なぜ服を売るのか
「うぅ……、服まで売っていますわ……」
ローティア嬢は冒険者用の服が売られている場所を見つめていた。
伸びがいい生地で作られた服が多く、耐久性と吸水性があるらしい。
春物から寒い場所に行っても良いように厚手の服まで常備されている。用意が良いな……。
冒険者は寒い山などにも行くので、こういうのはありがたいだろう。
「わたくしが作ったら、宝石がなくとも金貨一〇枚以上しますわ。これじゃあ、わたくしが服を売る理由って何なのかしら……」
ローティア嬢は質がいい服の数々を見て、大変落ち込んでいた。
インターネットで皆に見てもらい笑顔にさせる一般人とアイドルになって少しずつ人に会い笑顔にさせるのと、どちらも相手を笑顔にさせるのは同じこと。
されど、狙っている対象や笑顔の量と質がまるっきり違うのだ。
「私はローティアさんが作った服が好きですよ。パーティーがあれば、絶対にローティアさんが作ったドレスを着ます。ここら辺に売っている服を着てパーティーに行きません」
「そりゃあ、ドレスと普通の服は違うじゃない……」
「ですよね? あと、ローティアさんが作るドレスだから価値があるんです。商品価値は人それぞれです。大切なのは、自分が相手を幸せにすると心に誓うこと。なんで、服を作っているのかわからないのなら、ローティアさんは自分を見つめ直した方が良いですね」
私はローティア嬢に思いをぶつける。
同業者で、本音をズバッと言うのも仲間の関係があってこそ。
彼女の服は私の目で見ても質が高いし、何ら自分を卑下する必要はない。冬物が売れなかったから少し自信をなくしてしまっているだけ。
「そう言われても、こんなの見せられちゃったら自暴自棄になるわよ……」
「いい品悪い品を見て、研究するのも仕事の内。遊びながら仕事のことを考えちゃうなんて、やっぱり私達は仕事脳ですね」
「まったくよ。たまには何も考えず、普通に過ごしたいわ」
ローティア嬢は溜息をつき、布に触れる。
彼女は少し微笑んだ。
「生地が荒いのね。わたくしの使う布はもっときめが細かくて柔らかい布よ。素材が違うから、値段も違うのは当り前よね」
彼女は自分が認めた布しか使わない何ともこだわりの強い方だ。
そのこだわりがブランドの個性であり、人を引き付ける。
着心地と可愛さ、美しさを兼ね備えたローティア嬢の作った服はまだ無名だ。
きっと多くの人に認められ、飛ぶように売れるようになる。
私が彼女の作った服を着て公演すれば、ってそれはアイドル思考すぎる。
でも、宣伝は服を買ってもらうのに必須だしな。
何か、別の方法で安く宣伝できればいいのだけれど。
私とローティア嬢はお店の中をぐるりと回る。
「避妊具……、なんのための商品なの? なんでこれだけ金貨五〇枚も……」
「ろ、ローティアさんにはまだ早いですっ」
私は彼女の手から避妊具が入った箱を奪い取り、棚に戻して背中を押し、すぐにお店を退出する。
私の顔を知っている店員さん達は頭を下げながら見送ってくれた。盗みを働いたと思われなくてよかったよ。
「もう、いきなり背中をおさないでくださいまし。脚がもつれてこけそうになってしまったじゃない。ヒールを穿いていたら、確実にこけていたわ」
「す、すみません。えっと、えっと……、さあ、ウルフィリアギルドの中に入りましょう」
「ちょ、さっきの避妊具って何よ、説明……」
「さあっ、行きましょぉおっ」
私はローティア嬢の手を握り、デカい建物の入口を通った。
広い受付が目の前に飛び込んでくる。今は比較的人が少ないので難なく歩ける。
トラスさんは獣族達の冒険者パーティーと話し合っており、話し掛けられる雰囲気ではなかった。
私達は昇降機を使って八階に移動し、八号室に向かった。
キアズさんに後で挨拶すればいいだろう。
八号室の扉にはビーの巣と書かれた木版がかけられており、仕事部屋感がある。扉を叩き、中に人がいるか確認。
「はーい。開いていますよ」
扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
私は扉の持ち手を握り、引く。
