ちょっとした女子会
中から聞こえてくるのは三名が談笑する声。
今、冒険者ギルドの古参が瀕死だったなど知らずに、大笑いしていた。
ほんと、気が抜ける人達だ。
私は扉を開き、中に入るとメロアとミーナ、クレアさんがお茶を飲みながら会話している。
とても和やかな光景で、少し廃れた心が穏やかになる。
懐中時計を開くと、午前一〇時三〇分頃。もう、ビー達の仕事が終わっていた。
高級そうな机の上に金貨の塔が八本ほど立っている。
私は何もしていないのに勝手にお金が増えていくのだから、ありがたい限りだ。
「キララ、この金貨って本物なの?」
メロアは机の上に立っている金貨を指さして聞いてくる。
「本物ですよ。ここは会社ですし、私の知り合いが仕事しているんです。もう、話しましたか?」
「うん、クレアさんともう、お友達になれたよ。凄い面白いの。私、こんなお姉さんが欲しかった~」
メロアはクレアさんにムギュっと抱き着いた。
クレアさんは本物の妹を撫でるようにメロアを撫で、可愛がっている。
フェニル先生が泣いてしまうよ。まあ、暴力的な人は誰でも嫌か。
「はぁ~、ここからの景色、最高すぎ~」
ミーナは八階の窓を解放し、入ってくる春風を顏に受けていた。
銀色の髪が靡き、尻尾が大きく揺れる。
窓の先に見えるのは大きなルークス城。
ドラグニティ魔法学園がギリギリ見えるか見えないかといった角度で、凄くいい眺めなのは同感。
「ミーナ、あまり乗り出すと、落ちちゃうからほどほどにね」
「はーい」
ミーナは窓の縁に顎を乗せ、絶対に落ちない高さになって返事した。いい子だ。
私も紅茶を飲み、クレアさんに昨日作った生キャラメルを手渡す。
「この匂いはウトサかしら?」
「はい。私が作りました。一粒食べてみてください」
クレアさんは生キャラメルを口にする。すると、ひっくり返るくらい驚いたのか、勢いよく立ち上がる。
そのまま、窓際の方にふらふらと歩いていくと、窓の縁に乗り出して……。
「うまぁああああああああああああああああいっ」
八階からの大音量に多くの者が驚いただろうが、すぐに風に乗って消える。
あまりの勢いに、クレアさんの体は鹿威しの如く、頭が下に落ちていく。
「ちょ、ちょちょちょっ」
ミーナとメロアがクレアさんの着ていた藍色のドレスのスカートを掴み、事なきを得た。
ほんと、この二人よりもおっちょこちょいで、お転婆なんだから……。
「あぁ~、キララさん、これ、美味しすぎるわ。もう、一瞬で虜になっちゃった……」
クレアさんは両頬に手を置き、大好きな夫とキスしたのかと思うほど顔が蕩ける。
私からしても美味しいお菓子なので、美味しいのは当たり前だ。
「生キャラメルというお菓子です。材料がいい品なので、一粒で金貨八枚くらいしちゃいます」
「なるほど、今、ウトサが高い時期だし、その値段も納得しちゃうわ。でも、こんなに美味しいなら、沢山買っちゃうかも。あぁ、紅茶が一段階美味しく感じる……」
クレアさんは紅茶を口に含み、生キャラメルの甘味を飲み込む。
ミーナとメロアももの欲しそうに見ていたが、昨日あげたので、今日はなし。
ウトサが沢山手に入れば、また作ってあげると伝えると、納得してくれた。
私達は一時間以上話しこみ、すっかりと打ち解け合った。
クレアさんがメロアに結婚の話を始めたら、きゃー、わー、やぁーっ! と凄い騒ぎに。
これだから女子会は止められないぜ。
「クレアさん、そろそろ赤ちゃんが出来てもおかしくないんじゃ……」
「そうね、出来てくれたら嬉しいけれど、私に母親が務まるのか心配だわ……」
クレアさんはお腹に手を当て、苦笑いを浮かべる。
過去、大貴族の家で、多く文句を言われてきた彼女だからこそ、子供もそう言うふうに思われたらいやだと考えているっぽい。
でも、マドロフ家なら問題なさそうだ。
子供を大切に育てられる環境が整っている。なんせ、父親がルドラさんなのだから、賢い子に育つだろうよ。
「はぁ~、結婚かー、良いなー。クレアさん、好きな相手と結婚出来てー」
「えー、なになに、メロアは好きな相手と結婚出来ないの?」
「私、親に勝手に婚約させられて、第八皇子のレオン王子と結婚しなきゃいけないんです。はぁ、本当は結婚したくないけれど抗えなくて」
「まぁ、そうなの。でも、本当に結婚したい人が他にいるんでしょ?」
「はい……、でも、それも不可能なんです……」
「え、どうして? だって、メロアは大貴族だし、選ぶ権利は十分あると思うけれど」
