メロアの母
「メロアちゃん、もう、待ちきれずに来ちゃった~」
メロアのお母さんは目の前にいる娘にムギュっと抱きつく。
背丈はお母さんの方が大きいので、メロアは顔が胸に挟まれ苦しそうだ。
にしても、行動力のある生き生きした女性だった。
森の民というのだから、もう少し穏やかな存在なのかと思っていたが、そうでもないらしい。
彼女の顔を見ると、どことなくハイネさんに似ていた。やはり姉妹なだけある。
背丈はハイネさんの方が上だが、胸はメロアのお母さんの方が上のようだ。
栄養を持っていかれたのかな。
まあ、ハイネさんは身長が一七〇センチメートル以上ある長身なので、胸が大きくなった方が女性としての魅力は高まるか。
「お、お母さん、苦しい……」
「ああ、ごめんなさい」
メロアのお母さんはすっと離れ、娘の脇を持つと、くるりと私達の方を向く。
仕草が洗礼されており、何度も行って来た所作に違いない。
メロアとメロアの母が並ぶと、どことなく似ている。まあ、家族だから当たり前なのだけれど。
「初めまして、皆さま。メロアがお世話になっております。わたくしメロアの母のディーネと申します。以後お見知りおきを」
ディーネさんは四五度ほど腰を曲げ、胸に手を当ててお辞儀してきた。
私達も同じように頭を下げる。
大貴族の妻というだけあって、笑顔は絶やさず、心の内が全く読めない。
彼女の年齢も森の民の血を引き継いでいるため謎だ。
森の民は生きようと思えば永遠に生きられるというし、少なくとも彼女も人間よりは長生きだろう。
「初めまして、ディーネ様。私はシーミウ国から留学生としてまいりましたサキアと申します」
サキア嬢は挨拶が慣れているのか、軽く頭を下げる。スカートを履いていないため、カーテシーは難しかったようだ。
「え、えっと、初めまして、ビースト共和国から来ましたミーナといいます、よろしくお願いします」
ミーナは慣れない手つきながら、メロアと私に教わった所作を思い出し、この場を切り抜ける。
私も、自己紹介しようと思ったところだが……、
「あなたがキララさんね。話は聞いてるわ~。ニクスちゃんがお世話になったそうね」
どうやらディーネさんは私についてすでに知っているようだ。
彼女の夫であるイグニさんは知らなかったとなると、情報はディーネさんの方に送られていたのかもしれない。
まあ、イグニさんは頭を使うより、肉体型だろうから役割分担でもしているのかな。
「えっと……、はい。キララといいます。ニクスさんには何度も助けていただきました。あの方の両親にあえて光栄です。まさか、ここまで美しい女性だとは思っていませんでした。学生の中に紛れていても若々しくて見分けがつかないかもしれません」
「あらー、もう、本当に出来た子ね~」
ディーネさんはものすごく喜んでいた。美しい女性といわれることが少ないのだろうか。
でも、自分で自分を綺麗だとはわかっているのか、否定することはない。
まあ、マダムは美人といって褒めておけば大概喜ぶ。
褒めない手はない。
元から私の印象はよかったのだから、適度に褒めてさらに好感度を上げておこう。
「キララ様、中々に腹黒いと思われます」
――いやいや、腹黒くないよ。だって、これは立派な話合いの中で、好感度をあげるための手段なんだから。私に対する印象を良くしておけば、話しかけやすくなるし、何かしら活路が生れるかもしれないでしょ。仲が悪かったら、反発しか生まれないんだよ。
「そうですね。キララ様の話はいつもキララ様に良いように傾いている気がします」
――まあー、そういうふうに仕向けているからね。そうしないと、私が飲み込まれちゃう。そうなったら、面倒臭いから私は出来るだけ干渉せず、力になってほしい時、力を借りる程度の距離感を保っているの。それが持ちつ持たれず、いい関係なわけだよ。
私達は着替え終わり、第一闘技場に向かう。
まあ、周りは真っ赤な騎士達に囲まれあまりにも目立つ状況だ。場所が違えば、連行されているように見える。
「も、もう、お母さん、恥ずかしいから皆をどこかにやってよ」
「えー、でも、何があるかわからないじゃない。もし、メロアちゃんに何か悪さする人がいたら、皆が身を盾にして守らないといけないのよ」
「私、自分で自分の身は守れるからっ。お母さんはあっち行っててよ!」
「子供を守るが親の役目。ここにいる皆はメロアちゃんのためなら命を懸けられるものたちなのよ。子供は守られていればいいの。大人になれば、ニクスちゃんみたいに自由に……はさせてあげられそうにないけれど」
ディーネさんはレオン王子の許嫁であるメロアを花や宝石よりも大切に扱っていた。
そりゃあ、由緒あるフレイズ家から今いる者達の中で一人も王族とのつながりがないというのだから、警戒するのは当たり前か。
