侮れない男
「あ、そうそう。ニクスさんたちはフレイズ領にいたのに、なんでフレイズ領で治療せず、王都に向かったんですか?」
「え……。あぁ、えっと『聖者の騎士』の方たちがフレイズ領で治療を受けても助からないっていったんだ。ただの噂だと思うんだけど大怪我を負った冒険者が運ばれてきても、皆運悪く亡くなっているらしい。だから、フレイズ領で治療するより王都のほうがいいって」
「なるほど……」
――『聖者の騎士』たちはジンクスを信じたわけか。それがタングスさんを救った。まあ、偶然だと思いたいけれど。
「ニクスさんたちはこれからどうするんですか?」
「とりあえず、ダンジョンの様子を見に行こうと思ってる。周りの魔物や状況の把握も必要なことだから」
「三人じゃ危険ですよ。そういうのは私に任せてください。一番得意です」
「……うん、そうしてくれると助かる」
ニクスさんは私を子ども扱いせず、普通の仲間のように接してくれた。気遣いのような、少し頼られているような、変わった感覚。
でも、彼は重度な失敗を起こさないように最適解を考えて行動しているはずだ。
だから、子供といえど使い勝手のいい私にできることがあれば手伝わせようとしている。
私もそのほうが安心できるので、彼に情報を提供した。
調べるだけならば、私のスキルはなかなか優秀だ。
「なんか魔物の数というか、大きさがいつもの一.八倍くらいある気がするんだけど」
「フレイズ領に来る途中に超巨大なオリゴチャメタの新種と出会いました。もう、フレイズ領内の周りは新種の魔物だらけかもしれません」
「この妙に暗い状況と何か関係があるのかな?」
「まだわかりませんけど、ここの領土はものすごく嫌な予感がします。子供たちを心配させるわけにはいきませんし、あまり大ごとにしたくないんですけど……」
「えっと、キララさんも子供だよね?」
「あ……、あ、あはは~、そ、そうですよ。子供ですよ~」
私は三〇歳を超えている三十路。もう、あと八年で精神年齢が四〇歳になってしまうおばさんだ。ニクスさんよりも明らかに年を取っている。見た目は若いけれど。
「キララさんの協力はありがたい。僕は君を子供扱いする気はない。もう、普通の冒険者パーティーの仲間みたいな感覚で接している。この前だって、キララさんがいなかったら死んでいたんだ。なんなら、その前だって……」
ニクスさんはプテダクティルの件や、ブラッディバードの件を未だに引きずっているらしい。ほんと、腰にいくつの重りを載せているのやら。
でも、その責任感の重さに耐えられる彼は冒険者に向いている。
父親の体格や母親の魔力量を受け継げなかったとしても、両者の熱い気持ちはしっかりと受け継いでいる様子。将来大物になる気がプンプンしている。
アイドルの中にも、こういう子がたまにいた。アイドルユニットの中で特に目立っていないのに妙に存在感のある子。
脇役の俳優なのに、その子がいるだけで引き締まる子。
才能とはまた違った、特定の仕事をこなすために生まれてきたみたいな特別な子。それがニクスさんだと思われる。
彼は普通だと弱いけれど、土壇場になるととても頼りになる男なのだ。
「ニクスさん、私もあなたを頼りにしています」
「キララさん……。ありがとう、僕も頑張るよ」
ニクスさんは私の手をぎゅっと握り、初めて会った時と全く違う凛々しい表情を浮かべた。
主人公という名が相応しい彼の表情は、私の心をくすぶる。かわいらしい弟のような存在なので、手を焼いてしまうよ。
私とニクスさんは料理場に戻った。
そのあと椅子に座って私はベスパと視界を共有しフェニル先生とルフスさんの話を盗み聞きする。
「ルフス、どういうことだ? どうして、フレイズ領の森の中でダンジョンが見つかっていないことになっていたんだ。お前の仕事だろ」
「そ、そうだよ。でも、本当に知らなかったんだ。アレス王子からの手紙を持ったフロックとカイリが父さんのところに来て、森の中を調べさせてほしいとお願いしてきた。その時は去年だ。その間、ダンジョンの報告は一切受けなかった。一か月ほど前から両者が戻ってきていないから最近できたダンジョンだと思う。フロックとカイリがいるから問題ないと思って……」
「つまり、お前はさぼっていたわけか……」
「か、簡単に言えばそうなるかな。ぐふっ!」
フェニル先生はルフスさんに鋭いこぶしを打ち込んだ。ルフスさんは吹っ飛び、床を転がりながら燕尾服を汚した。
さすがに一撃入れるとは思わなかったけれど、仕事をさぼっていたのは少々いただけない。さぼり癖でもあるのだろうか。
まあ、確かにフロックさんとカイリさんが仕事を報告してくれるのなら、わざわざ見回りに行く必要がないと思ってしまうのもわかる。
なんせ、両者はSランク冒険者なのだ。まだ若いけれど、両者は実力でSランクに昇格している。
強い魔物が多いといわれるフレイズ領でも問題ないと判断されるはずだ。
「バカ野郎。仕事をさぼるなんて、フレイズ家の面汚しが!」
――誰の口が言っているでしょうか? えっと、フェニル先生もだいぶさぼっていますよね?
