部員を探す
「う、美味い。美味すぎる。な、なんだこれは……」
キースさんは当たり前のように涙を流し、バターチキンカレーとナンをバクバク食べる。
もう、完璧に食べ終えると珈琲を飲んだあとのような息を吐き、満足そうな表情を浮かべる。
それだけ、美味しかったのだろう。
「まさか料理まで出来るとは。ここまで美味い料理を一体どこで覚えたんだ?」
「えっと、覚えたというか、思い出したというか、再現したというか。一から作りました」
「て、天才だ……」
キースさんは目を見開き、私にお替りをねだってくる。
だが、相手がキースさんだからといって配慮するわけではない。
今日は誰でも一杯だけしか提供しない。というか、もうそろそろなくなりそうだし。
私がビーの喫茶に戻ると、ミーナとメロア、モクルさんが頭を下げてくる。どうも、残っていたカレーを全て食べてしまったと言う。
「うぅ……、あの味をもう一度堪能したくて……。ごめんなさい……」
ミーナは口の周りを盛大に汚しながら謝る。
「あ、あんなに美味しい料理を出されてしまったら、お腹一杯食べたくなって当然でしょ。た、食べたのは謝るわ。あと、作った分のお金も払うわ」
メロアは大貴族のツンデレ満載で私にお金を出そうとした。
「うぅ……。先輩の私が止めなければ行けなかったんだが、止められなかった。許してくれ……」
モクルさんもばっちり口の周りをカレーで汚し、完全に共犯だ。
美味しい品に勝てなかったのだろう。
どれだけ、意思が強い人でも、超美味しい品を前に待たされたら我慢できなくなってしまうらしい。
まあ、配分は覚えているので、もう簡単に作れる。量も沢山作れるようになったし、別に気にしてもらう必要はない。
「お金さえ払ってもらえれば」
私は皆が一体どれだけ食べたのか、わからなかった。キースさんにあげた後、もう数人分だったので、一杯ずつ食べたのかな。
「じゃあ、一人金貨二枚いただきましょうか」
「き、金貨二枚。私、お金持ってないよ……」
ミーナは尻尾をお尻と股に挟み、耳をヘたらせながら呟いた。
「お金を持っていなくて食べたのなら、それは食い逃げと同じだよ」
私はミーナの前に手を出し、指を虫の脚のようにくねくねさせたら彼女の耳を思いっきりわしずかむ。
ふかふかで、とても気持ちがいい。
こんなにモフモフの耳を触るのは心が休まるなぁー。そのまま、尻尾も撫でまくり匂いをクンクンと……、嗅ぎはしないが頬擦りしながら安らぎを得た。
「う、うぅ……、き、キララ、駄目……、ぞ、ぞわぞわする……」
「お金を持っていなくて二杯目を食べたんだから、悪いことした自覚をもって貰わないと。これは、お仕置き。お金はこれで勘弁してあげる。だから、もうちょっとモフモフさせてもらうね」
私はミーナのモフモフの尻尾を堪能して金貨二枚分のお金を浮かせる。何とも甘っちょろいが、これくらいのお仕置きが丁度いい。
「わ、私は払うわよ」
メロアは金貨二枚を手渡してきた。毎度ありがとうございます、まあ、今回が初回ですけど。
「わ、私もミーナと同じようにしてくれ。お金は持ち合わせていない」
モクルさんは正座しながら、私に上目遣いでお願いしてくる。
今から、何をされるのか恐怖しているような表情だ。
橙色の瞳に涙が浮かんでいる気もする。罪悪感と食欲に負けた彼女に強烈なお仕置きをしよう。
「では、失礼します」
私はモクルさんの谷間に顔を入れる。もわもわと汗っぽい感覚。メリーさんの胸の感覚を思い出し、故郷の香りがする。
やはり、彼女の胸はどこか実家に繋がっているんじゃなかろうかと、錯覚してしまった。
「あぁ、あぁ。私の故郷がこの中にあります。あぁ、懐かしい匂い……。この温もりはやはり暖かいです……」
「ん、ちょ、き、キララ、こ、こんなの、駄目。私、今、汗を一杯かいていて臭いから……」
「気にしないでください、実家のモークルの厩舎の匂いがして懐かしい気持ちになるので」
「それ、大分臭いよねっ!」
これ以上は引かれかねないので、潔く顏を谷間から出し、部屋のカレー臭い匂いを嗅ぐ。
「はあー、懐かしい気持ちになれました。モクルさん、ありがとうございます。これで、金貨二枚はチャラにしてあげます」
「あ、ありがとう……。で、でも、やるなら、お風呂に入った時にしてほしかった……」
モクルさんの乙女の瞳が潤い、泣いてしまいそうになっている。
私は少々可哀そうなことをしたかもしれないと反省する。
余っていたナンを口に咥えさせると、モグモグと顎を動かし、ぱーっと明るい表情に変わった。ほんと、単純な種族だ。
「えっと、今日出したバターチキンカレーは定期的にここで出そうと思います。あぁ、でも、私だけじゃ、切り盛りできないな。部員がいてくれたらなぁ……。ちらり」
私は三名に視線を向け、部員がほしい雰囲気を振りまく。
「う、うぐ……」
三名は美味しい料理を目の当たりにして、私が作ろうとしている家庭科部に入ろうか入らないか真剣に悩んでいる様子だ。
でも、すでに今の部活が厳しいので簡単に顔は出せないだろう。兼部だとしても、少しためらいが見て取れる。
「ま、気が向いたらでかまいません。部費が出たら、ありがたいだけですから。でも、もうキースさんは色々動いているかもね」
キースさんの喜びようからして、何かしら動きがあるかもしれない。彼の遺産は相当だろう。少しくらい家庭科部に回してくれないかなー。
あれ、私って悪女?
