欲しがられる
私とイグニさん、ディーネさんが戦っている間にキアン王子の手によってメロアとレオン王子の頭にアンテナが付けられた。
キアン王子は誰にも手を出させないよう、完璧に配慮している。
ここまで来ると、彼の思惑通りに授業が進んでいるとしか思えなかった。
多くの大人と子供達が攻撃しあう。
大人の圧倒的腕力を笑顔で捻じ曲げるミーナ。
攻撃は全て読んでしまうスージア。
大きな胸が特徴的でやることなすこと上手くいくサキア嬢。
剣術と体術が戦えば戦うほど洗礼されていくパーズ。
大概のことならそつなくこなし、やる時はやる男ライアン。
攻撃力と俊敏な動きが特徴的なメロア。
特に普通のレオン王子……。
「じゃあ、レオン。今、フレイズ家の女はここにいるメロアだけになった。お前の婚約相手だ。もちろん、仲良くなっているよな?」
「はい、もちろんです……。もう、メロアが好きで好きでたまりません」
レオン王子はキアン王子に誘われるように頷き、メロアの方に向って行った。
「メロアはキアンのことどう思っているかな?」
「もう、大好きで仕方ありません……。レオン王子しか見えません」
メロアの方も、キアン王子に操られ磁石のN極とS極がくっ付いてしまうのではないかという勢いで、すーっと近づいていく。
キアン王子の微笑みはより一層大きくなった。
メロアとレオン王子がくっ付こうとした瞬間、間に空間が生まれ、くっ付けなくなる。
「これこれ、今は授業中だ。加えて、大人と戦うのが今の時間なのだろう。子供同士で戦うのはもったいない」
キースさんはレオン王子とメロアの間を広げ、レオン王子を『聖者の騎士』に、メロアをずっと眠っていてあくびしているトラスさんにあてがった。
『聖者の騎士』は言わずもがな、Sランク冒険者なので強い。
トラスさんも元Sランク冒険者なので、メロアに負けると考えにくい。
キースさんの采配はキアン王子の授業とあっているため、けして失敬を働いているわけではなかった。
「うむ、確かにそうだな」
キアン王子は腕を組みながら、軽く頷いた。
近くにキースさんがいると、少々勝手が悪そうな表情を浮かべている。
そりゃあ、Sランク冒険者で長年、冒険者ランク一位を取り続けている大ベテランがいたら、動くには不都合すぎる。
キアン王子もキースさんを敵視しているのか、はたまた鬱陶しく思っているのか、表情が読めないので何とも言えないが普通に嫌っているだろう。
「キアン王子も誰かと手合わせしたらどうかな。なんなら、わしが、久しぶりに手合わせしてやってもいいが?」
「はははっ、私じゃ、キース学園長に勝てるわけがない。そこのところはちゃんと理解しているつもりだ。だが、ほんと良い生徒達だ。これなら、騎士養成学校の者達とも渡り合えるかもしれないな」
「むむ……、何を考えておられるのかな?」
「いやぁ、武神祭の時が楽しみだなと思っただけだ。この一年八組には期待しているよ。他の二年生と三年生も質が者が集まっているのだろう?」
「もちろん。ドラグニティ魔法学園の質はルークス王国一ですからな」
「今年の騎士養成学校に勇者と剣聖がいる。その二人と互角にわたりえるような子供達がここにいるといいのだけれど……、どうかなぁー」
キアン王子とキースさんは大人の話で盛り上がっていた。
どうも、武神祭の話をしているらしい。
騎士養成学校は正教会が運営する学園だ。勇者と剣聖がいる。
つまり、私の幼馴染であるアイクがいる学園だ。
武神祭で多くの学園が混ざり合い開催される、王都の大きな祭り。それが武神祭。
多くの神々が戦ったことをモチーフにした祭りで、日本でいう文化祭みたいなものだと思われる。
九月ごろに行われる行事だが、もうその話をしていると考えると、相当盛上るようだ。
「キララ様、戻りました」
私がイグニさんとディーネさん攻撃をギリギリのところで掻い潜っていると、ベスパが仕事から戻ってくる。彼がいるといないのとで、安心感が全然違った。
イグニさんとディーネさんは魔法を使わず、ただひたすら武術を使い、私を攻めてくる。
もちろん手加減してくれているのだろうが、二対一は普通に厳しい。
八方位のビー達でも処理が追い付かないくらいなので、脳が二倍になったのを良いことに一六方位で観察し演算処理をこなす。
「おおっ、なんか、雰囲気が変わったぞっ」
「ほんとね。この子、面白いわっ」
戦闘狂の二名は私の動きに切れがましたのを見て、大変興奮している様子だった。
ただ八分割されていた映像が一六分割になりより正確な演算ができるようになったから動きに切れが増しているだけなのだけれど。
