部活動をこなす
「フレイズ領はルークス王国の北側に位置する領土です。街の大きさは王都とほぼ同じ。人口は八〇万人を超える大きな領土です。資源は特にありません。ただ、巨大な森が近くあるようです。多くの者が兵役につき、他領に行って役目を果たし、上位の者はフレイズ領を守る者になるのが一般的みたいですね」
サキア嬢の情報収集はさすがプロ。
しっかりと調べられており、フレイズ領の外面が固まる。
だが、内面は行ってみないとわからない。
料理が美味しければいいのだけれど……、なんか辛そうな料理が多そうなイメージがある。
「はぁー、スージアさんと同じ部屋で寝泊まりになったらどうしよう……。おそっちゃおうかな。もしかしたら、襲われちゃうかも~」
「何とも大人な発言ですね。サキアさんは本当に一二歳ですか?」
「それを言うなら、キララさんだって、一二歳に見えませんよ? 見かけはもっと若く見えます」
サキア嬢はふふふっと悪い笑みを浮かべた。
私はギリギリと歯ぎしりしそうになりながら、呼吸を整えた。
「とりあえず、フェニル先生に言われた品を準備しないといけないですね。サキアさんはどんな品を持って行きますか?」
「うーん。変装道具とか、暗器とか、毒物とか」
「すっごい物騒なものを持って行くんですね。誰かを殺す気ですか?」
「もう、そんな怖い顔しないでくださいよ。誰彼構わず殺すようなことはしません。でも、悪い者は殺してもいいと思ってますよ」
「シーミウ国って意外に物騒なんですか?」
「そりゃあ、沢山のお金があるところに、悪い人が来ないと思いますか?」
サキア嬢は微笑みながら、大きな胸をカウンターに乗せる。
それだけ大きな胸をなぜ一二歳が持っているのか全く理解できない。羨ましいぜ、この野郎。
「シーミウ国の話を聞きたいんですけど、いいですか?」
「嫌です。秘密事項が多いので、色々考えていると疲れちゃいます。そもそも、本当は私が諜報員だとバレた者は殺さないといけないんですよ。でも、キースさんしかり、スージアさんしかり、キララさんを殺せる気が全くしないので、こうやって仲良くしているだけです」
サキア嬢はとても優秀な諜報員のようだ。
まあ、黒い髪と同じように手も黒く染まっているのかもしれない。
でも、こうやって話している分には同じ一二歳の美少女。彼女も何かしら抱えている一人なのは間違いない。
「じゃあ、サキアさんは何のために家庭科部に入ったんですか?」
「うーん、暇つぶし? キララさんが、どういう部活をしているのか気になったんです。何かしらいい情報が得られないかなーと思って。キララさんもシーミウ国の諜報員になれば、大金が入ってきますよ。キララさんの能力を持っていれば、普通に雇ってくれるはずです」
「いやですよ。何か秘密の情報を知ってしまったら、お前には消えてもらうとか、言われて殺されそうですもん。私はそういう犯罪に手を染める気はないので」
「犯罪じゃないですよ。立派な防衛手段です。シーミウ国は小さな国ですからね。周りから狙われやすい。シーミウ国を奪おうとする悪い輩も一定数います。そう言う者をいち早く見つけて処理するのが国を守る一番の手段なわけですよ」
「へぇ……、まあ、悪い人がこの世界からいなくことはないので、大変な仕事ですね」
「ほんとですよ。だから、私もこの国で死んだことになってスージアさんと駆け落ちするつもりです」
「…………本当に一二歳ですか?」
私はサキア嬢の考え方が大人すぎて、再度疑った。
まあ、サキア嬢が死んだとしてその後、サキア嬢の名を捨て、自由に生きるのも一つの選択だろう。
私は何も言うまい。でも、ドラグニティ魔法学園に通っていたサキア嬢がいなくなったら、学歴が機能しなくなる。
仕事のためだけにドラグニティ魔法学園に入ったのか……。優秀なんだな。
「家族とゆっくり余生を楽しみたいなら、田舎暮らしをお勧めします」
「そうですねー。田舎で暮らすのも悪くないですね。はぁ~、早く自由になりたい」
サキア嬢はブツブツと鬱憤を漏らし続ける。
ずっと溜まっていたのだろう。吐き出せる場所がないから、ここで吐いてやると言わんばかり。
私は酔っぱらったおばさんの長いどうでもいい話を聞いている気分になった。
これがマスターの辛い所か。
接客のために満面の笑みは一切崩さず、笑い続け、サキア嬢が気持ちよく喋られるように尽くす。
だが、なぜ私がそんなことしなければならないのかと思い立った。
部活動で、同じ仲間なのだから、気にする必要ないじゃないか。
「サキア嬢、愚痴ばかり言っていないで部活しますよ。部活ー」
私は針と糸、布をカウンターの下から取り出す。
