ローティア嬢と買い物
「じゃあ、行きま……きゃぁあああああああああああああああ~」
ローティア嬢はあくびしているフェンリルの姿を見つけ、飛び出した。
目を輝かせ、流れ星のようにきらめく髪を靡かせながらフェンリルに抱きつく。
彼女の抱き枕はフルーファのような獣のぬいぐるみで、見かけによらずモフモフした存在が大好き。
「あぁ、もふもふ、もふもふですわ~。はっ……。い、いけませんわ。こんなはしたない姿を野蛮な冒険者たちに見られてしまったら、弱みを握られてあんなことやそんなことを要求されてしまう。で、でも……、止められませんわぁ~」
ローティア嬢に抱き着かれているフェンリルは窒息しかけ、脚をぴくぴく動かしていた。
これ以上やると、フェンリルが落ちてしまうので力を緩めてもらう。
「たく、だれかと思えば……。キララの知り合いか。そうじゃなかった食ってやってたのに」
フェンリルは呼吸を整え、真っ白な毛並みをぶるぶるふるわせながら、整える。
神獣というだけあり、その神々しさはフェニクスに負けず劣らず。
さすがにただの魔物のフルーファよりカッコよく凛々しい。可愛げもあり、ペットに一匹欲しいくらいだ。
「あぁん、もふもふよ、もふもふ~。キララも触って見なさい。モフモフで気持ちいわ」
「そうですね」
私もフェンリルの顎下に手を入れ、撫でる。
「おふ、おふおふっ……」
フェンリルは気持ちが悪い声を出しながらお腹を見せてきた。
仕方がないのでこれでもかと撫でてあげると尻尾がありえないくらい振られている。
その仕草を見て、ローティア嬢は表情が晴れやかになる。
彼女は実家で動物が飼えなかったから動物に憧れがある。そりゃあ仕方がないか。
場所を交代してあげると、もう、自ら顔をお腹に埋める始末。好きすぎるでしょ。
「あぁ~、幸せですわっ~」
「……はは」
傷心していたローティア嬢が大変喜んでいるので、まあいいかと決め込み、彼女が満足するまでフェンリルをなでなでさせてあげた。
その間、彼に魔力を上げてじっとしていてもらう。魔力さえもらえれば、なんら文句一つ言わずじっとしていてくれるから賢い子だ。
「はぁ~、もう、家に持って帰りたいけれど、そういう訳にもいかないわよね……。また来てモフモフさせてもらってもいいかしら?」
「フェンリルはウルフィリアギルドの中に大概います。何年経とうが、ここがある限りいなくならないので好きなだけモフモフしてあげてください」
「ほんとっ。じゃあ、わたくしが、冒険者ギルドで働けるようになれば毎日モフモフし放題ってことね」
「べ、別に冒険者ギルドで働く必要はないと思いますよ。普通に働いて動物が飼える場所で過ごせばいいだけだと……」
「もう、フェンリルはここにしかいないじゃない。このモフモフにかなうモフモフは存在しないわ」
「言い過ぎだと思いますけど……」
ローティア嬢のモフモフ好きは今に始まったことではないが、中々度を越しておられる。
メイドや執事たちも困っていただろうな。私ですら困っているのだから。
「フェンリル、わたくしのお部屋に遊びに来たら美味しいお肉をいつでも用意いたしますわ。だから、定期的にわたくしのお部屋に遊びに来てくださいまし」
「ぐ、グラァ……」
フェンリルは輝き溢れる瞳を見て、引いていた。
彼は曲がりなりにも神獣だ。それにも拘らず、ここまでグイグイ来る少女は珍しいのだろう。
私でも一応敬うようにしているのに、ローティア嬢は完全に友達関係を結ぼうとしている。
神様と友達になろうとしているくらいぶっ飛んでいるが、まあ、フェンリルがどうするかの問題なので、別に危険はない。
「ローティアさんに会いに行けば、私もいるし、餌を食べにくるついでに寄ってあげてもいいんじゃない?」
「うぅむ。まあ、美味い肉が食えるのなら……」
「ローティアさん、美味しい肉が食べられるのなら行ってやってもいいと言っています」
「ほんと、やったわ~。ありがとう、フェンリル~」
ローティア嬢はフェンリルに抱き着き、頬にチュッチュとキスしまくっている。
絶世の美少女にそんなことされたら、フェンリルも嬉しくなっちゃったのか尻尾を振りながら口角を上げている。まったく、調子のいい犬野郎だ。
私とローティア嬢はフェンリルから離れ、両脇に軒を連ねるお店を見渡した。
「へぇー、こんなところにもお店が沢山並んでいるのね。武器屋、防具屋、魔道具屋。冒険者用の服や靴を売っているお店はあれど、わたくしが売っているような服を売っているお店はどこにもないのね」
「まあ、冒険者たちにドレスを着るようなときはほぼありませんからね。宝石も武器の装飾にする者は少ない。見せかけの武器より、使い勝手のいい武器の方が好まれますからね」
