瀕死のSランク冒険者
「何かあったんですか?」
「『聖者の騎士』のタングスさんが瀕死の状態でして」
「え……」
「今、多くの者が手を尽くして命を繋ぎとめている状況で……」
タングスさんが大怪我? 瀕死の状態? Sランク冒険者のリーダーなのに?
私の頭の中がお気楽な状態から、一瞬で厳しい世界にいるのだと引き戻される。
「メロアさん、ミーナ。八階の八号室にある、ビーの巣と言う部屋に入っていて。私はちょっと用が出来た」
「ちょ、キララ、どこに行くの!」
メロアとミーナは私の姿を追おうとしたが、途中でやめ、そのまま八階に向ってくれた。
私はタングスさんがいると思われる、治療室に向かう。
冒険者ギルドは多くの冒険者が仕事で怪我して戻ってくるので、その怪我を治すための場所が用意されていた。
私はその場所を知っていたので、勢いよく駆ける。
回復魔法やポーションを使えば、確かに命はつなぎとめられるかもしれない。ただ、人の体力が落ちれば、効力も減る。
回復魔法は使えないが、大量の魔力と縫合が得意なネアちゃんの力で、大概の傷は治せる。
私が行かない理由もない。
治療室に到着し、ベスパに鍵を開けさせる。
中はあわただしく、多くの回復役の魔法使いたちが賢明に動いていた。
Sランク冒険者の男性を死なせるわけにはいかないのだろう。
すぐ近くに泣いている仲間達の姿が見える。
イチノロさんとロールさんはベッドの上で倒れているタングスさんに大声をかけ続け、声がしわがれていた。
回復魔法を使える聖職者のチャリルさんがタングスさんに魔法をずっとかけている。もう、顔面蒼白で、ほぼ魔力を使い切っているような状態。
今はニクスさんやミリアさん、ハイネさんもいる。
ハイネさんも回復魔法を使い、タングスさんの体を回復させているようすが見て取れた。
――ベスパ、ハイネさんとチャリルさんの体にビーを付けて。
「了解です」
ベスパは軽く発光し、私の魔力を送れるビーをハイネさんとチャリルさんにくっ付ける。
私の大量の魔力を両者にビーを介して流しいれた。
「な……っ!」
ハイネさんとチャリルさんは大量の魔力を体に入れられたことによって、髪の毛がふわりと浮き上がり、体がキラキラと光る。
すでに魔力が満パンになってしまったらしい。
「き、キララちゃんっ……」
周りにいた知り合いの皆が、私を見る。
まるで神を見るような眩しい視線を送って来た。
私はタングスさんの方に駆ける。
彼の姿を見ると、右腕左脚がもげ、左肩から右腹まで大きく縦に一線が入っていた。
まるで、大剣で切り裂かれたかのような傷跡……。ものすごく痛々しい。
回復魔法で、内臓の修復は完了しているようだが、裂傷は未だに治っていない。
血の量は私の魔力で保管して、髪留めになってくれていたネアちゃんをタングスさんの大きな傷に投げ入れる。
この傷でどうやって生きているのかわからないが……、タングスさんの体力がありすぎると勝手に結論付け、ネアちゃんに傷を縫合してもらう。
「す、すごい。魔力が溢れてくる。いくら、回復魔法を使っても全然減らない」
「あ、ああ……。これなら……」
チャリルさんとハイネさんは目を合わせ、一段階、二段階強力な回復魔法をかけ始めた。
大量の魔力が消費されるが、私の魔力を使えば全く問題ない。
他の回復役の方や奇跡、聖水を運んでいた者達はベスパが事前に眠らせており、私の姿は知り合い以外誰も見ていない。
私が到着して八分。タングスさんの体に縫合の跡は残っているが、それでも生きている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その場にいた多くの者が尻餅をつき、私は大きく腹式呼吸して心臓の音を静めた。
背後からタングスさんの愛人というか、パーティーメンバーのロールさんが抱きしめてくる。
「ありがとう、キララちゃん。本当に、ありがとうっ……」
「お、落ちついてください。あのタングスさんがこんなひどいけがをするなんて、いったいどんな依頼を……」
彼は冒険者の中でも一番位が高いSランク冒険者なのだ。
パーティーでとは言え、Sランク冒険者は他の冒険者よりも明らかに秀でている。
タングスさんは盾を持ち、前衛を張るタンクという職種だ。その彼がこのありさま……。
「タングスさんは僕を庇って……」
近くにいて、うなだれていたのはニクスさんだった。
タングスさんが率いる『聖者の騎士』は最近Sランク冒険者になった『妖精の騎士』たちと一緒に行動していた。
『妖精の騎士』たちはまだ実力が足りなかったが、以前プテダクティルを大量に倒した結果、Sランクに成れてしまった。