「私が本当に結婚したい相手は実の兄なので……」
クレアさんはメロアの発言を聞いて、体を固めた。
禁断の恋というか、愛というか、実のきょうだいと結婚することは、この世界でも禁忌になっている。
やはり、道徳心は似ているのかもしれない。
「なるほどね。実の兄を好きになってしまったんだ……。そりゃ、辛い状況かもね」
クレアさんは一発で好きになった相手が、ルドラさんだった。彼の方が位は下。
加えてクレアさんがいらなかった実家の方は簡単に手渡せられたという状況が重なり、とても運がよかった。
「私は運よく、好きな相手と結婚出来た。初めて好きになった人と結婚して今、幸せ過ぎてこの先が怖いってくらい、最高の時間を過ごしているわ。でも、今、メロアはものすごく貴重な体験をしていると思う。実の兄を好きになって、でも王子様と結婚しないといけない。そんな経験、中々出来ないわ」
「そ、そんな経験したくなかったですよ。どうせなら、クレアさんみたいにとんとん拍子で、話が進んでほしかったです……」
「そう? でも、私はメロアみたいな苦悩も経験してみたいと思うわ。だって、実の兄とはもともと結婚出来ない運命だし、好きでもない王子と結婚するなんて辛いだけ。でも、もし王子を好きになれたら、幸せな人生が待っているはずよ。もちろん、兄のことを嫌いになる必要はない。でも、諦めることも一歩大人になること。凄く大切な成長よ」
クレアさんは本当に大人になっていた。もう、二年前のころが嘘のよう。
彼女が母親になっても全く問題ないと思えてしまう。それくらい、今の彼女は大人だ。
「うぅ……、クレアさん、大人すぎます……」
メロアは、うなだれた。
実際、クレアさんの言う通り。ずっと嫌っていても仕方がない。
もし、メロアがレオン王子を好きになったら、それだけで二人の関係はよくなる。
まあ、実際問題、レオン王子はメロアよりもローティア嬢の方が好きなんだけれど。
ほんと、この先ドロドロの展開にならないといいな。
こっちは、すでに獣族と大貴族、中級貴族のどろどろ展開で胸焼けしそうなんだから。
「ミーナは好きな相手いるの?」
「います。私は、冒険者になっていっしょに働くのが夢なんです」
「へぇー、立派な夢ね。そのために頑張れるなんて、ミーナの将来はきっと幸せで一杯ね」
「えへへ~、そうですかね~。そうだったら、最高なんですけど~」
「ミーナはすでに金貨二〇〇枚以上、私に借金があるから、忘れちゃ駄目だよ」
私が呟くと、ミーナの顔が固まる。
今まで普通に生活しているが、彼女の生活費は私が出している。
学校に入るためのお金や衣類、教科書代、何もかも、私のポケットマネーから支払っている。
私は特待生で、免除だったからもともと使う分をミーナに渡しているだけ。
でも、私はそこまで甘くないので、利子なしで返してもらう予定だ。
「も、もちろん忘れてないよ。絶対に返すから。うん、冒険者になって一杯お金を稼げるようになったら、絶対に返すよ」
ミーナは両手を握りしめ、私に笑みを見せる。
そうなればいいのだけれど、あまり期待していない。ミーナのずぼらな性格は同じ部屋の私がよく知っている。
私達は正午くらいに部屋を出て一階の食堂に向かった。すると、もう眠りから覚めたのか、私の知り合いたちが食事している。
「……お、お兄ちゃん」
「あぁ、メロア、久しぶりというほどでもないかな」
ニクスさんはメロアを見て、先ほどまで暗かった表情を少しだけ明るくした。
その時点で、彼の兄力の大きさがわかる。
妹に辛い気持ちを見せないなど、よく出来た兄だ。
いつの間にか私の周りにロールさんと、イチノロさん、チャリルさんがいて、ムギュっと抱き付いてくる。
クレアさんよりも大人の人達に抱き着かれるのは少々むさくるしい。
「あぁ、舞い降りた天使……、やはりキララちゃんは神が私達に送ってくれた遣いなんだわ」
「神の存在は否定したいが、キララちゃんの存在は肯定する」
「女神の化身と言っても過言じゃないくらい、キララちゃんは神秘的過ぎるわ……」
皆さん、私に対して少々過剰な信頼を置きすぎ。暑いし、早く離れてほしいんだけれど。
私は皆さんを押して、離れてもらったあと、椅子に座る。
何でも頼んでいいと言われたので、ミーナやクレアさんの料理も一緒に頼んでもらった。
ミーナは大量に食べるので、彼らの財布を圧迫するだろうが、まあ気にしなくてもいいだろう。




