闇ギルドの団員
「大丈夫か? 顔色が優れないが……」
キースさんは立ち上がる。ローブを着直しながら私のもとに来た。
体力や魔力的に問題はないけれど、今回は少々精神的にきつかった……。
自分が闇ギルドの中に入って相手を脅迫しながらローティア嬢を救うためとはいえ、一人の男が魔物に変わってしまったのだ。
遅かれ早かれ、処分されていたと思うけれど。
「キースさん、今日、ローティアさんが闇ギルドの冒険者に攫われました」
「な、何だと……」
キースさんは、目をかっぴらいた。
「でも、私が救出してきました」
「そうか……。キララが一緒だったなら、できるか」
キースさんの私に対する信頼度が大きい気もするが、今はそのことは気にしていられない。
「私はローティアさんを助けるために住宅街の中にいある闇ギルドに潜入して半ば無理やり奪い返してきました。加えてローティアさんを狙っている者が正教会だと言うことも知りました」
「いや……、うむ、優秀過ぎないか?」
キースさんはローティアさんが誘拐されたことよりも、私の活躍の方が信じられないのか、苦笑いを浮かべながら頭を撫でてくる。
優しいお爺ちゃんの手つきで、嬉しくなってしまうが、今はそんな場合ではない。
私は彼の手を払いのけ、呼吸を整える。
「この人はローティアさんを狙っていた闇ギルドの者の一人だと思われます」
「闇ギルドの者を拘束して捕まえてくるって。キララ、そりゃもう国の部隊の所業なんだが……」
キースさんはもう苦笑いが板についてしまい、中々戻らない様子。
視線を眠りこくっている闇ギルドの冒険者に向けた。
「この男から何か情報を聞き出すか出来ますかね?」
「うむ……、出来ないことはない。だが、闇ギルドの者とはいえ、大した情報は持っていないだろう。そもそもキララはなぜローティアが正教会に狙われているとわかった?」
「バーテンダーと取引したからです」
「……バカ者」
キースさんは怖いお爺ちゃんのように手刀を頭部に当ててくる。
闇ギルドに拘わって良い目に合う訳がないとわかっているような口調だ。
出来る限り配慮したつもりなので、私の姿はバーテンダーにわからないはずだ。
「バーテンダーと取引したということは、キララは何かしらの罪を犯したということか?」
「いえ、闇ギルドを使用した男性を捕まえてバーテンダーに引き渡しただけです。その者はローティアさんをバーテンダーに渡して魔造ウトサを受け取っていました。バーテンダーはローティアさんの情報を放すまいと捨てたんです。でも、私の取引に応じるしかない状況を作り、吐かせました……」
「なるほどな。ならば、その情報は正しいだろう。奴らは糞だが、情報の誤りは闇ギルドの信用を落とす行為。情報は確実と言っても良いな」
「ただ、正教会という大きなくくりとしか教えてくれませんでした……」
「正教会がそう簡単に尻尾を出すわけがない。それよりも、闇ギルドか。そこに魔造ウトサを流しているとは。とことん根が腐ってる奴らだな」
キースさんは溜息をつきながら腰に手を当て、少し背を反らす。
そのまま、何かを考えるように止まってしまった。
「ローティアさんはなぜ、正教会に狙われているんでしょうか。大貴族と言うだけで、特に変わったところはないと思うんですが」
「そうだな、やはりレオン王子の許嫁に最も近しかったからと言うのが大きいのかもしれない」
キースさんも私と同じ考えだった。やはり、そうなるのか。
「でも、すでにレオン王子はメロアさんと婚約しているんですよ。なのに、ローティアさんを捕まえてどうしようっていうんですか?」
「キアン王子とは、用意周到な男なんだ。万が一にでもローティアをレオン王子にくっ付けたくないのだろう。それか、レオン王子より優秀なローティアがいると王家の拍が落ちるからか……。ともかく、レオン王子がローティアとくっ付くのだけは嫌なんだろうな」
「なんですかそれ。あまりにも自分勝手すぎますよ。大貴族ですし、全く問題ない。ローティアさんならレオン王子よりおバカに振舞うことだってできるはずです。なのに殺してしまおうなんて……」
「うむ、確かに強引だな。レオン王子にきっぱりと諦めさせるためにローティアを殺そうとしたというのがしっくりくるか。兄の心か、はたまた野望のためか……」
キースさんはむむむっと考えながら、机の前をウロチョロしている。
「一つの闇ギルドを潰しても、奴らは王都に蔓延る瘴気その者だ。どれだけ駆除してもすぐに現れる。国王も手を焼いているのだ。奴らを潰すためには全ての団員を見つけ、全ての闇ギルドの箇所を見つけ、一気に叩かなければならない。そんなこと、この広い王都の中でこなすことは不可能」
