闇ギルドに潜入
ベスパは男性の首筋に細い針をチクリと刺しこみ、魔力を少量吸い取って解析する。
「この者、魔造ウトサの反応があります」
ベスパはじっとりとした声で聞きたくない情報を呟いた。
どうやら、本当に薬物中毒者だったらしい。
まだ、暴走していないからいいものの、何をしでかすかわからない。
この市場は呪われているのだろうか。
以前もバレルさんはここで暴走していた。偶然か。人が多い場所だから、異常者がいても気付かれにくいのだろう……。
――ローティア嬢に何か危険があれば、すぐに対処。さっきは見えなかったから仕方ないとしても、今回は失敗出来ないよ。
「わかっています。確実に保護します」
私達はローティア嬢をさらった冒険者の背中を追い続ける。
市場を出る前に、脇道にそれ建物の隙間に入っていく。
ここら辺の建物は住宅が多い。いわゆる住宅街という地帯だ。
多くの建物が乱雑に建てられ、王都の中でも特に道が狭く入り乱れている。
地上に出来たダンジョンと言っても過言じゃない。
私なら見逃さないが普通の人なら、一生出会えなくなってしまうだろう。
以前、アレス王子の暗殺を阻止するためにここら辺の地形は頭に入っている。自分がどこにいるか、ある程度把握できた。
住宅街の中をレクーに乗りながら進むのは少し不自然だ。
でも、ビー達の光学迷彩を使い、光を屈折させて私の姿が見えないようにしている。
気絶しそうな自分をぐっと堪え、ローティア嬢をお姫様抱っこする男を追う。
「やった、やった……、捕まえた、捕まえたぞ。これで、あれが貰える。また、あれが貰える……」
涎をだらだらと垂らし、赤子かと言いたくなるほど口周りを汚している冒険者の男性は建物に入った。
建物の扉を閉めることはなく、出てくる気配はない。
どこかへ降りていく。どうやら、建物の地下に向かったらしい。
ビー達を建物の中に入れ、私は建物内部を調べた。
視覚共有で、ビーの見ている状況を知る。
階段を降りて行くと、バーのような質の良い扉が現れる。少々怪しげなバーに闇ギルドと書かれていた。
――闇ギルドか……。
私はローティア嬢が闇ギルドの獲物だと察する。
冒険者ギルドは国からの依頼もうけるくらい綺麗な会社だ。
でも、闇ギルドは個人経営に近いギルドで、国に報告する義務を守らず、税金を一切払わない何でも屋……。
ビーの巣はちゃんと国に申請して税金を払い、会社を運営しているが、闇ギルドは真逆。
していることは大して変わらないけれど、暗殺や強盗、情報を盗んだり、人を攫ったり、本当に何でもする……。
実際、扉の奥に入り、壁に掛けられたコルクプレートに暗殺してほしい者の名前や報酬が掛かれている依頼容姿が出されていた。
貴族の息子を殺してほしいとか、自分の弟を殺してほしいとか、とある娘を攫って来てほしいとか……、あまりにも闇が深く、いかにも犯罪者と言うような風貌の人々が依頼書を手に取ってバーカウンターにいる男性に見せている。
「はぁ、はぁ、はぁ……。持ってきた……。ほら、さっさと物をよこせ……」
「お疲れ様でした。ですが、少々お待ちください。本人かどうか確認いたします」
ローティア嬢はカウンターの上に乗せられ、眠れる美女状態……。何の抵抗も出来ず、寝顔を曝している。
「はぁ、はぁ、はぁ……、おい、まだか、早くしろ、早くしろおっ」
ローティア嬢を連れ去った男は左腰に掛かっていた剣の柄を握りしめ、勢いよく抜き出す。すぐ近くにローティア嬢がいると言うのに、あまりにも危ない。
「落ち着いてください。本人かどうか確かめるだけですから」
男性はローティア嬢の体をまさぐる。人形ではなく本物の人間だと確認したのち、服を脱がせ、丸裸にしてしまった。
もう、あまりに綺麗な姿のローティア嬢が無粋な男達の視線の的になってしまっている。
今すぐに捕まえたいところだが、何が隠れているかわからない。
こういう時は騎士を呼ぶべきなのだろうが、王都の騎士は呼びたくない。
正教会の息が掛かった騎士なら、何しでかすかわからないからだ。
ブラットディアたちに建物内の人間の位置を全て見つけてもらい、ネアちゃんの糸とベスパの睡眠薬で気づかぬうちに無力化していく。
ローティア嬢の体をまさぐっているバーテンダーの男は用心棒が拘束されている状況に気付いている様子はない。
「うむ、聞いていた情報通り、ローティア・ジュナリスで間違いない。よく捕まえましたね」
「うるせえ、さっさと物をよこせ……」
「慌てないでください」
バーテンダーはローティア嬢の体に布をかぶせ、商品を包むように梱包するとアタッシュケースに似た鉄製の鞄をカウンター下から出す。
鍵で開けると、中に袋詰めにされている白い粉が大量に入っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁあ~っ。ウトサ、ウトサだぁっ~」
