莫大なお金
「僕はローティアが良い……」
「だが、お前のドラグニティ魔法学園の入学時の成績は村娘以下。なんなら、受かるかどうか本当にギリギリだった。たとえ、腹痛だったとしても王族ならそれ相応の結果が必要だ。ジュナリス家は大金を抱えた大貴族だ。
王家と並ぶほどのな。その家の者を引き入れるということは、それ相応の力が必要になる。ローティア嬢はお前よりずいぶんと優秀だ。尻に敷かれるなど、王家の男としてあってはならない。ならば、フレイズ家とのつながりを作ってくれた方が、私としては利益が大きい。いつまでも失望させてくれる弟だ」
キアン王子は切るではなく、言葉で何度も何度も突き刺しているようだった。そんなことしたら、レオン王子の心が死んでしまう。
弟が出来損ないとか、そいうことをいうのは違うだろう。
「私がアレス兄さんに勝つためには金がいる。そりゃあもう、膨大な金が。その金をかき集める必要がある。正教会がフレイズ家が管理する森の中に大金になりえる品があるという。その品を手に入れるため、フレイズ家との娘と繋がりを作れと命じた。なのに、未だに何のつながりも出来ていないとは。フェニルに邪魔されているのか……、そう考えると本当に腹立たしい女だな……」
キアン王子は顔を顰めながら右往左往動き、ペラペラと喋っていた。
頭がいい人は独り言が好きなんだよね……。
誰に話しても理解されないから、自分に話かけて理解しようとしている。
ビー達から私に伝わっていると気づいていない。
安心すると、ぼろが出るのは、皆同じ。たとえ、頭が回るといわれているキアン王子でも、焦りと少しの安堵が彼の思惑を自ら暴露した。
「はぁ……、何か言ったらどうだ」
「なぜ、キアン兄様はアレス兄様と対立するのですか……」
「なぜ? そりゃあ、その方が面白いからに決まっているだろう。逆になぜ皆、アレス兄さんが王にふさわしいと考えるんだ? アレス兄さんは確かに父上同様に頭が切れる。王の器になるべくして生まれた男だ。だが、妻と娘にデレデレの甘い考えでは、未だに成長を続けている他国にこの国は滅ぼされる。この国の成長はすでに止まっているのだ。このままでは、千年続いている国が脅かされるんだぞ」
「ですが、キアン兄様はどうやって国を成長させるのですか……」
「だから、金が必要だと言っただろ。国の成長は金の流れだ。金がとどまっているだけではだめなのだ。金を流し、貯め、流し、貯め、その循環が国を成長させる。ウトサの供給が制限された今、国は完全に停滞したと言っても過言じゃない。今すぐ、シーミウ国との貿易を再開し国にウトサを流し、金を使わせるんだ。加えて国の金は貯めて成長させる。このまま何も行わなければ循環が悪くなり、国力が低下する。そんなこと目に見えている。質の悪いウトサの影響で国の者達が危険になるから正教会の作り出したウトサは販売が禁止された。多少の中毒者など見捨てればいいのに」
キアン王子はどうも正教会と考えが一致している様子。
彼は国を強くしたい思いが強く、正教会は世界を手に入れたいと考えている。
互いに知りえているかわからないが、ルークス王国以外はどうなろうと気にしない狂った考えを持っているのはどちらも同じか。
でも、正教会は実験で国を滅茶苦茶にしようとした狂った集団だ。彼らに手を借りようとしているのは狂気の沙汰ではない。
私達は何も聞かなかったことにして、さっさとこの場を離れるとしよう。
「……」
振り返ると、すぐそこにゲンナイ先生が立っていた。
いやはや、音もなく背後に立たれるなんて怖い怖い。
話をしないように穏便にことを進められないだろうか。
そもそも、ベスパが何も反応していないので危険人物ではなさそうだけれど。
すっと移動し、ゲンナイ先生の横を通って別の場所に移動すると背後からゲンナイ先生が付いてくる。いや、怖いって。ストカーだって。
でも、攻撃してくる素振りはない。
私を誰もいない所で始末しようとしているのだろうか。
森の方に向って歩いて行くと、絶対何の用もないのにゲンナイ先生はついてくる。
つまり、完全に私に何か用がある。
「キララ様、ゲンナイ先生は尾行してきているだけのようです」
ベスパは私の頭上を飛び、話し掛けて来た。
