キアン王子が評価
私が熱を吸収するために撒いた水が逆効果となり、大量の熱い水蒸気が体を熱してくる。
魔法で水を出そうとするが、魔法陣がかき消される。
どうやら、フェニクスの効果が熱波に乗っているらしい。
体感温度は九八度……。空気は熱の伝わりが遅いので、火傷して死にはしないが空気を吸うのも苦しいくらい。
フェニル先生は私達を窒息させようとしているのかもしれない。
キースさんの結界の効果が切れていないため、風も遅くなっていると思われる。先に発動していたら、キースさんの方が有効なんだな。
「さて、魔法もスキルも使えないこの状況で、どう対処する」
フェニル先生は未だに燃えており、逆に体調が良くなっている可能性すらある。
ベスパやビー達は闘技場外に出ざるを得ない状況だ。
私も魔法が使えない。
ビー達の視界があるので演算は使えるものの、それ以外の回復や攻撃は全て無力化された。
神獣おそるべし……。
でも、こんな空間を作り出すにはそれ相応の魔力が必要なはずだ。ミーナの時のように時間勝負なはず。
「おらあああっ!」
メロアは動ける自分が戦わなければと思ったのか、フェニル先生の方目掛けて全力で走っていた。
だが、ライアンとの連携が出来ない今、彼女の攻撃はフェニル先生に当たるどころか容易に防がれている。
差を再確認させられるような状況となり、悔しさが全身から溢れ出ていた。
――まだ、手はある。ディア、私の手の平が入るくらいの穴を掘って……。
「了解ですっ」
ブラットディアは魔法耐性があるため、フェニクスの攻撃を受けても問題なかった。
四つん這いになっている私の手の平の内で、地面を食い、穴をあける。手を嵌めこんで空気に触れさせないようにする。
すると、魔法陣が展開できた。空気に触れていなければ魔法の発動が出来るらしい。ならば……。
――ベスパ、フェニル先生の八センチほど真下の地面に移動して。転移魔法陣を発動。
「了解です!」
土そのものを爆発させれば、手榴弾内の鉄くずのように相手に攻撃できるはず。
それで、攻撃が当たれば私達の勝ちだ。
ただ、フェニル先生ももちろん動くし、メロアに攻撃が当たったら最悪な事態に陥る。
タイミングを見計らう時間も残されておらず、視界がぼやけてきた。
体の感覚もなくなってきた。
服に付いた汗が沸騰しかけて、肌が焼けそう。
服を脱ぎたくなって仕方ない中、人前で服を脱ぐなど元トップアイドルとして許されない。
ライアンやレオン王子、スージアたちはもう下着以外脱ぎ捨てていた。
地面も焼けるように熱くなり、靴裏で立っていないと体が焼ける。私の右手は多分大やけどしているだろう。
だが、大量の魔力で無理やり治し、薄れゆく意識の中でメロアがフェニル先生に蹴り飛ばされた瞬間を見計らい、ベスパの尻目掛けて『ファイア』を放つ。
「つっ!」
地面が盛り上がり、土柱が八メートルほど昇るほど勢いがある爆発が発生した。
フェニル先生は意識外からの攻撃に対応できず、少なからず攻撃を食らい、血を流している姿が見えた。
私の意識が途切れそうになったものの、地面で土属性魔法と水属性魔法を発生させ、簡易的な水風呂を作る。
キンキンに冷えた水に溺れそうになるほど浸かり、空を見上げる。
意識が戻って来たら、水風呂を直し、地面に横たわったまま動けなくなった。
気持ちよすぎて戦いどころではない……。
「はぁー、傷を負わされてしまった……」
フェニル先生は倒れ、普通に不貞腐れていた。
怪我はすでに治っているが顔の上にフェニクスを乗せ、周りから見られるのを恥ずかしがっているようだ。
「でも、一撃を入れたというか、たまたま生足に攻撃が掠ったというか……」
メロアは倒れているフェニル先生に向けて話しかけた。
「傷が入ったのなら、私の負けだろう。だが、同時に皆も戦闘不能になった。引き分け……というのも調子が狂う。良し。今から、外で暴れているバートン達をどちらが多く捕まえられたかで勝負……ぐはっ!」
フェニル先生のお腹は観客席から飛んで真上から降って来た物体に踏みつぶされる。
緑色の髪がふわりと浮かび、大きな胸が弾けそうになっていた。
真っ赤なドレスが捲れ上がっていたが、下着部分は見えず、スラッと細い太もも当たりが露出するだけ。
男子たちは鼻の下を伸ばさない程度の色気で包まれている。
「まったく、教師ともあろうものが、こんな醜態をさらしちゃいけないでしょ。ちゃんと立って判断しなさい。このバカ娘」