誘拐犯はアタッシュケースを抱きしめ、顔を袋に埋めた。
匂いを嗅いでいるのかそのまま数秒間動かない。
頭を上げ、アタッシュケースを抱きしめながら闇ギルドを出ていく。
扉から出た後、上階に来たところでネアちゃんの糸で拘束。
声が出ないよう、口の中にブラットディアを突っ込んでおいた。咀嚼する力が出ないくらいパンパンに詰め込んでいる。
「ふぅ……、まさか、こんなうまくいくとは思わなかった。これで、あの方もお喜びになってくださるだろう。にしても、殺すには惜しいほど美しい。はかなげで、何と花弁のような、麗しき唇なのでしょうか……」
バーテンダーはローティア嬢の姿を舐めるように見回し、布の上からといえど、乳房に手を当てる。
どうやら、こちらが完全な少女性愛者だった。大変狂っている。
丁度いい、素面の者がいてくれてよかった。
そうじゃないと真面な話合いも出来ない。まあ、真面に話し合うつもりなどないけれど。
私は完全に何かに首を突っ込んでいる状況だ。
でも、ローティア嬢を取り返さなければならない。私の友達に手を出したんだ、ただで済むと思わないでもらおうか。
もちろん、殺人はしないけれど……。
「ん……、んぅ……、え、あ、あれ……、わ、わたくしは……、何して……」
バーテンダーを拘束し脅迫で、情報をはかせようとしていたころ、ローティア嬢に掛けられていた催眠魔法の効果が消えた。
ローティア嬢が頭をもたげ、上半身を起こすと布がはらりと落ち、綺麗な上裸姿になってしまう。
「きゃぁあああああああっ。な、なに、なんですの、なにが、何が、どうなって……」
ローティア嬢は完全にパニックに陥っていた。そりゃあ、目を冷ましたら、いきなり裸になっていて薄暗いバーのカウンターテーブルに寝そべっていたのだ。
怖い以外の何ものでもない。
――ベスパ、ローティア嬢にハルシオンを打って。
「了解です」
ベスパはローティア嬢の体に睡眠薬を打ち込み、完全に眠らせる。
後で土下座しながら、謝ろう。
私の不注意で、ローティア嬢に怖い思いをさせてしまったと……。
私はローティア嬢を助けるため、黒いビーの仮面をかぶり、階段をゆっくりと降りて行く。
直に話すのも嫌だが、なぜローティア嬢が狙われているのか、誰に狙われているのか知らなければ解決のしようがない。
サモンズボードからクロクマさんを召喚し、多少なりとも恐怖に震えてもらおう。私と同じようなトラウマを抱えてもらおうかな。
「キララさん、どうかしたんですか?」
サモンズボードから出て来たクロクマさんはぬいぐるみ程度の大きさ。
私が少々激怒している雰囲気を察したのか、表情が引き締まる。
彼女の首輪を外して魔力を流してあげると、通路に挟まり切らないほど膨らむ。
だが、その程度でこの化け物が止まるわけがない。ばきばき、めきめきと壁を破壊しながら階段を降り、扉の前にやってくる。
爪を石で作られた床に突き刺し、腰を引いて突進すると扉は簡単に破壊され、石製のドア枠も簡単に吹っ飛んでいる。
「……な、なな。なにが……」
バーテンダーは入口から巨大なブラックベアーが現れ、腰を抜かした。
クロクマさんの体長は五メートル、四つん這いの高さは二から三メートル。
四つん這いで歩いているだけなのに、大男よりも大きいのだ。
体重は一トンを軽く超え、全身は漏れなく真っ黒な体毛で覆われている。
魔法の効果を受けず、全て無効かしてしまう狂った体質だ。毛並みに魔力を分散させる力があるとふんでいる。
「こんにちは……。あなたはここの受付と言うことでよろしいですか」
「こ、子供。ブ、ブラックベアーをどうして。も、もしかしてテイマーの方ですか? お、驚かさないでくださいよ」
バーテンダーはすぐに立ち上がる。
「こほん、闇ギルドにようこそ。ほしい報酬があれば見合った報酬をお渡しいたします。仕事内容はあちらのボードをご覧ください」
バーテンダーは受付の仕事を始める。
どうやら、私が闇ギルドを利用する顧客に見えたようだ。
まあ、そう思っているのなら好都合。
子供でこんなところに来るなど、どういった境遇かわからないが、真面ではないと思われているだろうな。
「私、ここに来たのは初めてなんですけど。すぐに働けるんですか?」
「も、もちろんです。これと言った手続きはありません。仕事を受けて、仕事を完了していただければ、報酬をお渡しいたします。ぶ、ブラックベアーを従えていらっしゃるのならば、もう、引く手あまたとなるでしょう。ぜひ、この闇ギルドをごひいきに」
バーテンダーは頭を深々と下げる。
悪いことをしているが、接客は悪くない。
ローティア嬢を盗んでこいと依頼したのもこの人ではないはずだ。