「ふぇ、フェニル姉さんに言われたくないね。結婚しない女なんて、女じゃないよ」
「なんだと。いうようになったじゃねえか……」
フェニル先生とルフスさんはきょうだい喧嘩を始めてしまった。
両者ともに子供なのか、はたまた、バカなのか。
どちらにしろ、ダンジョンの件は喧嘩にもみくちゃになってしまった。
もし、ルフスさんが計算してフェニル先生を怒らせ、手出しさせているのだとしたら相当厄介な男なのは間違いない……。
私は視界を元に戻した。現在の時刻はちょうど正午。あと一時間ほどでフレイズ家に戻らなければならない。
でも、人ごみのない通路を通れば、三〇分もかからないので、問題ないはずだ。
「うげぇ……」
「食えた料理じゃないわね……」
パーズとメロアは昼食の料理を注文し、食べた。だが、普通に粗悪品だったようだ。
ニクスさんたちの話をちゃんと聞いていればお金を無駄にしなかったものを。
「やっぱり、何かおかしい。フレイズ領がこんな場所だなんて聞いてない。兄さんたちはもっといい場所だと言っていたのに……」
レオン王子はまずい料理をフォークでつつきながら、考え事していた。
あまり考えすぎると、危険なことに頭を突っ込む羽目になるのでやめてもらいたい。
「はぁ……やっぱり、まずいものはまずいか……」
パーズは『完全睡眠』から戻ってきた。料理はすべて食していたので、体内で完全に分解したらしい。
魔力も寝ているから回復するだろう。穴がない。まあ、唯一の欠点は寝ている間、何もできないということだけ。それ以外は私も喉から手が出るほど欲しいスキルだ。
「はぁ~、落ち着くぅ……」
「えっと、ミリアさん、あまり抱き着かないでください……」
私は獣族のミリアさんに抱き着かれ、後頭部に大きなもちもちのおっぱいを押し当てられた。
こんな卑猥な胸を持っているとは、けしからん。私に付け替えてしまいたい。きっとネアちゃんに頼めば完璧に縫合してくれるだろう。まあ、しないけどさ。
「ミリア、キララさんが困っているから離れなさい」
ニクスさんはミリアさんの手を持ち、私から引きはがす。その反動でミリアさんはニクスさんに飛びつき、唇を重ね合わせている。
いや、ちょっと強引。メロアの表情から察して激怒している様子……。
周りの者も目をふさぎたくなるほど、ニクスさんとミリアさんはラブラブなようだ。
「み、ミリア、あまり人前でこういうことはしないほうが……」
「えぇ、だって、したくなっちゃったんだもん……」
ミリアさんは私の魔力をふんだんに受け取った結果、少々発情してしまっている様子。
この時期獣族は発情しやすいらしい。ミーナは大量の魔力を消費するのに加え、まだ体が成熟していないから発情しないと思われる。
ただ、普通の獣族はモクルさんしかり、ミリアさんしかり、発情期に入ってしまうらしい。
私を勝手に活力スポットにしないでほしいな。
「はぁ~、生き返るわ~」
森の民こと、エルフ族のハイネさんは私の体にそっと抱き着いていた。
こちらは、肌のうるおいが少しずつ増している。私の魔力で美肌を手に入れているらしい。
まあ、魔力は腐るほどあるので、別に構わないけれど、これ以上美魔女になってどうするのやら。
「ハイネさんとディーネさんって姉妹なんですよね? もう、会いましたか?」
「まだ、会っていないわ。でも、別に今会わなくてもいずれ会えるから、あまり会う気がしないのだけれど」
「どちらかが死んでしまったら、二度と会えなくなってしまいますよ……」
「そうね。確かに、死んでしまったら二度と会えないわね。まあ、別にそう仲がいい姉妹というわけじゃないのだけれど……」
ハイネさんは私に寄り添いながらしんみりした表情を浮かべた。なんともよくわからない表情だ。
「本当は私がイグニと結婚するはずだったのだけれど……、イグニとディーネの間に子供が出来ちゃって、彼女のほうと結婚することになっただけ」
――な、なんか、爆弾発言されたんだが。それっていわゆる、最悪な奴ですか。
「いやー、イグニとディーネの相性が抜群だったみたいで、子供がバンバンできちゃったのよね。まあ、どうも私は不能みたいだし、そのほうがどちらも幸せそうだからよかったよかった」




