園外学習
「あー、今日は連絡事項が一つ。五月の中旬ごろから一年生の園外学習がある。一から八組まである中、八組はフレイズ領に行くことになった。他の組のいくつかはフレイズ領に行くだろうが、そこんところは知らん」
――いや、知っていないと駄目でしょ。適当すぎるよ、フェニル先生。
「行って帰ってくるだけなら簡単だが、園外学習だ。フレイズ領に行ったら別の課題が出されるだろう。まあ、フレイズ領に行けば私を軽くひねるような奴らばかりだから、皆の刺激になる。丁度良いな」
フェニル先生はさらっと怖い発言をした。
あのフェニル先生を軽くひねる人が沢山いるらしい。
いや、どんな領土ですか。
そんな領土、小さな王国よりも強いでしょ。
色々突っ込みたいところだが、今はまだ連絡事項だけなので、潔く耳を傾ける。
「皆、バートンに乗ってフレイズ領まで向かう。一日も乗っていればつくほど近場だ。でもバートンが乗りこなせないなら、荷台に乗って荷物と一緒に運ばれてもらう。それが嫌ならバートンをできる限り乗りこなしておくように。あと、八日分ほどの衣類を用意しておけ」
フェニル先生は言い残すことがなくなったのか、言葉をつぐむ。
手を上げて質問してもいい雰囲気になったので、私は手を上げてフェニル先生に聞いた。
「泊まる場所とか、方法は決まっていますか?」
「緊急の場合がない限り、野宿はしない。普通はドラグニティ魔法学園が持っている他領の施設に泊まるんだが一年八組は少人数に加え、フレイズ領の責任者フレイズ家の当主がぜひとも我が家にと学園長に手紙が届いたらしい。よって私達はフレイズ家にお世話になる」
フェニル先生とメロアは苦笑いを浮かべ、私達も絶句する。
どうやら、以前私達の授業参観を見ていたフレイズ家の当主であるイグニさん直々の誘いだそうだ。
ドラグニティ魔法学園に出資している家の当主からの誘いを断るわけにもいかない。
超安全といってもいいフレイズ家にかくまってもらえるとなれば、キースさんも首を縦に振る以外なかっただろう。
フェニル先生とメロアはものすごーく嫌そうだけど……。
私からすればありがたい。
でも、待てよ。メロアとレオン王子が一つ屋根の下で過ごさなければならないのか。それはちょっとやばいかもしれん。
「ま、怖がる必要はない。なにかされたら、私が吹っ飛ばすから、安心しろ。悪い大人から体を触られそうになったら、全力で叫べ。私が触ろうとした奴を灰にしてやる」
フェニル先生の言葉は本当にしそうな勢いと強さがあった。
人を灰に出来るほどの火力があるのかと思うと怖いが、安心感は強い。
フェニル先生に質問する者は私以外にいた。
「えっと、服以外に用意するものは何かありますか?」
スージアは手を上げ、フェニル先生に聞いた。
「食事はこちらで用意する。勉強道具や暇つぶしの本、自己防衛に必要な剣や武器など持参は自由だ。だが、盗難されても知らん。自分が管理できるだけの量を持っていけ。フレイズ領で土産が買いたいと言いうのならば、金を持って行くのもいいだろう」
「わかりました」
他に質問する人はおらず、フェニル先生は教室を後にした。
入れ替わるようにしてキースさんが教室に入ってくる。
「えー、今、フェニル先生から聞いたと思うが、この時期の一年生は園外学習をこなす。名目は組の者と仲良くなるためというのが大きい。加えて、王都内しか知らない生徒に世界の広さを見せるという目的もある。ここにいる者の多くが他国や他領から来ている者ばかり。二つ目の学習の意味は薄いかもしれん」
キースさんはフェニル先生の説明不足をよく知っているのか、私達になぜ園外学習するのか教えてくれた。
レオン王子は王都から出た覚えがないという。
他の貴族の子息たちも王都以外に行く必要がほぼないため、王都の中から出た覚えがない者が多いそうだ。
だから、無理やり、外に出して世界の広さを知ってもらう必要があるらしい。
いやはや、よく考えられているね。
といっても、フレイズ領は近場なので私からしたら隣町に行くような感覚だ。
半月かけて王都に移動するほど遠い、なんなら、レクーじゃなければ一ヶ月は掛かる可能性すらあるほど遠い場所に住んでいた私からすれば、大した課外授業でもなさそうだ。
「えっと、フレイズ領に行って何するんですか?」
