言葉の刃
「ま、マルティ君だけだよ、私の男装を一瞬で見破ったの」
「ええ。そうなの? 皆、見る目が無いんだね」
「マルティ君が私の匂いを覚えている変態さんだからだよ」
「ま、毎度毎度、こんなに近づかれたら、匂いも覚えちゃうよ」
こいつら、本当にバカップルになっているんじゃなかろうか。
私がこの場を離れたら、肉食系のリーファさんがマルティさんを貪り食う大惨事になるんじゃ。
まあ、婚約しているのだから、良いのかもしれないけれど。
あのルドラさんだってクレアさんが成人するまで手を出さなかった。
マルティさんもリーファさんに手を出すのは成人してからだろうな。
両者の赤ちゃんを見られるのは意外に早かったりして。
私はえへへっと気持ちが悪い声を出しながら、両者の愛し合っている姿を想像する。いや、想像するのはやめておこう。完全にR一八だ。両者とも一八歳じゃないからもっとアウト。
「じゃあ、私達は帰ります。あまり、長居してもマルティさんの休息の邪魔になってしまいますし」
「えぇ、もう少しいようよ……。マルティ君と二日間も会えなくなっちゃうんだよ。そ、そんなの、寂しくて泣いちゃうよ~」
リーファさんは面倒臭い女の子になってしまっていた。自分の夫が大好きすぎるのも問題かもしれない。
「リーファちゃん、安心して。すぐに治すから。僕もリーファちゃんと会えないのは寂しいけれど、離れていても心は繋がっている。僕たちは夫婦なんだから……」
「ま、マルティ君……」
マルティさんとリーファさんは両手を握りしめる。
眼鏡をかけたイケメンと男装した美女の視線がぶつかり合い、熱い体温がこっちにまで伝わってきそうだ。
そのまま、熱いキスをするのかと思いきや、頬にキスするだけ。
それでも、両者は顔をソラルムのように赤く染め、完全に照れている。可愛い奴らめ。
「さ、リーファさん、行きますよ」
「う、うん……」
リーファさんは照れすぎて、幼稚園児のような返事をした後、私に手を引かれ、マルティさんの部屋を出た。
外で盗み聞きしているような者はおらず、寮を出る時もリーファさんは誰にも気づかれなかった。
変装して誰にも気づかれないと逆に不安になるのはなぜなのだろう。
有名人であればあるほど、変装に気づいてほしくなってしまう。
本当は気づかれない方がいいに決まっているのだけれど。
リーファさんと私はバートン術部の部室で服を着替え直した。
「はぁ……、マルティ君……。マルティ君~っ!」
リーファさんは今でもマルティさんとのキスを思い出しているのか、身をよじらせている。
初恋の相手と婚約し、今でもなおラブラブなのは羨ましい限りだが、少々羽目を外しすぎだ。
そのままの感情で、生徒会に戻ったら紙にいつの間にかマルティと言う文字を書いていそうだ。
「リーファさん、ほんとマルティさんが好きですね」
「逆に好きにならない要素ないでしょ。私のためにあそこまで頑張ってくれる人なんてカイリお兄様しかいなかったし、なんならカイリお兄様より努力している。私、努力している人が好みなのかも。でもでも、ただ努力しているだけじゃなくて、何か目標を持っていて、それでいて才能がなくてもめげずに頑張っているような人。でもまって、私ってマルティ君が好きになっちゃったから、そう言う人が好みだってこと? それとも、好みだったのがマルティ君だったのかな?」
リーファさんは恋によって頭の回転数が早まり、どうでもいいことを早口でペラペラと喋っていた。
私に好きになった理由など聞かれても答えようがない。
簡単にいえば運命だったのだろう。兄同士が友達になる確率、その二人の妹弟がいる確率、妹弟が友達になって恋に落ちる確率、何もかも低すぎるのに加え、全てが重なり合ってしまうなんて、運命以外に何かいい表せる言葉があるだろうか。
「リーファさんとマルティさんは運命の赤い糸で結ばれていたんですよ。そう考えたら、ちょっと神秘的じゃありませんか?」
「運命の赤い糸?」
「まあ、相性が良くて結婚したくてしょうがなくなる相手というか」
私の発言にリーファさんは首を傾げていた。まるで、出会いが運命じゃなかったかのような表情だ。
