訓練あとの訓練
「『ウィンド』」
ネアちゃんの糸で隙を作った後、ミーナの体に突風を当て、弾き飛ばす。
「うぅ……、動けない」
ミーナは砂まみれになり、へたりこんだ。
魔力を全て使い切ってしまったのか、お腹が空いて動けないようだ。
「ふぅ、良い感じかな」
私はグーッと伸びをして、周りをむく。
皆、私とミーナの戦いで力の差でも感じたかのような表情……。
経験がものをいう戦いの世界で、私は経験を結構積んでいた。
死線を潜った回数は皆よりも多いのだから、初めの内はこれくらいの差があって当然だろう。
でも、まだ入学してから一ヶ月も立っていないのだ。
私もこんなところで、鼻を伸ばすほど阿呆じゃない。戦いの才能ではなく、スキルを上手く使って戦っているだけ。
皆も勉強と訓練を続けていれば、私をあっという間に超えるだろう。超えるはず……。
「キララの動き、無駄がなさすぎて凄かった……」
「魔法の詠唱で威力を上げたのかな、にしても魔法の発動があまりにも滑らかだった」
「なんで、木剣でバカみたいに力が強い攻撃を流せるんだよ……」
「戦いの流れがすでに決まっていたかのような体の使い方」
皆、私の姿を見て、何かを盗んでいるようだった。
私の体をまさぐられているかのような恥ずかしい気持ちが沸き立ってくる。
でも、これで皆が強くなれるのならどんどん見せてもいいだろう。
周りが強くなれば自分も強くなる。私も強くなるなら、教えない方が損だ。
「戦い合って経験を沢山積もう。今度の戦闘学基礎でフェニル先生をぎゃふんと言わせてやろう!」
「おおおお~っ!」
皆は私の掛け声を聴いて、拳を振り上げながら元気な声を出した。
フェニル先生が子供に負けたという結果になれば、彼女もすさんだ心を思い直してくれるかもしれない。
そうすれば、冒険者ランク堂々一位のキースさんが辞めても、フェニル先生がその座を奪おうとしてくれるかもしれない。
そうなれば、ウルフィリアギルドもチートスキルを持ったフェニル先生を推すに決まっている。
『妖精の騎士』がそこはかとなく強くなって活躍できるようになったら、私はパーティーを抜ければいいのだ。
入れるのだから、脱退も出来るはず……。
Sランク冒険者は脱退不可能という縛りはない。
私達は三限目の自習時間を熱量高く練習に励んだ。
四限目のゲンナイ先生の剣術の授業はすでにヘロヘロ。
彼に活を入れられる結果になり、五限目は当たり前のように寝落ちする者が続出する。
午後六時頃、鐘が鳴る。
ほんと、長い一日だった。体を動かしすぎて疲れが溜まっており、肩が重い。
ついつい元気よく動きすぎてしまった子供のような状態だ。
後から、体が痛いよぉ~っ! と泣き叫ぶのが目に見えているのに、子供はやはりおバカなんだよな。
「キララ様も同じ状況に陥ってますが?」
「そうだよ……、私もおバカなんだよ……」
ロボットみたいな動きで教室まで戻ると、皆、疲れていたのにけろっとした表情で体の痛みを笑いあっている。
水を凍らせて砕いた後、麻袋に入れて布でくるみ打ち身がある部分を冷やす姿もある。
こんな姿、現代の日本だったら学校に親からのクレームが来るだろう。
虐めだと疑う者すら出てきそうだ。
だが、この世界は危険と隣り合わせ。
剣を振り回し、魔法をぶっぱなしても、親が噴火して教師に抗議することはない。
「今日は部活がないんだっけ……」
「ああ、だからこのまま寮に帰れる。いやぁー、部活がないと楽だなー。キララは毎日楽が出来て羨ましいぜ」
ライアンは何も嫌味なく言うが、その発言自体に嫌味っぽいニュアンスが含まれている。
部活に入っている者と入っていない者の差が大きく出ていた。
私も部活に入っていれば、そう言うことを言われずに済んだ。実際、部活に入っていないし、楽できているのだから、何も言い返す言葉がない。
「ライアン、今から特訓しよう」
パーズはライアンの肩を掴み、笑っていた。
彼はスキル『完全睡眠』のおかげで、打ち身や疲れまですべて解消している。
何なら眠気まで解消され、ミーナの体の動きが頭の中に全て記憶されているはずだ。ほんと、軽いチートだな……。
「おいおい、俺はパーズほど体の治りが速くねえんだよ。このまま寮に帰って風呂に入って寝たいんだが」
「そんなんだから、いつも大切な時に失敗するんだよ。出来る限りの訓練はやりつくさないと意味がない。部活がないと言っても、部活しちゃいけないわけじゃないからね」
パーズはライアンの手首を持ち、二人して第一闘技場に向って行った。
部活はないといえ、剣術部で使っている闘技場は彼らに利用する権利がある。
今日は私たちの三者面談もない。どういうふうに時間を使おうが、彼らの勝手だ。
「じゃあじゃあ、今日は皆で部活しようよ~!」
