第二ラウンド
「加えて、暴走したバートンが学園内をばらばらに移動し、暴れ回っています。レクーさんやファニーさん、イカロスさんは他のバートンに追い掛け回されている状況です」
どうやら闘技場の外側は、バートンパニック状態になっているらしい。
その情報を聴きつけたイグニさんやキースさんも対応せざるをえなかった。
闘技場の観客席に残っていたのは第二王子のキアン王子、ディーネさん、眠ったままのトラスさん、半数以上減った赤色の鎧を着た男達、鋼の鎧を着こんだ近衛騎士達。
始めの時より、八分の一程度しか観客席に人がいなくなっていた。
数が減ると、観客席で腕を組みながら微笑んでいるキアン王子の印象がより一層強くなる。
この場にいる人を減らすためにバートンを暴走させたのだとしたら策士だが、バートンを使ったことは許すまじ……。
――ベスパ、暴走しているバートンではなく襲われている人々の方を優先的に保護して安全な室内に移動させて。暴走しているバートンは騎士達に任せよう。
「了解しました」
ベスパは、力が強く簡単に操作できない暴走したバートン達ではなく、襲われている人や動物を保護し始める。
その速度は早く、一分もしない間に完了した。
多くの生徒が授業中だったのが幸いした。
私はベスパが到着するまでの間、普通の矢で牽制してみるが炎によって軽く消されてしまう。
やはり、魔力の類ではフェニル先生に攻撃を加えるのが難しいらしい。
「プルウィウス流剣術、マゼンタ撃斬!」
ライアンの木剣がフェニル先生の地面目掛けて打ちこまれる。巨大な土柱が巻き上がり、目くらましになっていた。
「くっ、鬱陶しい」
「体に当てなきゃ、剣は燃えないんでね」
ライアンは、地面を叩きながら土砂を巻き上げまくる。
その後ろからメロアが滑り込むように出撃しタイミングを計った完璧な拳が打ち込まれる。
二人の戦いの才能が凄まじい。
ライアンの対応力がさすがだった。
自分を卑下しているが、相手に合わせるのが上手いというのも一瞬の才能だ。
メロアが攻撃しやすいように地面を叩いたり、抉るようにして砂をまき上げたり、時には自分で作った石を木剣で打ち付けてフェニル先生の隙を伺っている。
遊んでいるように見えて、戦いをしっかりと見ているのだ。
その姿を見ているパーズは、ライアンはやっぱり凄いといいたそうな明るい表情。
ライアンが思っているほどパーズは悪い奴じゃないとよくわかる。
そんなこと、戦い以外見えていない彼はわからないのだろうけど。
「はあああっ!」
メロアは何度目かわからない勢いのある拳をフェニル先生の顔目掛けて打ちこむ。
わざわざ顔じゃなくてもいいのにと思うが、炎が出ていない部分が顔あたりなので、狙っているのだろう。
だが、顔は人間の急所。危機感が一番良く理解できる場所だ。
フェニル先生は当たり前のように回避し、メロア目掛けて回し蹴りを繰り出す。
メロアは腕で守ったものの、勢いよく跳ね飛ばされ、すでにふらふらの状態。
立ち上がるのがやっとというところだ。
「こりゃ、きつくなって来たな……」
ライアンの木剣もすでにボロボロで、折れかけている。
何度も地面に叩きつければ壊れかけるのも納得だ。
メロアとライアンがいなくなれば、私とフルーファのみ。
一対二の状況だけれど、フルーファはあまり見せたくないし、燃やされているところも見たくない。
一対一の状況になるわけだが、私の通常攻撃はフェニル先生に一切通じないのでブラットディアの矢で攻撃するか、別方法で対処するしかない。
「さすがに三連戦は無茶だったかな……」
フェニル先生も大分疲れていた。
メロアとライアンの攻撃が体力を削っている。
メロアの方はボロボロだが、ライアンの方はかすり傷一つ追っていない。その点からしても彼は優秀だな。
「キララ、俺一人じゃ、お前を守れないぞ。そろそろ、魔力も限界だ……」
ライアンは私の前に立ち、大量の汗に濡れた橙色の前髪をかき上げる。
後ろを振り返る姿が、一二歳児にしては大人びており、素直にカッコいい奴だなと思わざるを得ない。
いつもお茶らけている奴が、こういう時ばかりカッコいい姿を見せるのは反則じゃないだろうか。
「じゃあ、そろそろ二人を回復させるよ」
私はビー達をメロアとライアンの背中に付け、ビーの体を通じて私の魔力を送り込んだ。
「はは……、魔力の供給は反則じゃないかい?」
フェニル先生は苦笑いする。
そりゃあ、そろそろ倒せそうだといったところで、私の魔力を分け与えられたメロアとライアンの体は回復していくのだから、そんな顔になっても仕方がない。
