田舎者差別
「フェニル先生、もう一度手合わせをお願いできますか」
「おお、良いぞ。あの男に何か言われたのかもしれないが、気にする必要はない。あいつは人を良いように動かしたいだけの狂人だ。言うことを聴く必要すらない」
フェニル先生はレオン王子と共に戦い始めた。
キアン王子の視線はすぐにメロアに移り、他の男と戦っている姿を見ている。
終わったら話しかけに行こうとしている気満々だ。
「キアン王子、私と戦いましょう」
「なんだ、まだ田舎者ちゃんか。学園だからと言ってあまり馴れ馴れしいと殺しちゃうよ」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ。私、まだ死にたくないです」
「じゃあ、話し掛けないでくれるかな。田舎者ちゃんと話している時間はないんだ」
キアン王子はコバエを払うようにしっしと手の平を使って追い払って来た。
私の笑顔が通じない。どうも、他人を信用していないというか、拒絶している感覚がある。
「ムムム……、田舎者差別ですっ」
「差別じゃないよ。軽蔑だよ」
キアン王子は普通に酷い発言をした後、私から離れる。話しかけようとしたら、後方から抱き着かれた。
「うぅ~ん、キララちゃん、私と鍛錬しない?」
ディーネさんは私に擦り寄ってくる。
本当の親じゃないのに、ここまで馴れ馴れしくしてくる大人がいるだろうか。胸が後頭部に当たり、あまりにも存在感が大きい。
「え、えっと……、ディーネさん、いきなりどうしたんですか」
「キララちゃんの戦いを見ていたら、そそられちゃったのよ。女の子であそこまで色々出来る子ってあまりいないから、育てたくなっちゃって」
ディーネさんの瞳はガチだった。
ダイヤモンドの原石を見つけた時のような育てのプロの瞳……。
当時のグラサンプロデューサのような威圧感がある。
この手の人は凄いのだが、加えて相当厄介だ。
こっちにその気がないのに、自分たちの考えをグイグイ押し込んでくる。その性格はあまりにも苦手だ。
「遠慮しておきます……」
「もう、そんなに怖がらなくても大丈夫よ。フェニルとメロアと仲良しなら、私とも仲良しみたいなものじゃない」
――いや、全然違うと思いますけど。友達と仲良しだからって友達の親ともの仲良しというのは間違っている。
ディーネさんは引き下がってくれなかった。
ハイネさんのすっきりとした性格と違い、ディーネさんは驚くくらいねちっこい。
諦めが悪いといったほうが良いか。
何人もの子供を産んでいるのに、未だに若々しい姿でいくつなのか想像できないが、たぶん五〇代は超えているだろう。
「キララちゃんの魔力量はすさまじいわ。こんな魔力量があって良く爆発せずに生きていられるわね。私が吸い取っちゃおうかしら」
ディーネさんは唇を尖らせ、キスしようとしてくる。この人、やばい人だ。
逃げなければならないと思い、彼女の顎に手を当てて思いっきり押し込みながら下に抜ける。
大貴族の女性にして良い行為じゃないかもしれないが、痴漢に会いかけていたので許してほしい。
「私から抜け出すなんて、ほんと子供にしちゃいたいくらいだわ」
「お、お断りします……」
私はディーネさんと向かいあい、そのまま停止。
彼女は私に向って拳を構え、軽く足踏みしていた。
構え方がフェニル先生やメロアと似ており、彼女から格闘術を習ったのかもしれないと悟る。
女性が格闘術を覚えている必要があるのかわからないが、雰囲気からして相当強そう。
スキルは使って来ていないが、どういった能力があるのだろうか……。
拳が目の前に飛んでくる。殺しに来ている一撃で、回避せざるを得ない。
ほぼ動作が見えなかった。ビー達の目を使って先読みし、ギリギリ躱せた。
一度躱しても二度、三度と拳が飛んでくる。
型に嵌った攻撃の数々。だが、事前にメロアの動きで攻撃の仕方はわかっていた。
「やっぱり、良い動きね。筋肉がないのが本当にもったいないわー」
「はは……、私だって筋肉が付くのなら付けたいですけど、いくら筋肉を酷使しても付いてくれなくて」
私はグローブを嵌めた状態で拳を構える。
キアン王子に目を配りながら、早く授業の時間が終わってくれと考えるも、まだ結構残っていた。
フェニル先生との戦いをもっと長引かせておけばよかったと今更ながらに思う。
ディーネさんの拳を何度も躱し、カウンターを狙うが防がれる。
戦って動きを盗めといわれているような感覚に陥り、ありがたく戦いの中で攻撃を学ばせてもらう。
空手やボクシングとまた違った体の使い方で相手を戦闘不能にするための攻撃だった。
