誘拐犯
「うぅ、私、お父さんに怒られちゃう。このままじゃ、ちゃんとお使い出来なかったって、怒らちゃう……」
「そ、そんなこと言われてもなぁ。じゃ、じゃあ、いくら持って来たんだい?」
「うぅ、金貨一四枚……」
「う、うぅん、そ、そうか……」
店主は私の泣き顔を見ながら、腕を組んでいた。
実際、もっといっぱい持っているがこのくらいなら値引きしてもらえるかもしれないと、ギリギリの当たりを狙った。
結構攻めているが、駄目なら別の店に変えるのみ。あまり、値切るとブラックリストに入れられるかもしれないので、このくらいが限界だ。
「じゃ、じゃあ、小瓶から出して子袋に入れかえれば金貨一四枚で売ろう」
「本当ですか、ありがとうございます。お兄さん、大好きっ」
「くぅううっ~」
店主は香辛料を小瓶から移し替えず、木箱に小瓶を詰めていた。
なんならソウルが入った子袋をおまけで突っ込んでいる。カッコいいや、大好きと言われて相当嬉しかったのかな。
すまないが、そんなこと微塵も思っていないぜ。
木箱を受け取ると同時に、店主の顔を見ながら一八〇パーセントの笑顔を浮かべる。
「カッコいいお兄さん、お仕事、頑張ってください。私、応援しています」
「ああっ、もちろん頑張るぜっ」
店主はボーっとしてたのが嘘のように張りきり出し、大きな声を出して客引きを始めた。
私は嘘をついてしまった手前、少し悪いことをしたと反省し、周りに視線を向ける。
「ここの露店、すっごくよかった~。店主のお兄さんがすっごく良い人で、どの品も良品ばかり。また来たくなっちゃうよ~」
私の声を聴いた周りの人々は調味料を売っている露天商のもとにゾロゾロと向っていく。
あまりに上手くいったので顔がにやけて仕方ない。
「キララ、あなた、今ものすごく悪い顔しているわよ……」
ローティア嬢は、顔をこわばらせている。どうやら、私の百面相を見て疑っているのだろう。
私は両頬に手を当て、揉みこむ。
「キララ、息を吸うように嘘をつくのね」
「あ、いや、その……、えっと、なんて言うんですかね、嘘も方便と言いますか、これはれっきとした根切交渉でして。平民はこうやって生きていくしかなくてですね……」
「わたくしにも教えて」
「へ?」
ローティア嬢は私の肩に手を当て、目をギラギラと輝かせながら見つめてくる。
今までの流れに感動したそうだ。どこに感動する部分があるのかわからないが、相手の気持ちを掌握して自分の思い通りに事を運ぶすべが欲しいのだとか。
確かに彼女はバカ正直に買い物しそうだなと思わなくもない。
抜けている部分があるので、何度か騙された経験があるのだろう。
「ローティアさん、私の方法がとてもいい手段とは言えませんよ。ほぼ嘘ですし、嘘が苦手なローティアさんは難しいと思います」
「そ、そうかもしれないけれど、その技術があれば、わたくしも少しは負担が減らせますわ。お金が大切なのは、わかっているの。少しでも安く出来るのなら使わない手はない」
「うぅーん……」
私は悩み、ローティア嬢に笑ってもらう。
だが、表情が硬い。
もう、可愛いけれど物調ずらだ。
もう少し柔らかく笑えるようにならないと、彼女の可愛さを利用できない。
笑顔ほど女の武器で強い品もないので、出来る限り自然な笑顔を作ってもらう。
「あ、あはは……、あはははー」
「怖いですね」
「……うるさい」
ローティア嬢は笑顔を作る才能はなかった。
百面相で相手を手玉に取るのは難しそうだ。
私達はレクーがいる大通り沿いに戻る。すると、レクーの背後にあるバートン車の扉が空いていた。
私は扉を開けた記憶がないので、何事だろうと疑問に思う。
風で開くほど軟じゃない。取っ手が下がっており何者かが開けたと思われる。
中に隠れようとしたのなら、ずっと開けている必要性はない。
「……むうぅ、むうぅぅ。うぐむぅぅ」
「な、なに……、何なの……」
ローティア嬢は私に抱き着き、バートン車の中から聞こえる声に恐怖していた。
そりゃあ、無人のはずのバートン車の中から声が聞こえたら怖い。私だって怖い。
でも、周りに人がいるし、レクーもいる。なにかあればすぐに逃げられる……。
レクーとバートン車を繋いでいる縄を解いておく。レクーに話を聞いた。
「中に誰か入って行ったの?」
「多分……、見てなかったので、後ろを振り向いたら扉が空いていました」
「そう……。とりあえず、ベスパ、見に行って」
「了解です」
ベスパはぶーんと飛び、バートン車の中に入っていく。
「何者かがネアちゃんの糸でぐるぐる巻きにされています」
ネアちゃんの糸でぐるぐる巻きにされているのなら、安全だ。
私はバートン車の中を覗き込む。
すると、柄が悪そうな冒険者服姿の男性が拘束されていた。
手もとに刃物を持っており、糸を切ろうとしているが一向に切れない。
ネアちゃんの糸は鋼のように強力で普通の刃物ではびくともしない。
バレルさんが振るう剣でも切りさけなかった。
燃やしたらあっと言う間に消えてしまうが、体に糸が巻き着いた状態で炎を使えば火だるまになってしまう。
「えっと……、強盗犯ですかね?」
私は首を傾げながら男性の姿を見る。
質素なつくりのバートン車を狙うのは少々おかしい。
強盗ならもっと煌びやかなバートン車を狙うはずだ。
レクーが神々しいので貴族のバートン車感があるものの、ホイホイやってくるなんて頭が悪い方なんだな。
御者や護衛がいないバートン車だったから、簡単に盗めるとでも思っていたんだろう。
「ローティアさん、安心してください。よくわからない男性……、ローティアさん?」
私はローティアさんの姿を探す。私の体にくっ付いていたはずなのに、いつの間にかいなくなっていた。
おかしい、なにが起こったのか理解できない。
どこからどうやってローティア嬢がいなくなった?