「あぁ、そっか。ここ、部室だった……。雰囲気が良すぎてお店だと思っていましたよ」
「そう思ってくれたのならよかったですけど、部活しないと、部費がおりません」
私とサキア嬢は縫物を始める。
ハンカチに名前を縫い付けるという簡単な作業のはずだが……、私は裁縫が苦手なので、茶色っぽいハンカチが赤く染まっていく。
「き、キララさん、不器用過ぎません?」
サキア嬢は布にサキアとしっかりと縫い付けていた。
凄く綺麗に縫われており、裁縫も出来てしまうのかと感心した。
まあ、裁縫は苦手分野なので仕方がない。
なんせ、針を使うから……。死ぬ危険はないとわかっていながらも、昔を思い出してしまう。
練習するために何度も指を汚しながら、縫い付けていく。
「あわわ……、き、キララさんの裁縫、危なっかしくて見ていられません」
サキア嬢は私の手を握り、止めてくる。
指先からぽたぽたと落ちる血液があまりにも綺麗な紅色。無地のハンカチに広がり、バラのように見える。
「そ、染め物ハンカチの完成です~」
「持っていたら、呪われそうですね……」
私に裁縫の才能はない。
何度練習しても失敗ばかり。
でも、部活動なのだから裁縫を克服するために時間を使っても悪くないはずだ。
サキアさんに裁縫の方法を教えてもらいながら、ぎこちなく指を動かす。
魔力量が多いので、少し力加減を間違えると、針が曲がる。使い物にならない。
無理やり戻すとパキと割れるので細心の注意が必要だ。
集中して部活に取り組んでいたら、午後七時頃になった。
「あ、もうそろそろ解散の時間ですね」
「そうですね。今日は一緒に活動が出来て楽しかったです。ありがとうございました」
私はサキア嬢に頭を下げ、一緒にビーの喫茶を出た後、近くのバートン場に脚を運ぶ。
ビー達が連れ戻してきた個体に餌を与え、体をしっかりと労わってあげる。
するととても良くなついてくれた。
まだ、三日しか経っていないが、すでに心を開いてくれているようだ。
私にしたがってくれれば、悪いようにされないと理解したのだろう。
これで、もっと戦力になるように育て上げれば完璧だ。
「皆、私は五月の中旬ごろに、フレイズ領に行かないといけなくなったから帰ってくるまでの間、モクルさんに来てもらうね。あと、一人、バートンのお世話が大好きな人にお願いしておくから」
「はーいっ!」
バートン達はぶるるる~っと返事して、私を見送ってくれる。
私はモクルさんともう一人くらいいないと八〇頭のバートンの面倒を見るなど無理だと思い、バートン術部の厩舎に向かう。
すると、丁度会いたい人が物凄い熱量でイカロスの体を綺麗にしていた。
「マルティさん、こんにちは」
「ああ、キララさん。こんにちは」
以前の授業参観の時にもみくちゃにされて、怪我を負っていたマルティさんはすっかり元気になった。
バートン達のお世話を心から楽しんでいるような笑みを浮かべている。
茶色っぽい髪は少々長めで、目や耳にかかりそうだ。
邪魔なのか手で払い、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、私の方に視線を向けた。
「マルティさんにお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
「お願いしたいこと?」
「はい。私、もうすぐ園外授業があって、五月の中旬あたりからフレイズ領に行くことになってしまいました。ざっと八日くらい帰ってこられないので、私が預かっているバートン達のお世話をお願いしたいんです」
「なるほど、そう言うことなら任せておいて。ここにいる子供達も僕に任せてよ。もう、すでに食欲旺盛で、絶対大きなバートンになるってわかる。僕、カーレット先生みたいなバートンの調教師になるのがちょっとした憧れだったんだ」
マルティさんはものすごく元気よく私のお願いを聞き入れてくれた。
たった二日間ほどバートンと触れ合えていなかっただけで、バートンへの愛が爆発している様子。
そのせいで、後方に頬を膨らまし、むむむ~っと怪訝そうな表情を浮かべている美少女が一人。
「もう、マルティ君はバートンのことばっかり。私も全然会えてなかったんだから……、ちょっとは構ってくれないと……」
後方にいた金髪の女性はマルティ君の幼馴染兼結婚相手の女性。リーファさんだ。
学校のアイドル的存在で、多くの男子から熱い視線を受けている。
女子達からの信頼も厚く、もうみんなが大好きな女性。
だと言うのに何よりもバートンが大好きなマルティさんのことが好きすぎる女の子……。
メンヘラ気質が難点だが、マルティさんが浮気するようなことは天地がひっくり返ってもないと思うので、問題ない。




