バートン達の処遇
私はローティア嬢にカーレット先生について話つもりはない。
彼女まで巻き込むのは危なすぎる。すでに矛先が向いてしまっている。
でも、カーレット先生もローティア嬢を直接殺そうとしないはずだ。なんせ、その気があれば、すでに殺せるほど近くにいる。
そうしないということは、自分の身が大切ということ。
命令されているから、致し方なくしていると考えてもいいかもしれない。
あまり、憶測で考えるのも良くないが、ローティア嬢が死んでいないのだから、あながち間違いじゃないだろう。
ビー達がいなければ、ローティア嬢はバートンに頭を踏みつぶされて確実にあの世に行っていた。
きっとカーレット先生も何かしらローティア嬢の裏にいるとにらんだはずだ。
でも、ビー達は光学迷彩で身を隠しローティア嬢を助け出した。
そんな、見えない何かを調べることは難しい。
何度しかけても謎の存在がローティア嬢を守れば、敵は作戦を変えてくるはずだ。
そうなれば、ローティア嬢はひとまず安心だ。私がぼろを出さない限り……。
「ローティアさん、じゃあ、私はここで。何かあったら呼んでください。すぐに駆けつけます。寮まで送りますし、一緒に歩きますよ」
「まったく、わたくしはそんなことされなくても大丈夫よ。自分でどうにでも出来るわ」
「そうですか。でも、無理はしないでくださいね」
私は頭を下げ、ローティア嬢のもとを去る。
そのまま、バートン達が集められていたバートン術部のバートン場に足を運ぶ。私が歩いていると……。
「あぁーん、レクー様、待ってくださーい」
「もう、いつまで追いかけてくるのさ」
「私は、レクー様の子を産むまで追い続けますっ」
「な、なあ、ファニー、俺の子供産む気は、ごはっ」
真っ白な牝バートンが、真っ黒な牡バートンを蹴飛ばし、草原に転ばせる。なかなかの強烈な後ろ蹴りで、黒いバートンは痙攣しながら倒れていた。
「変態、私のお尻ばかり追いかけ回さないで。あなたには微塵も興味がないわっ」
リーファさんの専用バートンであるファニーはマルティさんの専用バートンであるイカロスを吹っ飛ばし、怒号を送る。
そのまま、目の色を変えて、私の背後に移動してきた相棒ことレクーを見つめていた。
現在、普通に繁殖期なのだから、そう言う気になるのも仕方がない。
今、ファニーは気性が荒くレクーを彼女の背後に立たせるのは危険極まりない。イカロスは良い当て馬……いや、当てバートンになってくれた。後で治してあげよう。
「皆、どうしてこんなところにいるの。厩舎にいなきゃ駄目じゃない」
私はレクーの首を撫でながら、話し掛けた。
「それが、大量のバートンが形相を変えて襲って来たので逃げなければと思い、厩舎を破壊して逃げてきました」
「もう、あの時のレクー様、カッコよすぎてさらに惚れちゃいました~。ファニー、僕についてこい。って、言われて、きゃぁああ~っ」
ファニーはレクーの男らしさに大分当てられ、完全にメスになっている。
こんな所をリーファさんに見せるわけにもいかない。多分、リーファさんの性格と似ているので彼女も一途なバートンだろう。そう考えると、この状態が子供を宿すまで続くのか……。
「いま、暴走していたバートン達はほとんど捕まったみたいだから、いったん厩舎に戻ろう。バートンがこんなところをうろついていたら、何も知らない騎士達に捕まっちゃうかもしれない。まあ、皆、質がいいから、貴族の持ち物だとわかるだろうけど……」
私は皆に手綱を付け、一緒にバートン術部の厩舎に向かった。
厩舎はバッキバキのボロボロ。
分厚い木製の柱や板を使った頑丈なつくりなのに、レクーの肉体が強すぎて姉さん(レクーの母)の如く、厩舎を容易く破壊してしまっている。
まあ、他の場所についている傷は暴走したバートンがぶつかった跡だろう。それでも罅が入るか、凹んでいるくらいなのに、レクーが蹴り飛ばしたところだけ、完全にぶっ壊れているんだよな。
「ベスパ、木材を使って厩舎を直して」
「了解です」
ベスパは他のビー達を呼び、アラーネアの粘着性が強い糸を利用し、壊れていた部分がどこかわからないくらい完璧に直してくれた。
皆を厩舎の中に戻す。部屋を分けて、出来る限り接触させないようにしておかないと、いつの間にか赤ちゃんが出来ちゃっている可能性がある。
まあ、レクーの鋼の心なら問題ないかもしれないが、性欲がない訳じゃないようなので、配慮してあげた。
バートン場の方を見ると、以前ベスパが作り直してくれたレーンが破損しており、地場もぐちゃぐちゃ。
