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ソロで唯一のSランク冒険者であるフェニル先生は冒険者の仕事が出来る。
近くにいるのなら、手を貸してくれる可能性は十分あった。
でも、曲がりなりにも先生だ。生徒達を疎かにするのは教師失格。
キースさんの許しが出るかわからない。
私は学生の分際。まだ冒険者登録されていない。
そんな子供を連れてダンジョンに潜ったと、世間に知られれば『妖精の騎士』はバッシングの対象になるだろう。
最悪、彼らが冒険者登録を解除されるかもしれない。
「どうも運は僕たちに味方しているらしい。でも、危険なのは変わりない……」
ニクスさんは胸に手を置き、腹式呼吸した。その後、白パンと豆スープを食した。
「お兄ちゃんが家に帰ってくるのなら、一緒にお風呂に入って、同じ部屋で寝よ~っと」
メロアはニクスさんに抱き着く。
暗い雰囲気を容易くぶち壊し、ミリアさんの方を見る。
ミリアさんはメロアの顔を見てから、まんざらでもない表情のニクスさんの方に視線を向ける。耳を立たせ、頬が膨らむ。
まったく、ニクスさんはモテモテだなー。
私達は暗い雰囲気から一転し、出来る限り明るい話をするようにした。
学園の話とか、これまでの楽しかったこととか。
少しでも心を上向きにしなければ、いつまでも落ち続けてしまう。
そうならないために、人は会話するのだ。
食事の後、クレアさんは家に戻る。
メロアとミーナもそろそろ別の場所に行きたくなったのか、集中力が別のところに向いた。
「にゃぁ~、ニクス君。やっぱり、Sランク冒険者になったのにゃ~。はぁ~、にゃぁーが唾を付けておくべきだったにゃ~」
受付で仕事していたトラスさんがニクスさんに近づく。
座っているニクスさんの頭に大きな胸を乗せ、喉を鳴らしながら甘えまくった。
「む、ムムム……。ト、トラスさん、ニクスが嫌がっていますから、離れてくださいっ」
ミリアさんは自分より大人っぽいトラスさんに向って叫ぶ。同時、ニクスさんに抱き着いた。
大きな胸に挟まれたニクスさんの顔は苦笑いと羞恥を混ぜたよう。
「ニクスは、ほんとモテモテだな……。そのモテモテのころに結婚しておいた方が良いぞ。女はいつまでも寄ってくるわけじゃないからな」
三〇代を越え、四〇代近いイチノロさんは頭に手を置いた。
薄毛を気にしながらニクスさんにアドバイス。
まあ、近くにいるチャリルさんといい関係なのは、すでに知っているので別に早い遅い関係ないと思うよ。
トラスさんとひと悶着あった『妖精の騎士』は発情期のように甘えまくってくる彼女から逃げるように冒険者ギルドを後にする。
食事を終えた『聖者の騎士』もタングスさんが眠る部屋に向かった。
「はぁ~、なんか、キララってすごい人達と知り合いなんだね」
ミーナは私の近くに寄って来た。去っていく者達の後ろ姿を見ている。
「質の良い人の周りに、質の良い人が集まるんだよ」
「じゃあ、私とメロアも質がいいひとってことだねっ」
ミーナは私に抱き着きながら、尻尾を振る。
子供っぽい仕草を見せる。
やはり、まだ一二歳なのだから子供っぽいのが普通。私みたいな、少しませている方がおかしいのだ。
「じゃあ、今からカレーの材料でも買いに行こうか。フレイズ家にいる人たちにも振舞いたいし、多めに買って行こう」
「やったぁあ~っ!」
メロアとミーナは両手を持ち上げ、盛大に喜んだ。
カレーは万人受けする料理だ。
きっと食べた覚えがない人でも美味しいと思ってくれるはず。
ウトサを少し手に入れたので、辛い味が苦手な人も多少は食べやすく出来るはずだ。
以前私が香辛料を買ったお店が見えた。交渉の末、沢山の香辛料を安く買えた。
われながら、値段交渉が上手いな。
メロアとミーナは市場に来るのが初めてだからか、多くの人が買いものしている姿に興奮中。
今回は闇ギルドに攫われることなく、市場を楽しめた。
私はまた攫われないかとずっとビクビクしていたけれど、大量に捕まえた影響もあって、二人を狙う者はいなかった。
「これが、ローティアの言っていた争奪戦か……。腕が鳴るねっ!」
「スキルを使わずに、自分の力だけでほしい品を手に入れる。そんなの当たり前!」
メロアとミーナは大量の服が売られている場所で、多くの人々の中に突っ込んだ。
人に揉まれながら、自分が狙っていた品を取り、腕の中に収める。
だが、他の者達も必死。そう簡単に取らせてくれない。
