フェニル先生とミーナ
「さ、今日の授業も後半に差し掛かった。色々あわただしいが、皆の一ヶ月の成果をしっかりと見せてもらおう。戦闘学で習った技術なら、何でも使っていいぞ。もちろん、習っていないことでも自主的に学習したことはとことん使え。私に直接攻撃を入れれば、そっちの勝ちだ。皆が動けなくなったら、私の勝ち。簡単だろう」
フェニル先生は長袖の上着を脱ぎ、タンクトップのようなぴっちりとした冒険着を曝す。
黒色に赤色の刺繍が入っており、陸上選手と水泳選手を混ぜたかのような内着だった。炎に強い素材で編みこまれているのかな。
「もう、お姉ちゃん。服は投げ捨てちゃ駄目だよ」
メロアは空気を読まず、地面に無造作に置かれていた上着をたたむ。
フェニル先生がせっかくカッコつけたのに、絶妙にださくなってしまった。
「ん、んんっ。あー、キース学園長。闘技場の観覧席に攻撃が当たらないよう結界をお願いします」
「任された」
キースさんは杖を取り出し、呪文を呟いた後、軽く振るう。
すると、観覧席に攻撃が飛ばないよう魔力の壁が形成される。
少々光っているため、キースさんのスキルの効果も混ざっているようだ。
つまり、あの結界に近づこうとしても遅くなる。攻撃が壁に届く前に止まってしまうだろう。
万が一勢いよく弾き飛ばされても、衝突せず、止まるから安全。
私達も思いっきりフェニル先生に攻撃できるようになった。
「いやはや、やはり現代最強と呼ばれる魔法使いなだけありますね」
「ほっほっほっ、キアン様、おべっかは年寄りに言うものではありませんよ」
「なにを言う。キース殿ほどの魔法使いはこの世におりませんよ」
キースさんの隣に真っ白な燕尾服を身に纏い、第一王子のアレス王子よりも爽やかな雰囲気を放っている男性が座っていた。
金髪は短くまとめられており、表情だけを見れば悪人と思えない。
だが、少々切れ長の目付きと固まった口もとに底知れない深みを感じる。
全身からいい人のような雰囲気を放っておいて、どこかミステリアスな印象……。
あの姿で悪名が付くのかと思いながら、キースさんの発言からして、あの男は第二王子のキアン王子で間違いなさそうだ。
――スージアの予想通り、キアン王子が来た。出来る限り、レオン王子に近づけたくないな。試合中に乱入してこなければ、問題ないと思うけれど何かしでかす前に対処しよう。
ベスパは未だに戻って来ていない。バートンの対処に時間が掛かっているようだ。
まあ、暴走していないバートンならともなく、重い荷物を運ぶほどの脚力を持ったバートンが全力で抵抗したら羽虫の力など、何匹集まっても簡単に動かせない。
上手く誘導させられないと、周りに迷惑が掛かるし安全に配慮しているんだろうな。
「じゃあ、いつでもかかって来て良いぞ。殴られる覚悟がある奴からかかってこい!」
フェニル先生は片腕を首の後ろに回し、反対の手で肘を持って、体を解している。
無駄に大きな胸が張り出され、存在を主張していた。
長ズボンと質がいいベルトの周りに、武器を所持している様子はなかった。
私達は用意された木製の武器から一種類持ち、戦いに挑む。
相手は現役Sランク冒険者。
多くのSランク冒険者がパーティーで許可されている中、キースさんを除いてたった一人、ソロでSランク冒険者の許可が下りているぶっ飛んだ女性だ。
フェニクスの炎で燃やすだけで魔法は相殺し、傷は癒える。魔力がある限り、不死身だ。
戦闘力もイグニさんの体格を受け継いだ長身と体力により、抜群。
頭の方はお酒が入っていないため、切れるだろう。
強敵以外の何ものでもない。
空を飛んでいないだけマシか。
翼を広げたら八〇メートルを超える巨体のフェニクスが一緒に戦わないだけで戦力が落ちているものの、まだ入学して一ヶ月の私達が戦っていいような相手ではない。
それは皆、わかっているが、勝ちたい気持ちが強い者が集まった学園なので、やる気だけは負けていなかった。
「よっし、頑張るぞっ!」
ミーナは体操服の半ズボンがずれ落ちないようにベルトで固定し、軽く跳躍。前半の訓練により体はしっかりと温まっている。
フェニル先生は拳を構え、脚を肩幅に開き、左脚を前に出した。
見るからに隙はなく、見守るイグニさんとディーネさんの方に意識を一切向けていない。
親がいようといなかろうと、精神を乱されていないのはさすがだ。
ミーナは脚を素早く動かし、ぴたりと止まろうとした瞬間、マグネシウムの発光かと思うほどの輝きを放ち、超加速。
初っ端から本気の本気でフェニル先生の足下に移動し、顎下目掛けて蹴り上げる。
いきなりの本気に表情を苦くしているフェニル先生は頭をずらし、攻撃を躱す。
ただ、ミーナのあまりに強烈な蹴りにより、風圧ですら威力がある。
かまいたちに裂かれるように頬に赤色の線が入ったと思ったら、傷を負っていた。
「おおおおっ、何という速度っ」