ところどころ、焼け焦げた跡も残っている。すでに、バートン達は回収されたようだが、この場で多くの者がもみくちゃになっていたのは優に想像できた。
「ベスパ、バートンに襲われそうになっていたマルティさんは無事?」
「はい、無事です。バートンに圧迫されそうなところを上手く躱しながら、一頭一頭に声をかけまくっていました。ですが、状況は変わらず囲まれて抜け出せなくなっていたところをカーレット先生に救出されたようです。多くの打撲を体に作っていますが、命に別状はありません」
「なら、良かった。カーレット先生も全生徒に怪我させたいわけじゃなかっただろうし、他の者の気を引くための誘導に使っただけだから、焦ったんだろうね」
「そうですね。カーレット先生の指示を聞いているバートン達は大人しくなり、暴走は止まりました。でも、またいつでも暴走させられる状況なのは変わりません。一度暴走し、人に危害を与えたバートンは危険だとして、処分される可能性が高いですけれど……」
「それはそれで可哀そう。皆、操られたくて操られていたわけじゃないのに。処分ってことはそう言うことだよね?」
「死んだバートンの皮は質がいい革になりますし、肉も食べられますから」
ベスパは何がどうなるとは言わない。
だが、多くのバートン達がそういう運命になると何となく察しがつく。まあ、暴れたバートンを食べたくなるものがいるのか不明だけれど。肉にしてしまったら、わからないか。
「助けてあげたいけど、どうしようかな。村に連れて行くには遠いし、多すぎる。操られていただけなんですと言えない。誰も、言葉が聞こえないから、簡単に殺せちゃうんだろうな……」
動物の声が聞こえている私にとって、彼らを殺す選択肢はない。
ほとんど人間と同じように会話し、感情を持っているものを殺すなど出来るわけがない。
でも、それは私の勝手で、多くの人間は生き物を殺して食べ物や品を得ている。
昔は牛肉や豚肉を食べていたし、ありがたみは少しはあったがここまでベジタリアンみたいな考えではなかった。
今じゃ、魔物の肉か頭が悪い動物、主に鶏肉くらいしか食べられない。バートンの肉も出されれば食べるけれど、気分はよろしくない。
「自然に戻すというのはどうかな?」
「それは、ドラグニティ魔法学園のバートンに対する保護義務とか、その後の処理義務を放棄している可能性が浮上し、訴えられるでしょうから、止めた方が良いと思われます」
「……ううん、じゃあ、皆、処分されちゃう運命しかないのか」
私は大量のバートンを救いたい。なんせ、勝手に命令されて操られていただけなのだ。そんな子達が処分されるなんて、どう考えてもおかしい。
「彼らに働いてもらおうか」
「キララ様、またしてもお金儲けですか?」
「うん、お金を生み出せれば、バートン達も殺されなくて済むでしょ」
「ですが、どのようにしてお金を生み出すんですか?」
「洗脳方法は大分古典的だった。フェニクスの炎を浴びせれば解けるはず。まっさらになったバートン達は走りたい気持ちで一杯のはずだから、バートンの貸し出しを始めようかなって思ってる」
「村のお爺さんがやっていた仕事を王都でやるんですか?」
「そう。王都に来て、生活している人の全員が貴族じゃないとわかった。ちょっと近くまで行きたいけど、王都でバートン車に乗るのは一般人にとって値段が高い。
バートンに乗れるのに、維持費がかかるから持っていない人も多い。
冒険者ギルドでバートンを貸し出せるようにすれば、冒険者たちの足になれる。子供達が乗れるような賢い子しかいないから、初心者の冒険者でも問題ない。人が走るのとバートンが走るのとでは雲泥の差がある。需要はあるはずだよ」
「なるほど。良い手かもしれませんね。処分が決まれば、バートンの値段もただ同然ですし、その前に買ってしまうのもありかもしれません」
ベスパも私同様に頭を捻り、考え事を共有していく。
私達は事前に先を読み、バートン達の処分が決まっても問題ないように準備を進めておく。準備は、ビー達のお手の物だ。
「ああ、ボロボロになってる……」
私がバートン場に立ち尽くして考え事していたら、後方からリーファさんが走って来た。この時間は授業が空いていたのだろう。
「リーファさん、どうかしましたか?」
「バートンが暴れたって聞いて、バートン術部のバートン場に集めたって。それで、来たらキララちゃんがいて……」
「安心してください。これくらい、すぐに直せます。それより、マルティさんがボロボロらしいので、お見舞いに行ってあげたらどうですか?」
「え……、ま、マルティ君がどうかしたの……」