モクルさんの好きな人
「リーファさんもよかったら、マルティさんと一緒にバートン達のお世話をお願いしてもいいですか? もう一人、私の先輩が手伝ってくれると思うので。えっと、三年生なのでお二人と知り合いのはずです」
「三人もいれば、問題なくバートンの世話ができるね。ああ、でも、リーファちゃんは生徒会があるから、難しいかな?」
「キララちゃん、もう一人にお願いしているって言っていたけど、男、女?」
リーファさんはドスドスと歩いて来て、私の前に立つ。
「え、えっと……、女の人です。獣族ですけど」
「獣族の女の人。むむむむ……、これは危険な香りがする……。マルティ君、私もぜ~ったいに一緒にバートンの世話をする。いい、抜け駆けは駄目だよ」
リーファさんはマルティさんの方に寄る。その後、腰に手を当てながら力強く言う。
「わ、わかった。でも、リーファちゃんが生徒会や部活で送れる時は先にバートン達を世話しているから」
「ま、それくらいならいいけど……」
私はマルティさんとリーファさんに森の中のバートン場へと案内した。
すでに夜遅い。でも、伝えるのは早い方が良いと思い、ついてきてもらった。
「えぇ、な、なにここ。森の中にバートンの厩舎がある……」
「ちょっとしたバートン場もあるよ。いつの間に……」
「以前、バートン達が殺処分されると知った時に、保護した子達です。皆、私が育て、殺処分する必要がないと証明するために働いてもらう予定です。その訓練をするためにここに移しました」
マルティさんとリーファさんは私の話を聞き、口を開けた。
マルティさんは涙ぐみ、そのまま、私をむぎゅ~っと抱きしめる。
リーファさんの目が怖いから、やめてほしいのだけれど……。
「キララさん。僕、もう、もう……、年下とか関係なくキララさんのこと、超絶尊敬するよ。なんでもお願いして。絶対手を貸すからっ」
マルティさんの泣きじゃくりようと言ったら、凄かった。こりゃ、リーファさんの嫉妬する対象が人間ではなくバートンになるのがわかる。
「わ、わかりました。じゃあ、ここの子達の飼育を私が居ない間、よろしくお願いします」
「任せておいて。なんなら、キララさんが帰ってきた後も、手伝うよっ」
マルティさんが近くにいてくれれば、モクルさんも安心するだろう。
モクルさんも動物が好きだし、案外仲良くなれたりして。
それで、リーファさんが嫉妬しても~、マルティ君のバカ~と言った何とも甘い青春が繰り広げられる気がする。
だが、この時、私は知らなかった。この場がハチミツがたっぷり詰まったドロドロのミツバチの巣みたいになることを。
「少し時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやいや、気にしないで。じゃあ、リーファちゃん。途中まで送っていくよ」
「……うん」
リーファさんはマルティさんに手を繋がれたとたん、耳をじんわり赤く染め、小さく頷く。
このおしどり夫婦が結婚するときに、私がスピーチしてあげよう。学生のころからラブラブで、ずっと眼福でしたと。
マルティさんとリーファさんは月あかりが差し込む森の中をゆっくりと歩く。
いい雰囲気の中で談笑しながら寮に戻った。
どこかで、チュッとしていたらもっと面白いのにと思いながらも、そういう関係になるのはまだまだ先かな……。
私も寮に帰る。残念ながら、面倒臭い執事のようなベスパと一緒だ。
私もイチャイチャできる相手がいたら楽しいんだろうなーと呟いてみるも、現実は甘くなく、そんな存在は一瞬で現れない。
寮に戻って夕食を得た後、皆でお風呂に入る。そんな中……、
「ねえ、キララの好きな人ってどんな人?」
ミーナは私に聞いた。
ほんと、女子はこう言う系な話が好きだよな。前にもされた気がするし、私もした気がする。
「そうだなー、頼りになる人かなー。じゃあ、ローティアさんの好きな人はどんな人ですか?」
適当に答え、さっさと別の人に振る。
「わ、わたくし……。そうですわね、やっぱり一生懸命な人がいいかしら。適当に物事を進める人は嫌いですわ。メロア、あなたはどんな殿方が好みかしら?」
「えぇー、私はやっぱりニクスお兄ちゃ……、じゃなくてうーん、どうかな、優しい人? ありきたりすぎるかもしれないけど。じゃあじゃあ、モクル先輩は?」
「えぇ……。そ、そうだなぁ……」
モクル先輩はお湯の中で小山座りをしながら指先を合わせて考え始める。
モークルのような耳がピコピコと動く。すると頬がお湯に浸かっていた時以上に赤くなる。
「えっと……、勇猛果敢で、皆をできるだけ平等に扱って、獣族とか人族とか偏見を持っていなくて、動物に好かれていて、頑張り屋で、物事に取り組んだら周りが見えなくなっちゃうちょっとドジな所もあって、でも、凄い所は凄いみたいな……」
