キアン王子とフェニル先生
「まず、魔力操作で弓を作ってフェニルをけん制していた。フェニルの炎に魔法が効かないというのにいつ打とうか迷っている場面の見えた。つまり、何かしらの突破口があった。前衛の二名が倒れそうになった時、回復魔法以外での急速な治癒も規格外だ。フェニルの攻撃をある程度見切る洞察力に両手に水を発生させて炎を防ぎ、時にぶつけて水蒸気爆発を起こしてからの距離を取る判断力。熱波の範囲外である地中に手を突っ込んでフェニルに攻撃を与えた直観力。本当に一人の少女が考えているのか不思議になるほどだ」
キアン王子は笑っているようだった。もう、にちゃーっと。恐怖以外の何ものでもない。
「んんっ。フェニルが不甲斐ないようだから、私から生徒に教鞭をとらせてもらった」
「うるせえ。黙ってろ。お前は喋りすぎなんだ、モガが……」
フェニル先生はキアン王子にまるで友達かと思うほど親し気に話していたが、ディーネさんに口を押えられる。
そのまま頭を地面にたたきつけるようにして謝らせられている。
ディーネさんの細腕のどこにそんな力があるのだろうか。
「すみません、キアン王子。フェニルにはあとできつく言っておきますので」
「なに、気にする必要はない。これでも一応は幼馴染という奴だからな」
キアン王子は金髪を掻き上げ、フェニル先生を見ていた。
猫じゃらしを見ている猫のような瞳で、どうやって弄ろうか考えているようだった。
彼の険悪な雰囲気は多少落ちた。
それでもレオン王子に対してきつい対応を取り続けていた。
逆の家族愛? いや、言葉が暴力的過ぎる。
普通に嫌っている可能性が高いな。
私はずぶ濡れの状態で立ち上がる。もう、全身ドロドロ……。サウナから水風呂に入って疲労感は軽く抜けているが、疲れているのは変わらない。
「キララ様、疲れているところ悪いのですが、騎士達がバートンの対処に思った以上に苦戦しています。殺さずに捕まえるのが難しいようです。皆、殺すのは簡単なのに! と大声で愚痴を漏らしています」
――なるほど。じゃあ、ネアちゃんの糸で罠を張って、上手く捕まえて。数を減らせば、騎士達でもどうにかできるでしょ。
「了解です」
ベスパはビー達にアラーネアの糸で、バートン達の暴走を再度鎮静化させに向かう。
罠を張るだけなので、すぐに戻ってくる。
キースさんは一人しかいないので、広い学園内にいるすべてのバートンを遅くすることはできないのだろう。
戦闘狂のイグニさんも、攻撃したら殺してしまうかもしれないと手が出せないのかもしれない。
強すぎるというのも、意外に不便なのかもしれない。
その点、ビー達に攻撃力は皆無なのでどれだけ思いっきりぶつかってもバートン達は無傷だ。
「さて、時間も余っているし、皆と授業を共にしようじゃないか」
キアン王子は箒に乗り、ふわりと浮くと結界の張られていない空から舞い降りてくる。
箒に乗るものはキースさん以外で初めて見た。
やはり、彼も優秀な魔法使いなのだろう。
近くで見ると、アレス王子と似ていない。
腹違いのきょうだいなのだろうか。
どちらにしろ、アレス王子と王位争いしているのは間違いない。
魔法の扱いが長けているため、剣の扱いが上手いアレス王子よりも正教会が肩入れするのもわかる。
剣と魔法で分かれているというか、スキルの使い勝手の良さで肩入れする者達が変わってくるというか。まあ、それ以外にもあるんだろうけど。
「キアン王子、今はまだ授業中ですし、もし何かあったら……」
ディーネさんはキアン王子の方に視線を向け、体を心配していた。
確かに、授業中に流れ弾が当たったらひとたまりもないだろう。
「フェニルがいれば、大抵の怪我はどうとでもなる。即死する攻撃なんて飛んでこないだろ」
「そうかもしれませんけど……」
「まあ、この男がそうしたいっていうんだから、させればいいじゃないか。私は別にいいと思う」
フェニル先生は立ち上がり、お腹をぽんぽんと叩いたのちキアン王子の方を見た。
見たというか、睨んだというか、何とも因縁があるような表情。
幼馴染だから、子供のころの姿を知っているのだろう。
幼馴染が大人になって再会するのは中々恥ずかしいので、そういう感情を持っているのかもしれない。
「あまり睨まないでくれないかな」
「うるせえ、何しに来たんだよ。お前が来るなんて珍しいにも程があるだろう」
「なにしに来たって、大切な弟の授業参観に来たに決まっているだろう。私は家族思いだからね」
「柄でもないこといいやがって……。そんなふうにいって何人殺してきたんだ」
「何のことかさっぱり? 私は人殺しなんてした覚えがないよ。勝手に死んだ者は知らないけれどね。いやぁー、君にはスキルが通じないからやっぱり私の妻になるべきだと思う」
