新入部員
「暇な先生かー、どこかにいるかなー? って、先生よりも部員を探さないと行けないんだってば」
午後五時頃まで、部員を募集してみたがやはり誰も集まらない。
料理が作れるようになる、掃除ができるようになる、裁縫が出来るようになる、お金に詳しくなると言った利点は一杯あるのに、貴族たちの興味を絶妙に刺激できていない。
まあ、乗バートン部のように沢山集まっても困るか。
私は潔く冒険者女子寮に戻った。
清潔感満載の食堂で夕食を得ながら、部活について考える。
ほんと、ずっと考えてばかりだな……。
ちょっとは脳を休めないと頭がパンクしちゃうよ。そうはいっても、勝手に考えちゃうんだよな。
パンをむしゃむしゃ。肉をナイフで切って、フォークを使い口に運ぶ。
スープをずずっと啜って飲み込んでむなしくなってきたらパンをちぎって口に運ぶの繰り返し。
「キララ、ボーっとしているんじゃないわよ。口の中を噛むわよ」
ローティア嬢が私の隣に座った。
化粧していないが、髪はロール状に整えられている。すっぴんの金髪ロールも悪くないな。
「ハムハム。はぁ……、キララのカレーが食べたい……」
「考えちゃ駄目、あれは悪魔の料理よ。心を奪われたら、一瞬で虜になってしまう魅惑のような料理なんだから。舌がピリッと痺れるのに奥からうま味がじんわりと出てきて、パンとの相性が最高に……。あぁあ~、駄目駄目」
ミーナとメロアは昼頃に食したカレーに毒されていた。
そりゃあ、日本の定番料理。
一〇〇人のうち、八〇人はカレーが好きだと答えるだろう。
家庭ごとに味が違うのも面白い、だいたい美味しいし、万能すぎる。
モクルさんの方を見ると、カレーのことを頭から消そうとしているのか爆食していた。
「カレー、カレー、カレー。じゃなかった。えっと、えっと……、肉カレー」
やはりモクルさんもカレーに毒されている。
じゃあ、キースさんもカレーの味が忘れられずに、今頃の頭を抱えて苦しんでいるかもしれない。
カレー中毒……、そんなものは普通ない。カレー食中毒ならあるけど、それはタブーかな。
夕食を終えた後、お風呂に向かう。
私の作ったカレーに毒されたミーナとメロア、モクルさんは苦しそうに唸りながら何か意を決したような表情を浮かべていた。
「キララっ、私、部活に入るっ!」
ミーナが目を血走らせながら迫って来た。
そんなにカレーが好きになっちゃったの。
効果絶大だな。
決して、危険物質が入っているわけではない。私も食べたし、単純に美味しすぎて気が狂っているだけか。
「わ、私も入るわ。毎日いけないけど、昼の休憩時間とかなら全然問題ない」
メロアも髪の色を真っ赤に燃やし、私に迫って来た。
これで二人、後、一人入れば部活、同好会程度に認めてもらえるはず。
モクルさんの方に視線を向けたが、彼女は堪えていた。部長が兼部するのはさすがに駄目だと思ったのだろう。
でも、二人入ってくれたのであと一人入れれば、問題ない。
やっぱり、近くの人を誘ったほうがよさげだな。
明日、教室の皆に声をかけてみるか。
私達はお風呂に入り、身を清めた後、掃除してピカピカになった部屋に戻った。
フルーファの姿が、木製の床に反射するほどピカピカ。
いや、ピカピカすぎるでしょ。木目がなくなっちゃって、フローリングみたいになってる。
木がささくれなくていいけど……。
私は勉強机に座り、ミーナはベッドにダイブ。
勉強が終わったら、私もベッドに寝ころんですやすやと眠りに付く。
次の日、私は朝五時に起きていつも通り散歩に出かける。
騎士男子寮の近くを通るのがいつもの道だ。
すると、いつも通り朝が早いパーズとレオン王子がいた。
昨日はものすごいきつそうな表情を浮かべていたが、今日は普通。
打ち込み稽古よりも、素振りの方を重視している。
レオン王子も焦るのを止めたのか、パーズから剣筋の矯正を受けている。
なんなら、プルウィウス連邦の剣術まで習っていた。
強くなる気は満々で、その熱量のまま、成長すればきっと多くの生徒の上に立っていても何もおかしくないくらい存在になっているはずだ。
女の私が、男達の鍛錬を見ているのは無粋だと思い、さっさと戻って私も鍛錬を開始する。
剣を振り、軽く体を動かしたら勉強といういつもの流れ。
いつも通りというのがどれだけ素晴らしいことか、わかっている人は意外に少ない。
いつも通り良い行いをすれば未来は明るいし、いつも通り悪い行いをすれば未来は暗い。
私達の未来は日ごろの週間からできている。
そのことを私は意識しながら生活しているだけ。決して、暇なわけではない。
朝食を食堂で取った後、今日は学園の授業があるのでトランクを持って登園する。
多くの生徒達は眠そう。
朝からバリバリ動いて、眠気が吹っ飛んでいるのは騎士寮の者達くらいだ。
