フレイズ領のダンジョン
「き、キアズさん。僕たちが見て来たことを話します……」
「ニクス、あまり無理するな。君も相当疲れているはずだ」
「問題があったらすぐに言うのが決まりのはずです」
「……わかった。話を聞こう」
キアズさんは椅子に座ったまま、ニクスさんに向って頷いた。私も話を聴く。
「僕たちはフロックさんとカイリさんと探してフレイズ領にある深い森の中に入っていきました。地図を見ながら光の差す方向に慎重に移動していき、もう少しで到着できるところでした。そこにあったのはダンジョンの入口でした」
「ダンジョン。なるほど、そう言うことか……」
「僕たちもダンジョンの中に入って散策しようとしたんですが、ものすごく広くて。ダンジョンを攻略するつもりではなかったので、すぐに引き返そうとしたんです。そうしたら、いきなり攻撃を受けて。タングスさんが僕の盾になって、大怪我を負いました」
ニクスさんは両手を握りしめる。泣きたい気持ちを我慢して、タングスさんならこうするだろうと冒険者らしく振舞っている。
やはり、彼に冒険者の素質があって、タングスさんも彼を死なせたくないと思ったのだろう。
だから、身を挺して彼を守った。そう考えるのが一番タングスさんらしい気がする。
「タングスさんはこれからどうなるんですか。僕のせいで『聖者の騎士』のリーダーがあんな体になってしまって……」
「ニクス、気に病むな。多くの熟練冒険者は皆、後輩たちを生かそうと動く。だから、タングスも若いお前を守ったに過ぎない。その後の自分のことなんて全く気にしているわけがない。だから、お前がそんな顔していたら、あいつも悲しむぞ」
キアズさんはものすごくギルドマスターをちゃんとしていた。
最近は私に泣き着いてばかりだったから、少々見くびっていたが、彼もれっきとした冒険者で今は最も大きな冒険者ギルドウルフィリアギルドのギルドマスターなのだ。
そりゃあ、貫禄があって当たり前か。
「さて……、一つ思ったことがある。『妖精の騎士』と『聖者の騎士』の話はいったん置いておくが、この場所にダンジョンがあるなど、私は知らなかった。これは、フレイズ領の者が言っていないのか、はたまた知っていて隠していたのか、どちらの可能性が高いだろうか」
「えっと、ダンジョンって詳しくは何ですか?」
「キララさんは知らなくても無理はない。ダンジョンは冒険者の仕事先の一つと言っても良いくらい専門的な場所ですからね」
キアズさんはダンジョンについて教えてくれた。
どうも、ダンジョンはいきなり現れる不思議な場所らしい。
宝石や魔石、魔物の類が階層に分かれた部分に沢山あったり、なかったり、謎の多い場所と言う。
わかっているのは地脈が集まっている部分に出現しやすいということ。
沢山の魔力が集まる場所にダンジョンが生れる。
すでに、沢山のダンジョンがあるが、ほとんどが踏破され、地図も作られるくらい行きやすい場所らしい。
強くなりたい人とか、魔物を倒して冒険者ランクを上げたり、素材を取ってお金稼ぎしたりと、意外に利益が出るらしい。
ただ、管理されていないダンジョンや見知らぬダンジョンもまだたくさんあると考えられているんだとか。
ただ、今回のダンジョンはフレイズ領の森の中にあった。
加えて、そこは許可なく立ち入れる場所ではない。
フレイズ家の許可を取ってから行かなければならない場所。
もちろん、ニクスさんや聖者の騎士達も許可を取っているはず。
ダンジョンを発見したら、すぐに冒険者ギルドに知らせる義務があるそうだ。
どうも、魔物達がダンジョン内から溢れ出てくる可能性があるらしい。
ものすごく危険だから、通報しないといけない。なのに、フレイズ家はダンジョンの存在を教えてこなかった。と言うことは知らなかった可能性が高い。
けれど、自分達が管理している場所なのに、ダンジョンが発見されていないということがあり得るのだろうか。
少なくとも、一ヶ月以上前からフロックさんとカイリさんはその場にとどまっている。
可能性として、ダンジョン内を調べていたというのが、光の動かなかった原因だろう。
ライトも、ダンジョン内の移動を計算に入れていなかったのかもしれない。
「はぁ……、とにもかくにも、フレイズ領でダンジョンを発見できたのは大きい。あそこは猛者ばかりが集まっているからな。普通にフレイズ家の者が調べるだけで方が付くかもしれない」
「そうだと良いんですけど、あのタングスさんをぶった切るほどの強力な魔物がいると思われます」
「タングスにあれだけの重症を与えられるのはAランク冒険者の中でもそうそういない。危険なダンジョンなのは間違いないだろう。とりあえず、ニクスたちは休暇を……」