――ベスパ、私の姿を見ていたビー達の情報を映像化して。
「了解しました」
ベスパは監視カメラの映像を見るかのように、他のビー達の記憶を私の脳内に映し出す。
私の姿を俯瞰した状態で見えた。
私とローティア嬢がバートン車のもとに戻って来た当たりから再生されている。
時間を進め、私がレクーに話かけに行ったあと、縄を解いている時、光が現れてすぐに消えた。
その瞬間に、ローティア嬢の姿も消えている。
何か認識阻害のスキル、ビー達が使うような光学迷彩に近いスキルを持った者がローティア嬢を攫った。
「……ディア、ここら一帯にいるブラットディアを集めて、床を黒く染めて」
「了解ですっ」
ゴキブリという存在は全世界に二〇兆匹以上いると言われている。人間が六〇億人とすると三千倍以上だ。
ブラットディアもゴキブリと近しく、数多く存在している。
地面を埋め尽くす黒い物体は瞬きする間に現れ、石畳の上を覆いつくした。
ブラットディアの長い触覚は人間に踏まれそうになった瞬間、空気の感覚を察知し回避することが可能だ。
たとえ見えなかったとしても存在していることに間違いはない。
光の屈折で見えなくなっているだけだとすれば、確実に不可解な空間が生まれるはず。
真っ黒な地面に石畳が見えている状態が観測できるのに、その上を見ても誰もいないという不可解な現象が……。
ビー達の視界を借り、大量にいる人々の断末魔が聞こえる中、不可解な現象を探す。
まだ、遠くに移動していないはずだ。
そう思って集中して探していると、ビー達が先に見つけた。ベスパが光の速度に近い速さで飛び、私の視界を先導する。
黒い床に男物の靴ほどの石畳が連続して見えていた。その上に人はおらず、大通りを駆け抜けている。
人々がいない場所を使って逃げていた。丁度多くのバートン車も止まっているため、気づきにくい。
――まてやごらぁあっ! と大声を出したいところ、ぐっと抑え込む。
少しするとベスパは空間にくっ付いた。何もない所で翅を止めている。つまり、そこに何者かがいる。
もう一人の男はバートン車の中に突っ込んでおき、私はレクーの背中に乗って手綱を握る。
このまま捕まえるのは簡単だが、何者がローティア嬢を狙っているのか知らなければ、また同じ被害にあってしまう。
――ゴキブリキャップのように、一匹のゴキブリに毒を持ち帰らせて群れ全体を一網打尽にしてくれる……。
全てのブラットディアを引かせる。すでに、ペスパがくっ付いているので何ら問題なかった。
ブラットディアが消えると、先ほどの騒々しかった市場が嘘のように静まり返る。
走っていた誘拐犯は歩道の方に移動し、スキルを解除した。
人ごみに紛れて安心したのだろう。ローティア嬢は眠らされており、お姫様抱っこされている状態で周りの人は何ら不信がっていない。
ローティア嬢を攫った者もまた冒険者のような恰好だ。
でも、柄が悪い。見るからに人相が悪い。
ローティア嬢の姿を見ながら微笑む。少女性愛者かと思うほど気持ちが悪い顔だ。
だが、体に異常をきたしているような雰囲気も醸し出している。
薬物中毒者のような……、そんな人間だ。
――ベスパ、その人の魔力から害悪な物質がないか調べてくれない?
「了解です……」