「それは、行ってからのお楽しみと言うもんだろう。なに、野生の魔物を狩りまくれと言うつもりはない」
キースさんは笑いながら、園外授業の話を止める。
「キースさんはどこの組を見るんですか?」
「わしは一日起きに他の領土を飛び回ってちょくちょく見て回るつもりだ。箒から落ちないようにしなければな」
はっはっはと笑っているが、他の領土を飛び回る気満々。
命綱がない状態で箒の上に乗る命知らずのお爺さんは、髭を撫でている。
なぜ、そこまで余裕をぶっこいていられるのか。これが、強者の余裕というやつかな。
「園外授業は一年生にとって必須の授業だ。出られなかった場合、来年の一年生と共に参加してもらうことになる。風邪をひいてしまったら、見知らぬものと時間を過ごさなければならないと思っていた方が良いぞ。体調管理はしっかりとしておくように」
私達は頷き、キースさんの魔法学基礎を受ける。
園外授業、フレイズ領、何もなければいいが、何もないというのはないんだろうな。
だって、フェニル先生とメロアの実家に行くんだもんな。
あの両親にまた会わないといけないと思うだけで、胃がキリリとするよ……。
私達はキースさんの授業を受け、休憩時間になった後、メロアの元に集まった。
皆、園外授業の場所となる、フレイズ領のことが気になるらしい。
王都の次に栄えていると言ってもいいはずだが、実際に見た覚えがないのでわからない。
「ねえねえ、メロア。フレイズ領ってどんなところなの?」
ミーナは尻尾を振りながら、メロアにキラキラと輝く瞳を向ける。皆、質問しようとしていたからか、耳を傾けていた。
「えぇ、どんなところって言われても。うーん、赤いかな。建物とか服装とか、色々赤いものばかり。暑苦しい感じの場所。まあ、私の感覚だけどね」
赤い品が多いというのは、私からしたら縁起が良いような気もする。
赤と紅の色は似ている。紅白という縁起が良い色をよく見て来たから、そう思うだけで、こちらの人は紅白の垂れ布を会場に飾ったりしない。
紫色の方が染料の取れにくさから、高貴な色という認識が強いかな。
「赤色が好きな人が多い領土ってことかな。血に飢えているのかも……」
「確かに、戦いが好きな人は多いよ。喧嘩するのは当たり前みたいな。ふと見れば、拳と拳で殴り合っている姿が見られる。それで、周りも盛り上がるから、ちょっと狂っているかも」
メロアが狂っていると言うくらいだ。相当血の気が多い領土なのだろう。
まあ、その人達を取り締まるのがフレイズ領の領主であるイグニさんの役目だ。彼が強いのも納得。
「フレイズ家に泊まるって、フェニル先生が言っていたけど、どういうふうに泊まるんだろう? 一人一部屋? それとも、男女で分かれて四人ずつかな?」
「さぁー、どっちでも問題ないくらい部屋数は多いから気にする必要ないんじゃない」
メロアはあくびをしながら、園外授業の話はもう良いよとばかりに机に突っ伏す。
メロアのことを思って聞いているのだけれど。
まあ、学生のメロアに聞いてもわからないか。行ってから考えないと駄目だな。
丁度休み時間だったので、私はミーナとメロア以外の者に作ったチラシを配る。部活勧誘のチラシだ。
ライアンとパーズ、レオン王子、サキア嬢、スージアに渡してみて反応を見る。
男の反応は薄い。まあ、家庭科部だし、家庭のことを男がやると言うのはまだ浸透していないのか、自分達がこんな事ができたところでー、という反応。
「キララさん、私、入ってもいいですよ」
「本当ですか。ありがとうございますっ!」
サキア嬢は私が渡したチラシを見て、家庭科部に興味を持ってくれた。
魔術部との兼部で入ってくれることになった。
まあ、皆兼部なので、部活の活動が私一人ばかりになってしまいそうな気はするものの、いくらか部費を分けてもらえる可能性が出て来た。
そのためには色々な成果を残す必要がある。
世界がわかってしまわない程度に、有益な品を作り世界に浸透させる。
そうすれば、部費を沢山回してもらえて、高いウトサを使った料理も作れるようになるかもしれない。
そう思ったら、やる気が出て来た。
私だけの部活、私が楽しむ部活、何とも自分勝手だが、この世界に来て私が決めたことは自分のしたいように生きるというもの。
だから、何ら問題ない。




