歯磨きの習慣
ざっと八分ほど自問自答した後、
「モークルの乳油。でも、それだけじゃ、もっと油っぽくなるはず。なら、モークルの乳と合わせて纏まりを持たせたあと冷やしてモークルの乳油とウトサの特性で固まったのね」
「お見事……」
「ふふっ、わたくしに掛かればこのくらいの品、すぐに見抜けますわ」
ローティア嬢は口もとに指を当て、セクシーなポーズで、勝ち誇ったドヤ顔を見せてくる。
少々イラっとするが、彼女の考察は的を射ておりさすがルークス王国で一番お金持ちの大貴族の娘といったところ。
「でも、ここまで雑味がないなんて、おかしいわ。モークルの乳と乳油なんて、そもそも手に入りにくい高級食材。どうやってこんな上質なお菓子を作ったの?」
「えっと、私の知り合いが上質なモークルの乳と乳油を売っていまして……」
「なるほど、マドロフ商会ね。お菓子業界にすら手を突っ込んできたなんて……。ますます、お父様が夜寝るのを怖がりますわ……」
ローティア嬢はふふふっと笑い、どこか楽しそうにしていた。
お父さんが苦しむ状況に楽しんでいるって、どういう精神だ。
そもそも、マドロフ商会はもとからお菓子業界に手を出している。というか、食材のおかげで危機を上手く乗り切ったのだ。
その時、私が大きく貢献しているので、実家の品を横流ししてもらっている。
もちろん、運賃は払っている。
「この品が、マドロフ商会の棚に並ぶのは目に見えているわ。でも、さすがのマドロフ商会でも、この品を安い値段で売るのは不可能ね。そう考えると、貴族相手に売るのかしら」
ローティア嬢は勝手に話を脳内で作り上げ始めた。
これは私が作って、ただ自己満足のために食べようと思っていた品なのに……。
「え、えっと、ローティアさん。これは私が作ったお菓子で、どこにも売るつもりはなくてですね」
「はい? 何言っているの。こんな品を食べさせておいて、どこに行っても買えないっていうの。そんなの、わたくしが許さないわ!」
ローティア嬢は私の肩を掴み、揺さぶって来た。
どうやら、毎日食べたいらしい。もう、すぐにでも買いたいようだ。
だからって、マドロフ商会に売らせようとしないでほしい。
なんせ、マドロフ商会の社長である、ルドラさんの父ケイオスさんはまだ、ウトサの販売権利を王様から貰っていないのだ。
そのため、マドロフ商会で甘いお菓子が発売されたら、犯罪だ。
ローティア嬢が生キャラメルを毎日食べられるようになる日はまだまだ遠いだろう。
でも、私は彼女に作り方を教えた。どうせ、部活の報告書を作る時に書いて提出するのだから、問題ない。
「えっと全て上質な品で、ウトサとモークルの乳、モークルの乳油を鍋に入れて火にかける。焦げないように溶かし、纏まりが出てきたら別の容器に移して冷やし固める……。だけでいいの?」
「ま、簡単に言えばですけど。でも、焦がさないようにするのが意外に難しいので、作る時は気を付けてくださいね。失敗したら、もったいないので」
「確かにそうね。でも、その食材を使って作ったさっきのお菓子。一粒でいくらするのよ……」
「そうですね、高騰しているウトサが八〇〇グラムで金貨八〇〇枚なのだとしたら、五グラムで金貨五枚。モークルの乳とモークルの乳油も高いので、一粒金貨八枚くらいですかね」
「うぅーん、今の時期なら仕方がないかもしれないわね。あのおいしさなら打倒な値段だわ……」
ローティア嬢はウトサの高騰を感じているのか、苦い顔で頷いた。
にしても、一グラムのウトサが金貨一枚は高すぎるだろ。
貴族でも手を出しづらくなっているよ。
このままじゃ、もっとお菓子文化が廃れてしまうじゃないか。
「はぁー、ここまで美味しいお菓子を食べて感動したのは久しぶりよ。ありがとう、キララ。あなた、お菓子作りの才能もあるのね……。そこまで多彩だと、いっそ清々しいわ」
ローティア嬢は嫉妬深いが、相手を認められる懐の深い女性だ。あまりにもカッコいい。
「ローティアさん、えっと……私が作ったお菓子、また試食してくれますか?」
「当たり前でしょ。悔しいけれど、美味しいお菓子に罪はない。値段を言ってくれれば、払うわよ。ま、わたくしがお金を払いたくなるほどのお菓子をそう、何個もポンポン出てくるとは思えないけれどね」
ローティア嬢は金貨八枚を私に差し出した。
先ほどの生キャラメルのお金だろう。あんな一個の生キャラメルで、金貨八枚はもらい過ぎている。
でも、ローティア嬢が払いたいと思ってくれたのだから……、ありがたく受け取っておこう。
「ローティアさんのお茶会に出せるようなお菓子も考案しておきますね」
「あら、気が利くじゃない。貴族の皆が腰を抜かすくらい美味しい品を作ってくださいまし。もし、皆が笑うようなお菓子ならば、キララとは絶交よ」
