ローティア嬢のお見舞い
「また、来てくださいねー」
私は手を振り『聖者の騎士』を見送る。四人でそろっているところを見るのが、この時が最後にならないことを祈る。
『聖者の騎士』が見えなくなったころ、ミーナの隣に座っている女性に目が向かった。
「トラスさん、トラスさん、私、どうでしたか? 良い感じでしたよね? 冒険者になれますよね?」
「にゃ、にゃぁー、そ、そうにゃぁー」
ミーナの猛烈な質問攻撃に、トラスさんは苦笑いを返していた。なんせ、トラスさんはミーナの戦っている姿をしっかりと見ていなかった。
ずっと居眠りしていたのだ。ほんと適当な仕事をする人だよ。
「はぁ~、ハンスさんと一緒に冒険者になれる日が近づいてきている……。楽しみだな~」
ミーナは両手を合わせ、神に祈るような恰好になっていた。
いつもほわほわしているのに、今は完全に乙女の表情になっている。
彼女が知っているのは心変わりする前の盗賊のハンスさんなのに、なぜそこまで恋できるのかわからない。
まあ、学園に来る前に冒険者になったハンスさんに会えてより一層愛を爆発させているのだけれど……。
「ミーナ、冒険者は大変なのにゃ。ずっと生き残れるわけじゃないのにゃ。どれだけ強くても危険を回避できるようにならなきゃ、冒険者失格にゃ。強さよりも、逃げ足の速い奴の方が生き残れるから、走り込みだけはしておくにゃ」
「は、はい。わかりましたっ」
トラスさんは珍しく真面な教えをミーナにしていた。
「ただし、発情期になってほわほわしても、ちょっと強い男の冒険者にホイホイついて行っちゃだめにゃ。ミーナくらい可愛かったら、余裕で食われちゃうのにゃーっ」
トラスさんは両手を上げ、牙を見せながらミーナに覆いかぶさる。なんつーことを教えているんだ。まあ、獣族は人族と違う部分があるだろうから、私が何か言えるわけじゃない。
にしても、トラスさんがミーナと一緒に面談するなんて、変装はもういいのかな?
まあ、鼻がいいミーナに変装した状態であったらすぐに気づかれるか。
スージアとサキア嬢、ライアン、パーズの四人に一緒に話を聞いてくれる相手はおらず、どこか者寂しそうな雰囲気を放っていた。
メロアの隣にイグニさんとディーネさんがいる姿はあまりに秀逸で、挟まれているメロアが可哀そうに見えてくる。
大貴族だから、仕方ないのかもしれない。
教室に入ったら、フェニル先生がいるわけだし、家族会議みたいになるんじゃ……。だから、最後なのかな?
メロアの助けを求める眼差しを受けるも、私にどうしろと。軽く頭を横に振り、メロアの思いに答えられないことを伝える。
私は一早くローティア嬢のもとに向かいたかったのだ。
ベスパ曰く、保健室にいるらしいので、すぐに向かう。
今、メロアとレオン王子の方は間があるので問題ない。
「ベスパ、保険室ってどこ?」
「こっちです、案内します」
ベスパは私の前に出て、建物の中を移動する。
広い園舎の一階で、食堂から比較的近い場所の一室に保健室と書かれた看板があった。
すぐさま駆け込み、中の様子を見る。学校の保健室とつくりは大して変わらない。
ベッドが並べられており、保険の先生が使っているであろう机とポーションや包帯が保管された棚。
目の前に中庭が見える大きな窓がある。清潔感抜群の一室で、埃は見たところ一つもない。
ベッドの方を見ると、一台だけカーテンが占められており誰にも見られないようになっていた。
保険の先生は私の姿を見て、優しく微笑みかけてくる。
どうかしたのかと聞いてくるが、それよりもローティア嬢の方が気になって仕方ない。
保険の先生に向って「親友のお見舞いです!」と大声で叫び、ベッドを覆っているカーテン目掛けて走る。
止められるのも聞かず、カーテンを広げると下半身は下着姿で、上半身は体操服のローティア嬢がいた。
折れてしまった脚に女性の魔法使いが緑色の光を当てている。どうやら、回復魔法をかけているようだった。
「ば、ば、バカじゃないのっ」
ローティア嬢の顔がみるみる内に赤くなっていき、私に叫ぶ。
その反動で、脚が痛んだのか顔を顰める。
まあ、私は女だからそこまで激しく怒っているわけではないけれど、下着を見られて普通に恥ずかしそうではある。
その恥ずかしがり方が、妙に乙女で可愛らしかった。いつも強気なのに、フリフリの女の子らしいショーツを履いているとは、ギャップかな?