メロアを確実にレオン王子と結婚させようとしている。過保護すぎるのか、家のためか。
どちらかわからないが、メロアに対する愛は本物だろう。
「メロア様、何かあれば、我々が命に代えてでもお守りいたします!」
彫りの深い騎士達はメロアに忠誠を誓っているかの如く、声をかけ、身の安全を守っていた。
辺りをしきりに見回し、時にはスキルや魔法を使って外敵がいないか、調べている。
もう、SPのような連携度だった。
そのついでに私達も守ってもらえている。でも、周りからの視線が痛すぎるんだよな……。
他の貴族からすれば、自分たちとの格の違いを見せつけられているような状況だ。
ここまで騎士を連れてきている家はほとんどいない。
いて大貴族の八家と王族くらいだろう。
まあ、大貴族だから仕方ないかというのが普通。
尊敬の念も抱いているかもしれない。ただ、あくまで大貴族に対してだけで、私やミーナ、サキア嬢のような立場の弱い者が大貴族の旨い汁を吸っていると嫌味や妬みの的にされるのだ。
あの子達、ただ同じ教室なだけで一緒に行動しているのかしらとか、自分たちの立場がわかっていないのかしらとか、何とも聞こえそうな声で呟かれた。
耳を塞ぐわけでもなく、右から左に聞き流し頭に入れない。
魔法で音を遮断しても良いが、そうすると私が負けたみたいで少々癪に障るので意地でも笑顔でいてやった。
園舎を出れば、比較的楽な時間だった。
整備された石畳の道を歩いていくと、第一闘技場が見えて来た。
「おお、ディーネ。来たか~」
「あなた~。お待たせ~!」
イグニさんのもとに、ディーネさんが飛びつき見境なくキッス……。
ただのキスではなく、大分大人のキスだ。子供の前で見せるなといいたい。未だにラブラブなのは羨ましいが、さすがに引きますよ。
「うぅ……。や、やめてよぉ……」
案の定、メロアは顔を隠した。
両親が未だにイチャイチャしている姿を見て、顔を赤くしていた。そういうお年頃なので、意識してしまうのだろう。想像の相手はニクスさんなんだろうけど……。
「皆、生徒の邪魔にならないよう、闘技場の観覧席、闘技場の外部から辺りを警戒するように。この場に王族のレオン王子もおらせられる。警戒を怠るな!」
「はっ!」
イグニさんがキスを終えると、赤色の鎧をまとった者達に空気が震えるほどの大声で、命令を下した。
すると、すぐさま多くの騎士達が整列し、第一闘技場の中に向かう者、闘技場の外で見回りをこなす者に分かれる。
暗殺を試みている者がいるのなら震えあがるほどの威圧を放っていた。
さすが、最強と名高いフレイズ領の面々。顔つきが違う。
多くが強さと誠実さだけを追い求め、精進してきた者達の顔だ。
きっと死線も潜り抜けている猛者たちだろう。
そうじゃなければ、騎士からおしっこをちびりそうなほどの覇気を受けるわけがない。
アレス第一王子を守る近衛騎士達ですらもう少し可愛げがあったよ……。
「では、メロア。私とディーネは観覧席からお前の勇士を見せてもらう。フレイズ家に恥じぬ姿を見せてくれ」
「もう、そんな堅苦しいことはどうでもいいわ。メロアちゃんのいつもの姿を見せてくれるだけで充分だから」
イグニさんとディーネさんはメロアのもとを離れ、闘技場の観覧席に向っていく。
親の重圧を考えると、メロアの精神は相当圧迫されているだろう。
今の私ですら緊張しているのに。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。もう、ここまで来てしまったら戦うしかない」
「そうだね。フェニル先生をぎゃふんと言わせてやろうっ!」
メロアが一歩前に出ると、ミーナも意気揚々と緊張を楽しさに変えて歩いていく。その姿があまりにも頼もしい。
緊張に強い私でも、他の貴族や王族に見られながら、フェニル先生と真面に戦えるかわからないのに……。ミーナの精神力を私も見習わないといけないな。
「ここにゃここにゃ。いやー、広すぎてわからなかったにゃ~」
後方から獣臭。
いや、おバカな虎の気配がする。
ふと、振り返ると下手くそな変装した女性が立っていた。
ウルフィリアギルドの受付嬢の制服の上から黒っぽいローブを羽織り、フードまですっぽりとかぶっている。
耳や尻尾は見えないが、大きな胸は存在を主張していた。
――どう見てもトラスさんだよな。なぜ、学園に。
彼女の持ち物は何かしらの道具が入っているバックと左腰に掛けられた護身用の剣。
私の近くに来ているのに、彼女は全くバレていないと思っているようでスタスタと歩いていく。
ウルフィリアギルドから来たのだろう。
ミーナやモクルさんがいっていた推薦状の審査かもしれない。
トラスさんに真面な判断ができるのだろうか……。
まあ、元Sランク冒険者だし、そこはかとなく相手を見る目を持っているのは確かか。