冒険者について
「何が何でも単位だけは取らないと」
私はできる限りいつもの授業通り、走りこんだ。全力を超えないとフェニル先生は怒り出す。なので私たちは必至。もう、足がちぎれるんじゃないかと思うほど走る。
フェニル先生が見ていないところで、スージアが軽くさぼった。あの男はさぼりの天才なので、人の目を盗むのがものすごくうまい。
私がやれば、失敗するのが目に見えているのでやらない。
まあ、フェニル先生に泳がされているということを理解していないから、さぼろうとする気になるんだろうな。
「よし、皆、集合。ルフス冒険者ギルドのギルドマスターから話を聞いてもらう」
フェニル先生が私たちのほうに向かって大きな声を上げた。
「初めまして、ルフス冒険者ギルドのギルドマスターのフレイズ家次男ルフス・フレイズといいます。よろしくお願いします」
フェニル先生の横に現れたのは、イグニさんとディーネさんを足して二で割ったような男性。年齢はとても若そうだが、フェニル先生と同年代くらいかな。
「今日はルフス冒険者ギルドにようこそ。未来を担う優秀なドラグニティ魔法学園の生徒にあえて光栄です。レオン王子もお久しぶりでございます」
ニクスさんよりも腰が低いルフスさんは赤い短髪で微笑んだ顔がとても愛くるしい。
身長は一八〇センチメートルと大きめで、体格は少々細い。イグニさんの筋肉質な体格は引き継げなかったようだ。そうなると魔法が得意なのかもしれない。
「お久しぶりですルフスさん。冒険者ギルドのギルドマスターなんて、すごい出世ですね」
「いやはや、お恥ずかしい。父のコネのようなものですよ。私の実力はギルドマスターを名乗れるほどではありません。ここにいる姉のほうが断然相応しい」
「なんだなんだー、謙遜ばかりしやがって。大人になったなら、もっと堂々としてもいいんだぜ」
フェニル先生はルフスさんの肩に腕を回し、けらけらと笑っていた。どうやらフェニル先生のほうがお姉さんらしい。尻にひかれてそうな弟だ。
「んんっ、あー、ここは冒険者ギルドなので一応ギルドマスターの私のほうが、立場が上ですよ、フェニル先生」
「へいへい、わかっていますよ。ギルドマスター」
フェニル先生は微笑みながら、ルフスさんをからかうようにつぶやいた。
その瞬間、ルフスさんの顔がむっとして、苦笑いを浮かべる。自分でギルドマスターと言っておきながら、あまりその自覚がないのかもしれない。
「えっと、今から冒険者はどんな仕事なのかというのを話したいと思います。疲れていると思いますから、座って聞いてもいいですよ。なにか、敷物を用意させますね」
ルフスさんは私たちのことを気遣ってくれて、座布団のような敷物を受付嬢に運ばせた。途中からルフスさんが引き取り、訓練場の日陰に敷く。
私たちは腰を下ろし、小山すわり、または正座、胡坐、その他好きな座り方でルフスさんの話を聞く。
「冒険者とは、簡単に言えば何でも屋です。困っている人を助ける職業が冒険者といいます。暴れている魔物や動物を倒したり、必要な素材を取ってきたり、荷物を運んだり、人の護衛をしたり、仕事はたくさんあります。冒険者それぞれに得意な仕事があるんですよ」
ルフスさんの話はとてもわかりやすかった。
私たちが眠たくならないように、自分で実践して見せたり、縄の結び方だったり、冒険者に興味がない者にも理解してもらえるよう考え抜かれた話し方で飽きない。
こういうところが評価されてイグニさんにギルドマスターを指名されたのだろう。
次男というなかなかいい位置に加え、質の良い仕事、言わずもがなイケメンな彼の姿を見る受付嬢や、女性の冒険者たちの視線は熱い。
イグニさんのこわもてな顔ではなく、ディーネさんの綺麗な顔を受け継いでいるからだろう。
ニクスさんの話を思い出すと、彼の兄たちは皆優秀らしい。なので、ルフスさんもすごく優秀なのは話し方だけでわかった。
「さて、私の話はこれくらいにして冒険者について質問があれば何でも聞いてください」
ルフスさんは軽く手を挙げて、質問を要求してきた。冒険者に興味があるパーズやライアン、メロア、ミーナは手を挙げていた。
「じゃあ、青髪の少年」
「はい。えっと、騎士でも冒険者に成れますか?」
パーズは座ったまま、質問した。
「騎士という職業についていても、冒険者に成れるかという質問ですか?」
ルフスさんはパーズにもう一度聞き返す。パーズは軽くうなづいていた。
「騎士という職業に就いたまま、冒険者に成ることは難しいですね。騎士は他の職業をしてはならないという決まりがあります。国に仕えている職業ですし、その仕事をおろそかにできませんからね。でも騎士だった者なら冒険者に成れますよ。年齢やケガが原因で騎士を解雇された者は冒険者に成ることが多いですからね」
