フレイズ家の騎士団の騎士団長
ハイネさんは、はははっ、と笑いながら軽く視線をそらした。そのまま、あくびしてしまったと言わんばかりに目元をこする。彼女は子づくりしても子供が出来ない体質だというのか。
それで、妹のディーネさんにイグニさんを取られてしまったと。
いや、取ったかどうかはわからないけれど、フレイズ家の当主の子が産めないなら、ハイネさんよりディーネさんのほうが適任だったわけか。相手は大貴族だし、仕方ないといったらそれまでだな。
「ま、私はニクスと一緒にいられればそれで充分」
ハイネさんは彼を守るのが自分の役目と認識しているのだろうか。
家から出るニクスさんの面倒を見てもらいたいと両親から頼まれるくらいだからな。
「ハイネさん、死んでいい命は、ありませんからね」
私がはっきりと口にすると、ハイネさんは「そうね」とつぶやき、私の肩に手を回した。
姉妹というよりかは親子、でも年が離れすぎている。
まあ、彼女の温かいぬくもりはおばあちゃんのようで、安心感は半端じゃない。
「じゃあ、私たちも家に行きましょうか。子供たちの護衛としてね」
ハイネさんが立ち上がると、ニクスさんが大きくうなづく。彼のモテ具合もどこか英雄っぽい。英雄色を好むというし。
私とパーズ、レオン王子、メロアの四名はフェニル先生をルフスギルドに残し『妖精の騎士』の三名と共に、フレイズ家に戻った。
「これはこれは、ニクス様、おかえりなさいませ」
初老の男性騎士はフレイズ家の入り口で新人っぽい騎士たちに指導していた。
バートン車の御者をしていたニクスさんに頭を下げる。
「ああ、ただいま」
ニクスさんは私たちより先に門をくぐり、それに続くように私たちもフレイズ家の建物に入った。広いので誰かの牽引がないと迷ってしまいそうだ。
まあ、私はベスパたちがいるので迷わないのだけれど。
巨大な厩舎に戻ってきて、レクーを個室に入れる。
「じゃあ、僕は父さんに挨拶してくるよ」
ニクスさんたちは私たちが寝泊まりしているものすごく大きな建物に入る。
私たちは料理場に直行し、あまりものをいただいた。さすがに何も口にしないのは午後に体がもちそうにない。
私たちの分の料理も作ってくれていたおかげで、料理が残っており美味しくいただけた。
私以外の三名は泣きそうになりながら料理を食している。
食後、部屋に戻った。
「はぁー、お腹いっぱい。幸せ。私、メロアの家のペットに成ろうかな……」
未だに部屋で食事していたミーナはお腹を撫でさする。彼女をペットにするなど、どんな変態貴族だ。
完全に犯罪者じゃないか。と思うけれど、そういう貴族もなきにしも非ず。
「獣族でも、仕事ができれば質の良い暮らしができるから、ペットなんてならなくていいわよ」
メロアはミーナと肩を組み、すでに大の仲良しになっている。彼女にとってミーナは大親友なのだろう。獣族と仲良くしている大貴族は案外珍しい。私の周りにいる人たちが特殊なのかもしれない。
私たちは今朝、フェニル先生がいた広間に向かった。その場で午後の話があるはず。
そう思っていたが、フェニル先生はおらず、代わりに初老の男性騎士が立っていた。
「皆さん、こんにちは私の名前はニーバ。フェニル様より、午後からは私が騎士団の中を案内いたします」
ニーバさんは私たちに頭を下げた。しっかりとした口調なので、ぼけていないだろう。
今朝の鬼のような鍛錬を見た後だと、彼の印象がまだよくつかめない。
だが、行幸だ。ニーバさんは私たちを騎士団の基地を案内してくれるという。
多くの者たちがいるこのフレイズ家の中で、騎士団の近くだけなぜ闇属性の魔力を封じる処置が施されていた理由が知れるかもしれない。
最悪、彼が何かを握っている可能性もあった。
慎重に行動しないと、目を付けられかねない。フェニル先生も信頼しきっちゃっているようだし、ニーバさんが敵じゃないことを祈るばかり。
一年八組の私たちはニーバさんの背後につき、そのまま広間を後にした。
建物の外に出て騎士団の基地がある場所まで歩く。そのまま騎士たちが整列している土地に入った。
騎士たちは私たちを見るや否や、姿勢を正し、まっすぐに立つ。そのまま突っ立ってしゃべらずに停止。
ニーバさんに恐怖しているのか、はたまたこれが普通なのか……。
ニーバさんの表情は少し微笑み顔。だが、騎士たちのほうに視線を向けるとずぅーんと重い魔力がにじみ出ているように見える。どうも、私たちに見せる顔と、騎士たちが見ている顔で、彼の印象は全然違うようだ。
「ここがフレイズ領の騎士と別に配属されているフレイズ家の騎士団です。騎士を雇っている貴族は多いですが、自らの騎士団を持つ貴族はめったにいません」