「そうよね。ここじゃ、わたくしの服や宝石は売り出せそうにないわね。これだけ多くの者が集まっているのなら、人の確保は出来そうだけれど」
ローティア嬢は辺りを見渡し、冒険者の行き来を見ていた。
彼女の言う通り、冒険者は多い。
そのため、顧客を手に入れるのは比較的簡単だ。でも、この場の土地は高いだろうし、開いているお店や土地は見当たらない。
新しくお店を出すならどこかの店舗を買収するしかないだろう。だがそんなお金もない。
そこまでしてお金を儲けられるかもあやしいので、危険な道を踏む必要はない。
「今から会う相手は左奥のマドロフ商会の関係者です」
「マドロフ商会。私も知っているわ。貴族よりも他の店や平民に重きを置いたお店なのでしょ。比較的安い品が多いと聞くわ」
「見に行ってみますか?」
「そうね、でも、あそこは本店じゃないのでしょ」
「そうですけど、本店と支店で大して変わらないと思いますし、雰囲気を知るために入ってみるのも悪くないと思いますよ」
私はローティア嬢の手を握り、共に獣族の冒険者や新人冒険者が何人も出入りしているマドロフ商会の支店に入る。
今の季節に合った品が入ってすぐに陳列されていた。
今の季節は春。薄手のローブや冒険者用の薄手のブーツなど、新人が欲しがりそうな品が並べられている。
値段もお手頃で金貨一〇枚あれば、冒険者の服装がすべて整ってしまうほどだ。
「えぇぇ、このローブが金貨一枚もしないの。嘘でしょ」
ローティア嬢は陳列されていた薄手ながら布を二枚に重ね、縁がしっかりと縫い付けられた耐久性の高い品を見ていた。
首回りは魔物の皮が使われており、着心地も良さそうだ。
その品が金貨一枚。王都ならお手頃価格というか、破格な値段だ。
「な、なんで、このブーツが金貨二枚なのよ。おかしいじゃないっ」
「ローティアさん、声が大きいですよ」
「だ、だって、革製品で靴底も分厚いし、中敷きまである。靴紐も丈夫そう。軽いし、履き心地だって悪くないわ。金貨数十枚してもおかしくないもの。こんなのおかしいわ」
ローティア嬢はブーツを持ちながら激怒している。
いや、怒っているように見えるだけか。
「えっと、簡単にいうと王都の外から安く仕入れて売っているんです。だから、安いんですよ」
「そ、そんなの、どこでもやっているわ。わたくしだって布は王都の外から取り寄せているもの。でも、移動費とか維持費、前金とかいろいろ掛かるでしょ。金貨二枚で元が取れると思えないのだけれど」
「王都の外で全部済ませているんです」
「な……、そ、それじゃあ、これは王都の外で売られている品を王都で売ってるだけと言うの?」
「そう言うことです。マドロフ商会はお金の匂いを嗅ぎつけるのがべらぼうに上手いんです。そのブーツを安く作れる職人が王都の外にいるのでしょう。王都で仕事すれば儲けが出る。でも、それができない人は案外大勢いるんですよ。家族がいたり、身分が低かったり。そう言う方達と交渉し、お金を払って王都で売って利益を出しています」
「なるほど。そんなすごい人を探せる道を持っているから、ここまで急成長したのね」
「そうなりますね。でも、安い品を買う貴族はあまりいません。貴族より平民の数の方が多いですし、品とお金を回して利益を出している。大きな品を買ってもらわなくても回るんです。面白いですよね」
「……凄いわ。これが一代で王都の商業ギルドを震撼させているマドロフ商会なのね」
ローティア嬢は震えながら、ブーツを握っていた。
新人冒険者に丁度いい具合の品だ。
すぐに壊れることなく、お金が溜まってきたころに買い替えられる程度の品。
都合がいいというと語弊があるが、代用品に丁度いい。
そんな、痒い所に手が届く商品が沢山並んでいるので、多くの冒険者たちが店内を徘徊し、一つ、また一つと品を手に取っていく。
すでに、ビースト語を話せる店員さんが増え、多くの獣族からの支持も受けている。
安心して話せて親身になってくれるだけで、人々の足はこの場に向かう。
一時悪い印象が付いていたが、最近は払しょくされてきたかな。
ローティア嬢と共に店内を回る。
下着や内着といった日用品まで売っているのだから、ほんと薬局みたいだな。
よくいえば万能なお店、悪くいえば器用貧乏。
でも、マドロフ商会が選び抜いた良品しか置かれていないため、どれを買っても失敗しない。
私もついつい手に取ってほしくなってしまうような品ばかりだ。
ほんと、このほぼ全てをマルチスさんやルドラさんが見つけたのだと思うと、両者共に商人の才能がありすぎる……。