メロアの両親
「スゥ……はぁ……。スゥ……はぁ……」
ローティア嬢は冒険者女子寮の中で一番緊張していた。
少し、呼吸が浅い。
でも、しっかりと眠れたからか、顔色はよかった。
このまま、上手くいけばいいのだけれど、カーレット先生によって授業参観は滅茶苦茶になる可能性が高い。
ローティア嬢の除去が目的なら、事故死以外にも暗殺だったり、何かしらの処置を施して、レオン王子のいるドラグニティ魔法学園から追放される可能性もゼロじゃない。
その点はキースさんが対応してくれると思うけれど、何者かに狙われているというのが大貴族の大変さを物語っている。
「ローティアさん、落ちついてください。緊張しすぎるのも、体に悪いですよ」
「わ、わかっているわよ。でも、そう言われたって……。んんっ、わたくしは緊張なんてしませんわ」
ローティア嬢は偽りの自分で緊張を制御していた。
演技で、緊張しなくなるのなら演技していた方がいいだろう。
私と話すと、素が出てしまうそうなのでなるべく拘わらないようにしておく。
ローティア嬢は少し早めに寮を出て、バートンの厩舎に向かった。
危険だと思い、監視していたがバートン達は大人しく、彼女に危害を加えることはなかった。
彼女は自分のバートンの体にブラッシングをかけ、綺麗にしている。
昨日、綺麗に出来なかった分、今、作業しているようだ。
見られるのは自分だけじゃないとわかっているのが優等生の証だ。
ローティア嬢がバートンに何を話しかけても、バートンの方は無反応。
何度も練習を積み重ねてきた相棒とは思えない態度だった。やはり、何かしら洗脳されていると思われる。
朝食を得た私は気持ちを整えながら、メロアとミーナの三人で冒険者女子寮を出る。
――ベスパ、もし、ローティア嬢に何かあったら目立たないように助けて。
「了解です」
ベスパはブーンと空に飛んで行き、ビー達を集める。
ローティア嬢の近くに他の個体より質が高い警ビーを配置し、何があっても助け出せるよう、注意を割く。
私は視界に入るメロアの方に力を注ぐつもりだ。
スージアやサキア嬢はレオン王子の方を注意してくれる。
作戦は敵がレオン王子とメロアに催眠を再度かけたとする。
その後、サキア嬢がバタフライの鱗粉で両者を洗脳の上からさらに洗脳をかけ、操る。
サキア嬢の洗脳は他の魔法と違い、効果がすぐに消える代わりに威力が高いのが特徴だ。
その特性を十分に利用する。上手くいけばいいのだけれど……。
授業参観最終日なだけあって、親の数は少なかった。
だが、いつもより厳重な警備が施されており、騎士達の数が異常だ。
ところどころ、赤い鎧を見に纏った騎士達も紛れている。
銀色だけが騎士の鎧じゃないんだと初めて知った。
だが、となりにいるメロアは目を細め、私達の背後に隠れようとする。
「おおっ、メロア様、おはようございますっ!」
「メロア様、おはようございますっ!」
一人の指揮官らしき男がメロアの存在に気づくと、多くの赤い鎧をまとった騎士達が素早く並ぶ。
メロア目掛けてガラスが割れるんじゃないかと思うほど大きな声であいさつした。
血塗られたと表現しても良いような鎧を着こんだ騎士達は、どうやらフレイズ領の騎士らしい。
彼女の父親や母親の護衛でもしているのだろうか……。そう思っていると、すぐ理由がわかった。
「メロアちゃ~ん、元気だった~。もう、たまには帰って来てくれないと、お母さん寂しいわ~」
背丈はそこまで高くなく、一五〇センチメートルほど。
胸はメロアからは想像もできないほど大きい。
笑顔が似合うその顔は、男子を八人も生んでいると思えないほど綺麗で、小じわが一本もなかった。
耳が少し長く尖がっており、森の民の血が流れているとすぐにわかる。
服装は燃えるような赤いドレスを着ており、緑の髪が山火事に晒されている杉の木のようだ。
「お、お母さん……」
メロアの苦笑いから、母親の日ごろからの元気の良さが伺える。
「フェニルがいたら、とっ捕まえてくれるかしら。あの子に色々言わないといけないことがあるのよね」
拳をパキパキぽきぽき鳴らしているメロアの母親は優しい顔のまま覇気を放っている。
やはり、フレイズ家に嫁いだだけのことはあるなと思わせる雰囲気だった。
「さ、さぁ、お姉ちゃんはどこに行ったかわからないかな……」
「そう、まあ、いいわ。あ、そうそう、学園長先生の話を聞いた後に普通の授業中も見せてもらうから。楽しみにしてるわよー」
メロアの母親は手を振りながら赤い鎧を着こんだ騎士達をかき分けるようにして歩いていく。
どうやら、朝、親族向けに行われる学園長の話を聞きに行くようだ。
騎士達がズンズンと歩く姿はまさに戦争の歩兵隊のようで、威圧感が半端ではない。
私がよく知る騎士団の皆とは違う覇気を放っていた。
もう、フレイズ家に忠誠を誓っているような、王都の騎士とは別者だと思わされる。それだけ、厳しいのかな……。
「め、メロアの実家、なんかすごいね……」