「も、もう、勘弁してくださいよ……」
「まだまだー、これからが本当の鍛錬よっ。全力を出して!」
さっき全力を出したんだってば。
確かに魔力は常に大量に余っているけれど私の体はすでにボロボロなんです……。
もう、勘弁してくださいといっても聞く耳持たれず、ずっと戦わされる始末。
フレイズ家のお母さん、怖すぎるよ。
私が戦っている間に、バートン達の鎮圧から戻って来たキースさんとイグニさん、『聖者の騎士』たちが大乱闘状態の闘技場を見て、目を丸くしていた。
「な、なんだねこれは」
「さ、さぁ。わかりませんが、大人と子供が戦っているようです」
「子供達が大人と同等に渡り合えているとか、どうなっているんだ」
キースさんは苦笑いを浮かべ、イグニさんは体を震わせながらやる気をみなぎらせ、タングスさんも楽しそうに見回している。
キースさんがフェニル先生のもとに威圧感たっぷりな状態で向かう。
「フェニル、何している。これが授業だと言うのか?」
「が、学園長。い、いやー、これはそのー、やっぱり子供は大人から学ぶじゃありませんか。だから、大人から直々に教育を施してもらおうと思いまして……」
キースさんの表情は怒る一歩手前。
キアン王子の発言に乗ったフェニル先生の自業自得だ。
私も今すぐ止めてもらいたい。ディーネさんが笑顔で殴り掛かってくる姿がトラウマになりそうだ。
「まあ、安全性に配慮すればいいか……。ここまで優秀な大人がそろっているのも珍しい。皆、しっかりと学ぶように。大人から吸収できることは沢山吸収するんだぞ」
キースさんはフェニル先生に威圧感を放った後、了承したのか軽く頷いて辺りを見渡しながら話す。
なぜ、認めてしまったんだ。私がこんなに苦しんでいるのにっ。
「ははは、キララちゃん、戦うとそんな笑顔になるのね。やっぱり私の目に狂いはなさそう」
ディーネさんの発言からして、私は笑顔らしい。
いや、これは作り笑顔だから……。相手に不快感を与えないように笑顔になっているだけだから。
そうじゃなかったら、笑顔になれるほど、今の時間は生ぬるくない。
私がディーネさんと戦っている間に、キアン王子はメロアのもとに到着してしまった。
「メロア、私と共に戦ってくれるかな?」
「は、はい。よろしくお願いします」
メロアはキアン王子の発言を聴いても引かず、むしろ戦えてうれしいというような表情を浮かべていた。
そのまま、攻撃態勢に移し、何度も拳を振り抜く。
「ディーネ、なに楽しそうなことしているんだいっ」
「宝石の原石をキラキラに磨いているところよ。キララちゃんは磨けば磨くほど綺麗になっていくわっ」
「そうなのか。じゃあ、俺も混ぜてくれよっ」
イグニさんと思われる男性が背後から攻撃してきた。
さすがに二人の攻撃を演算処理して体を動かすのは、私一人じゃどう考えても無理だ。ベスパの頭がないと……。
そんな時、私はベスパに頼りすぎだなと改める。
すぐに頭を振るい、今は自分一人で何とかしなければいけない状況なのだと考え直す。
フレイズ家の当主と妻を相手にするなど滅多にない。この好機は逃すわけにはいかない。
「すぅ……。お願いします」
私は瞑想で、心を落ち着かせ、拳を構える。
「じゃあ、遠慮なくっ」
イグニさんは背後から一歩が爆発音かと思うほどの踏み込みを見せてくる。
強靭な肉体から繰り出される拳の威力は格別でディーネさんの攻撃よりも迫力があった。
あまりにも理不尽な攻撃に頭が焼け切れてしまいそうになりながら、攻撃を躱す。
カウンターのアッパーカットを顎に当ててが、首が硬すぎてあまり効いている素振りがない。
顎に攻撃を加えられて、なんでほとんどダメージを追っていないんだ。クマかよ……。
フルーファは相手の威圧感で委縮しているし、攻撃したがらない。
優しいからかな。私が魔力を与えれば、誰も見た覚えがないほどデカい肉体になるが、魔物を使役しているスキルなんて持っていない私が怪しまれる。
彼の力も借りられない。
もう、私一人でどうにかするしかないのだ。そう言う状況の訓練だと考え、無理やり腕を動かす。
そうじゃないと、攻撃を食らってしまう。
「はあああああああああっ」
私の拳はイグニさんの鳩尾をとらえた。
でも、鳩尾ですら鉄板が入っているのかと思うほど硬い。
おかしいでしょ。そんなところに筋肉が付くとは思えない。
大量の魔力を押し込めば吹き飛ばせるだろうが、私が攻撃を当てているという事実だけで、盛大に褒められる。
私は褒められるようなことをしているのだろうか。