「か、母さん、い、いきなり踏みつけるのは……」
フェニル先生のお腹に乗っていたのは緑髪のディーネさんだった。
キースさんの結界の範囲外まで浮いてから上空を通ってフェニル先生のお腹に落ちてきたのだろう。
魔法を使ったのか、スキルを使ったのかわからない。
どちらにしろフェニル先生が踏みつけられている時点で、彼女の力量がわかる。
まあ、フェニル先生も実の親に手をあげるような人ではないか。
「早く立ちなさい」
「母さんが邪魔で立てない……」
フェニル先生は疲れからか、だらけたいからか、その場に寝ころんでじっとしていた。
今はそんな状況じゃないのだけれど。
フェニクスはパタパタと翼を動かしてディーネさんの頭上に止まると、安定する。
会場から拍手が送られ、私達はフェニル先生と引き分けという形で授業参観は終わった。
皆は安堵の表情を浮かべている中、私とスージア、サキア嬢は未だに気が抜けない……。
両手をパシパシと叩き、笑みを浮かべている第二王子のキアン王子に視線を向ける。
今のところ、何もしてくる気配はない。彼がレオン王子に何かしでかしているのなら、黒。
ここまで来て何もしてこないなら今まで通りやり過ごせる。
「いやぁ、実に素晴らしい。さすがドラグニティ魔法学園の選りすぐりな生徒達だ。あのフェニルと互角に戦えるなんて、一年生ながら圧巻の一言だよ」
キアン王子は手を叩きながら私達をほめてきた。
王子の仕事か、はたまた本心か。表情が読めない。
ここまで本心を隠した笑みはあまりにも胡散臭い。
「だが、レオン。君は一番ダメだね。目も当てられないよ」
キアン王子は軽く瞳を開け、威圧感満載な雰囲気を放ちながら身内のレオン王子にだけ、きつく当たっていた。
いや、レオン王子も頑張っていたでしょ。パーズと一緒にフェニル先生を限りなく引き付けていたじゃない。なにを言っているの、あの男。
「す、すみません。力不足でした……」
「まったく……、これじゃあ王族だからドラグニティ魔法学園に入れられたと思われても仕方ない結果じゃないか。君一人じゃ、何もできないのだから、もっと努力した方がいいよ」
キアン王子は授業参観なのに、親が口出しするような中々恥ずかしい醜態をさらしている。
でも、誰も何もいえないのは、彼はアレス王子に次ぐ、時期国王候補だからだ。
賢いらしいけど、自分の弟も大切に出来ないような男に国を任せられるとは思えない。
「も、もっと精進します……」
レオン王子が委縮していたのは、家の中でキアン王子に色々いわれていたからかもしれない。
家族からの言葉は知らない人からの言葉よりもきついのだ。
私だって、母に女の子らしくしなさいと言われ、男の子とばかり遊んでいたところを女の子と遊ぶようにしたくらいだ。
私ですら、母に行動を変えられたのに、まだ一二歳のレオン王子がキアン王子に性格を捻じ曲げられているのは、優に想像できる。
「おっと、すまない。自分の弟があまりに出来が悪いから、口が出てしまった」
キアン王子は手の平を回りに見せ、悪気はなさそうな雰囲気のまま話を続けている。
「獣族の動きは凄かったね。実に素早く獣族らしい戦い方だった。フェニルも攻撃を防ぐだけで手いっぱいだったね。欲をいうのなら、所撃で決められたらフェニルも倒せる才能があるだろう。魔力の使いどころをもっと学ぶといいよ」
「あ、ありがとうございます……」
ミーナは喜んでいいのか、悪いのか、ものすごく迷っていた。
レオン王子がぼろくそに言われていたのに、自分は褒められてもいいんですかといいたげな表情を浮かべている。
「青髪の子も剣と拳の扱いが素晴らしいね。魔法の才能はないようだけど、それを補えるスキルの対応性と体力。戦えば戦うほど勝てなくなるというのは、出来れば相手にしたくない。泥臭く戦うのは好まれていないけれど、私は嫌いじゃないよ」
キアン王子はパーズも褒めた。
パーズもものすごく困った表情で、感謝の言葉を呟く。
その後、スージアとサキア嬢、ライアン、メロアの良い所まで全てに言葉をかけていた。
頭がいいから理解力もあり、適切な言葉をかけている。
全て本心なのか、ただ仕事として印象を良く見せようと努力しているのか。
「えっと。一人だけ質が違うんだよね。色々とさー」
キアン王子は目頭に手を当て、した瞼を下げるように私を睨んでくる。
微笑んでいるような、怒っているような、表情を読むプロの私でも彼の内心は理解できない。