力が付いていないとして、力を付けてもらうためにSランク冒険者のもとで修業中だった。その仕事の際、何かあったようだ。
とりあえず、皆、超疲れていた。すでに三日三晩睡眠不足だという。
タングスさん同様に、しっかりと寝てもらおう。
「皆、ばたばたと倒れるようにして、眠たね」
ベスパが皆にハルシオンを打った頃、扉が開いた。
「キララさん……」
ウルフィリアギルドのギルドマスターである、キアズさんだった。
私が着たことを聞きつけたのか、すぐに治療室に入って来て周りを見て驚きの表情を浮かべた後、ベッドで健やかに眠るタングスさんの姿を見る。
「た、タングス……。生きているのか?」
「はい、生きていますよ。でも、本当にギリギリでした。ここまでくる間に死んでいないのが奇跡ですよ……」
キアズさんはその場で尻餅をつき、肩で息を吸っていた。
同期が瀕死の状態でやって来たのだから、心がどうにかなってしまったのだろう。
「キアズさん、タングスさんは無事ですから、安心してください」
「あ、ああ。でも、キララさんが来てくれてよかった。そうじゃなければ、タングスは死んでいたかもしれない……」
キアズさんは私をぎゅっと抱きしめて、感謝してくれた。
女の子に無断で抱き着くなど犯罪に近いがまあ、許そう。
キアズさんは私を放し、そのまま立ち上がってタングスさんの様子を見に行く。
切られた手足は持ってこられなかったらしい。あったら繋げられたかもしれない。
手と足がなくなってしまったら冒険者はもうできないだろう。
タングスさんのいなくなった『聖者の騎士』はどうなるのだろうか。
「キアズさん、冒険者パーティーの団員が欠けると冒険者パーティーの位とかどうなるんですか?」
「冒険者パーティーのメンバーが入れ替わるのはよくあることです。なので位は変わりません。ただ『聖者の騎士』からタングスがいなくなれば明らかに弱くなる。前衛がいるのといないのとでは、冒険者パーティーの生き残り具合が違います。今回、彼がいたから、多くの者が生き残っていると言っていいでしょう」
「なるほど、タングスさんが皆を守ってあんな傷を……」
「まだ、詳しい話は聞けていませんが、タングスがこの状態で戦えるわけがない。引退せざるを得ないでしょう。『聖者の騎士』に入れる優秀な前衛が現れればいいですが、Sランクパーティーを引っ張っていた、リーダー格に成れるものはほぼいません」
「でしょうね。ただのタンクなら変えようがあるかもしれませんけど、タングスさんは司令塔であり、皆の頼れるリーダー。そんな人がたくさんいるわけがない。じゃあ、実質『聖者の騎士』は解散……」
「その可能性はおおいにあります。ただ、一人一人質が良いので、他の冒険者パーティーに入って仕事をすることは可能です。ただ、タングスを失った心の傷は深いでしょう」
キアズさんは周りで寝ころんでいる皆を見回し、一呼吸置いた。
その後、私をウルフィリアギルドのギルドマスター室に連れて行った。
「彼らが受けた依頼内容はSランク冒険者のフロックとカイリの様子を見てくると言うものです」
「人探しみたいな依頼ってことですね……」
「はい。場所は危険ですが、討伐でもなければ調査でもない。他のSランクの依頼と比較しても安全な依頼だったはず。でも、蓋を開ければタングスが瀕死になるような重症を負って帰って来た」
「じゃあ、フロックさんとカイリさんがいる森の中にものすごく危険な魔物がいるってことですか?」
「わかりません。その点は目を覚ました彼らに聞かないと何とも。ただ、私はカイリから教えてもらったこの地図で、タングスたちの光とフロック、カイリの光が近づいている姿を見たんです」
キアズさんはライトが作ったGPSのような道具を私に見せる。
以前も同じ場所にフロックさんとカイリさんの光があった。
そこに近づいたというのだから、両者が動かないというのはおかしい。もしかしたら、近くにいたけれど接触していなかったという可能性も。
「近くによっていったあと、タングスの光が弱まり多くの者が光から逃げだしました。そう考えると、フロックとカイリと思われるものに攻撃された可能性がある」
「な……、そんな、どうして」
「わかりません。わからないことだらけです。生きて帰って来た者に話を聞けば、幾分か真相がわかると思われます」
生きて帰って来た者が多いので、多くの情報が得られるはずだ。
ライトが作った魔法に何かしら問題が起こっている可能性は低い。
もし、フロックさんとカイリさんが皆を襲ったのだとしたら、明らかに異常だ。何かあったとしか思えない。
私はメロアとミーナのところにどのような顔で、帰ればいいのか。
私が部屋を出ようとしたら、もう起きたのかニクスさんがギルドマスターの部屋に入ってくる。




