授業参観当日
ローティア嬢がバートンを預け、その場を後にしようとする。
バートン達の視線がどこか、寂しそう。いや、辛そうだ。
瞼が下がり、眠たいのかもしれない。
その瞬間、少々おかしいなと気づく。
バートン達は意外におしゃべりで、近くに仲間がいればペラペラしゃべるのだ。
たとえ、交尾の話であっても、食事の話であっても。
もとは群れで暮らす動物達なので、みな、コミュニケーションをとって仲良くしたり、虐めあったりする。
でも、この場で、そんな光景が一向に繰り広げられていない。
――バートン達が皆、静かなのはどうしてだろう。そんなこと出来るの?
私は疑問に思い、嫌な予感がしたのでベスパの視界を借り、皆を見てみる。
だが、特に何も見えなかった。
アンテナらしき魔力は立っておらず、いたって普通。
でも、バートン達の覇気のなさはどこかで見覚えがあった……。
いつぞやの乗バートンの授業中、レオン王子がバートンに乗っている時、ぼーっとしている瞬間があったのと同じような状況だ。
そのぼーっとした状態に何か意味があるのかわからないが、バートン達に覇気がなさすぎる。
この場で赤い杖からフレアを放ったら目立ってしまうので、何もしない。
バートン達と常に接しているのはカーレット先生くらい。彼女の姿がますますあやしく見えて来た。
「カーレット先生、バートン達、なんか元気がないように見えるんですけど」
「そうかい? もう、夜遅いから眠たいだけなんじゃないかな。バートンを持っていない生徒達を背中に乗せて走っているから疲れているんだろう。キララは凄い質が良いバートンを育てているから、ぜひ色々話を聞きたいところだけれど、今日はもう遅いから寮に早く戻るといい」
カーレット先生は特に裏の顔を見せることなく、微笑んでいた。
私は絶妙に触れられないように足早で歩いた。
なにをされるかわかったもんじゃない。ローティア嬢にも後でフェニクスのフレアをかけておこう。
私とローティア嬢は冒険者女子寮に戻り、すぐに夕食を得てからお風呂に入る。
お風呂場にいるのは、私とローティア嬢だけになっていた。
彼女は私の腕を組みながら頭を肩に乗せて少し休んでいる。
はたから見れば、恋人同士に見えるかもしれないがただの友達だ。
「キララ様、カーレット先生に動きが見えました」
ベスパは私の頭上を飛び、話しかけてくる。
どうやら、私達が寮に戻った後、カーレット先生が何かしでかしているらしい。
私はすぐに視覚共有で外の景色を見る。すでに日は落ちて世界は暗く、月あかりが乏しい厩舎の中。
そこで、作業を進めているカーレット先生が一人。
バートン達に触れ、何か耳元で囁いている様子が見える。
声が小さくて聞き取れないのが惜しい。でも、アイドルは唇の動きだけで何を呟いているか何となく想像がつく。
「ローティアを踏みつぶせ」
どうも、そんなふうに言っているように見えた。その個体はローティア嬢が乗っていたバートンだった。他にも、
「私の合図で暴れ回れ」とか「人々を追いかけ回せ」とか多くのバートン達に小さな声で命令を繰り返している。
ボーっとしていたバートン達は、聞いているのか聞いていないのかわからない表情だった。
――カーレット先生がなぜ、ローティア嬢を落とし入れるようなことを。
もしかして、レオン王子の思い人だからか?
