可愛いかよ
「肉をくれ」
「あ、あわわ、あわわわわ、あわわわわわわ。キュゥううんっ~!」
ローティア嬢のベッドにイケメンの白い狼……フェンリルが横たわっていた。
どうやら、早速肉を貰いに来たらしい。
ローティア嬢は大のモフモフ好き。
目が覚めた瞬間に、フェンリルによって気分が最高潮に達しているように見える。
目の前に現れたフェンリルに抱き着き、擦り寄っている姿はあまりにも天使だ。
寝起きなのに、なぜそこまで美人なのか。ほんと神様が作ったとしか思えないよ。
ローティア嬢はメイドに肉をすぐに用意させた。肉が乗った皿をフェンリルに差し出す。
フェンリルは一口で食べてしまった。
尻尾を振り、ローティア嬢に擦り寄って感謝しているように見える。
「あぁぁあぁぁ、し、幸せですわぁ~」
ローティア嬢の顔が半泣きになる。
昨日、誘拐された張本人だと思っていないご様子。
昨日の事件を引っ張っていなくてよかった。表情が暗かったらどうしようかと。
「キララ、どうやって扉を開けたの?」
反対側で眠っていたメロアは私の方を向き、聞いてきた。
私は魔力操作で大概の鍵は意味をなさない。
この施錠方法は、案外難しいらしい。魔力を物質ほどに圧縮できる者がそもそもいないのだ。
「あ、ああぁっと、開いていたんだよ……」
「アレー、鍵かけてなかったっけ? まあ、別にいいけど、服は着たほうがいいよ。さすがに裸は……、女の子としてどうなの?」
私は視線を落とす。寝る時、服を着ないと言うのが私のいつもの恰好だった。
冬でも出来る限り寝間着は付けない。
凍える中、ぬくぬくとした布団の中が好きだから……。と言うか、寝間着の突っ張り、纏わりついてくる感じがあまり好きではない。
何か着ていても、朝に脱いでいることが良くある。
内着だけを着ていたはずなのに、昨晩は少し熱かったのか、今は何も着ていなかった。
「……あ、あははー」
メロアに女子ならどうたらこうたらと言われる日が来るとは思っていなかった。
私の貧相な体をすでに知っている二名だから、見られても良い? んなわけあるかい。
お風呂場ならまだしても、他人の部屋で半裸になって来るってどうよ。
他人に、裸体を見られて恥ずかしくないわけがない。
股間部分はベスパが光ってくれている。胸の方も、長い髪の影響で見えていない可能性があった。うん、そうに違いない。見えていないはずだ。すぐさま扉を閉じる。
だが、一体だけ、雄がいることに気づいた。
「へっへっへっへっ」
フェンリルはにちゃ~って笑い、尻尾を盛大に振っている。
女子寮に入って来やがって。彼の首根っこを掴み、窓から外にぶん投げる。
きゃいんと鳴くおっさんの声が聞こえると、私の体から力が抜けた。
「はぁ、もう、ローティアさん、朝から叫ばないでください……」
「だ、だって、隣に生きたモフモフがいたんだもの。叫ばないなんて無理よ。にしても、昨日、すっごく怖い夢を見た気がするんだけど、何だったかしら?」
ローティア嬢は昨日の誘拐を覚えていない様子だった。
好都合。
長い睡眠の結果、夢と現実が理解できていない。それなら、ぶり返させずにそのまま夢として記憶を消してもらえばいい。
「えっと、わたくしのバック、バック……。あれ? わたくしの服はどこかしら?」
ローティア嬢はバックと服がないことに頭を傾げていた。
「と言うか、わたくし、いつ寮に帰って来たのかしら。えっと、市場でキララと買い物をして、帰ろうと……」
私はローティア嬢が着ていた服と全く同じ服を棚から取り出す。
ベスパに用意させた。同じ品なので、彼女は間違えようもない。
バックもベスパが作った質素な品を見せる。昨晩のダサい服一式を見せたのだが……。
「あれ、バックの中に私が勝ち取った服がないわ。どこに行ったのかしら。あれは、あれだけはなくさないようにって……」
ローティア嬢は自分に似合わない服を買っていたの思い出した。
バックの中に大切にしまっていた。
服がないとわかるや否や、黄色い瞳をウルウルと潤わせる。
「せ、せっかくお友達と遊んだ記念だったのに。キララとの思い出だったのに……」
――あぁぁああ、可愛いかよっ。ベスパ、闇ギルドから奪って来て。
「そんな、無茶なっ」
ベスパは闇ギルドに置きっぱなしにされていたローティア嬢の鞄の中身を超特急でさがしに行った。
どうやら、昨日いった闇ギルドはすでにも抜けの殻となっており、ローティア嬢の服は放置されたままだった。
そのため、騎士達が軽く収集していた。
この服を着ていた者が闇ギルドに攫われている可能性があるとかないとか。
でも、捕まったバーテンダーの証言から、服は関係ないとわかったため、処分される寸前だった。