ゲームのボス戦で、倒せそうなときに回復を使ってくるうざいボスみたいなものだ。
魔力消費が激しいフェニル先生に、この戦法は大分鬼畜だろう。
なんせ、私がいればメロアとライアンはほぼ魔力切れを起こさずに戦えるのだ。
「ありがとう、キララ。これでまだまだ戦えるよっ」
メロアは腕を回し、足踏みしながら体の調子を整える。
「まったく、キララの魔力が暖かすぎて泣いちまいそうだぜ」
ライアンも鼻をすすりながら、泣きまねして場を和ませていた。
武器の方はそのままだが、ライアンの『シールド』は使い勝手が良いため、まだまだ戦える。
私は自分で攻撃しなくても、周りの支援ができる人間だ。
「キララ様、お待たせいたしましたっ」
丁度ベスパも帰って来たところだし、第二ラウンドと行こうじゃないか。
「まったく、初めにキララを叩いておくべきだったな」
フェニル先生は作戦を変え、永遠に仲間を回復してくるのに加え、時おり遠隔射撃してくるうざすぎる私を倒しに来た。
私を即座に倒して、メロアとライアンを倒す算段だろう。
だが、戦えなくても、私の脳の演算速度はスージアにも劣らない。
ビー達の視界を通して見るフェニル先生の動きは数秒先の未来まで見通せる。
脳が焼き切れそうになっても、溢れ出る魔力が自動で冷却してくれるので常に全力を出せるスーパーコンピューターみたいな私……。
手を水で覆い、フェニル先生の攻撃を回避する。
動きが速すぎて回避できない場合、水を付着させ一瞬で膨張した水蒸気の圧力で互いに吹っ飛ぶ。
間が空くと、再度戦いになるが、魔力が減っていくフェニル先生は焦るだろう。
「キララちゃん、凄いわね。本当に一二歳なの。村娘にしておくのがもったいなすぎるわ」
ディーネさんの熱い眼差しが注がれる。
背筋がぞわりと寒気がして、逃げ出したい気持ちになるものの、目の前からフェニル先生が満面の笑みのまま攻撃してくるので、逃げようがない。
「はははっ、さすがだ、キララ。一人で、回復役攻撃役囮役まで、こなせるのかい。もっと、もっと私と戦おうじゃないか!」
フェニル先生はやはりフレイズ家の人間らしく、戦闘狂だった。
戦っているのが楽しくて仕方ないのだろう。
もしかすると、冒険者の仕事中森を焼いてしまったとか、街を焼失させたとか、そう言う失敗があったからキースさんが引き取ったのだろうか。
そう思えてしまうほど、今のフェニル先生は熱すぎる……。
私の手の平を追っている水分もフェニル先生に当たっていない時点で蒸発している。
焼き石が目の前から迫ってくるような感覚。
サウナにしたら最高だろうなと思うものの、ここは闘技場の中。
顔が焼けるように熱く、汗が止まらない。
目の中に汗が入ると沁みる。
常時、熱中症になりそうだ。さすがに暑すぎるので、冷やす目的で水属性魔法を放つ。
「『ウォーター』」
ライアンの戦っていた姿を見て、フェニル先生の体ではなく地面を狙えば問題ないと知っていたのでもちろん私も地面に放った。
大量の水が辺りにまき散らされ、地面が水浸しになる。滑りやすくなったため、フェニル先生もいったん足場を固めていた。
「は、入れなかったぜ……」
「わ、私も……」
ライアンとメロアはフェニル先生の後方で私と挟み撃ちの位置に立っており、攻撃態勢に入っている。
私とフェニル先生の猛攻の中、突っ込んでこなかっただけでも脳筋じゃないとわかる。
「仕方ない、私もここで負けるのは不服だからな……」
フェニル先生は指笛を吹いた。
――あぁ、それを子供に使っちゃうんですか? 良いんですか?
空から舞い降りてくるのは燃え盛る赤い鳥。
白鳥のような、鷹のような、七面鳥だろうか、何ともいい難い神々しい姿のフェニクスは火の粉をまき散らしながらフェニル先生の頭部に舞い降りてくる。
「ピヨ~」
フェニクスは気の抜ける咆哮を放った。
神獣を見るのは、中々できないため多くの観客者が湧いている。
フェニクスの神々しさはフェンリルと同じくらい。
なんなら、燃えているのでそれ以上かもしれない。
人が初めて火を生み出した時に生まれたような神秘な存在が、目の前にいるのだから、感動するのも無理はなかった。
「フェニクス、熱波」
「ピヨ~」
フェニクスは翼を羽ばたかせサウナで受けるロウリュウのような糞ほど熱い熱風を浴びせてくる。
水風呂を用意しておいてほしい……。
体操服や髪の毛がチリチリと焦げそうなほどの熱さで、息を吸うのも苦しかった。
この中で真面に動けるのは熱さに耐性を持ったメロアくらい。
環境を変えてくるのはやりすぎだ……。