「キララ様は悪女と思う者もいれば、女神と思う者もおりましょう。私からすれば、キララ様はキララ女王様ですから」
ベスパは、何を言っているのかよくわからない発言を放ち、胸を張っている。
皿を綺麗に片付け、すでに整理整頓が終わっていた。
素材から出たゴミはディアが全て食べてしまったので、部屋の中はとても清潔。
空気を入れ替えれば、カレーの香りも消え、森の中の清々しい雰囲気に戻った。
三名に淹れたての紅茶を出す。私が飲みたかったので、特別に無料。
「私の知り合いが調合している、特殊なブレンドティーです。お好みで、ミルクを入れてください」
私は木を切ったような六角形のコースターに紅茶が入ったカップを三名の前に置く。
紅茶の香ばしい香りが空中に漂い、疲れを洗い流してくれる。
「あぁ……、凄い。ものすごく美味しい料理の後に出てくる紅茶が、こんなに良い品なんて」
メロアはぷはーっと息を吐き、再度、紅茶を啜る。
やはり、大貴族なだけあって紅茶の味がわかるのだろう。
きっかり三分を図り、温度も調節したお湯で入れたのだからそりゃあ、美味しいはずだ。
すっきりとした飲み口なので、カレーの後にもよく合うだろう。
部活の休み時間を私のビーの喫茶で過ごした三名は元気を盛大に取り戻し、扉を吹っ飛ばす勢いでお店を後にした。
床についている土をディアに食べてもらい、部屋の中を清潔に保つ。
お店の印象は一発目から。
入った瞬間の清潔感で決まる。
汚いお店だなと思われた瞬間に料理の味も不味いと思われてしまう可能性があるのだ。
だから、料理の味がどうこうよりも、清潔感に意識を向けた方がはるかに良い。
清潔感を欠いたお店は八割損している。
「ふふん、ふふん……。あぁー、余生はこうやって過ごすのも悪くないなー」
カウンターテーブルを綺麗な布で乾拭き。
ちょっと喫茶店のマスターになった気分を味わう。実際、今は喫茶店のマスターだけど。
「バルディアギルドは喫茶店と冒険者ギルドを混ぜていた。私も喫茶店と部活動を混ぜて問題ない。ここで、家庭科部の皆とわちゃわちゃする未来が見えるな~」
私は呑気に広めのスペースを眺め、友達となった学生たちと青春を謳歌する予定だ。
予定なので確定ではない。
人生、そう簡単にことは運ばない。わかっていたんだけどさ。
その日、私はチラシを配ってみることにした。だが、誰も受け取ってくれないわけですよ。
「どうして、一枚の紙すら受け取ってくれないの……。私が可愛すぎるから?」
「関係ないと思いますよー」
ベスパは翅をブンブンと鳴らし、目を細めた。どうも、私が可愛すぎるから一枚もチラシを受け取ってもらえないわけではないらしい。でも、それ以外に何か問題があるのかわからない。
一時間ほど、チラシを渡そうと試みたが、全て断られた。
部活に入っている五割、家庭科部とか興味ない三割、そんなことしている余裕はない二割、八〇人くらいに話しかけて返ってきた内容を纏めた。
どうも、部活に入っているし今でも余裕がないのに家庭科部とかいう興味がない部活に入るわけないでしょという感覚らしい。
私がどれだけ家庭科部の利点を話したところで、すでに部活に入っている者は見向きもしない。
逆に部活に入っていない人がいても家庭科部に興味がない又は余裕がないと、拒否される。
これは、私が可愛いか可愛くないかの超簡単な問題のように、簡単にいかなそうだ。
ただ、部活の顧問は簡単に決まった。
「わしがやる」
キースさんは私が顧問になってくださいという前に、顧問に立候補していた。
そんなに、カレーが美味しかったのかな?
ありがとう、お爺ちゃん、大好き~。と抱き着いてもよかったが、彼が変態なのは周知の事実なので、自ら体を近づけたりはしない。
部員よりも、顧問の方が先に見つかるって、中々ないし、学園長先生自ら顧問になるなんて頭がおかしいよ。
彼は忙しすぎるから、だれか、暇な先生を探してキースさんは副顧問になってもらおう。