ミーナはライアン達の方に視線を向けた。
「そうね。第一闘技場で訓練しましょう。その方が、本番でも上手くいく可能性が高いわ」
メロアも乗り気だった。
彼女たちも五日間部活がない。
クラスの者達と一緒に部活の時間を過ごすというちょっと変わった体験を得たいようだ。
「確かに。それは良い考えかもしれない。じゃあ、皆で第一闘技場にいって訓練しましょう」
パーズは教室に戻ってきている、七名に向って声をかけた。だが……、
「私は先に帰らせてもらうよ。あまり遅くなると、明日に響く」
レオン王子は一人で先に帰ってしまった。
彼なら、残って練習しそうなのに……。
レオン王子が抜けると、スージアとサキア嬢も先に帰ってしまった。
すでにヘロヘロなのに、さらにヘロヘロになる理由がわからないとスージアは言う。
まあ、サキア嬢は渋々帰っていたので、残る気はあったのだろう。
「じゃ、じゃあ、俺も……」
ライアンは一人で帰ろうとしたが、パーズにしっかりと手を掴まれているので逃げられない。彼は強制参加のようだ。
いつもサボっていると思われているのかな。
「キララは来てくれるよね……」
ミーナは綺麗な琥珀色の瞳を私に向け、尻尾や耳を軽く動かす。かよわい少女に見せかけて、私を誘惑しているのだ。
出来れば私も帰りたい。このまま、かえって食事して寝たい。だが、練習しなければいけないのもまた事実。
「ちょ、ちょっとだけなら……」
「うわ~い、ありがとう!」
ミーナは私に抱き着き、尻尾を盛大に振るう。
もう、学園が終わる時間帯なので、体操服から香る汗のにおいが、むんむんだ。
女の子なのに、やはり獣族特有の獣臭というか、人間とは違う香りが私の体に擦りつけられる。
少し訓練したら、すぐに抜けよう。そう考え、第一闘技場に入る。そこにいたのは、私達だけではなかった。
「ん、おおー。ライアン、パーズ、やっぱり来ましたか」
冒険者女子寮の寮長であるパットさんが一番広い第一闘技場の中で、他の仲間と剣の訓練をこなしていた。
そりゃそうか。部活がないのは私達だけじゃない。他の生徒も部活がない。
私達と同じように戦いや剣術、魔法の実技が授業参観の科目に当てられている教室は少なくないのだろう。
いい成績や反応を貰うために、皆必死に努力しているわけだ。
ここで、寮に帰る奴が次の学年にあがれず涙を流すといわれるほどに……。
以前の新入生歓迎パーティーに出なかった者は恋人ができないジンクスがあると言われるように、一発目の授業参観の練習期間にサボる者は次の学年にあがれないと噂されている。
まあ、残り四日あるから、そのどれかに参加すればジンクスは断ち切れるかもしれない。
「おやおや、ライアンとパーズが私の知る後輩を連れてくるなんて。どういうことだい?」
パットさんはライアンとパーズが所属している剣術部の部長でもあるので、二人と仲がとてもよかった。
両者の質が高いから、目を駆けているのだろう。
寮にいる私達よりも仲良さげだから、女の人とつるむより、男とつるんだ方が得意な性格なのかも。
「教室が同じで、今度の授業参観の時にフェニル先生と戦わないといけないんです。そこで、酷い結果を残すのは嫌なので、皆で練習しようと思ってここまで来ました」
パーズは姿勢正しく、パットさんに事情を説明する。
難なく許可が下りて、私達もこの場で練習させてもらえるようになった。
「にしても、フェニル先生を相手に戦わないといけないなんて、酷だね……」
パットさんは剣を左腰の鞘に納める。彼女もフェニル先生と戦た経験があるのだろうか?
もし、そうなら、フェニル先生の戦いを少しでも聞き出せるかもしれない。
まあ、メロアから知っている範囲で聞いているが、妹に言うことと教え子に言うことは違うはずだ。
「パットさんはフェニル先生と戦った経験があるんですか?」
「うん、あるよ。武器は溶かされるし、攻撃したら手が火傷するし、魔法は燃やされる」
「……はは。何とも、Sランク冒険者らしい酷い仕打ちですね」
「効果がある魔法は風属性魔法と水属性魔法かな。でも、中途半端な魔法じゃ、完全に消されちゃう。他の属性も同じ。光属性魔法と闇属性魔法のどちらかで視界を奪うのが有効だと考えているかもしれないけど、すぐに燃やされるから、一秒も視界を奪えない」
実際に戦った経験があるパットさんからの話を聞いていると、ますますフェニル先生に勝てる未来が見えなくなってきた。
フェニクスの能力が強すぎて、普通の攻撃じゃ傷を与えられない。
最悪、剣を掴まれたら燃やされるそうだ。
鎖剣が燃えたら、もったいなすぎる……。あと、私と相性がすこぶる悪い。
糸も燃やされるし、ミーナを捕まえた時のような拘束も不可能だ。
魔法やフルーファによる牽制が主な仕事になるだろう。