戦いが好きそうなイグニさんはミーナの動きを見た瞬間に高揚していた。
やはり、武人から見てもあの速度は凄いらしい。
獣族八人分の本気が合わされれば、人間を軽く超越できる。
「はああっ!」
ミーナは攻撃を躱されても構わず攻撃を続ける。
フェニル先生は防戦一方で、攻撃に回れていない。いや、回らないようにしている。
彼女の目的は、おそらくミーナの体力の消耗だろう。
全力を出せば一分と立たずミーナの体力は限界を迎える。
その間、耐えれば体力を温存し、次のチーム一との戦いに臨める。
でも、一分間、猛攻を耐えるのだって普通の人間じゃ無理だ。
つまり、フェニル先生も普通に人間を辞めている。
「はあああっ!」
空間がねじ曲がったように見えるミーナの拳がフェニル先生に打ち込まれる。
だが、距離が足りず当たっていない。
それでも、フェニル先生は何かに殴られたように吹っ飛んだ。
モクルさんの一撃に似ており、空気を勢いよく殴りつけて疑似的な空気砲を生んだと思われる。
生身の体で出していい攻撃ではない。
空気の塊が腹部に直撃したフェニル先生は息がつまった老人のような顔になり、いったん後方に飛び跳ねて移動。
炎で治そうとするが、ミーナは傷を癒させないよう攻撃を続ける。
まだ、一五秒程度しか経っていないという事実がフェニル先生に重くのしかかる。
少なくともあと、三倍の長さ耐えなければならない。
「ううむ、あの一年の獣っ子、確かミーナといったか。実にいい動きだ」
「あのフェニルが押されているなんて、中々見られないものね。わくわくしちゃうわ」
イグニさんとディーネさんは微笑みを浮かべ、高みの見物中。
あの高速移動のような動きを裸眼でとらえられている時点で、私が思っている以上にやばい人達なのかもしれない。
私はビー達の目と脳を使って演算処理し、脳の効率を高めているから理解できるのに、どんな頭しているんだろうか。
「ほらほら、どうした。もう終わりか」
フェニル先生は目が慣れて来たのか、ミーナの攻撃が当たらなくなっていく。対応力が高すぎるだろ……。
まあ、Sランク冒険者なのだからこれくらいやってもらわないと。
多分『妖精の騎士』だったら、すでに負けている。
「はぁ、はぁ、はぁ……。まだまだっ」
ミーナの攻撃から一分が経過した。
体から発せられていた光は一気に衰え、彼女の普通の速度に戻る。
最初の動きを見ていると、ものすごく遅くなったようだ。でも、それがかえって利点となる。
「ぐっつ……」
フェニル先生はミーナの急激な速度の低下と自分の反応速度の違いの差により回避距離と時間を誤った。
その瞬間を見逃さないミーナの第六感はここぞとばかりに重い一撃を放つ。
一瞬だけスキルを使った拳はフェニル先生の顔面に直撃し……そうになった瞬間、頬から炎が現れてフェニル先生の代わりに攻撃を受けた後、地面を勢いよく跳ねた。
「おおおおおっ、一発決めたぞ!」
「いいえ、今の攻撃は炎に当たっただけです。目が衰えましたか?」
「むぅ、そ、そうだったか」
イグニさんとディーネさんの強者感あふれる会話に、普通の騎士達は唖然としている。
誰もが普通に殴られたと思っているのだから。
でも、炎で防いだとはいえ、ミーナのスキルの効果が乗った一撃を受けたら普通にダメージが残るはずだ。
ダメージは魔力を使って回復させる。それだけで、フェニル先生の魔力は減る。後々、響いてくるだろう。
「たく……、仕事はサボらない方がいいな。感覚が鈍っている」
地面を転がっていたフェニル先生は手の甲で頬をぬぐいながらすぐに発ちあがった。
汗は滲んだ瞬間に頬の熱で蒸発し、白い水蒸気が彼女の体から立ち昇っていた。
彼女の気力を表しているようで、蜃気楼のようにゆらゆらと靡いている。
自分が一発貰うかもしれなかったと思うと、肝が冷えたのだろう。
「いやぁ、悪い悪い……。ちょっと、ミーナのこと、甘く見てたかもしれないわ」
「フェニル先生、そんなこといって私にもう一発殴られたらダサいですよ。今までは本気じゃなかったんですって、お世辞に聞こえちゃいますからね」
ミーナは高ぶる気持ちを落ち着かせており、小刻みに脚を動かしながらフェニル先生の動きから片時も目を反らさない。
実際、彼女の五感と第六感を合わせれば大概の攻撃に反応できるはずだ。
そのため、フェニル先生がどうやって攻撃するのか。
疲れはあるといえ、獣族のミーナは人間よりはるかに身体能力が高い。
おつむの方が心配だったけど、戦いに関してミーナはとことん鼻が利く。
そのため、フェニル先生といえど、そう簡単に攻撃を当てられる相手じゃない……。
「ははっ、生徒に舐められているようじゃ、教師はやっていけないんだわ」
フェニル先生は炎をメラメラと湧き立たせる。
体が燃えているのか何か別の物質が燃えているのか。いや、あれは炎じゃない。炎のような魔力。
フェニクスの魔力をその身に宿し、体から燃え上がっているように見えるだけか。