私達はモクルさんの好きな男性像にピンとこなかった。
ものすごく条件が多い乙女系の人なのかもしれない。
でも、モクルさんは普段強気に振舞っているが実際は乙女なので、そういう傾向があってもおかしくなかった。
ただ、どうも具体的だ。もしかすると……、
「モクルさん、好きな人でもいるんですか?」
「ふえぇっ!」
モクルさんは背中からいきなり突かれたみたいな反応を見せた。
元から可愛らしい顔が真っ赤になる。
おやおや、これはそう言うことですかな~。
「ちょっとちょっと、キララ、そんなことを直接聞いちゃ駄目じゃない。もー、ほんと、おバカね。これだから、村娘は~」
ローティア嬢はモクルさんの姿を見て、面白がった。
大貴族のご令嬢も、そう言うお話は大好きなようだ。
そりゃあ、貴族は好きな人と結婚するのが難しい。
親が昔から決めた婚約者とか、利益が見込めそうな相手としか結婚出来ない。
でも、モクルさんは貴族じゃない。貴族より自由な恋愛や結婚が出来る。まあ、相手にもよるけれど。
「う、うぅ……。そ、そんな、なんで……」
「いや、モクルさんが乙女すぎてですね、何となくわかっちゃいました」
「うぅぅぅうぅ……、は、恥ずかしいよ……」
モクルさんは両手で顔を隠す。だが、大きな胸は隠れきれていない。ううーん、怪しからん。なんだ、そのでかい胸は。頭隠して胸隠さずってか? はぁ~ん。
私はモクルさんの体を引っぱたきたい気持ちになりながら、胸の内側に押し込める。
モクルさんから好きな人の話を聞き出そうとするが……、
「お、おしまい、もう、おしまいー。じゃ、じゃあ、私はもう出るから」
モクルさんは一切喋らず、そのままお風呂から出た。残念……。
好きな人を言ってくれたら、手を貸してあげようと思ったのに。
まあ、モクルさんの好きな相手が貴族だったら、少々きついけど。
私達は溜息をはき、もう少しお湯に浸る。
「ローティアさんは園外授業にどこに行くんですか?」
「わたくしは、クサントス領に行く予定ですわ。キララ達は?」
「私達はフレイズ領です。近くですけど、全然違う場所ですね」
「そのようね。まあ、八日間程度の園外授業が終われば、また寮で会えますわ。三人とも、おっちょこちょいだから、怪我だけに気を付けてくださいまし」
「もう、バカにしないでよね。私にとってはほぼ実家みたいなものだし。いや、実家か……」
メロアはローティア嬢の発言に微笑みながら返した。
両者とも、初めはいがみ合っていたが最近は結構良い関係が続いている。
相手の良い所悪い所を一ヶ月ほどで知り尽くして仲が良くなったのかな? まあ、仲が深まるのは良いことだ。
「ローティアさんも、気を付けてくださいね。助けに行こうにも時間がかかりますから」
「もう、わたくしの心配より、自分の心配の方を優先した方が良いわよ」
「そうですけど。ローティアさんが怪我でもしたら……」
「先生たちもいるし、問題ないわ。前と同じようなことにならないわよ」
――そこが怖いんですよ、ローティア嬢……。
ローティア嬢のクラスの担任はカーレット先生だ。
そのため、彼女がまたしてもローティア嬢を殺そうとしたら……。
園外授業中なら、暗殺の時間はいくらでもある。
でも、多くの目を盗んでローティア嬢を殺そうとするのは難しいはずだ。
以前、ローティア嬢が攫われた際、さらに多くのメイドや執事が彼女に付けられた。
皆が、買収されていないことを祈る。
でも、私のビー達を付けているので、私が命令を出さなくても、ローティア嬢の危機が迫ったら助けるように伝えてある。
毒入りの料理や、夜襲なんかにも対応できるようにベスパに育ててもらった。
彼女が殺されるのは絶対に嫌なので、陰ながら守る。
私達は体を洗ってお風呂を出た。寝る準備を終えたら部屋に戻る。
「はぁ~、まさか、モクル先輩にも好きな人がいたとは~」
「まだ、確定しているわけじゃないけど、その可能性が高いね」
ミーナと私は部屋の中に入り、フルーファの体をまさぐりながら遊んだ。
最悪、フルーファをローティア嬢に付けさせるのもありか。
フルーファがいれば、敵襲が来てもローティア嬢を守れるはず。
でも、使役スキルを持っているわけじゃないローティア嬢がフルーファをいきなり従えているのはおかしな話か。
私は机に移動し、ミーナはベッドに移動した。
勉強を進めた。その間も、頭の片隅にモクルさんの好きな人の像がぼんやりと浮かんでくる。
「勇猛果敢で、皆をできるだけ平等に扱って、獣族とか人族とか偏見を持ってなくて……、動物に好かれていて、頑張り屋で、物事に取り組んだら周りが見えなくなっちゃうちょっとドジな所もあって、でも、凄い所は凄い人……」
もやもやーっと頭の中で、そんな人いるかなーと思いながら、羽根ペンを走らせる。
――バートン達の暴走に突っ込んでいく人は勇猛果敢だろうか。