焼却炉の中に飛び込んだベスパはバックの中身だけ取り出し、燃やされる前に戻ってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ。ぎ、ぎりぎりぎりぎり」
ベスパはキリギリスにでもなったのか、少しすす塗れの服を持って私に渡す。
「ほ、ほら、ローティアさん、見てください。ちょっと汚れてますけど」
私が持っているヒラヒラの服を見せると、ローティア嬢はパーッと明るくなり、服を抱きしめるようにして手に取った。
彼女の笑顔を見たメロアは目を疑っている。
彼女がここまでいい笑顔を浮かべると思っていなかったのだろう。
私はベスパに感謝の意を伝えた。
まあ、頼りになる。
私としても、ローティア嬢と遊んだ思い出がなくなってしまうのは悲しいのでよかった。
「とりあえず、これでも着ておきなさい」
ローティア嬢は未だに裸の私にヒラヒラの服を着せてくる。
私の体が小さいから、丁度良い具合に着れてしまった。灰塗れの美少女。
「う、うわ。やっぱり、キララが着ると何でも似合うね。下着を着ていないから妙に大人っぽいし」
メロアは口をぽかんとあけながら、私の姿を見ていた。
今の私はスラブにいる薄汚れた服を着ている少女のような姿だった。
長めの裾で股を隠し、恥ずかしさを少しでも堪える。
でも、確かにメロアの言う通り、私は何でも似合うな~。
ローティア嬢の姿見で自分の姿を見ていると、やはり私は孤高の存在なのか、可愛すぎる。
背後をむけば、真っ白なお尻が丸見えに……。これは放送出来ないな。
私はすぐさま自分の部屋まで戻る。
扉を開けて下着を着て体操服に着替えたらローティア嬢から借りた服を魔法で綺麗にして返しに行く。
「ローティアさん、おさがわせしました」
「ほんとよ、まったく。でも、昨日は楽しかったわ。その……、ありがとう」
服を受け取ったローティア嬢は私に軽く微笑んでくれた。
いつもの威圧感はなく、とても自然な笑みであまりにも可愛らしい。
私がアイドル的に可愛らしい存在だとすれば、彼女は女優的な可愛さがある。凛と立つその姿はまさに世界的トップスター。
私はローティア嬢にむぎゅっと抱き着いて感謝と喜び、彼女の無事をよろこんだ。
「へー、ローティア。キララと一緒に遊びに行ってたんだー。良いな良いなー。キララ、次は私も行くね~」
メロアは満面の笑みを浮かべ、私達の方を見て来た。
「う、うぅん……」
――ローティア嬢一人でも大変だったのに、メロアまで増えたら、どうなっちゃうの。さすがに面倒を見切れないよ。ローティア嬢よりお転婆だろうし、人に危害を加えたら……。
私はメロアと一緒に王都で遊んだらどうなるか、考えた。
もしかすると、王都の至る所で炎上する事件が発生するかもしれない。
メロアを傷つけないようにやんわりと話し、このことは忘れてもらおうと思うも……、
「はぁ~、遊びに行くときはどんな服を着て行こうかな~。やっぱり、動きやすい服がいいよね。森に行くなら半そで短パンでもいいかも。あぁ、でも街ならもう少し布があった方が良いかな?」
メロアはすでに遊ぶ気満々……。こりゃ、話しを聞いてくれそうにないかも。
「えっと、キララ、いつまで抱き着いている気?」
ローティア嬢は鈴なり越えで私に話しかけてきた。
私は未だにローティア嬢にくっ付いていた。
抱き心地が良かったで気づかなかった。さっと離れ、頭を何度も下げる。
もう、寝起きだというのに物凄く良い匂いがした。彼女の汗は天然の香水ですか?
「すみません、ローティア嬢が綺麗だったのでつい」
「き、綺麗……。ま、まぁ、わたくしが綺麗なのは当たりよ」
ローティア嬢は私に背を向け、ウェーブのかかった長い金髪を払う。
窓から吹く春風によってより一層煌びやかに靡いた。
「あぁ~、ローティア、照れてる~。頬真っ赤じゃん」
メロアはローティアを珍しい口調で弄っていた。いつもは喧嘩口調なのに、優しい弄りでローティア嬢の耳がより一層赤くなっていく。
「う、うるさい。こ、これは、単なる日焼けよっ~」
ローティア嬢はベッドに飛び込んでフルーファのぬいぐるみで顔を隠してしまった。可愛いかよ……。
私は早朝からお邪魔してしまったので、やっとゆっくり出来ると思い部屋にまたまた戻る。
「ふわぁ~、キララ……、酷いじゃないか。投げ飛ばすなんて……」
フルーファではなく、真っ白な毛が生えたフェンリルがフルーファと一緒に横になっていた。
神獣と魔物が一緒にいると迫力がある。
どちらもイケメンな犬というか、狼っぽい顔なのでこういう系が好きなおば様からしたら最高かもしれない。
まあ、私に動物への偏愛はないのでイケメンだろうが不細工だろうが、何とも思わないのだけれど。