――いや、尾行ってもっと隠れてするでしょ。堂々と尾行する人なんていないよ。
「アンテナが立っているので、キアン王子の命令に従っているのでしょう。隠れる場所がないため、命令を上手く遂行できていない様子。どうやら、私のように完璧に命令を聴けるわけではないようですね。意思はないに等しいでしょう」
ベスパはゲンナイ先生の周りをブンブン飛んでいる。
ただの羽虫が周りを飛んでいるだけに過ぎないので、多少うざいと思う程度だろう。
そもそも、見えていないのだから警戒もしていない。
私達は森の中に入ると、大きなお尻を突き出し、胸を弛ませている先輩がいた。どうも、自然委員の仕事中らしい。
「も、モクルさーん、こんにちはー」
「ああ、キララさん」
モクルさんは私の方を見ると、目を細める。
私を見つめているわけではなく、その後方にいる先生の方。
「モクル、自然委員の仕事は順調みたいだな」
「はい。しっかりとこなしています」
ゲンナイ先生とモクルさんは普通に話していた。アンテナが消えている。
つけたり消したり、そういうプログラムを先に組み込んでいるのか。
他の者に悟らせないよう、目的が達成されないような場面だと自動的に消えるのかも。
「えっと……」
「ゲンナイ先生はカーレット先生と一緒に自然委員を手伝ってくれているんだよ」
「へ、へぇ……。そ、そうなんですか」
自然委員の人数が少ない部分を狙われた犯行。
カーレット先生にバートン達を世話させなければ、ローティア嬢やマルティさんは怪我せずに済んだのに。なんなら、他のバートン達が処分されずに済んだのに。
「モクルはバートン達が暴走した話は聞いたか?」
「はい、聞きました。なぜ暴走したのか、わかっていないみたいですね」
「ああ、だから、暴れ出したバートン達の処分が決まった。他の貴族を傷つけるような個体はこれ以上学園で面倒を見るわけにはいかない。自然委員でバートン達の処分を手伝うことになったから、言っておこうと思ってな」
「そうですか。可哀そうですけど、また暴れて貴族に危害を加えたら元も子もない」
ゲンナイ先生とモクルさんは淡々と話を進めている。私もここにいるのだけれど。
「えっと、そのバートン達、私に譲ってもらうことってできませんか?」
「え?」
ゲンナイ先生とモクルさんは目を丸くしながら、私を見て来た。
両者共に、何を考えているのだろうかと言った視線だ。
「せっかく育てたバートンを処理するなんて、もったいない。もう少し様子を見たいので、私に譲ってください」
「い、いや、そう言われてもな。学園の品を生徒に渡すのは禁止行為だ。なんせ、生徒に何かあれば学園側の責任になるからな。確かに可哀そうだが、暴れ出して大貴族のローティアさんを始め、多くの者を怪我させたのだから、処分は免れないだろう」
ゲンナイ先生は腕を組みながら、証拠隠滅を図ろうとしているのか私の要求を飲もうとしない。
まあ、本当のことなのだろうけど、バートン達が殺されるのは見たくない。
「どうしたら、私にバートンを預けてもらえますか?」
「ううむ、学園長に一度取り計らってもらうしかないな」
「わかりました。じゃあ、私からキースさんに話を聞いてきます」
私はこの場から離れ、キースさんのもとに走る。背後を付けられているわけではない。
ほんと、私はキアン王子にも目を付けられてしまったのだろうか。
あんな、激しく戦うから。さっさと、負けておけばよかったのに。でも、普通に勝ちたいという気持ちもあったんだろうな。皆の頑張りを無駄にしたくなかった。
「さっさと、キースさんのもとに行こう」
私はブラットディアの背中に乗り、地面を滑るように移動して園舎に入る。八階まで昇降機で上がり、学園長室の扉を叩いた。
「どうぞー」
キースさんの声が聞こえ、扉を開けて中に入る。
「バートンを処分するって本当ですか?」
「操られていた可能性と、それを見逃した疑いを掛けられる可能性を考えたら、処理せざるを得ない。
学会は学園の甘さが今回の問題に繋がったと決めつけようとしている。言葉で何とでも言えるが、書面上は決定させなければならん。わしは出来る限り自然のまま生徒を育てたいが、そういうのは難しいのだよ……」