大笑い
ローティア嬢の表情があまりにも痛々しい。
私はお節介なおばさん精神があふれ出てしまい、ローティア嬢の頭をぎゅっと抱きしめていた。
もう、そのままよしよしして頬にチュッチュとキスしたい気分だ。
こんな幼気な少女を放っておく親など、縁を切ってしまったほうがいいのではないだろうか。
だが、彼女は親を見返すために頑張っている。裏を返せば認めてもらいたいから、頑張っているともいえる。
「も、もう、また勝手に抱き着いて。村娘のくせに生意気よ……」
ローティア嬢は、瞳を少し潤わせ私の胸に顔を埋める。
すすり泣く声は大食いしているメロアとミーナにかき消されていた。他の者も、食事に夢中でローティア嬢の声を聴いている者はいない。
食事を終え、お風呂に入る時、皆の体を見た。
私の体は大して傷を負っていなかったのだが、ローティア嬢やメロア、ミーナは体に青い痣を作り、内出血を起こしているようだった。
メロアとミーナはフェニル先生に治してもらっていたはずなのだが、部活で激しく動いたのかな。
「いちち、もう、体中あざだらけだよ」
銀色の髪を靡かせるミーナは腕をさすりながら、苦笑い。
「ほんと、ほんと。トラスさん、容赦なさすぎるよー」
メロアも、痣を撫でる。どうやら、トラスさんに稽古をつけてもらったらしい。
きっとモクルさんの姿を見に行ったついでだろう。
眠っていた時間を取り戻すために、仕事したに違いない。
「でも、トラスさん凄かったね。さすが、元Sランク冒険者。私もあんなふうに動けるようになりたいっ」
ミーナは両手を握りしめた。全裸なのに堂々としすぎている。顔だけ見れば美青年。体を見れば女の子。頭がこんがらがりそうだ。
「そうね。獣族特有の体の使い方だった気がする。私の動きも近づけられれば、もっと威力が出せるかも。そうすれば、お姉ちゃんも吹っ飛ばせるかな」
ミーナとメロアはフェニル先生を倒す作戦をすでに考えていた。
別にフェニル先生と戦う必要は一切ないのに、彼女たちは負けたのが悔しすぎたようだ。
まあ、そういう点に関しては戦ってよかったのかもしれない。
私はローティア嬢に肩を貸し、共にお風呂場に入った。
「こ、こんなことまでしなくても良いってば」
「いえいえ、脚に負担をかけるわけにはいきませんから。お風呂に入るまでは我慢してください」
ローティア嬢に肩を貸していると、柔らかい乳が肌に当たる。大きいから当たるのであって、小さな私の乳はかすりもしない。ほんと、格差社会だ。
シャワーで体の汚れを洗い落とし、綺麗になった後、お湯にゆっくりと浸かる。
私の大量の魔力がにじみ出たお湯はメロアとミーナの体に出来た打ち身を治し、ローティア嬢の脚の骨折を完全にくっ付けるほどの効能を持つ。
「体が痛くなくなったー」
「ほんとほんと、やっぱりお風呂は凄いなー」
メロアとミーナは両手を上げながら、何とも間抜けな声を上げ、喜んでいる。
「はぁー。キララ、あなたはとことんお節介なのね。村娘が大貴族にお節介を焼くなんて、とんだ異例よ。わたくしを侮辱しているわ」
「私はローティアさんを尊敬しています。だから、助けたくなるんです。村娘に助けられるのは嫌かもしれません。助ける相手は関係ないと思います」
「わたくしだからいいかもしれないけれど、他の大貴族にしたら切られるかもしれないわよ」
「そこのところはちゃんと見はかっていますよ。ローティアさんは私の友達ですから」
「もぅ、ほんと、調子が狂うわ」
ローティア嬢は頬を熱らせ、私から視線を反らす。何と可愛らしい少女だろうか。
ロール髪が解かれ、お湯に浸からないようにお団子にまとめられているから、よけい愛らしく見える。
このまま、食べてしまいたいくらい。まあ、私にそういう趣味はないけれど、女の子がアイドルを可愛いといって何が悪い。
男が男のアイドルをカッコいいというのと何ら変わらないことだ。
そういう感情で、ローティア嬢は超可愛い。
ローティア嬢の頬に頬擦りしていると、さすがにウザがられ突き飛ばされる。お湯の中に吹っ飛び、お湯が大量に巻き上げられた。色々力加減がおかしいが、怪我していないので良しとしよう。
「あ、あはは~、ちょっとやりすぎちゃいましたね。すみません」
「わ、私も、力を入れ過ぎたわ……」
