バートンの暴走
トラスさんは私達の隣をスタスタと歩いて闘技場の中に入って行った。
赤い鎧を着た騎士に問い詰められそうになっているも、許可書を見せるとコクリと頷かれ通される。
部外者じゃないとわかってもらえたようだ。
「なんか、私達は凄い人達と一緒に授業を受けていたんですね……」
「まあ、ここまで徹底的にする貴族も珍しいと思います。王族がいるのも大きいでしょうね」
サキア嬢は冷静に判断し、バタフライをひらりと宙に浮かばせる。
レオン王子の近くに移動させたようだ。仕事が速い。
「キララさん、ゲンナイ先生とカーレット先生の様子は?」
「今のところ、問題ないですね。両者とも、学生を相手しています。授業参観中ですから抜け出すのは難しいでしょう」
「なら、ここら一帯だけを見張れば問題ないですね」
「監視は私の得意分野なので、サキア嬢は催眠の方を注意深くお願いします」
私はサキア嬢とおしゃべりしているように見せかけて軽く作戦を振り返り、メロアとレオン王子の二人に危害が加わらないよう守る。
メロアとミーナが闘技場の中に入ったころ、闘技場の通路で見覚えのある男性と女性が二人ずつ。
私の姿を見るや否や、駆けだしてきて。すでに涙を漏らしていた。
「ううあぁうあぅあうあぅあうあうあ」
「ああうあぅあうあうああおうあうあおあ」
「ああぁううぐあおあうあうおあおうあお」
「あうあおあうるあおあるおおあうあうあおあ」
いや、何を言っているかわからん。
サキア嬢に先に行ってもらい、目の間にいる号泣している四名をなだめる。
そうしないと、真面な会話が出来そうにない。
「はぁー、取り乱した。まさか、この歳で授業参観に参加できるとは……」
「ほんとよ。早くても数年後だったし、一生訪れなかったかもしれないわ」
「俺は別に来なくてもよかったんだが……、やはりキララに『聖者の騎士』皆に来てほしいと言われたらなぁ……」
「もう、素直じゃないんですから。こられて嬉しいと言えばいいんですよ」
聖者の騎士のタングスさん(はげ、筋骨隆々)、ロールさん(青髪、お金遣いが荒い魔法使い)、イチノロさん(口が悪い、顔がいかつい剣士。茶髪)、チャリルさん(金髪、性欲強めの聖職者、真面)たちが、ルークス王国の正装でピシッと決めていた。
冒険者とは思えない決まり様。
長年生きていると、服が着こなせるようになるのか、妙にカッコよく見える。
「えっと、皆さん、来てくれてありがとうございます。凄く嬉しいです。お父さんやお母さんに来てもらえなくても皆さんが来てくれると、本当の家族が来てくれたみたいで、心強いです」
私は一八〇パーセントの笑顔で『聖者の騎士』たちに感謝を述べる。
すると、四名はまたしても泣き出す。
大人が大号泣している姿を見て、私の緊張がほどけた。
やはり、彼らといると私の精神年齢が近いため凄く落ち着く。
「おー、『聖者の騎士』の面々が揃い踏みじゃないか」
後方から歩いてくるのは黒いローブを見に纏ったSランク冒険者兼ドラグニティ魔法学園の学園長、キースさんだった。
「ドラグニティさん、ご無沙汰しております」
タングスさんは頭を深々と下げた。
ウルフィリアギルドの古参であるキースさんからしたら、彼は下っ端も下っ端だろう。
なんせ、キースさんが若いころ、彼はまだ生まれてすらいないのだから。
「そんなに、かしこまる必要もないだろう。キララが呼んだのか?」
「はい。えっと、私のお父さんは昔に『聖者の騎士』に所属していた冒険者なので」
「そう言うことか。やはり、キララはジークの娘だったのだな。その美貌も母親似だとすれば、合点がいく」
「お父さんを知っているんですか?」
「少しだけな。今はその話よりも、授業の方が大切だろう?」
「そ、そうですね。じゃあ、タングスさん、ロールさん、イチノロさん、チャリルさん、私、頑張ってきますね」
『聖者の騎士』は私の肩に手を当てて、やる気をみなぎらせてくれた。
そのまま、暗い通路から明りが眩しい闘技場の内部に向かう。
スタスタと歩いて行くと、コロッセオを思わせる広々とした舞台が広がっており、高い壁がぐるりと見回せる。
観覧席に多くの人が座っているが、ほとんどが騎士だろう。
正教会の息がかかっている者達ばかりだと思うと、背筋が凍りそうになる。
でも、ここで怖気づいていたら、王都に来た意味がない。
「おーい、キララ、早く来いよー」
ライアンは本当に緊張していないのか、私の方を見て、手を振っていた。
その呑気な表情が羨ましい。一度深呼吸してから、フロックさんの首飾りに触れて気持ちを静める。