「そ、そんなー、圧力が大きすぎますよ……」
「ふふふっ、一日だけの絶交で許しておいてあげるわ」
ローティア嬢は魔性の笑みを浮かべ、長い金ロール髪を靡かせ、食堂を後にした。
あまりにもツンとデレが過ぎる。
今はデレの方が大きかった。
心が溶かされてしまいそうだったよ。まったく、ローティア嬢が可愛すぎて困るんだが。
私はローティア嬢のお茶会用のお菓子を考えると言ってしまった。だが、仕方がない。
言ってしまったのだから考えるしかないじゃないか。
園外授業の後くらいになるだろうが、ローティア嬢をあっと言わせ、貴族たちに腰を抜かせるほど美味しいお菓子を作らないとな。
まあ、その前に園外授業をこなさないと単位が貰えないから、風邪をひかないように注意しないと……。
私は少し冷めてしまった料理に手を付け、お腹を満たす。
私が料理を得ていると、ミーナとメロアがやって来た。
誰から話しを聞いたのか、びっくりするほど美味しいお菓子を作ったと聞きつけたらしい。
「ちょっと、キララ。聞きたいことがあるんだけど」
「そうそうー。キララ、ものすごく美味しいお菓子を作ったらしいじゃん」
二人の良い方が物凄く不良っぽい。
私はカツアゲされる対象のような気分になり、笑みで乗り越えようとするも。
「なにヘラヘラ笑ってるの。モクル先輩にだけわたして、私達に渡さないつもり?」
「えぇー、何それ、私達もキララと同じ部活なのにー。ずるいずるい」
メロアとミーナは私の体を擽ってくる。何とも厳しい悪戯だ。
殴られないだけマシなのだけれど、お腹が捩じれそうになって仕方がなく渡すことになった。
「スンスン……、す、すごい、ものすごく良い匂いがする……」
「ほんと、こんなに甘い匂いがするお菓子があるのね。ものすごく美味しそう……」
両者は生キャラメルを口の中に入れると顎を動かす。
「んんぁう、くちゃくちゃって歯にくっ付く……。で、でも、おいひぃ~」
ミーナは獣族だからか、柔らかくてネチャっとした生キャラメルは食べにくいらしい。
顎が強いから、もっと硬いせんべいみたいなお菓子の方が好みなのかもしれない。
「あぁ、こりゃ、確かにやばい……。美味しすぎてほっぺたが落ちちゃう……。キララ、これ、お母さんにあげたら絶対に喜ぶよ」
メロアは頬に手を当て、珍しく女の子みたいな可愛らしい表情を浮かべた。
先ほどまでヤンキーみたいな言動を放っていたが、今は変わって生キャラメルの美味しさを知った乙女に早変わり。
「甘い品を食べたら、ちゃんと歯を磨かないと虫歯になってしまいますからね。ただ、水を口に含んでぐちゅぐちゅぺってするだけじゃ、意味がないから」
虫歯は砂糖を食べることによって引き起こされる。
そのため、この世界の人は虫歯が少ない。
まあ、貴族は多いと思うけれど、村人で虫歯を発症する人は本当にいないので、歯磨きの文化もあまり浸透していない。
歯磨きをするための歯ブラシや綺麗な水がそう簡単に手に入らない所もあるだろうけれど。
洗った布で歯を磨くくらいは出来るはずだ。
私くらいの強者になれば、ネアちゃんを口の中に入れて歯間ブラシまで……って、そんなことはどうでもいい。
「は、歯磨きはするよ……。うん、する……と思う」
ミーナはあまり歯磨きしない。
どうも、歯を磨くのが苦手らしい。口の中がぞわぞわするのだとか。まあ、犬の歯を磨くのは難しい。
だから、何かしら噛ませて歯を磨かせる方法も日本で取られている。
でも、ミーナは人間に近いのだから、歯の生え方もほぼ人間と一緒。歯並びは綺麗だし、犬歯が少し鋭いかなっていうくらい。
「歯を磨かないと、ハンスさんに口が臭いって思われるよ。口が臭い女の子は誰だっていやだよ」
「うぅ……」
ミーナは顔を顰め、渋々頷いた。
ハンスさんを持ち出せば、ミーナは大概言うことを聞く。
最悪、布で歯を磨くだけでもいいからと念押ししておき、メロアの方を見た。
彼女はフェニル先生に口の中に炎を入れてもらって汚れを燃やしている場面をよく目にする。
歯磨きよりも雑菌の増殖を防げそうなので、イイのだけれど、自分でやろうよ……。
私は二人に歯ブラシを渡した。毛先がほっそい歯ブラシ。もう、歯茎の間に入り込んで歯垢をしっかりと削ぎ落してくれる。
超振動させれば、電動歯ブラシみたいに仕えて便利。
私は朝、昼、晩と歯を磨きたいが、時間がない朝と昼は魔法で軽く綺麗にしている。
お風呂上りに、皆で歯ブラシをすることになったので、洗面台の前に集合した。
「わ、私も歯磨きをしないといけないの?」
モクルさんはビーが作った歯ブラシを手に持ち、元気がなさげ。彼女もミーナ同様に歯磨きが苦手らしい。




