かなわない恋
「キララさん、遅かったですね」
「近くの厩舎に寄っていたので遅れてしまいました」
私はサキア嬢と裁縫の練習をしたり、ちょっとしたお金の勉強をしたり、家庭科部の活動にかけそうなことを増やしていく。
料理のレシピを提出すれば、部活の活動内容と一致するはずなので問題ない。
「キララさんって、家でお小遣いはいくらもらっていたんですか?」
「えー、お小遣いですか? お小遣いなんてゼロですよ」
「えっ、お小遣いゼロ。そんな家庭もあるんですね……」
サキア嬢は諜報員だが、良い所のお嬢様でもあると思われる。
お小遣いをもらえる家庭は裕福なのが当たり前だ。
貧乏なのに、子供にお小遣いを上げている余裕は一切ないだろう。
「私は月にシーミウ国の金貨を一〇枚ほど貰っていました。価値はルークス王国の金貨とほぼ同じですけどね」
「月に金貨一〇枚のお小遣い。凄いですね。私のお父さんの月収は金貨二枚でしたよ」
「えぇ、やっぱり、田舎は田舎なんですね……」
サキア嬢の少々棘のある発言は私がアイドルだった時に聞いた、女優達の話みたいで、なつかしさがあった。
アイドルを下に見ているという訳でもないと思いたいが、自分達の方が上だと言いたい感は醸し出している。
ほんと、歌って踊れるアイドル、演技ができる女優、どちらも変わらないと思うけれど……。
まあ、男は好みが関係してくるだろうな。
今の私のお小遣いは仕事で出た利益。
お小遣いといっていいのか、収入といっていいのか。
私が働いているわけではないので、財布の中にいつの間にかお金が増えている状態。
お金のありがたみは忘れていないが、少し感覚がずれそうで怖い。
だから、お金は出来る限り使わないようにしなければ。
午後七時頃、部活を終えサキア嬢は学者女子寮に戻った。
私はバートン達の厩舎に向かう。
「ちょっと、モクルさん、マルティさんを放してください」
「そっちこそ、マルティさんを放しなさいよ」
「フグ、ふぐぐぐ、ふググググウぐぐぐう……」
厩舎の中で、マルティさんは当たり前のように二名の女性に挟まれていた。
モクルさんの胸に顔が挟まり、リーファさんが後ろから挟み込んでいる形。
両者とも離れる気がしない。
いったいどうしてそうなった……と言いたくなるが、このままだとマルティさんが窒息してしまう。
ビーを使ってモクルさんとマルティさん、リーファさんを軽く離れさせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。あ、あれ、め、眼鏡、眼鏡……」
マルティさんは眼鏡が外れた。
そのまま、近くにいるモクルさんの方に四つん這いで歩いていく。モクルさんの頬に触れ、ものすごく近くまで顔を近づけるが、誰だかわかっていない。
「うぅん……、この匂いはモクルさん……かな」
「は、はわわ……、はわわわわ…………」
モクルさんの顔は真っ赤っか。
マルティさんは眼鏡を外すとドチャ糞イケメンだ。
見つめられたらコロッと恋に落ちてしまうかもしれないほど甘いマスクを持っている。
性格が良いイケメンほど強い存在は存在しないだろう。
まあ、眼鏡を付けさせてイケメンじゃないように見せているのは、すぐ背後で眼鏡を持っているリーファさんなのだけれど。
リーファさんはすぐに動き、マルティさんに眼鏡を付ける。そのまま、抱き着いてモクルさんから離れさせた。
「な、なにが、なんだか……」
眼鏡をいきなりつけたり、外されたりしたら三半規管が狂って酔ってしまう。
その影響か、マルティさんはフラフラだった。酸欠も影響しているだろう。
「ご、ごめん、マルティさん……」
モクルさんが小さな声で謝る。
「き、気にしないで。なんか、懐かしい感じがしたから……、感謝したいくらい……」
「むぅぅぅぅううぅぅう~」
リーファさんはマルティさんの顔を自分の胸にムギュっと押し付けている。
羨ましいと思う男子は多いだろうが、修羅場に挟まれているマルティさんは可哀そうだ。