いやいや、それで、ローティア嬢に何かしようとするかな。
カーレット先生がローティア嬢に恨みがあるのだろうか。はたまた、別の誰かからの命令を聴いて操ろうとしているのか。
「このままじゃ、ローティア嬢が危ない……」
「うぅん……、キララ……」
ローティア嬢は何とも愛くるしい表情を浮かべ、私に擦り寄りながら寝言を呟いている。
彼女に何かあれば、友達として怒らざるを得ない。
でも、教室は違う。授業参観の時間帯は同じ。
私が彼女のもとに駆けつけられる時間も隙もない。
彼女が怪我する前に、助け出す必要がある。
本当にバートンが暴走してローティア嬢を攻撃しようとすれば、ビーたちの早業で助けられるはずだ。
知らなかったらどうなっていたか……。
ローティア嬢の頭部が破壊されてしまった死体を見ていたかもしれないと思うと、身が震える。
私も彼女の腕に抱き着いて、守らなければという変わった使命感が芽生えた。
彼女は思い人のレオン王子と幸せになるべきなのだ。大人の勝手な都合で、間を引き裂くわけにはいかない。
「ローティアさん、私が守りますから……」
ローティア嬢は何も言わず、猫口のように口をもごもごさせながら幸せそうな表情を浮かべている。
カーレット先生が何かしら仕込んでいるのがわかった。生徒に害をなそうとしている者が敵じゃないわけがない。
そう思って、ローティア嬢を部屋に送り届けた後、自室に戻ってキースさん、スージア、サキア嬢に連絡を送る。
すると、サキア嬢からも連絡が入った。
手紙に書かれていた内容はゲンナイ先生が空言を呟いていたという。
全て聞き取れたわけではないようだが「手筈通り……」とか「いよいよ明日ですね」とか、スキルらしき光を出しながら呟いていたそう。
やはり、そちらも動きがあった。
いきなり二人が動くのは偶然と考えるのはさすがに疎かだろう。
何かしらあるから行動が被ったと考えるのが普通だ。
私達も明日は慎重に行動しなければ。
「ふぅ、緊張と不安、仲間のいる安心感……。凄い変な気持ち……」
「キララ様なら大丈夫です。何かあれば、全て蒸発させてしまいましょう」
ベスパは机の上でしっかりと立ち、手を振りながら呟いた。
「力技すぎ。そんなことしたら犯罪者になっちゃう」
出来る限り、普通にそれでいて大胆な行動が必要だ。
といっても、そっちばかりに気を取られていると授業参観で失敗しちゃいそうで怖い。
「まあ、ローティア嬢やメロア、レオン王子が幸せになれるよう、頑張らないと……」
三名の危機を脱すれば、敵の思惑は失敗に終わるはずだ。
何かしら利点があるからメロアとレオン王子をくっ付けようとしているわけだし、いつまでたってもくっ付けられないのなら相手はいら立ちを見せる。
人間はいら立てばいら立つほど尻尾を見せる生き物なので、もっといら立ってくれと心の中で腹黒く呟いた……。
勉強した後、あくびしているフルーファに抱き着き、持ち上げてベッドに倒れる。
彼にも明日頑張ってもらわないといけないので、そこはかとなく甘やかしておく。
そうしないと、すねてしまって言うことを聴いてくれないかもしれない。
まあ、私の不安が大きいから一緒に肩代わりしてくれる相手として丁度よかっただけかもしれない……。
その日の夜は本当に静かで、いつの間にか花が開花しているんじゃないかと思わせるほど暖かかった。
外を眺めていれば、日光と共に花開く瞬間を見られるかも……。なんて、思っている間に重い瞼がおりて、深い眠りにつく。
☆☆☆☆
四月二八日。私達の授業参観の日がやって来た。
ただの授業参観ではない。
今後の子供達の運命を左右する授業参観だ。
こんな、大それた授業参観は知らない……。
経験した覚えもない。
でも、何の事情も知らない生徒達にとっては単なる授業参観で、早く終わってほしい一日のはずだ。
無駄に緊張しているのは私とキースさん、スージア、サキア嬢の四名くらい。
皆、ちゃんと寝つけただろうか。
私はぐっすり寝られたけれど、空を覆う雲がなかなか陰湿な雰囲気を放っている。ここは日の光ですっきりと目覚めさせてほしかったよ……。
どこで何を見られているかわからないため、私はいつも通りの行動をとる。
朝起きて、フルーファの散歩。体を動かして訓練、剣の素振り。寮に戻って勉強からの食事。なにも変わらない、朝を過ごす。
「うぉ~っ、今日はフェニル先生をぶっ倒すぞっ」
行事がある日は容易く起きられるのか、ミーナは大量のパンと肉、野菜をお腹の中に詰め込んでいく。
食べても食べても、お腹が膨らんでいくだけで勢いは衰えない。
「お姉ちゃんをぶっ飛ばして、私もニクスお兄ちゃんと一緒にSランク冒険者になってやる。あの犬野郎とおばさんに取られてたまるかっ」
メロアはミーナと同じくらいの量を食べ進め、全身の魔力を膨らませていた。
ニクスさんとミリアさんが結婚するのだから、今さら頑張っても仕方ないじゃんと言いたかったが、その程度で彼女は止まらないだろう。
とことん、挫折しないといけない人間だ。そうして、心が治ったら、大人らしい女になっているのかもしれない。
「はぁ。何ともなぁ……」
「どうしたの、パット。浮かない顔じゃん」
「そりゃあ、あんまりうまくいかなかったからさぁ……」
「まあ、気にするなって。私も、たいしていい結果は得られなかったからさ」
パットさんとモクルさんはすでに授業参観を終えたのか、気楽そうだった。
でも、逆に結果がわかって辛そうでもあった。
両者共に冒険者になる気なので、どこか良い場所と契約すれば、最初から高いランクで始められる特典が貰える。
Cランクから始められれば、中々好待遇だろう。
Bランクはほとんどいなさそうだけど、ありえない話じゃない。
Aランクは本当にすごい人じゃないと貰えないだろうな。そういう評価を見ると、大学の共通テストみたいだ。まあ、全然違うけれど。