部員に感謝
私はサキア嬢の両手を握りしめ、笑った。
目の前にいる人はシーミウ国の諜報員だが、関係ない。
すでに手の内を知っている仲だ。
諜報員と言っても、ルークス王国に対する諜報員であって、私に何の害もないはず。
なんなら、私にとっては利点が大きい。
シーミウ国はウトサとソウルを沢山持っており、他国と貿易することで大金を得ている国だ。
小国ながら、ルークス王国と同じくらい栄えており、お金持ちの国というのがとても印象深い。
ただ、今のルークス王国とシーミウ国の仲は結構悪い。
以前の魔造ウトサがルークス王国内で広がった時、周りから輸入するのを限りなく止めた。
ルークス王が認めた者以外はウトサを売ってはならないという法律のような規則が生れた。
その影響で、大量のウトサが買われなくなってしまい、シーミウ国は怒っている状況だ。
最悪、ルークス王国と手を切ることも視野に入れているらしいので、どうにかして貿易を円滑に進めてほしい。
だが、魔造ウトサの厄介性が足を引っ張っている。
変な魔造ウトサを売るよりも、他国と貿易した方が儲かるはずだ。
なのに正教会のバカたちが、自分達のお金欲しさ、なんなら多くの信者を得るために、自分達だけが得しようとしている。
どうにかして、闇を暴かないとルークス王国だけではなく多くの国が、魔造ウトサによって壊滅してしまう。
ただでさえ、悪魔の対処で手いっぱいなのに、そんな政治面でも苦しめようとしてくる彼らは何を考えているのやら。
二限目の授業が終わり、昼休みの時間がやって来た。
私達はいつも通りの生活を送る。
一ヶ月も学園で生活していれば、生活の流れは固定化される。
私は教室でローティア嬢が来るのを待ち、メロアとミーナは食堂に走り込み、ライアンとパーズも食堂に向かう。
スージアとサキア嬢はどこかで一緒に食事しているだろう。
八分もすれば、ローティア嬢が教室にやって来た。
教室に来ればレオン王子に会えるので授業がある日はほぼ毎日やってくる。
今日は完全にメイクを決め、金髪ロールもいつもよりマシマシ……。
もう、すっごいお嬢様感満載。
教室に入るや否や彼女の周りから花が舞っているかのよう。
レッドカーペットを歩く世界的スターのような雰囲気を醸し出している。
「ごきげんよう、レオン王子。調子はいかが?」
「うん、そこはかとなく元気だよ。ローティアも足の怪我はもう治ったのかい?」
「ええ、すっかり元通りですわ。今日から乗バートン部に復帰いたしますから、その時はよろしくお願いいたします」
ローティア嬢は制服のスカートを軽く持ってお辞儀。
とても、自然な所作で、さすがの一言。
今、レオン王子に催眠が掛かっているかどうかはわからない。
でも、どこかソワソワした雰囲気はあった。
ローティア嬢の姿をチラチラと何度も見ている。
どう見ても、ローティア嬢が気になっている様子だ。
「レオン王子も一緒にお茶しますか?」
「い、いいの?」
レオン王子は表情を明るくして、椅子を持ちながらローティア嬢の隣に座る。
どうやら今のレオン王子に催眠は掛かっていないらしい。
以前の授業参観の時にキアス王子から何かを言われていたが、あの時に何かあったのかな。
もしかすると、レオン王子があまりにも使えないから、見放された可能性もある。
そうだったら良いけれど……。
レオン王子が隣に来てローティア嬢も結構焦っている。
三日目に自分のお見舞いに来てくれただけでも嬉しがっていた。
今、隣で一緒にお茶を飲んでいるだけでも、さぞかし嬉しいだろう。
もう、紅茶を持つ手が震えている。
笑みが抑えきれず、口角がぴくぴくと震えていた。
ローティア嬢にとって、さぞかし嬉しい昼休みだったのか、もう、最後はずっと笑顔。そのまま教室を出て行った。
レオン王子も手を振り、鼻の下を伸ばしている。やはり、王子と言えど、好きな相手と話せたら嬉しいらしい。
「はぁ、やっぱり、ローティアは可愛いな……。でも、キアン兄様の言いつけは守らなければ」
レオン王子はぼそぼそと呟きながら、椅子に戻る。
その言葉から察するに、自分を洗脳するのは止めさせてもらう代わりに、メロアとの婚約を承諾したのかもしれない。
け、健気すぎるよ。可哀そう過ぎるよ。
好きな相手を好きだと認識できるようになったのは良いとしても、好きでもない人と結婚しなければいけないなんて……。