キアン王子は微笑みながら、フェニル先生の前に立つ。
「誰が、お前の妻なんかになるか。それだけは死んでも嫌だね。ぐはっ!」
フェニル先生はディーネさんにぶん殴られ、吹っ飛んでいた。ディーネさんの力技が過ぎる。
でも、フェニル先生も一応婚約した経験はあるんだ……。
相手がキアン王子なのは初耳だけど、フェニル先生の方が無理やり断っているんだな。
「すみません、すみません。あのようなバカ娘はキアン王子にふさわしくないと思いますから、どうか気を悪くせずに……」
「ああいうところが操りたくなって仕方なくなるんだよな。ほんと、操れない人間ほど面白い存在もいないからね」
キアン王子は不吉な笑みを浮かべた。
その瞳は人殺しの目。
実際に見た覚えはないが、あまりにも鋭くて息がつまる。
私だけではなく他の者も身を引き、彼の存在を恐怖しているようだった。
こういう性格だから彼は人気がないのだろう。
彼に近づいたら操られて失敬を働いたら殺されるかもしれない相手と仲良く出来るわけがない。
どこまでの命令を聞くのかわからないが、自殺の概念ではなく、高い所から飛び降りろという簡単な命令ならこなせてしまうだろう。
勝手に自分から死んだことになるので、見かけ上はキアン王子が殺したという訳じゃない。
でも、命令したのは彼なのだから、彼が殺したも同然なのではないだろうか。
妄想ばかりで、彼の人物像が出来上がってしまう。
だが、それでは人を差別しているのと同じだ。
もっとよく観察して、本当の彼の気持ちを探らなければ。
本当に悪い者なら、容赦なく証拠を掴んで社会的に貶める必要がある。
「いてて、母さん、本気で殴りすぎ……」
キースさんの結界に保護され、フェニル先生は傷を負っていなかった。そのまま、スタスタと歩き私達のもとに戻ってくる。
「じゃあ、大人と子供で訓練でもしますか。大人の皆は子供に負けないように。負けたら恥ずかしいぞー。子供達は全力で大人にぶつかっていけー。怪我したら、私が治してやる」
フェニル先生は大人と子供の訓練を推奨した。
まあ、自分を追い詰めるほどの実力を持った子供達と大人なら、問題なく戦えるとふんだのだろう。
だが、私達は普通に疲れが溜まっているのだけれど、どうするべきか……。
キアン王子は真っ先にレオン王子のもとに向かった。
足早に移動し、何かしらスキルを使う気だろうか。
スージアとサキア嬢はすでに他の大人と勝負する流れになっており、キアン王子のもとに行けるのは私しかいない……。
「あ、あの、キアン王子。相手してもらえますか!」
「ん、おおー、珍しい。私に話しかけてくる生徒がいるなんて」
キアン王子は振り返り、鬱憤や不満の表情すら見せず微笑んでいた。
「キアン王子になら、皆、話し掛けると思いますけど……」
「いやいや、私は皆に嫌われているようだからね、滅多に話しかけられないよ。私と話したら殺されるなんて言う噂もあるくらいだ。君、私に殺されてしまうかもしれないよ」
キアン王子は微笑みながら、話しかけてこないでくださいオーラ全開で、会話を切ろうとしてくる。
今すぐレオン王子のもとに向かおうとしているのだろうか。
「わ、私、田舎者でしてー、キアン王子と話しただけで死ぬとは思えないのですがー」
「田舎者。そう、田舎者か……。田舎者の少女でそこまで才能を持っているなんて、神に愛されているようだね。でも、私は田舎者と話すようなことはないんだ」
キアン王子は私の話しを遮って、レオン王子のもとに向かった。
どれだけ、レオン王子をいびりたいんだ。
彼がレオン王子のもとに移動したところで、片手をレオン王子の頭に当てる。
小さな光は蛍火のようで微かだったが確認できた。
レオン王子の頭にアンテナが生えている。
やはり、キアン王子のスキルで間違いない。
彼が、レオン王子とメロアをくっ付けようとしていた調本人だ。
「レオン、そんな強さじゃ、フレイズ家の女に尻に敷かれてしまうよ。もっと強くならなければならないだろう。それか、もっとフレイズ家の女に近づかなければ駄目じゃないか」
「す、すみません、キアン兄さん……」
レオン王子は瞳がボーっとしており、キアン王子のスキルに完全に乗っ取られていた。
フレイズ家の女という条件からフェニル先生とディーネさん、メロアあたりを何度も見回す。
誰とも当たっていないのは、フェニル先生とディーネさんだった。
キアン王子の目論見はわからないが、フレイズ家とのつながりを強くしたいのだろう。
自分もフェニル先生との結婚を望むくらいだから、さぞかしフレイズ家と繋がると良いことがあるに違いない。