――そりゃそうでしょうね。自分の家に騎士団を持っているとか、どんな貴族だよ。まあ、カイリさんの家は持っていると思うけど。
「キララ様もビーという騎士団を持っているじゃないですか」
ベスパは私の頭上をブンブン飛び始めた。なんなら、騎士団の敷地内にいるビーたちがぶーんと飛び立ち、私のほうに意識を向けさせる。
――いや、ビーが騎士っていうのはおかしいでしょ。鎧も着ていないし、バートンにも載っていない。そういうのは騎士って言わないの。せいぜい社畜兵士だよ。
「社畜兵士……」
――まあ、警ビー隊は、騎士団と同じようなものだけど戦える力がないからな。
私はビーというこの世に何兆匹もいそうな羽虫たちを従えている。なんなら、他の虫たちもベスパを介せば、仲間になってくれる。
そう考えると騎士団と同じような大群を作れるわけで。バッタの大群とかがいたら、国が機能停止してしまうくらい農作物を荒らすことだってできるだろう。まあ、ビーでも可能だけど、燃やされたら終わりだしな。
飛蝗害っていうのがあるくらいだし……。
私たちはニーバさんの後をついていき、騎士団の中に入らせてもらった。建物は街にある騎士団の基地に似ている。
長方形型の建物で、見た目よりも機能性重視。堅牢なつくりで魔法なんかを跳ね返してしまいそう。
こぶしや剣じゃ壊せないコンクリートのような石やレンガ造り。
建物の中も街の騎士団の基地と同じ。学校の廊下のような道が続き、部屋が作られているようだ。絨毯は敷いておらず、石畳のままなので掃除がしやすそう。やはり、見た目よりも機能性重視なのは中も同じらしい。
私たちは建物の中にある施設に案内してもらった。
ウェイトトレーニングができるような錘がたくさんある部屋。鎧や剣などを保存しておくための部屋。騎士たちが入る大浴場。トイレや洗面台も脱衣所についている。
騎士たちが眠る部屋は二段ベッドが八台ほど入れられており、本当に寝ること以外できないような作りになっていた。一部屋で一六人が寝られるようだ。窮屈で仕方がない。
「こんな部屋で寝ないといけないの。騎士って大変……」
ミーナが低い一段目のベッドに寝ころびながらつぶやいた。
「そうだろ、そうだろ。騎士は大変なだよ……」
ライアンはこの状況に見覚えがあるのか、腕を組みながらしみじみとしている様子。
「プルウィウス連邦の騎士もこんな感じで寝るの?」
私はしみじみしているライアンに聞いてみた。
「ああ、こんな感じの部屋だ。なんなら、ベッドがあるだけましだぜ。最悪雑魚寝の場合だってあるからな。周りのおっさんと眠るのはほんと最悪だぜ。いびきがうるせえし、酒臭いし、風呂にも入ってないから加齢臭もぷんぷんだ。ほんと、踏んだり蹴ったり、寝返りうちゃあ、誰かの足が鼻の近くにあって……うえぇ」
ライアンは自分で言っておきながら気分を害していた。それだけ厳しい環境だということ。
ほんとお気の毒……。でも、そんな状況でも、パーズは悠々と寝ていられるとか愚痴をつぶやいていた。『完全睡眠』を持っているパーズはそんな状況でも何ら問題ないのだ。もう、騎士になるためのスキルと言ってもいいじゃないか。
「騎士たちの労働環境は良くしなければ、皆の士気が下がる。プルウィウス連邦の騎士の生活環境や労働環境がよろしくないのであれば、ここから盗み取っていくといいですよ」
ニーバさんは胸をしっかりと張った綺麗な立ち姿で、ライアンにこの場について事細かに話た。
ライアンは終始嫌そうな顔だったが、パーズが無理やり聞かせる。
そりゃあ、次期騎士団長の可能性があるライアンにルークス王国の最強騎士団と名高いフレイズ家の騎士団長からいろいろ話を聞ける機会なんて、そうそうない。
気が気でも質が良い情報を持ち帰ろうと、パーズは必至。だが、ライアンの方は耳をふさぎたそうな顔。
これも、質の良い家に生まれたものの役目だ。しっかりと聞いてもらわないと。
私に助けの視線を送っていたライアンに「頑張って」と口パクで伝え、踵を返し少々男臭い部屋を出る。
ガラス製の窓なので、外は見える。窓ガラスは物騒だが、鉄の柵が付いているので泥棒や侵入者が簡単に入ってこられないつくりだ。ベスパにネジを見てもらうと、ドライバーのような道具でも外せないように頭を潰してあるという。
まあ、魔法が使えたら簡単に切れそうだけど。と言うか、ここまで来るのが難しいか。フレイズ家の中に侵入しないといけないわけだし。
フレイズ家の姿を基地の上階から見た。木々や花々が生い茂り、ほんと広い。
なんせ、奥のほうが見えないのだ。少し高い丘に作られているのか、フレイズ領の街の姿も見ようと思えば見られる。
基地の中をたくさん歩いた後、私たちは騎士たちが訓練している敷地にやってきた。
「え、えっと。その、これはいったい何をさせようと……」