「いえ、僕たちは一度、実家に帰ります。この話を両親にしなければ……」
「そうか、ニクスはフレイズ家の人間だったな。なら、お前に今回の話をフレイズ家の当主にしてきてくれ。その後、どのように動くのか、魔法なり、伝書鳥なり、ウルフィリアギルドに伝えてほしい」
「わかりました」
ニクスさんはキアズさんに頭を下げて、ギルドマスターの部屋を出ていく。
彼の顔が腹の据わった表情で、どこか無茶しそうな雰囲気がぷんぷんした。
「まったく、若い奴はこれだから困る。休むことを知らんのだろうか」
キアズさんは額に手を当て、深くため息をついていた。
まあ、わからなくもない。このまま、次の顔になりうるニクスさんが大怪我を負えば、ウルフィリアギルドにとって、大きな損失になる。
ただでさえ、タングスさんが冒険者を引退せざるを得ない状況。
もう、キースさんもいなくなり、最悪『聖者の騎士』もいなくなれば、八組いたSランクパーティーは六組になり、ニクスさんがリーダーの『妖精の騎士』が七組目、でもとても心もとない。
「他のSランク冒険者さん達は、どこにいるんですか?」
「他の領土に散っていて、難しい依頼をこなしている。まあ、フェニル以外はな……」
キアズさんはさらに大きくため息をついた。
きっとフェニル先生が一番強いというか、一番安心して仕事を任せられる人物なのだろう。
なんせ、彼女はほぼ不死身。
傷を負っても、フェニクスの炎で大概治る。
タングスさんのうけた傷もたちまち治るだろう。もしかすると彼女に頼めば、タングスさんの体も治るかもしれない。相当魔力を必要とするだろうけど。
「だが『聖者の騎士』はもう平均年齢が四〇代近かった。冒険者をやるには厳しい年齢だ。金も溜まっているだろうし、ここら辺が辞め時だろうな……」
「八〇歳でも現役バリバリだった、キースさんって相当やばいんですね」
「あの方は化け物だから、他の人と比べない方が良い」
キアズさんにとって、キースさんは化け物だという。
彼が、大のブラットディア嫌いと知らないから、そう思うかもしれない。彼にも大きな弱点は存在しているのだから、普通の人間と言ってあげてほしい。
「じゃあ、私はこれで。えっと、ダンジョンをほったらかしにしておいて最悪な事態って何かわかりますか?」
「そうですね、ダンジョン内で魔物が溢れかえり、階層を上って来た個体が領土に一気に広がるとかですかね。ダンジョン内の大きさにもよりますが、最低一体は強力な魔物が存在します。その個体が村を滅ぼしたり、昔は国を滅ぼしたりといった被害をもたらしました」
「なるほど……、そう考えると、早急に対処する必要があるわけですね」
「その通りです。まあ、すでに管理された森ですから、一般人が入り込むことはないでしょう。その点はとても運がいい。ニクスがフレイズ家に話を通してくれれば、こちらも仕事がやりやすくなる。今回は大人に任せて、キララさんはお気になさらぬよう……」
――気にするなと言われても、フロックさんとカイリさんがダンジョンに入りっきりなんて、どうなっているか心配に決まってるじゃん。
私は胸に常につけているフロックさんのお母さんの形見を握りしめた。
もう、一年近く彼に会っていない。
びっくりするくらい会いたくなる時が、月に数回あって、ほぼ毎日彼を心配している気がする。
こんなに、苦しい気持ちにさせている男が危険な状態と聞かされたら、心がどうにかなってしまいそうだ。
「キララ様、落ちついてください。ライトさんの観測魔法によると、魔力は十二分に残っています。ですから、死にかけという訳ではないでしょう。彼らは強いですし、そう簡単に死にませんよ」
ベスパはライトの観測魔法陣が写っている地図を指さしながら教えて来た。
キアズさんの部屋にあるコルクボードに地図が張られており、冒険者達の光が沢山映っている。
その中のフレイズ領の森の中に光る二つの点、その光は未だに明るい。それを見るだけで、安心感があった。
――キアズさんに言ったら、絶対に止められる。でも、私達はもうすぐ園外授業でフレイズ領に行ける。その時に、少し調べてみよう。
「そうですね。遠くから調べるよりも、近くで調べた方が確実です。ただ、タングスさんが戦闘不能になるほど危険な場所ですから、細心の注意を払う必要があるでしょう」
ベスパも翅を鳴らし、赤い警報ランプのように光ながら警告してくる。
それだけ危険な場所だということ……。
ベスパに地図を記憶させ、ある程度の位置情報を手に入れた後、私はキアズさんの部屋を出て、八階の八号室にあるビーの巣にやって来た。




