カレーを作りたい
「あ、あはは~、お、お姉ちゃん……。い、いやぁ~、掃除よりも部活に行きたいなーって」
「武術部の部長。この子、粛清お願いしまーす」
フェニル先生はすぐ近くにいた、モクルさんに声をかけた。
「任せておいてください。しっかりとしばき倒します」
メロアは笑顔のまま顔を青ざめさせていく。
こりゃあ、同情せざるを得ない。
でも、ここで甘やかしたら、彼女は調子に乗っちゃう性格なので、心を悪魔にしてあげないと。
私達は食堂で朝食を得る。パンと肉、野菜など、体に必要な炭水化物とタンパク質、ミネラルが入った品をお腹に入れ、満腹感を得る。これで、掃除も頑張れそうだ。
「うわぁ~んっ、寝坊したぁあああああ~」
ミーナは休みの日なのに、朝からグチャグチャの制服を身に纏い、食堂に掛け込んでくる。
朝食を得ていた私達は彼女のあまりに間抜けな姿を見て、大いに笑ってしまった。
「あ、あれ? あれあれ? 今日は授業じゃない? あ、あははは~っ」
ミーナもつられて笑い、朝から良い雰囲気が醸し出されている。
皆、朝食を得た後、私達一年生は一番面倒臭い一階の掃除に掛かる。
まず、自分達の部屋の掃除。これはすでにディアが完了させていた。
「う、うわぁ~、ピッカピカ……。キララちゃん、どうやってこんなにピカピカにしたの?」
監視役というか、見回り兼サボりのパットさんは各部屋の掃除を見ている。
掃除が終わった私達の部屋を見てもらって合格が言い渡されれば次の掃除場に移動だ。
「えっと、ブラットディアがぺろぺろ舐めて綺麗に……じゃなくて、昨日から頑張って掃除してました」
「えぇ~、凄い凄い。冒険者女子寮でここまで綺麗な部屋が現れるなんて。皆、掃除が苦手だからさ、尊敬するよ~。私の部屋も掃除してほしい~」
パットさんは辺りを見渡し、埃一つ落ちていない部屋を見て感動していた。
「別に掃除しても良いですけど……、いるものといらないものが混ざっていると掃除しにくいので、分けておいてくれませんか?」
「……あ、あははー、え、えっと。わけるも何も、ぐっちゃぐちゃだからさ」
パットさんはずぼらなのかもしれない。
普段、きっちりしてそうなA型気質なのに部屋に入ったとたん、B型気質になってしまうのか。まあ、そういう人が多いのかもな。
私とミーナは廊下の掃除を始める。
「どりゃあああああああー」
ミーナは乾拭きを物凄い勢いよくこなした。
絨毯っぽい床を拭くのは大変だから私が魔法でやるといったが、彼女は部屋の掃除の代わりに廊下の掃除を請け負うという。
律儀だ。
私はミーナに廊下の掃除を任せる。一番清潔感が必要な食堂の掃除に向かう。
「ディア、ここはピッカピカにして」
「了解しましたっ。キララ女王様の唾液もろとも舐め尽くし、もっぐはっ!」
一日にディアを二度も殺す羽目になるとは思っていなかった。
「あぁ、ディア、なんて羨ましい……じゃなくて、おバカなんでしょうか」
ベスパは潰されたディアをまじまじと見つめながら復活するのを見届ける。
人がいない間に、多めのブラットディアで食堂の掃除を進めた。
出来れば毎日したいところだが、ほぼメイドたちに仕事を預けている貴族の子供達が掃除するなんて……という考えが多いので、日本の学校よりも掃除の習慣がない。
月に一度するだけでも偉い。
「はぁ……、掃除って大変ね。いつもお願いしているから、自分でやるなんて初めてかもしれないわ」
部屋の掃除を終えたローティア嬢が食堂にやって来た。メロアに廊下の掃除を任せたのかな。
「掃除は大変ですけど、心も綺麗になりますよ」
「確かに……、なんかすっきりとした感じがすると思ったら、そういうことだったのね。心が清々しくなるのなら、掃除も悪くないかも……。ん? あ、あわわ……、あわわわわ……」
ローティア嬢は蠢く黒い存在を見てしまった。すぐさま皆に退散命令を出す。
「い、いま、いまいまいま、ブラットディアがいたような気がするのだけれど。わ、わたくしの見間違いかしら。み、見間違いよね」
「そうです、見間違いです。ローティアさんは何も見ていません」
私は彼女の言葉を全肯定。腰を抜かしているローティア嬢に手を差し伸べる。
ブラットディア、攻撃力はないくせに精神攻撃は中々強いんだよな……。
女の子の腰を抜かせるくらい、嫌われているんだから、可哀そうとしかいいようがないよ。
「にしても、もう食堂の掃除が終わっているじゃない。キララが終わらせたの?」
「もともと綺麗だったんですよ。これで、今日から清潔な場所で美味しい料理が食べられますよ。ささ、次の掃除場所に行きましょう」
私とローティア嬢は一緒にお風呂場に向かった。
他の一年生たちも一緒にお風呂場に行く。脱衣所とお風呂場で別れ、掃除を始めた。
