ローティア嬢の危機感
幸せでも不幸せでもないメロアとレオン王子の関係はキアン王子によって仕組まれた状況である。
だから、レオン王子にどうせならローティア嬢と結婚してほしい。
だが、未だなぜキアン王子がレオン王子とメロアをくっ付けようとしているのかわからない。その理由がわかれば、二人が結婚する必要もなくなるだろうに。
「メロアさん、今日はずいぶんと大人しいですわね。いつもはもっと豪快ですのに」
「うん……、私も大人にならないとなって少し考えたんだよ……」
メロアはクレアさんの話が心に刺さったのか、いつも子供っぽい発言で周りに当たっていた姿が一変した。
今は少し大貴族の令嬢っぽさが出ている。その姿を見たローティア嬢の驚き顔は鬼気迫る者だった。さすがにやばいと感じたのかもしれない。
きっとメロアはニクスさんともう一度会って、彼と結婚出来ないという事実を受け止めてしまったのだろう。
なら、クレアさんの言った通り、レオン王子を好きになれるか試すしかあるまい。
もし、好きになれたら幸せになれるのだから。
「レオン、恋人同士ってどんなことをするのかな」
「さ、さぁ、どうだろう……。私もよくわからないよ」
レオン王子もメロアの急激な変化にものすごく動揺している様子。
そりゃあ、今まで突っぱねられてきた相手が、急に積極的になったのだ。
元からツンデレ気質のあるメロアのデレを見て、少し頬が赤くなっているのを見るとレオン王子もやはり男なのだなと思わせられる。
少々気まずい雰囲気の中、教室の扉が開かれる。
「はぁー、明日からフレイズ領か。ちゃんと寝られるか心配だ……」
「安心しなよ、ライアン。君はどこでも寝られる体質だから」
ライアンとパーズはお腹をパンパンに膨らませて部屋に戻ってくる。
「私の知り合いが言うには、恋人はベッドの上で一緒に寝るらしいよ……」
私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
目を丸くしているレオン王子と口を開け、目をウルウルとさせているローティア嬢の姿を見回す。
――メロア、それは恋人やない、夫婦や……。ま、まあ、恋人でもベッドの上で寝るかもしれないけれどさ。私、恋愛経験がないから、そういうのがいつか知らないけどさ……。
「メ、メロアさんっ。が、学生の癖に何を言っているのかしら。そ、そう言うのは、け、結婚してからでしょっ」
意外にませているローティア嬢は椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり、活舌悪く言い放つ。
その姿を見るに相当動揺している。
まあ、動揺しない方がおかしいか。
好きな人が女の人とベッドで一緒に寝るかもしれない。そんなの危機感を覚えないわけがない。
「私達は婚約しているし、そういう相性は早めから確かめておくべきだと思うんだけど……」
「あ、相性……。くぅぁ……………」
メロアは決して大人の相性と言う訳ではなく、一緒に寝られるかどうかと言う話をしているのだろうが、ローティア嬢の顔はとことん赤くなっていく。
あぁ、ローティア嬢が尊い。少々ムッツリさんなのかもしれない。私は嫌いじゃないよ。
「め、メロア、いきなりどうしたんだ。そんなこと言うような性格だったか?」
「私だって、嫌に決まってるでしょ。でも、嫌々と言っているのは子供だけ。子供のままでいられる間はいいけれど、成人したらそんなことも言えなくなるんだって。知り合いの人が言ってた」
クレアさんが大人すぎて、メロアの子供っぽさを軽く抜いてしまったらしい。
良くも悪くもメロアは周りの影響を受けやすいのかもしれない。ほんと、困った体質だ。
昼休みの時間はもう終わりかけており、ローティア嬢は教室から出ていくしかなかった。
メロアはレオン王子の隣からどき、いつも通りに生活を送る。
「な、なんだったんだ……。いったい……」
レオン王子は苦笑いを浮かべ、胸に手を置いた。
何か心に来るものでもあったのだろうか。
彼がメロアに恋してしまったら、ローティア嬢はもうどうしようもない。
男が恋するのは一瞬だと聞いた覚えがある。
好きだった相手と、婚約して好きにならないといけない相手がいるとしたら、後者を好きになる確率しかない。
男はバカなので、好きな人がいても別の人を好きになる可能性は十二分にあり得る。
そうじゃなければ、浮気する男などいないだろう。
まあ、あれは、片方に愛想つかしているからという可能性が高いけれど……。
「はぁ、なんで教室の中でもどろどろした展開があるのだろう。スージアとサキアさんくらいサラサラしてくれていたら良いのに……」
私は溜息をつきながら、三限目の授業を受ける。そのまま四限目の授業に入った。