「も、もう、さっさとしめなさいよ」
「あ、ああ、すみません」
私はカーテンの内側に入ってカーテンを閉める。
「な、なんで中に入って……」
ローティア嬢が言い切る前に、私は彼女にぎゅっと抱き着いた。もう、脚を折ってしまっているのに、未だに高貴な大貴族を演じている彼女が可哀そうで……。
いや、今はそんなことどうでもいい。ただ、友達として彼女が無事でよかったと心から思った。
「バートンから落ちて怪我したって聞いて、なんなら、バートンが暴れ出した話も流れてきて……。ローティアさんが怪我したって知ったら、いても経ってもいられなくなってしまったんです。友達が怪我しているのに、冷静になれませんよ」
「……も、もう、大げさね。骨が折れたくらいで、何めそめそしているのよ。骨が折れるのはよくあることでしょ」
王都の人々は大概がカルシュウム不足。牛乳はほとんど飲めないし、魚や大豆も中々摂取出来ない。
でも、魔力とかいう万能な力が体に通っているため地球人よりも体が頑丈だ。
でも、骨密度は大分低いはず。カルシュウムを取っていれば、バートンから落ちたとしてもそう簡単に折れないはずだ。
子供でもぽきぽき折れるって、外国人気質なのかな……。日本人よりも外人の方が骨が折れやすいっていうから、食生活が相当関係しているはず。
「骨が折れて動けなくなるかもしれないんですよ。逆になんでそんなに冷静なんですか。骨が折れるって一大事ですよ」
「一大事? 手足が吹き飛ぶよりマシじゃない。それより、いつまで、抱き着いているのかしら。わたくしは村娘の人形じゃないのよ」
ローティア嬢は私の体をぐっと押して、どかせる。
自慢のロール髪をイジイジと触り、視線を下に向けている仕草から考えて、別に嫌だった訳じゃなさそうだ。
彼女の下着など今さら見たところで、まあ、可愛いが、すでにお風呂で裸を知っている仲。
体操服と下着のコラボレーションなど……、まあ、最高なんだけどさ。
私は自分の感情を上手く操り、心を静める。
思いのほか、事態が悪い方向に進んでいないため、冷静さをかかなければ問題ないと胸をそっと叩きながら呼吸を整えた。
「ローティアさんが無事で本当に良かったです」
「……ま、まあ、心配されて嫌な気はしないわ。でも、もう大丈夫だから、気にしないで」
「ローティアさんの無事な所が見られて安心出来ました。ほんと、もっと大怪我していたと思ったら、いてもたってもいられなくて」
「まったく、わたくしはそう簡単にくたばるような女に見えまして? 雑草くらい生命力が強い女ですわよ」
ローティア嬢は腕を組み、微笑みながら私に視線を送ってくる。
確かに、彼女の精神力はすさまじい。
私も見習いたいところばかりだ。私が骨を折ったら、そんな堂々としていられないし、痛い痛いと泣き叫ぶに決まっている。なのに、彼女は凛とした姿のまま、ベッドに座っている。さすがとしか言いようがない。
「他に怪我した人はいますか?」
「特に大怪我を負った人はいなかったみたい。でも、逃げる時に押したり引いたりされた影響で軽い怪我を負った人は多いみたいよ。バートン達が何かに誘導されて襲われなかったみたい。でも……、私が失敗したせいで大勢の方に迷惑をかけてしまった……」
ローティア嬢は今回の騒動が自分の責任だと感じているらしい。だが、どう考えても違う。一頭のバートンが暴れたくらいで、多くのバートンが暴れるわけがない。
でも、何も知らない彼女は自分を攻めている。
きっとカーレット先生も何も言わず、バートンが暴走してしまった原因を探ると報道人に話すだろう。
「ローティアさんは被害者なんです。何も、自分を責める必要はありません。私はバートンを育ててきました。だから、確実に言えます。一頭のバートンが暴れた程度で、調教されたバートン達が一斉に暴れ出すなど、ありえないんです。だから、ローティアさんは何も悪くありません」
私はローティア嬢の軽く振るえている手を握り、心から本音をぶつけた。
証拠不十分でカーレット先生は捕まらないと思うが、危険人物だとわかった。
ゲンナイ先生も何かしら関与している。
知っている敵と知らない敵では、対処できるかできないかの差が大きく出てくる。
監視カメラで随時見ておけば、凶悪犯が近くにいても比較的安全に生活できる。
でも、心に傷を負ってしまった、ローティアさんはこのまま引きずって立ち直れないかもしれない。そうなる前に、傷を負ったそばから治し、心を癒す。
「う……、ほんと? 嘘じゃない? わたくし、何も悪くないの?」
「はい。何も悪くありません。逆に、もっと怒って良いです。どんな調教しているんだ、って」
「でも、わたくしがずっと乗っていたバートンがいきなり暴れ出したのよ。わたくしが何か失敗したから。きっと、何かの拍子で毛を沢山引っ張って抜いてしまったから怒ってしまったんだわ」
「ずっと一緒にいて仲良くなっているバートンが鬣の数本いきなり抜かれたところで、怒りませんよ。バートンはそんなおバカじゃありません。バートンをお世話してきた私が言うんですから、間違いありません。加えてローティアさんが毎日一生懸命に練習していたことはバートンだってわかっていますから、よけいいきなり暴れ出すなんてありえない」
「じゃあ、どうして、暴れ出したりなんか……」
「それは何かしら外部の要因があったのでしょう。でも、ローティアさんは被害者なんですから、自分を卑下するのは止めてください。それだけで構いません。あとは、怪我を治していつも通り大貴族らしく振舞ってください」