バターチキンカレー
魔法陣の薄さから考えると、IHとほぼ同じ感覚で料理が作れた。
火を使わなくていいので、とても安心して料理が出来る。
まあ、火を使ったほうが美味しく感じると思うけど、贅沢はいえない。
魔法で水を生み出し、鍋に並々に注ぐ。
「良し、具材の方は問題なし。あとは香辛料の方を上手く作るぞ」
私は香辛料を混ぜ合わせ、少量をスプーンでとって口の中に入れる。
やはり、スパイスなだけあってカレーの風味を感じる。
とても懐かしい。
でも、甘味を出すハチミツや砂糖がないので、少し大人っぽいカレーになるかもしれない。
まあ、オニオンが甘味を出してくれたら嬉しい。
「おぉ、鍋の中がぐつぐつしてきましたよ……。アクを綺麗に取ってと」
ベスパがお玉で、お湯の上に浮いてくるアクを全て掬い取り、雑味を消す。
私は調合したカレー粉と同じ量の小麦粉を混ぜ合わせ、鍋の中にパラパラと入れていく。
すると、ブイヨンっぽい薄い色の水が一気に茶色っぽく変わる。
加えて、蒸発している水蒸気に乗って香りが立ち昇った。
「うわぁあ~、カレーだ……。カレーの匂いがする。なつかしい」
お玉で具材をかき混ぜてカレー粉を馴染ませる。
その中に、甘味とうま味を増させるため、生クリームと固形バターを入れる。
少し、白が増し、クリーミーな味わいが加わって味に深みが増す。
追い打ちに、すりおろしたゴンリを入れた。
鍋の内部に大量の魔力を圧縮し、蓋を閉めて弱火で煮込む。
圧力鍋の効果を魔力で代用するのだ。私の魔力量なら、気圧を変えられるくらいの量があるので、可能なはず。
一日目から、二日目のカレーを目指す。
「煮込んでいる間に、ナンを作らないと」
私はネード村産の小麦粉を使い、エッグルと水を加えしっかりと混ぜ込む。しっとりと纏まったら、軽く伸ばし、オーブンへ……ってオーブンがない。
私は作ったナンの生地を冒険者女子寮に運びこみ、食堂にある魔石オーブンに入れる。三〇分ほど焼き上げると、膨らみ過ぎず、ナン特有のペチャっとした品が出来た。
少し、親近感がわくのはなぜだろう。あぁ、そうか、私の胸にそっくり。くっ……。
焼けたナンを紙で包み、ビーの喫茶へまた戻る。もう、今日だけで、どれだけ移動しているのか。
まあ、全部ディア達に乗っているので、私は疲れていないけれど。
ビーの喫茶の扉を開けると、一気にカレーの匂いが広がる。
これじゃあ、喫茶店じゃなくてカレー専門店だよ。ラッシーでも作る?
でも、ヨーグルトがないから無理かな。
「カレーはもうそろそろ良いはず」
圧力をかけている魔力を逃がし、蓋を開けるとキラキラと輝くバターチキンカレーが出来上がっていた。
「お、おぉ。これがバターチキンカレー。お初にお目にかかりまする……」
見た目、匂いはカレーそのもの。
小さなスプーンで掬い、パクリと一口。ピリッと痺れる辛さが舌を突き抜ける。
その後の深みのあるバターの風味とまろやかな生クリームのうま味、野菜の甘味。
素材の良さがしっかりと出ており一口で幸せが口の中に広がった。
「あ、あぁ……。こ、こりゃ、うめぇ……」
私はじんわりと辛みが残る舌の痛みに耐えながら、瞳からボロボロと流れ出てくる涙を手の甲で拭う。
まさか、ここまで上手くいくとは……。カレールーがあれば簡単に作れた品だろうけど、そんな品はない。
もう、最高の出来栄えだ。だが、
「お、美味しいけど、ちょっと作りすぎちゃった……」
大きな鍋しかなかったので、沢山のバターチキンカレーが出来てしまった。
とても、私一人で食べきれない。
だからと言って、残飯のようにディアに食べさせるのはあまりにももったいない。
このカレー一杯で、いったいいくら取れるのだろうか。
また、お金の話になってしまう。その前に、このおいしさを皆に知ってもらいたい。
「他の人に食べさせる前に、自分で食べて味を知らないと」
木製の皿に、バターチキンカレーをそそぎ、千切ったナンを使って掬いながら食べる。
「あぁ、あぁぁ、う、美味すぎる、美味すぎるっ」
超激辛という訳でもなく、心地よい刺激が舌の上で乳製品たちと組み合わさり、激しい踊りではなく、しっとりと優雅に舞い始める。
野菜たちのうま味の合唱が始まって、主演のブラッディバードの肉が口内で主張を広げる。
ナンの触感や焼かれた香りが加わると、国の主食になるのもわかるくらい美味しい……。
「あぁ、生きててよかったぁあああああああっ」
この感動を一人で味わっていいものか? いや、良くない。
ビーの喫茶の看板商品になるのは間違いない。でも、この品を知らない人がほとんどなので、ぜひとも知ってもらいたい。
「スンスン、スンスンスンスン……。あぁ、お、お腹が減りすぎて、おいしそうすぎる香りにつられてきてしまった……」