ルフスさんは丁寧に質問を返し、パーズの疑問を解消してあげていた。
「次は橙色髪の少年」
「はいっ。騎士団長とSランク冒険者って、どっちのほうがすごいですか!」
「騎士団長とSランク冒険者のどちらがすごいかですか……。そうですねー、役割が全く違うので、どちらがすごいと断言することは難しいです。騎士団長は百人を超える騎士たちをまとめ上げ、戦況を読み正しく指示する力が求められます。Sランク冒険者はその存在自体が強いことが必要ですから、見る方向によってすごさは違いますね」
――なるほど、わかりやすい。騎士団長とSランク冒険者で強いのはSランク冒険者だろうけど、多くの者をまとめ上げられるすごさは騎士団長のほうが上なんだろうな。
「獣族の少女、どうぞ」
「はーい、えっとえっと、ウルフィリアギルドにはたくさんの獣族の冒険者がいたんですけど、ルフス冒険者ギルドに獣族の冒険者ってどれくらいいるんですか?」
「そうですねー、ルフス冒険者ギルドに所属している獣族の割合は一割ほどでしょうか。王都と比べると低いほうですね。王都にいるのに、わざわざフレイズ領に来る利点も少ないですから」
ルフスさんは苦笑いを浮かべ、頬を掻いていた。
たしかに一日程度で移動できるのならば、王都にあるウルフィリアギルドで冒険者登録したほうが、合理的だ。お金もたくさん稼げる。
もとから何らかの理由でフレイズ領にいる者たちがルフスギルドでお金を稼ごうとするのだろうな。
「じゃあ、最後はメロア」
「はい、ウルフィリアギルドとルフス冒険者ギルドは何が違うの?」
「違いかー、そうだな。ウルフィリアギルドは冒険者たちが多く集まり、仕事を受ける場所という印象が強い。けれどルフス冒険者ギルドは近くに多くの魔物が出現するし、この場から戦いに行くという感覚が強いかな。高額だけど、質の良いポーションが完備されているからね」
ルフスさんは微笑みながら話していた。
ただ、その話を聞いて私は少し違和感を覚えた。
――この場から戦いに行くのなら、ケガを負って戻ってくる者たちを治すことも質が良いはず。なのに聖者の騎士のタングスさんは王都のウルフィリアギルドに戻ってきた。なんでルフスギルドで治療を受けなかったんだろう。
私は疑問に思ったが、王都のほうが質の良い魔法使いやポーションがあるのは確かなので、タングスさんの体力を信じて一気に王都に戻ってきたのだろうと解釈する。だが、聞いておきたい。
私は手を挙げて、ルフスさんに質問の合図をした。
「はい、そこの女の子」
「えっと、ルフス冒険者ギルドはフレイズ家が保持している巨大な森を管理していますか?」
「もちろん。あの場所は魔物も多いし、私の実家が所有している土地であり、父から管理を頼まれているからね」
「なるほど。冒険者ギルドのギルドマスターであるルフスさんは森で不思議なことが起こっても一番に気付きますよね?」
「そ、そうだね。えっと何か言いたいことがあるのかな?」
「いえ、別に……」
ルフスさんはダンジョンのことについて知っているのだろうか。
いや、当たり前のように知っているはずだ。なんせ、ルフス冒険者ギルドのギルドマスターで、森を管理している張本人なのだから。
だとしたら、ダンジョンについて知らないほうがおかしい。
だけど、同じ冒険者ギルドのギルドマスターであるキアズさんは知らなかった。
つまり、ルフスさんはダンジョンを隠していた、または知らなかったのどちらか。
「えっと、もう質問がある人はいないかな?」
私たちの中で手を挙げる者はいなかった。だが、フェニル先生が手を挙げる。
「ルフス、あとで話がある」
「……わかった。ギルドマスターの部屋に来て」
「じゃあ、皆、ちょうど昼時だ。冒険者ギルドの食堂で料理を食うか、はたまた家に戻って料理を食うか、好きなほうを選べ。もう、来た道は覚えているだろう。そのまま、戻ればいい。午後一時までにフレイズ家についているように。一人で行動するなよ。さらわれるぞ」
「フェニル姉さん、適当すぎなんじゃ……」
「あ? 別に気にするな。こいつらは力を合わせたら私を倒せるんだぞ」
「ま、またまた、冗談を」
フェニル先生の発言に今まで見てきたルフスさんの中で一番驚いた表情になっていた。
まあ、彼もフェニル先生の強さをよく知っていると思うので、驚くのも無理はない。
というか、フェニル先生を倒せるほど私たちは強くない。盛りすぎもいいところだ。
フェニル先生とルフスさんは訓練場を後にした。




