提供をお願いしてきた。自分たちで調べればすぐわかりそうだけどな。
「スージアは諜報員として仕事しないんじゃなかったの?」
「手柄を立てたほうがやめやすいだろー。まあ、国に帰る気はないが、少しでも罪が軽くなればいいなー、なんて軽い考えだ」
「私もできる限りシーミウ国にとって必要な情報は集めておきたいです。万が一、シーミウ国に何かあるようなら、すぐに連絡しなければ。フレイズ領に来る前に現れた超巨大なオリゴチャメタなんて、他国に現れたらどうなるか……」
「あぁー、あれは僕もぞっとした。あんな化け物、国の奴らが見たら、しょんべん漏らすぜ。にしても、フェニル先生は本当に強いんだなー。あんな、巨大な化け物を爆発できるなんてなー」
スージアは私のほうを見ながら、ニヤニヤしてつぶやいた。この男は私があの爆発を起こした張本人だとでもいいたそうな顔を浮かべる。
「は、はは……、や、やっぱりSランク冒険者はすごいなー。ほぼ新種の魔物を簡単に倒せちゃうんだもんなー」
「……へぇー、あのオリゴチャメタ、新種だったのかー」
「フェニル先生が言ってたでしょ。ちゃんと聞いてなかったの? あの時、スージアは寝ていた気がするんだけどなー」
私はスージアとにらめっこするように、顔を見合わせる。彼の頭脳はものすごく頼りになるが、いらない情報や知られたくないことまで知ってしまうだろうから、あまり使ってほしくない。
「フレイズ領はもっと活気がある領土だと思っていたのに、なぜここまでしんみりしているのか、キララさんはわかっていますか?」
サキア嬢は懲りずに私に話しかけてくる。
「……明日か、明後日、なんなら私たちがフレイズ領から戻るときには前の活気が戻っているんじゃありませんかね」
私はフレイズ家の失態を隠す。まあ、発表されていないことをわざわざいう必要もない。彼らを危険に巻き込むのも、私の本望じゃない。
すでに、あの場にダンジョンがあって、それを攻略すればいいだけという単純明快な話が付いているのだから、二人を頼る必要もない。
「キララ、何か困っていることがあれば、お互い様だ……。僕たちはキララの力になるぜ」
スージアは胡散臭い顔で、まるで大親友かのような発言。あまりにも嘘くさい。彼らはお金や自国の安全が最優先のはず。
まあ、自分の命のほうが大切なのは当たり前として。そんな中、私と危険なことを一緒にしてほしいと頼んでも、自分たちの利益がなければ受け入れてくれないだろう。
「い、今はそういうことないから、気にしないでー。二人とも、あまりラブラブしすぎないようにね……。普通に生活していないと、変な人だと思われるから」
「そうか、まあー、そうだなー。やっぱり、そうかー」
スージアは大きく頷き、何かわかったような気になっている様子。
「ま、僕とサキアはキララになら、力を貸してもいいって思える。別に悪いことをしようとしているわけじゃない。力の貸し借りは仲間の本懐だろ」
「キララさん、一人で悩まず、私たちにも相談してくださいね」
私たちはそこまで友達のような関係ではない気がするのだけれど。二人の力を貸してもらえば、もっと楽になるかもしれない。
でも、二人とも他国の諜報員だ。信じろと言われても、そう簡単に信じられないよ。
私は二人の後ろについていき、パーティー会場に戻る。