ミーナは耳と尻尾をヘたらせながら呟く。
「うぅ、言わないで。超恥ずかしいんだから……。学園にあの数の騎士を連れてくる必要ないでしょ」
メロアは髪色と同じくらい頬を赤く染め、血圧を上昇させているようだった。
まあ、親が周りと違うというのは恥ずかしい気持ちもわかる。
真っ赤すぎるドレスは皆の目を引くのだ。多くの男の視線は大きな胸に集まっているのだけれど……。
「お父さんが見当たらないだけマシ……。早く教室に行こう」
メロアは私達の前をずかずかと歩き、誰よりも早く教室に向かった。
だが、もう少しで教室というところで……、
「おーっ、俺の天使! メロア~! 会いたかったよ~」
外国人張りの熱い再会が教室の前で行われた。
メロアは逃げる間もなく、むさくるしい赤髪の熊のように大きなおじさんに抱き着かれる。
メロアの力であっても逃げ出すことは出来ず、抱きしめられている間、無抵抗に頬擦りされていた。
それだけ、力が強く相手を制圧するのが上手いということだ。
「お、お父さん、放して! むさくるしい、暑いっ! 臭いっ!」
「うぅ……」
メロアのお父さんは罵倒された瞬間、へなへなとしおれ、壁際に立って小山座りしながら暗くなっていた。
その姿は雨に当たる焚火のようで煙を出して消えてしまいそうだ。
どの家庭の父親も娘に罵倒されたらああなってしまうんだな。
「えっとー、おはようございます。ミーナです!」
ミーナはそんなしおれているメロアの父親にもはきはきとあいさつしていた。
凄い精神力というか、周りを考えていないというか。普通、大貴族の当主相手にそんな粗い挨拶でいいのだろうか。
「おお、おはよう。元気が良いなっ。俺の名前はイグニ・フレイズ。メロアの父親だ。よろしく!」
イグニさんはミーナに何のためらいもなく自己紹介して、いい笑顔で立ち上がっていた。
やられてからの復活が速すぎる。
彼からビシビシと伝わってくる熱量はとんでもなく熱い。
冒険者ならば、Sランクから発せられる覇気と似ているかな。
彼は冒険者登録しているのだろうか。いや、カイリさんの発言からすれば、大貴族の当主が冒険者として働いている時間はないから、冒険者業はしていないか。
「うぅ……、お父さんもさっさとどこかに行ってよっ。なんで、一人でここにいるの!」
「なんでと言われても、学園長に挨拶に来ただけだ。もちろん、ディーネのもとに戻る。あいつを一人にしておいたら、何をしでかすかわからないからな」
ディーネと言うのは多分、奥さんの名前だろう。
さっきの胸がデカい超絶美人な女性か。何とも、つり合いが取れていない美女と野獣だな……。
まあ、そういう関係の方が意外にうまくいく可能性が高いのだけれど。
「いやー、メロアの友達が沢山出来ていて安心したぞー。もし、一人だったらどうしようかと思ってた。あと、レオン王子とうまくやっているか? 早く俺に孫を見せてくれ~。ぐへっ!」
イグニさんはメロアにスキルで強化された拳を顔面に受け、吹っ飛ばされた。
一二歳の少女になにを求めているんだと思ったが、後三年で結婚適齢期を迎えるこの世界なら、いわれても仕方ない。
大貴族の令嬢なのだから、そういう役割もあるのだろう……。
にしても、デリカシーがなさすぎる。
さすが、フェニルさんのお父さん。にしても、ニクスさんと似てない。体格や言動、雰囲気、何もかも、お母さん似だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……。お父さん嫌いっ!」
メロアはスタスタと歩き、教室の中に先に入ってしまった。
廊下の奥の方にぶっ倒れて目を回しているイグニさんの姿がある。彼を放っておくのも悪いと思い、私とミーナは無事かどうか見に行った。
「あぁ……、メロアの拳、なんて威力だ……。成長したなぁ~」
――うわ、きっも。
私は口に出そうになったが、必死にこらえる。
戦闘狂の考え方というか、強さが成長という考え方なのか、他の家庭事情はわからない。
だが、明らかに私達一般人の感性とかけ離れている。
言葉でなじられるよりも、拳で語られた方が好きな脳筋な性格。だが、子供に殴られても一切怒らない懐の大きさは評価できるかな。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。メロアの拳を久しぶりに受けて感動していただけだ。ドラグニティ魔法学園に入って一ヶ月程度で、ここまで成長しているとは。やはり、ここに入れて正解だったな」
イグニさんは頬に手を当て、口角をぐっと上げながら笑う。
笑い皴が深く、良い老け方だった。
雰囲気が歴戦の猛者というか、弟子を見守る師匠というか。
何とも強者感がぬぐえない。
立ち上がった時の彼の身長は二メートル近い。なんなら、超えている可能性もある。
肩幅は異様に広く、八〇センチメートルくらいあるのではないだろうか。
手の平が熊の手かと思うほど分厚いので、あの拳で殴られたただじゃすまないだろう。