ブラシや雑巾を使って、メイドのように働く。
多くの者が愚痴を漏らしながら淡々と掃除する。
皆、なんだかんだ働き者だ。まあ、働いているわけではないのだけれど。
午前の半分ほどを使って掃除を終わらせると、やっと自由時間。他の者は部活かな。
午前一〇時頃、多くの者が部活に行ったあと、私は森の方に作ったビーの喫茶に向かう。
神聖な場所のような光のカーテンが差し込み、木製の建物がどっしりと構えられていた。
六角形の絵が描かれている扉がとてもお洒落。
花壇にポツポツと小さな葉っぱが生えだしていた。一昨日植えたばかりなのに。私が流した魔力が利いたのだろう。双葉なので、双子葉類の花らしい。
五月の終わりごろには綺麗な花を咲かせてくれるかな。いや、綺麗な花じゃなかったらどうしよう。どくろみたいな花だったら嫌だな。
建物の左側にあるバートン達の厩舎に脚を運び、皆の状況を見る。
全員沢山食べて元気一杯。走りたくて仕方がないようなので、皆をバートン術部のバートン場に移動させた。
全力疾走を始めるが、背中に私を真似しているビー達が乗っているので決して暴れ出したりしない。
レクーがいる厩舎に向かうと、八名の子供バートンが牧草を沢山食べていた。
レクーから強くなる秘訣を聴いたのかな。とことん食べて、とことん運動する。それ以外に大きくなる方法はない。
バートンは成熟するのが半年から一年程度しかないため、その間に限りなく沢山食べる必要がある。もう、お腹がはち切れんばかり食べてもらおう。
私の魔力も一緒に食べさせ、活性化させればもっと強くなれるかな。
バートン達のお世話をビー達に任せ、私はビーの喫茶に戻り、窓を開ける。
涼しい風が吹き込み、陽光が差し込む。もう、雰囲気が良すぎて私好みの喫茶店だ。
私がマスターになって珈琲や紅茶を淹れて他の人に出すのも悪くない。
そんな、想像も簡単に出来てしまうほど、質の良い道具がそろっている。
せっかく道具を持っているのに、使わないのはもったいない。
寮にいても使う場面がほとんどないので、このビーの喫茶に置いておくことにした。
並べてみると、これがまたお洒落度が増す。特に、砂時計がかっちょいい。
「うん、うん。良い感じ、良い感じ。じゃあ、昼頃になる前に、美味しい品を作っちゃおう。ああ、その前に食材を調達しないと……」
私は冒険者女子寮の食堂に向かった。
欲しかった野菜が見当たらない。キャロータとトゥーベルが欲しかったんだけど……。
あと、出来れば、玉ねぎも。キャロータとトゥーベルは私達が育てた品を使えばいいとして、玉ねぎはどうするか。
「ベスパ、食べる部分は手の平で包めるくらいの大きさで葉っぱは緑、茎が膨らんでいて根っこが髭みたいになっている野菜を探してほしいんだけど。見つけたら三玉くらい買って来て。あと、ゴンリもお願い」
「了解です」
ベスパはぴゅーんと飛んで行き、私がビーの喫茶に移動したころ、戻って来た。
彼のお使い能力はとても高く、私が欲しいといった品をちゃんと買って来てくれる。
「キララ様が言った品はオニオンと言うらしいです。一個銀貨一枚くらいでした。あと、ゴンリも同じくらいの値段でしたね」
ベスパは紙袋を私に手渡してくる。すると、ゴンリの芯だけが残っていた。
「……ベスパ?」
「……てへ」
ベスパはとても可愛らしい笑顔を浮かべた。だが、次の瞬間に、断末魔のような叫び声を上げながら爆散した。
私の『ファイア』によって花火になったのだ。
ベスパにゴンリをもう一度買いに行かせている間に、私は香辛料の調合に入る。
昨日購入した大量の香辛料をすり鉢でゴリゴリと削り、粉状にしていく。適量で香りや味を確かめながら一八種類のスパイスを上手く使ってカレーの風味を目指す。
こんな本格なカレーを作るのは生まれて初めてなので、上手くいくかわからない。
でも、やってみる価値はある。
この世界でカレーが作れたら、最高過ぎるじゃないか。
ナンという料理は強力粉があれば比較的簡単に作れる。地球の美味しい料理の一つ、カレーが食べられると思うと、香辛料の辛さにも耐えられる。
「うぅ……、舌、ピリピリする……」
唾液が止まらなくなるほど、舌の感覚が狂ってきた。
牛乳を飲んで舌を潤わせる。
こんなことで飲みたくないが、辛さに耐えられない……。
『ヒート』の魔法陣の上に鉄製の鍋を乗せる。芽を取ったトゥーベルを一口サイズに切り、キャロータは銀杏切りにして、オニオンは半分に切って芯を取り、縦方向に薄めに切る。
油を引いた鍋の中にブラッディバードの肉を入れ、魔法陣を起動させる。
肉に熱が通って来たら、他の具材も全て入れ、軽く炒めていく。
「これ、IHコンロでカレーを作っているみたいだな」