好かれすぎでしょ、マルティさん……。
私は溜息をつく。
毎度こんな感じになりそうで、両者のイザコザを仲裁する気力も失せる。
そのまま、帰ろうと思ったが背後からマルティさんの声が聞こえた。
き、キララさん、助けてぇえ……と、あまりにも情けない声。
発情しているのかと思うほどマルティさんにくっ付いているモクルさんとリーファさんのせいで、彼はまたしても押しつぶされていた。
私はビーを使って三名に距離を取らせる。
その後、すぐに寮に移動させる。
私も冒険者女子寮に戻った後、正気を取り戻していたモクルさんのもとに向かった。
両手で顔を隠し、角で丸まっている。
自分で先ほどの姿を思い出し、勝手に恥ずかしくなっているのだろう。
「えっと、モクルさん。どうしてあんなことに?」
「き、キララさん。その、軽い発情状態になっちゃって……。マルティさんを抱きしめたら止まらなくなっちゃって……。リーファさんと引っ張り合いに……」
「なるほど」
獣族は人族よりも性欲が強いというか……、発情の周期があって、その時期はものすごくムラムラするらしい。
まあ、一五歳くらいからそういうじきかもしれない。
体の構造上仕方ないのだろう。
彼女たちはモークル系の動物から進化したと思われるので、獣の習性を未だに体内に残しているのだ。
人間は常に発情している状態なので、起伏が緩やかだが、獣族は爆発するようにやってくるらしい。
可哀そうとしかいいようがない。
でも、ビースト共和国ではよくあることなんだとか。
だから、この時期、女性は街中を無暗に外出しないらしい。
発情している男に襲われる可能性があるんだとか。
普段は抑えられるらしいが、押さえられない状況だったという。
それはなぜか。まあ、聞かなくてもわかるのだけれど。
「えっと……、まさか、マルティさんが来るとは思ってなくて。あの、その、結構好みというか、超好きというか……」
モクルさんはマルティさんに好意を持っているとわかった。
うん、やはり恋する乙女は超可愛い。
すでに、吹っ切れている様子がある。指先を合わせ、モジモジしているのが色っぽいのなんの。
だが、マルティさんはすでに結婚を約束した相手がいる。
リーファさんという存在がいるのに、モクルさんが選ばれる可能性はゼロに等しい。
悲しいが、かなわぬ恋をしているのだ。
なんせ、マルティさんとリーファさんが婚約していると私以外ほとんど知らないのだから。
「はぁ……。私だって、自分の立ち位置くらいわかっているつもりだったんだけどな。実際、あんな近くにいたら、堪えられなかった。情けない……」
モクルさんは膝を抱え、ふさぎ込んでしまった。
可哀そうだからといってすぐに手を貸したくなるのが私の悪い癖。
手を貸したところで、状況は変わらない。
だから、手を貸すのはものすごく意味のないことだ。でも……、
「モクルさんはビースト共和国に戻るんですか?」
「いや、ルークス王国の冒険者ギルドに登録するつもりだ。国に返るつもりは今のところない。金を溜めて一年に一度は帰ろうと思っているけど」
「なるほど。モクルさんの宗教的に一夫多妻制はありですか?」
「ビースト共和国はほぼ一夫多妻だが? うちは違うけど……」
「あぁ……、そうでしたね。じゃあ、別に偏見はないと」
「強い男に多くの女が集まるのは至極当然だ。だが、ルークス王国は貴族制度。同じくらいの者ならまだしも、私は他国の者に加えて、農民よりちょっとマシな程度。はは……、初級貴族だとしても厳しいと言うのに、中級貴族などに手を出せば、首を切られる可能性すら」
モクルさんはそれでも、マルティさんに好意を持ってしまった。
万が一、マルティさんが許してもリーファさんが許さなかったら辛い生活になるのは変わらない。
マドロフ家の人達が許すのかもわからない。
皆優しいから、口先だけでも良いよと言ってくれるかもしれない。
ただ、本心はボロッカスに悪口を思っている可能性もゼロじゃないのが人間の怖い所だ。