「くぅぅぅ……、一枚も取れなかった……」
「み、皆、強すぎる……」
メロアとミーナは惨敗した。
以前、ローティア嬢が一着もぎ取れたのは中々凄いことなのかもしれない。
でも、二人は外の世界を楽しんでいた。
それだけでも、学園の外に出て来たかいがあるはずだ。
私も二人の喜んでいる姿を見ると、フロックさん達のことが少しだけ薄れる。
良いことなのか、悪いことなのか、わからないけれど考え続けるより心が穏やかなので、問題ないはず。
市場を楽しんだら、すでに帰る時刻になった。
この前みたいに、遅くなると不味いのでさっさとドラグニティ魔法学園まで戻る。
今回は叱られないほどの時間に戻って来た。
ざっと午後六時。正確にいえば午後五時五八分。
メロアとミーナは先に寮に戻り、私はいつも通りキースさんの部屋に向かった。
学園の八階、最も質がいい扉の前に立ち、数回叩く。
中から声が聞こえたので、扉を開けて入った。
「キララ、どうかしたのか? カレーでも持って来てくれたのかな?」
「いえ、違います。『聖者の騎士』のリーダーであるタングスさんが重症を負い、冒険者に復帰するのが難しい状態になってしまいました」
「あのタングスが重症を……。あいつは優秀な冒険者だ。へまをしたとは考えずらい」
「新人のSランク冒険者パーティーのリーダーを守って切られたそうです。ほぼ瀕死でしたが、皆の賢明な治療で一命はとりとめました」
「そうか……、だが『聖者の騎士』はタングスあっての冒険者パーティー。ほぼ解散も同然という状況だろうな……」
キースさんは後輩冒険者パーティーをしっかりと理解しているようだ。まあ、彼からすればほとんど後輩なのだけれど。
「えっと、キースさんはダンジョンの攻略の経験はありますか?」
「キララの口からダンジョンの話が出てくるということは、タングスはダンジョンで怪我を負ったんだな」
キースさんに見透かされており、私は苦笑いしかできない。
けれど、彼はいったん羽根ペンを羽根ペン置きに差し込んた。
「ダンジョンの攻略は一人で行うのは難しい。わしも、一人でダンジョンを攻略しようと思ったことはあれど、ありゃ無謀だ。最低二人、それでも少ないと思うな。ダンジョン攻略に手は何度も貸した。もう冒険者団くらいの人数が必要な時もあった」
「それだけ、ダンジョンは危険な場所ということですか……」
「未知なる場所。どのようなことが起こるかわからない恐怖。閉鎖された空間にジワジワと奪われていく体力。あの場所は人間の危機感を最大限感じさせてくる場所だ。攻略されている場所なら、それほどでもないが、未発見のダンジョンは全くの別物。新種の魔物を相手にしている時と同じ感覚になる」
キースさんでも未発見のダンジョンを攻略するのは骨が折れるようだ。
Sランク冒険者を何十年も続け、ずっと一番の彼が言うのだから、相当厳しい攻略なのだろう。
「『聖者の騎士』が怪我するほどのダンジョンなら間違いなくSランクかAランクの上位の者が入らなければ無駄死にするだろうな。そのような厳しいダンジョンは最近だと珍しい。どこにあるんだ?」
「フレイズ領のフレイズ家が管理している森の中だそうです……」
「……また、何とも不可解な場所に出来たな。今まで、知られていなかったのはおかしな話だ。最近できたのか?」
「それが、一ヶ月以上前にはあったと思われます。そこに、フロックさんとカイリさんが潜入しているので、今回、その二人を助けに行くために『聖者の騎士』が向かった流れです」
「一ヶ月以上もダンジョンが放置されている? フレイズ家がそんな失態するだろうか。もしかすると、隠している可能性もあるな。だが、イグニがそんなことするか……」
キースさんもフレイズ家がどうしてダンジョンを隠しているのか理解できていない様子。
やはり、フレイズ家はダンジョンを認知していないというのが彼の考えだった。
だが、なぜ認知していないのかと言う問題が残る。
その場に何かしらの結界が張られているのだろうか。
だとしたら『聖者の騎士』たちが気づけないはずだ。まあ、Sランク冒険者ほどの力を持った人なら、わかるのかもしれないけど……。
つわものぞろいのフレイズ領ならもっと厳重に隠せる気もする。
「とにかく、フレイズ家に話を聞いてみないといけないな。何か隠しているのなら、すぐに吐き出させなければ」
キースさんは顎髭を撫でながら険しい表情を浮かべ、目を細める。