「運命ってなんか、始めから決まっていたみたいな感じで、私は好きじゃないな。私は自分の気持ちでマルティ君を好きになったんだもん。出会ったころは別に好きじゃなかった。好きだと気づいたのは一年くらい前。運命って出会った瞬間にわかるでしょ。だから、私達は運命じゃない」
――なにこの子、ちょっと面倒臭い子かも……。地球の女の子は運命が大好きなんだけれど、リーファさんにとっては貴族の結婚みたいな雰囲気がして嫌なのかな。
「すみません、出過ぎた発言でした。でも、そこまで言うのならマルティさんだったから好きになったでいいじゃありませんか?」
「そうだよね。私もそう思っていたの」
リーファさんは両手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
やはり、女子の心の中ではすでに自分の答えが出ているのだ。まったく、これだから女の子は。
「キララ様も女の子ですが?」
――ま、まあ、そうだけれど……。
ベスパから突っ込まれ、何も言い返せなくなりむむむっと押し黙る。
リーファさんは騎士寮に戻り、私も冒険者女子寮に戻る。
「あらー、キララちゃん、こんにちは~。奇遇ね、こんなところで会うなんて」
メロアの母であるディーネさんが冒険者女子寮の食堂にいた。こんな所にいたら、会うのも必然だろう。完全に誰かを待っていた様子だ。
「うぅ、お母さん、早く帰ってよ。こんな所で寛がないで……」
メロアはディーネさんの姿を見て、睨みつけていた。
「良いじゃない、せっかく来たんだし、メロアの生活環境も見ておきたいと思ったのよ」
メロアの母親父親共に、度が過ぎた親バカなのか、自分の娘の環境を隅から隅まで知らないと気が済まないようだ。
あまり度が過ぎると、かえって逆効果になるのだけれど、二人がそんなこと気にするわけもなし。
さすがにイグニさんはおらず、ディーネさんだけの訪問だ。
メロアが嫌がる中、部屋の方に向って歩いていく。
自分の部屋が見られるなんて、たまったもんじゃないな。
現在の時刻は午後五時ごろ、夕食にはまだ早い。日は昇っているから、少し散歩に出かけるか。
「フルーファ、散歩に行くよ」
「ふわぁぁぁぁ……」
フルーファはあくびしながら返事して、私についてくる。
フェニル先生との戦いで、たいして活躍できなかったが、別に何とも思っている様子はなさそうだ。怪我しなくてよかったー、くらいしか思っていないだろう。
フルーファの首にリードを付け、散歩していると騎士男子寮の裏庭で、レオン王子とキアン王子が二人で話している姿が見えた。
言い合いと言う訳ではなく、剣を構え合っているところからして、剣術の稽古だろうか。
でも、持っているのが真剣なんだよな、当たったら怪我じゃすまないよ。
「レオン。さっさと切り掛かって来なさい。人を切れないようじゃ、腰抜けのままだ」
「で、ですが、当たったら血が……」
「なんだ、私に剣が当たると思っているのか? 奢ってるんじゃない」
レオン王子とキアン王子は剣を振り、火花を散らしながら真剣をぶつけ合わせている。危なすぎて、見ていられない。
体格は完全にキアン王子の方が上だ。線は細いが綺麗な太刀筋。
アレス第一王子の方が剣が上手いのは見てわかる。
私はバレルさんの剣を見ていたから多少なりとも剣の腕を判断できるくらいの観察眼を持ち合わせていた。
「はあああっ」
レオン王子は真剣を人間に向けるのが嫌いなのか、はたまたレオン王子に向けるのが嫌なのか、いつもより大ぶりの情けない剣になっていた。
まるで素人が剣を握り、振りかぶっているみたい。
その攻撃が当たるほど、キアン王子は甘くない。簡単に剣を弾き飛ばされ、レオン王子は地面に転がる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やはりレオンにドラグニティ魔法学園に入れるほどの才能は無い。さっさとやめて別の学園に行くのも考えた方が良い。八男の王子に誰も期待などしていない。お前をローティア嬢の許嫁にするなど、彼女がもったいなくて出来んのだよ」
キアン王子はレオン王子にずけずけと言葉を吐いていた。まるで、言葉の刃で心を何度も抉っているかのよう。
彼の発言から、少し裏が見えたような気がした。でも、まだ情報が少ない。