彼らは集団生活を余儀なくされる騎士のような生活を送っている。
生産性が高い朝のはずだが、良く思っている者は少ない。
「はぁ、まじで面倒くせぇ。なんで、俺、騎士寮なんかに入ったんだろう。普通に冒険者寮にしておけばよかった……」
朝っぱらから項垂れているのは、同じ教室に通っている同級生のライアン。
橙色髪が一ヶ月で耳にかかるくらいまで伸びている。
髪が鬱陶しいのか、良く前髪を掻き上げる仕草が増えた。
髪を切らないと、目が悪くなったり耳が聞こえにくくなる問題が出てくるので散髪した方が良い。
まあ、そろそろ騎士寮の整髪検査なんかもあるだろうから、勝手に切りそろえられるだろう。
「騎士団長の息子が何を言ってるのさ。プルウィウス連邦の騎士として恥ずかしいよ」
ライアンの隣にいたのはすでに目が覚めているであろうパーズの姿。
青髪は一ヶ月前とほぼ変わらず、定期的に切っていると思われる。
規則正しく生活する必要がない彼はほぼ毎日鍛錬しても問題ない。
そりゃあ、皆『完全睡眠』なんていうスキルを持っていたら、朝起きる苦行がないも同然。
ライアンもそう思っているのか、ジト目をパーズに向け、深いため息をつく。
同じ騎士寮のレオン王子の姿はなく、すでに登園していると思われる。
「ふわぁ~、私、騎士寮に行かなくてよかった~。朝から訓練があるとか、可哀そう~」
メロアはライアン達を見つけ、朝、好きな時間まで寝ていられる冒険者寮の良さを顏で表現している。まあ、ドヤ顔と言うやつだ。
「くぅ……、来年は冒険者寮に変えようかな……」
「駄目に決まってるでしょ。ライアンは騎士団長の息子……」
「いちいちうるせえな。そのことはどうでもいいんだよっ!」
ライアンはパーズに向って吠える。寝不足気味なのか、やけに機嫌が悪い。
まあ、親の七光り状態なのだから、常にストレスがかかるのもわかる。
親が偉大すぎると子供の重圧は半端ではない。
遺伝の関係があるからといって、同じことで親を超えるのは難しい。
英雄の息子が同じく英雄になれるのかといわれたら、頭を抱えるだろう。それと同じだ。
きっとプルウィウス連邦の貴族たちはライアンが騎士になると疑っていないだろう。
彼が騎士団長になるものだと思っているのかもしれない。
でも、ライアンに騎士になる気持ちがないのなら、もの凄い嫌な圧力でしかない。
可哀そうなような、羨ましい悩みのような。
それを、自分より優れた親友にいわれるのだから、辛さもひとしおだな。
「……キララ、俺、騎士に向いてないと思うんだけど」
ライアンは私の肩に手を回してきてブツブツ言ってくる。
私はハエを払うようにライアンの手を叩き、聞き流す。
「知らん。騎士に向いているかどうかなんて、騎士じゃない私に言われても困る」
「うぅ、もっと優しくしてくれないと俺、泣いちゃう……」
入学から一ヶ月経ち、同じ教室に八人程度しかいないので、皆の仲は必然と良くなった。
ライアンは女子の中だと私に一番話しかけてくる。
大分気を許している感じがする。
彼の悩みを聞いてあげた当たりから、妙に心を開かれてしまったらしい。
別に悪い子じゃないが、面倒臭い。
皆の前だと、ものすごく前向きなのに、私の前になると妙に後ろ向きになる。
まあ、信頼されているということだろう。
だからといって、ネガティブ発言を聞かされる身にもなってほしい……。
私は聖女のように、おお、よしよし、辛いですねぇ~、と言って優しくしてあげる気は毛頭ない。
「優しくしても、ライアンがプルウィウス連邦の騎士団長の息子って言う事実は変わらない」
「そうだが……」
「優秀な騎士団長の超優秀な息子と思われるのか、はたまた、優秀な騎士団長を超える超優秀な息子と言われるのか、逆もまたしかり。私にどうすることも出来ないんだから、助けを求めようとしないで」
「うぅ、手厳しすぎるぜ、キララ……。だが、そこが良い……」
背筋に怖気が走る。ライアンからベスパと同じような匂いを感じ、身を引く。
「ライアンって、なじられるのが好きなキモイ奴なの?」
「そ、そう言うのじゃねえ。なんていうんだ、こう、後ろから蹴り飛ばされるような……」
「いや、それも変態じゃん」
「あぁああ、だからこう、我が子を崖から叩き落とす獣の親みたいな。後ろを振り返ってんじゃねえバカ野郎って、蹴られている感じ」
「全然わからん」
私は腕を組みながら考えるも、ライアンの発言の意味を理解できぬまま皆で教室まで到着した。
すでに、レオン王子とスージア、サキア嬢が椅子に座っている。
私達も、自分の席に座り、授業が始まるのを待った。
部屋に入って来たのは、魔法学基礎の先生であるキースさんではなく担任のフェニル先生だった。