誰に食べさせようか考えていると、ひとりでにビーの喫茶に訪れて来た者が一人。
銀色の髪を靡かせ、今にもこと切れてしまいそうなほど痩せこけているミーナだった。
「ミーナ、良い所に来たね。丁度美味しい料理が出て来たから、誰かに食べてもらいたかったんだよ」
私は皿にバターチキンカレーとナンを乗せて、カウンター席に座ったミーナに差し出す。
「な、なにこれ……。見た目が泥水なんだけれど?」
「失礼な。れっきとした料理だよ。その薄いパンをちぎって掬うようにして食べるの。手を使うのが嫌だったら、スプーンとフォークもあるけど?」
「い、いい。このまま食べる……」
私はミーナの手に魔法をかけて綺麗にした後、コップに水を入れて差し出した。
彼女はナンをちぎり、バターチキンカレーに浸してほぼ溶けてしまった野菜が入ったスープもろとも口に含む。
「お、おぉおぉお……、あぅ、ぁぁ、あぁうあぅああ……」
ミーナはひっきりなしに涙を流し、ナンとバターチキンカレーを食いあさる。
全て食べ終わった後、放心状態になり水をがぶ飲み。少し、じーっとしていたら意識が戻ってくる。
「な、なに今の。美味しすぎて意識が飛んじゃったよ」
「でしょでしょ。凄く美味しいでしょ。私の自信作」
ミーナはお替りを所望してきたが、他の人にも食べてもらいたかったので遠慮してもらう。だが、あまりにも美味しかったのか、お替りをくれるまでこの場を動かないと言われた。
「ちょ、ミーナ、営業妨害だよ」
「だ、だって、だってっ、美味しすぎるんだもんっ。もっと食べたい、食べさせてぇ~」
ミーナがだだをこねるのもわかるくらい、今回作ったバターチキンカレーは美味しかった。
「ちょっと、ミーナ。勝手に抜け出して部活をさぼるんじゃ……、スンスン、スンスンスン」
「メロア、一人で入ったら……、スンスンスンスンスン……」
ミーナを追って来たのか、メロアとモクルさんが来店した。
「丁度いい所に来ましたね。二人も食べていきますか?」
私はミーナの時と同じように、バターチキンカレーを皿によそい、ナンも一緒に出す。食べ方を教え、両者は一口食べた。
「…………」
カレーを口にした瞬間、目をかっぴらく二人。そのまま、ガツガツと食し、全て平らげて水を飲んだら放心した。
先ほどと全く同じ状況に、驚きが隠せない。
やはり、カレーはこの世界の人の口にも合うらしい。まあ、インド系ではなく日本系のカレーに近づけたから美味しいと感じるのかな。もう少し甘味があっても良いと思うけど。
「な、なに今の料理。美味しすぎて気絶してた……」
「あ、あぁ。いつの間に食べてしまったんだ。こ、これ、もう一杯もらえたり……」
「すみません、今日はちょっとした実験のようなものなので、一人一杯一枚のみになります。二方とも、美味しいと思っていただけたのなら、何よりです」
私が作ったバターチキンカレーはやはり美味しいらしい。
調味料の配分もわかったし、しっかりと美味しい品が作れることも証明された。
これで、ビー達が勝手に作れる。食材さえあれば、自動化可能となったわけだ。
カレー専門店も開けちゃうかも……。まあ、そこまでしてお金儲けをするつもりはない。
三名に食べてもらったが、カレーはまだ残っている。女の人の意見は十分もらえたので、男の人の意見も貰いたい。
そう思い、丁度昼時だったのでキースさんの部屋にお邪魔した。
昨晩はパンしか齧っていなかったので、しっかりとした料理を食べてほしかった。
「失礼します。昼食はえられましたか?」
「いや、まだだが? にしても、何だ、この香しい匂いは。は、腹が……」
カレーの匂いを嗅いだキースさんはぎゅるるるるるっとお腹を鳴らし、目の色を変える。
久しぶりの空腹と言わんばかりに、私が持っている品をまじまじと見つめていた。
「私が作った部活……、と言うか、同好会と言うか、家庭科部で作ったバターチキンカレーとナンです。沢山作ってしまったので、お裾分けに来ました」
私は高級な仕事机の上に六角形が編み込まれた敷物を敷いて、カレーの器とナンが乗っている皿を置く。
「このナンと言うパンをちぎって、このスープを掬うようにして食べてください。手は清潔に保っておいてくださいね。手を使いたくなければ、スプーンとフォークで食べてもらっても構いません」
「あ、あぁ……、いただこう……」
キースさんは手を綺麗にしてからナンをちぎり、カレーに浸してパクリと食した。
「んんんんんんんんんんんんんっ」
キースさんの目がかっぴらく。
喉が詰まったのかと思って背中を叩こうとしたが、別に詰まったわけではないようだ。
嚥下すると、皴の多い首に見えるのどぼとけが動く。