ディーネさんの腕を掴み、大きく開いた脚の間に体を滑りこませるようにして背負い投げ。
こっちの世界で見た覚えがないであろう武術に対応できなかった彼女は華麗に宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。
もちろん手を放すことはなく、相手の頭が地面に当たるのだけは避けた。
内臓に結構なダメージが入ったのか、息がしづらそう……。申し訳ないと思いながら、笑顔のまま殴り掛かってくるイグニさんの対処に掛かる。
グローブに取り付けられたネアちゃんの糸が付いている輪っかを引っ張り、露出させる。
他の人は細すぎて見えないと思うが、私の魔力が入っているので軽くキラキラと輝いていた。
強度と切れ味が増しているため、普通に凶器。
取り扱いが非常に難しいものの、フェニル先生がいるのなら、大抵の傷はどうとでもなるため、顔周りに付けないようにだけ気を付ける。
「ディーネを投げるとは、中々やるじゃないか。やはり、入学式の時にメロアの隣に座っていただけのことはあるっ」
「今、思い出したんですね……」
イグニさんは戦っている時にIQが上がるタイプのようだ。
握り拳を作り、真っ赤な衣装が燃えているかのような迫力のまま突き出してくる。
拳が当たれば骨折は免れない。
演算処理で攻撃箇所を読み、事前に回避。
頬を擦過し、ピリッと紙の端で指を切ったかのような嫌な音が鳴る。後方に爆風が吹くも、私にあまり関係がない。
彼にぎゅっと抱き着いて意表を突き、すっと離れる……。
「むむ、糸か。なかなか強力な糸だな……」
イグニさんの体に大量の糸が巻かれ、身動きが取れなくなっていく。暴れれば暴れるほど糸が絡みつき、体にギッチギチにくっ付いていた。
服装が切れそうなのであまり本気で力を込めないでほしいのだが……。
「ふんっ!」
イグニさんが体に力を入れると、筋肉の膨張により糸ではなく服が割けた。
はらりひらりと赤色の布が当たりに飛び散り、ゴリラかと思うほどの筋肉が露出される。上半身半裸の変態に変わってしまった。
下着だけはギリギリ保たれているが、もっこりぐあいがわかってしまうため、ほぼアウト。
「お、親父、なにしているんだよ。服は直せないぞっ」
フェニル先生の怒号が飛び、パンイチの赤髪イグニさんは糸で拘束されたまま、止まっていた。
あの筋肉の塊であるイグニさんでも無理やりネアちゃんの糸を引き千切ることはできないらしい。それだけ、ネアちゃんの糸が強靭だということがわかった。
「先ほどこの糸をフェニルに使わなかったのは、こういう理由か」
イグニさんは糸を一瞬で燃やす。体の周りに導火線が撒かれているような状態なのに、何の躊躇なく糸を燃やした。
体が焼けてしまうかもしれないのに……。だが、糸が燃えるだけで彼の体は無傷。糸の食い込み位置に多少切れ込みが入って赤い血が流れているが、力を入れたら筋肉で血が止まった。訳がわからない。
「炎系の魔法が使えなければ、逃げることはほぼ不可能な糸……。二人攻撃を軽々回避して追撃してくる動体視力に運動能力。魔力は未だに衰えず、なんなら増えている素早い回復速度。うぅん、欲しい!」
イグニさんは腕を組み、パンイチ状態で叫んだ。変態だ。彼からすぐに離れなければ。
「キララちゃん、私達の子供になる気はないかしら? 養子にとって、今までにないくらい良い暮らしを保証するわ」
後方からディーネさんが立ち上がり、私に抱き着いてくる。
両者共に、強い者を欲しているのかスカウトマンのように私を欲しがっていた。
フレイズ領に置いて強い兵士として育てようとしている可能性もある。
「い、いえ、私は私の家が好きなので、遠慮しておきます……」
「あらそう? じゃあ、キララちゃんの知っている最近Sランク冒険者になったニクスと結婚してくれないかしら? あの子、まだ結婚していないし。ね、いい考えでしょ。そうすれば、キララちゃんもフレイズ家の一員よ」
「ニ、ニクスさんは……、え、えっと、もう、その……。え、遠慮しておきます」
ニクスさんはミリアさんと結婚すると言っていたのに、まだ両親に伝えていないらしい。
なんなら、両者が認めていない可能性すらある。
獣族の半分奴隷みたいなミリアさんと結婚するなんて、何を考えているんだと……。
確かにニクスさんはものすごく優しくてイケメンで英雄みたいな人だが、私からしたら手のかかる弟じゃないけど、そういう立ち位置の人だからなぁ。
「もう、遠慮しなくてもいいのにー。ニクスだって、キララちゃんくらい可愛ければ嫌とは言わないでしょうし、これだけ強い女の子、中々いないもの。ぜひ、フレイズ家に来てほしいわ」