キースさんは椅子の裏にある大きな窓ガラスから空を見上げた。
敵の数は星の数とでも言いたいのだろうか。
そりゃあ、大きな王都の中で、点々とする闇ギルドと所属している者を全て見つけるなど不可能に近い。でも……、私なら。
「キースさん、私なら王都中から闇ギルドを全て見つけられるかもしれません」
「な……」
「闇ギルドを潰せば、ローティアさんを捕まえようとしてくる者はいなくなるんじゃありませんか? 今回はまだ誘拐で済みましたけど、最悪暗殺しに来ることだって……」
「そうだな。闇ギルドの者たちは報酬のためならばどんな汚れ仕事でも請け負うだろう。たとえ、相手が大貴族の令嬢であっても。キララが近くにいてくれたからよかったものの、彼女が他の執事やメイドと共に外に出ていたらどうなっていたか」
キースさんは拳を握りしめ、骨ばった拳に血管を浮かべている。
あまりに堅そうな拳に、彼の怒り度合が見て取れる。
「キースさん、あまり力むと頭に血が上って危ないですよ。もう、歳なんですから」
「はっはっはっ。わしを心配してくれる者がいるとは。そうだな、わしももう歳だからな」
キースさんは豪快に笑っていた。
御年八〇歳を超え、すでに現役を退いていなければおかしい老体のはずなのに、よくそんな豪快に笑えるな。
小さく笑うならわかるが、大口を開けながら、海賊のように笑っている。
やはり、これくらいの元気がないと仕事は続けていけないのだろう。
「はぁー、安心しなさい。わしはそう簡単に死ぬ気はない」
「キースさんは粘り強そうですし長生きしそうです。まあ、もうすでに長生きなんですけど」
キースさんはルークス王国の男性の平均寿命を大幅に更新している。
すでに多くの者から尊敬の念を送られるくらい長寿だ。森の民とかいう超長寿がいるから霞むが、彼も随分年老いている。いつ死んでもおかしくない。
「すみません、キースさん。ゆっくりした隠居生活を送ろうと思っていたかもしれませんが、そう簡単に隠居させられないかもしれません」
「なーに、わしは死ぬまで現役でいるつもりだ。気にする必要はない。して、キララはどのように闇ギルドを見つけるんだ?」
「王都にいる知り合いに情報を集めてもらいます。空から地面までくまなく。結界がある場所は調べられないので無理ですけど、それ以外の場所ならどこでも調べます」
「結界が張られている場所は無理なのか?」
「無理じゃありませんけど、破ろうとすれば気づかれます」
「確かにな。では、結界が張られていない場所の闇ギルドを暴いてほしい。それで駆除した後、再度現れるようならば結界が張られている場所にも闇ギルドの関係者がいる可能性が高い。出来れば団員も調べてほしいところだが、そう簡単にはいかないだろうな……」
「そうですね。出来るのは闇ギルドを探すくらいです。情報があれば探せますけど、さすがに人が多すぎます」
私とキースさんは闇ギルドの話をしながら、この闇ギルドの団員をどうするのか決める。
彼が持っている情報はあまりに粗末だった。
魔造ウトサに支配されていたので、ベスパに抜き取ってもらってからキースさんに魔法で情報を聞き出してもらう。
あまりにも強引だが、相手はすでに人を殺めている者だ。
容赦する必要はない。だが、やはり情報は大して得られなかった。私の頑張りは無駄骨だったらしい。
素面に戻っている者は自分の罪に苛まれ、自ら命を断とうとしていたがキースさんに止められていた。
元は根が腐っていたわけではないのだろう。
魔造ウトサに踊らされていたのだ。彼に非は無いが、すでに人を殺している。
時を戻すすべもなし。
闇ギルドに対して調べると言っても、普通の冒険者が調べられるほど奴らは甘くないそうだ。
キースさんの勧めにより、自首するようにいわれた。彼は頷いていた。
私は顔を隠し、ずっと顔を合わせないようにしていたので、話しくらいしか聞いていない。
キースさんが男性を学園の外に出し、学園長室に戻って来た。
素面になった男性が刑務所に自ら行くかどうかビーで確かめる。
「このまま自首すれば俺は死刑だろうな。貴族、殺しているもんな。なら……」
男性は今までの話が全部演技だったとでも言わんばかりに走り出し、王都の門に向かった。
どうやら、逃げるつもりらしい。
そこそこ根の腐っている男性だったと知ったキースさんはすでに消えていた。
一度、慈悲を与えたというのに逃げるなんて、女神様も許してはくれないだろう。
私はその後、彼がどうなったのか知らない。
ベスパによれば、一瞬で拘束され王都の留置所に送られたとか。
まあ、犯罪者なら至極当然の末路だ。