まあ、それが王家の務めなのかもしれないけれど、現代人だった私からすれば、好きな人と結ばれてほしいよ。
私はレオン王子に悟られないように、何も話しかけはしない。
彼がそれでいいと決めたのなら、私が出る幕もない。
最悪、一夫多妻制でどうにか出来ないかな。
ここは日本ではない。
実際、妾という存在が許されている国だ。でも、大貴族の娘を妾にするのは厳しいか。
ウンウン唸りながら、昼の授業のために服を着替える。
レオン王子は部屋の外に出て、教室外にいた女子は教室の中に戻ってくる。
第一闘技場でみっちり辛い体育のような運動をこなし、そのまま、ゲンナイ先生の剣術の授業を受ける。
へとへとになったら、最後の授業を受けるために、教室に戻って来た。
お婆ちゃん教師に睡眠魔法のような授業を受け、授業終わりに掃除し、解散。
部活に行く者ばかり。
「サキアさん、今日はどっちの部活に行きますか?」
「そうですねー。今日はキララさんの部活に行こうと思います」
黒髪を後方に流し、サキア嬢は微笑んだ。
この微笑みも嘘だと思うと女優の才能があるとしかいいようがない。
サキア嬢と共に森の中に向かった。
ビーの喫茶が夕日に照らされており、真っ赤に燃えている。
その風景は田舎にある、知る人ぞ知るお店風。扉を開けると、カランカランと木のぶつかり合う心地よい音色が響いた。
「うわ……、な、なんですか、ここ。いつの間に、こんな場所が」
サキア嬢は部屋の中を見回して、雰囲気にどっぷりつかっていた。
窓から差し込む赤い光が室内を紅色に染め上げ、とても温かみがある。
椅子に座って静かな森の音を聞いているだけで、心が落ち着く。
「ささ、座ってください。紅茶を入れますね」
私はサキア嬢をカウンター席に座らせた。
その後、手と口内を『クリーン』で綺麗にして、紅茶を入れる。
カップから登る白い湯気が、香りを放ち、お店の中をより一層、高級喫茶店に仕上げてくれる。
「どうぞ、ブレンドティーです。お好みで、ミルクを注いでください」
「ありがとうございます」
サキア嬢は田舎にやって来た大女優風の雰囲気を放ちながら、マスターの私が淹れた紅茶をすっと飲む。
ぷはぁーと吐く息に色気が乗っており、近くに男がいたら、ドキリとしてしまうこと間違いなし。
「マスター、私、悩んでいることがあるんです……」
サキア嬢は雰囲気にのまれたのか、カップをソーサーに置いて、話しかけてきた。
「どうしたんですか。私でよければ話を聞きますよ」
「私の彼氏、女の子に一杯視線を向けるんです。私に視線を向けても、おっぱいばかり。もう、私はおっぱいじゃないって言うのに……」
知らんがな。おっぱいがない、私にそんなこと言われても困る。
まあ、今の私はマスターでサキア嬢はお客さん。別に寸劇しているわけじゃないんだけど。
「男とは、そう言う存在ですからね。おっぱいやお尻が大好きなんですよ。どんな男でもそうです。だから、サキアさんの気持ちの方が大切だと思いますね。そんな男でも好きなら、いいんじゃないですか?」
「マスター……」
サキア嬢はふわりと笑い、紅茶を飲みながら気分を良くしていた。紅茶を飲み終わったころ、私は話しだす。
「えっと、サキアさん、改めて部活に入ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、魔術部に入ったのはただ単にスージアさんを調べるためだったので、思い入れはありません。こんなに美味しい紅茶が飲めるのなら、私は断然家庭科部の方に入り浸ります」
「紅茶一杯金貨一枚です」
「…………」
「嘘です」
私は笑顔を作る。
サキア嬢は苦笑いを浮かべる。冗談を言い合えるような仲なので、別に構わないだろう。
「丁度、目に入りにくい場所ですし、秘密基地として使えるかもしれませんね」
「そうですね。まあ、すでに一時の危機は去りましたが、まだ何も解決していません」
私とサキア嬢はこの先の話し会いを始める。まず、直近にある園外授業の話だ。
「サキア嬢はフレイズ領に行った覚えがないんですか?」
「通った覚えはあります。でもそれだけです。メロアさんから情報を聞き出そうにも、あまり話したがらないですし、調べられることはすでに知っているようなことばかり……」
サキア嬢はメモ帳をパラパラとめくり、沢山の情報を収集しているんだなとわかる。
裏表びっしり詰まったメモを見返していると、ある場所で止まる。