ゲンナイ先生の剣術基礎の授業。
授業数がそろそろ前期の半分くらい終わるころだ。
彼はキアン王子と繋がっているはずなのだが、全く尻尾を見せない。やはり優秀な近衛騎士だっただけのことはある。
常に情報が抜かれる可能性を考慮して行動しているようだ。
私の剣術は入学当初から特に変わったことはなく、素振りの回数が増えたくらい。でも、その回数の増加こそ、私の成長を物語っていた。
「ふぅ……、行きます」
「ああ、来いっ!」
ライアンが私の前に立ち、橙色の髪を風に靡かせ、木剣を構える。
彼の頭上に木剣を振りかざすが、避けられる。少し下がって踏み込む速度を利用しもう一撃。
またしても避けられる。やはり、同じ攻撃しか放てないとなると、私の攻撃方法を知っている者からすれば、簡単に避けられてしまう。
「毎回、殺しに来るような剣を振るなよ……。心臓に悪いって」
ただ、私の攻撃を躱すだけでも体力と精神力を相当消耗するらしい。
その影響でライアンは息がとぎれとぎれだ。目の前から巨大な剣が迫ってくる感覚があるんだとか。私の威圧感も魔力量と共に上昇しているのかな。
「でも、その方がライアンの鍛錬になるでしょ。騎士団長にならなくったって大人になったら何かしら仕事しないといけないんだよ。ずっと遊び惚けていられなくなるんだからね。女なら男に養ってもらえるかもしれないけれど、逆はダサすぎるよ」
「ぐ……、お、俺も、金くらい稼ごうと思えば稼げらあっ!」
ライアンは私に切り込んでくる。
彼の実家はプルウィウス連邦の騎士の家系。
日本のように自由な職業選択はまだ浸透していないなら、父親から騎士になるように育てられてきたはず。
騎士になる以外にあるとすれば冒険者。
まあ、ライアンの頭の良さなら、頭を使う仕事も出来る。危険な魔物が蔓延っているこの世の中で、力があるに越したことはない。
「おらあっ」
ライアンの渾身の一撃が頭上から迫る。
私の挑発というか、将来の不安をあおるような言葉を振り払うべく、怒り任せな剣筋だった。
真面な剣術が使えなくても、力任せな剣など間合いを把握していれば当たらない。
頭に血が上りやすい性格じゃないのに、将来の不安はいっぱしに考えているんだろうな。
まあ、人間だれしも将来は不安だよね。私だって不安だもの。
私はライアンの剣を回避し、胴打ちのように木剣を彼の腹に当てながら前側に抜けていく。見様見真似だが、意外にうまく出来た。けれど、マグレだろう。本番じゃ使わない方が良いかな。
「ライアン、冷静に判断しないと簡単に切られちゃうよ」
「はぁ……。俺だって冷静に判断しているさ」
ライアンの腹部に『シールド』が生れていた。私の髪がはらりと舞っており、ライアンに切られていたっぽい。
どうも、私の方が乗せられていたらしい。嫌な奴だ。
「どうよ、油断させておいてからの相手の隙を切る攻撃は」
「どうもこうも、ズボンはちゃんと履いた方が良いよ」
「ん……、なっ!」
ライアンはベルトが外れており、スルリとズボンがずり落ちる。そのまま、パンツ丸出しの姿になって周りにくすくすと笑われていた。
まあ、普通に騙されてしまってちょっと悔しくなった私の悪戯だ。
「ぐぬぬ……、キララ、魔力操作でベルトを外したな……」
「さぁー、そんな証拠はどこにもありませんけどー」
「猫を被りやがって……」
ライアンはぬぐぐっと歯を食いしばり、普通に悔しがっているように見える。
やはり、男子なだけあって、女子に負けるのは嫌らしい。
男の誇りなのかな。別に、少年のころから誇りを重視する必要はないと思うけれど。
「ライアン、スキルの使用は禁止なはずだ。剣術とスキルは別々に考えなさい。まだ剣術を完璧に身に着けていない間に、スキルを使ったら偏りが出てしまう。癖が付いたら中々治らないぞ」
ゲンナイ先生はライアンの前に立って、堂々と言い放つ。
言っていることは真面だ。
確かに、剣術とスキルを同時に使うのは一つのことしか出来ない人間に難しい。
私は脳が二つあるようなものなので、問題ないけれど、ライアンは頭が一つしかないから無意識に剣が振れるくらいになってからスキルを使うように指導されている。
試合中は別にスキルを使ってもいいのだけれど、練習の時は剣の方を優先しろと……。やはり剣の方が扱いが難しいからだろう。
スキルはほぼ無意識に使えるので、剣の方が優先なのもわかる。
ただ、一つのことを極めるのはライアンみたいな何でも出来るけど、限界がわかってしまう生徒に対してはあまり良い教育といえない。
パーズのような永遠に成長し続ける者に勝つために強くなろうとしているライアンは一つの物事に早く見切りをつける癖が付いてしまっているらしい。
ゲンナイ先生に怒られていたライアンは「すみません」と頭を下げ、木剣を私の方に向ける。