観覧者の数は八〇〇人もいない。
私はドームツアーで毎年数万人の前で歌って踊って来たトップアイドルなのだ。この人数に気おされるほど心臓は弱くない。
「うん、すぐに行くよ」
私は中央に向って走る。すでに腕を組んでいる赤髪の先生一人と整列している七名の同級生が立っている。私もその中に混ざった。
「八名、全員揃いました。よろしくお願いします」
レオン王子は学級委員長の仕事をこなし、大きな声でフェニル先生に挨拶する。
私達は頭を深々と下げ、戦闘学基礎の授業参観が始まった。
「じゃあ、準備運動します。適度に広がってください」
体育委員のライアンはフェニル先生の近くに立ち、準備運動を始める。
彼の動きを真似して、私達も体を動かした。
八種目ほど運動した後、ライアンは列に戻る。
「よし。今日は授業参観で周りに多くの者がいるが、気にするな。いつも通りを心がければそれでいい。いつも通り、限界を越えてもらったあと、私と戦ってもらう。今日だけ親に良い所を見せようと思うな。常に同じ力が出せるように精進しろ!」
私達は頷き、定位置に付く。
そこから、五分間思いっきり走る。
子供達がタダ走る姿を見ている大人もシュールで面白いのだが、私達は必死だ。
以前の記録より一センチメートルでも長く走らなければ単位が取れない鬼畜な授業のため、周りの気などしていられない。
だが、ローティア嬢の状況はベスパに随時流れてきているため、いざとなればすぐに対応できる算段は付いている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
周りから応援されるわけでもなく、ひたすら五分間走ったころにはもうヘトヘト……。
心拍数が高くなり、汗が止まらない。
戦闘学の前半はいつもと同じだった。三〇分間休憩を合間に挟みながら、体力、筋力、技量の三種類の力を無理やり鍛える。
そうしなければ、今後の学園生活についていけないのだ。
体術を鍛錬している途中、ベスパからの連絡が入る。
「キララ様、第三闘技場でバートンの暴走が始まった模様。ローティア嬢の救出に成功しましたが、周りにいる人々への影響が大きく出ています。実際、ローティア嬢の脚も骨折し、治療が必要な状態です」
――今、動いた……。こっちの動きはあまりないけれど。ローティア嬢の駆除とメロア、レオン王子の洗脳は別進行なわけか。バートン達は洗脳されているの?
「その可能性が高いです。何かしらの合図で、洗脳された動きを取ったと思われます。レオン王子とメロアさんに掛けられた洗脳とは少々種類が違うようです」
――じゃあ、洗脳の種類を使い分けていると。
「そうなります。バートンの洗脳は深いと思われるので、サキア嬢が使う催眠の効果は薄い可能性が高いです。実力行使が必要かと」
――なるほど。じゃあ、暴走しているバートンに人間のホログラムを追わせて。そのまま、今は誰も使っていないバートン術部のバートン場に移動させたあと、ヘトヘトになるまで走らせて。
「了解です」
ベスパは暴走しているバートン達の対処に向かった。
私の戦いはまだなので、問題ないが出来る限り早く戻ってきてほしい。
私がベスパに情報を受け取ったころ。
「バートンが暴走? 子供達と保護者の保護を急げ。緊急事態だ。騎士の諸君、貸してもらえるか」
キースさんはすでに知っているため、驚いたように見せているが冷静だった。
銀色の鎧を見に纏った騎士の偉そうな方に話しかけており、断ることも出来ず騎士の半分を状況の制圧に向かわせる。
同じようにイグニさんも赤色の鎧を着た騎士の半分を暴走したバートン達の制圧に向かった。
闘技場の観覧席にいる人々が一気に減る。『聖者の騎士』も私が声をかける前に、移動しておりさすがの対応の速さを見せる。
トラスさんは……ぐーすかと寝ていた。やはり、あの人は駄目だ。
「なにかあったのか……」
フェニル先生は辺りの騒々しさを気にしていた。
「皆、いったん待機。少し話を聞いてくる」
フェニル先生は軽い足取りでキースさんのもとに移動した後、話を聞き、すぐに戻って来た。
「どうやら、第三闘技場でバートンが暴れ出したらしい。今、鎮圧しようと多くのものが動いているそうだ。皆は気にせず、授業を進めよう」
どうやら、授業は続行されるらしい。
第一闘技場にバートンが向かっているわけではないため、普通に授業が出来るという判断だろう。
周りにいる人が減って私としては気持ちが楽になった。
でも、脚が折れたローティア嬢は大丈夫だろうか。
責任感が強い彼女だから、暴走の件も自分の責任だと思っていなければ良いけど。