以前、飛びつかれたが、今回は仕事用の椅子に座った状態のクレアさんがいた。
以前の反省点を守ってくれているようだ。
「こんにちはクレアさん」
「ええ、キララさん、こんにちは。えっと……、今日はお友達をつれてきたの?」
クレアさんは私の隣にいるローティア嬢に視線を向けた。
「初めまして、私はローティアと言います。よろしくお願いします」
ローティア嬢は自分が大貴族だと言う気はないらしい。そのため、クレアさんに対して下手に出ている。
「初めまして、私はクレアよ。キララさんと友達なら、私とも友達ねっ」
クレアさんは明るい性格なので、ローティア嬢の身分など気にしていない様子だ。
私と友達というだけで、完全に信用している。まあ、私の信頼度が高いということだろう。
「クレアさん、早速ですけど、以前、私がお見せした服の方の見解を聴いても良いですか?」
「そうね。簡潔に言うと、八〇枚おろしてもらって構わないわ」
「ほんとですか。はぁ~、良かったぁ~」
「でも、一つ条件があるの」
「え……、じょ、条件……」
「そうよ。今の季節に冬服を売るのはとても難しいわ。でも、ルドラ様が名案を思い付いたの」
クレアさんは私の方に歩いて来て、肩に手を乗せてくる。
「キララさんが服を着ている姿を絵に描いて多くの者に見せるの。キララさんが着ている服はとても可愛く見える。この子みたいになれるかもしれないと思い込ませられるでしょ。キララさんが着ている服を着たいと思う人がいるかもしれない。いや、確実にいるわ」
クレアさんは私に服のモデルになってほしいと言ってきた。
確かに、私が服を着ている姿を見せれば、買ってもらえる可能性は上がる。
モデルがみんな美女やイケメンなのは、着ている服をカッコよく着こなせるように錯覚させるためだ。
実際は服がカッコいいのではなく、着ている者達がカッコいいのであって、服の効果ではない。
服は良くも悪くも着るものを引き立てる道具でしかない。
でも、今の時期、冬服を売るためにそのような販売補法を取る必要があるのは、何となく想像できる。
「く、クレアさんと、ローティアさんも一緒に写ってくれるなら引き受けます」
「わ、わたくしもっ」
ローティア嬢は一瞬苦悶の表情を浮かべたが、彼女のブランドの服に加え、彼女はものすごく可愛いのだから、別に問題ない。
でも、自分達の顔が世間にバラまかれると思うと気分はあまり良くない。
まあ、この世界よりも情報伝達が速い世界でアイドルしていた私が言うのもなんだけどさ。
別に、何も変わらないだろうし、八〇枚程度なら手配りのチラシとほぼ変わらないじゃないか。
そのチラシ程度でどれだけの者が私達の姿を覚えてくれるのか。普通じゃ記憶の片隅にもおかれないだろう。
「私は構わないわ。だって、あの服着てみたかったんですもの」
クレアさんは両手を握り合わせ、満面の笑みを浮かべながら身をよじらせていた。
どうやら、あの服を気に入っているらしい。
つまり、ローティア嬢の作った服を好いているということだ。ほら、わかる人にはわかるんだよ。
――ベスパ、私達の体に合わせた品を持ってきてくれる。
「了解しました」
ベスパは学園に置かれている七九着のドレスから私達にあうように調節して持ってきてくれた。
私が着るドレスだけ、ものすごく子供みたいだ。
クレアさんとローティア嬢が着る服は胸もとが大きく私のドレスより完全に大きい。
今さらぐちぐち言っても仕方がない。
ネアちゃんに髪型を整えてもらい、すっぴんの状態でベスパに肖像画を描いてもらう。
ほぼ写真の要領で、反射してきた魔力を紙に映し出しているだけ。
画質は悪く作ってもらった。
でも服は綺麗に映っているので絶妙に私達とわかりにくい。
ローティア嬢など、いつもと雰囲気が違い過ぎて、絶対にわからない。
私とクレアさん、ローティア嬢が並び、スカートの裾を軽く広げている者、お辞儀している者、踊ろうとしている者という具合に、良い感じのポージングを見定めながら何枚も作ってもらう。
写真の要領で何回も取り直せるが、肖像画など時間が掛かりすぎる手法は本当に上手い者じゃないと、任せられない。まあ、写真は肖像画より上手く撮れるんだけど……。