ローティア嬢は友達を作るのが苦手なのだろう。位が高いと同じくらいの人としか喋らない。
彼女は大貴族なので、八大貴族の者とは普通に喋れるだろうが、それ以下の者が多いドラグニティ魔法学園の中で肩身が狭いと思われる。
他の人から見れば、雲の上の存在なのだけれど。どちらの疎外感もぬぐえない。
私が他の人との架け橋になれる訳でもない。
大概の貴族は平民を見下しているので、私がローティア嬢と仲が良いと知れば、私を妬む者が増えるだろう。
ただでさえ、妬まれているのに。
でも、ここは冒険者女子寮。そんなこと気にせず、普通に話せばいい。なんせ、私達は水晶玉が選ぶ、息が合う者達なのだから。
「ローティアさん、気にしないでください。私は仲良く話せているだけで楽しいので。ちょっとくらい反発してくれた方が絡みがいがあります」
「まったく、なんでこんな子が学園にいるのかしら」
ローティア嬢は腕を組みながら、頬を膨らまし私を見てくる。
くすりと笑い、つぼに入ったのか声を上げて笑い出した。
骨折した日に大笑いできるとは。まあ、もう治っているだろうけど。
ミーナとメロアはローティア嬢の大笑いしている姿を見て、目を丸くしていた。
「もう、甲高くてうるさいわね。そんなにふうに笑えるなら、最初から笑ってなさいよ」
メロアは同じ部屋のローティア嬢に声を荒げ、お湯を掬ってぶっかける。
ごぼぼっと顔に掛かったローティア嬢はせき込み、ちょっと飲んじゃったじゃないと叫びながら、同じようにお湯をメロアにぶっかける。
大量のお湯が津波のように巻き上がり、メロアとミーナが飲まれた。
「ぷはあっ、やったわねっ」
メロアとミーナ、ローティア嬢と私が全裸の状態でお湯をぶっかけ合いながら、笑いあっていた。
緊張の糸が少々緩んでいたのもあるが、こういう無駄な時間が人生で一番楽しいと思えてしまう。
ずっと仲良くしたいと思いながら、きっと学園を出たら別々の道に進んで、ほとんど会うことも出来なくなってしまうのだろうな。
少ししみじみしながら、今の思い出を少しでも残しておきたい。
「私もまぜろ~いっ」
モクル先輩が全裸のままお湯に飛び込み、大量のお湯が私達を襲う。
もう、お湯の半分以上が風呂から出てしまった。モクルさんがお尻を床に叩き着けてしまい、盛大にもがいている姿を皆で大笑いしながら、最終的にフェニル先生に激怒される。
こっぴどく叱られた私とミーナは部屋に戻り、ぐでーっと眠っているフルーファを見下ろす。
「はぁー、フェニル先生、怒りすぎだよー。耳がまだ痛い……」
ミーナは狼耳を撫でながら、ピコピコ動かしており愛くるしすぎる。
抱きしめたい気持ちをぐっと抑えた。
「えっと、もう、次学園に行くときは五月だね。入学してあっという間の一ヶ月だった」
「ほんとほんと。もう、一ヶ月過ぎちゃったんだよね。はぁー、あと二カ月もあっという間だね。夏休みはどうしようかなー。家に帰ったら、移動だけで夏休みが終わっちゃうよ」
ミーナはもう、夏休みの話をしていた。
まだ五月にも入っていないのに。その前に、試験もある。夏休みの話はまだ先になりそうだ。
「五月って何か行事があるのかな? キララ、知ってる?」
「えっと……、たぶん、遠足があると思う」
「遠足~っ。なになに、何するの?」
「王都の外に行くのか、王都内で何か調べものするとか、たぶん園外学習の一環だよ。どこに行くかはばらばらみたい」
私はドラグニティ魔法学園の冊子を見ながら、ミーナと話す。
他の領に行くこともあれば、王城の見学も過去にあったらしい。毎年違うようで、私達はどこに行くのか想像出来なかった。まあ、いずれ、話があるだろう。
「はぁー、五月六月七月……になるにつれて熱くなるんだろうなー」
「そりゃあ、夏になるんだから、当たり前だよ。ほら、そんなこといってないで、勉強勉強」
「うえぇ~」
ミーナを立たせ、椅子にどっかりと座らせる。運動ばかりしている彼女に出来るだけ勉強してもらわなければ、一緒に二年生にあがれない。
半分以上が上級生にあがれず、学園を去るのだから、ミーナはその筆頭だ。勉強が全てではないが、一通りの勉強ができて損はない。
私も一緒に勉強を始め、八分と経たず後方からスース―スーと寝息が聞こえる。まあ、八分持っただけマシかと考え、彼女をベッドに移動させたあと、布団をかけた。