Sランク冒険者の付き添い
「ちょっと考えたんですけど、キースさんを除いて最古参の『聖者の騎士』に『妖精の騎士』を指導させるというのはどうですか?」
私がいなくてもさしつかえがなければ、Sランク冒険者として使う。
駄目なら、他のSランク冒険者のもとに回してさらに扱いてもらう。
そうすれば、普通より早く実力が付けられるはずだ。
「行動を共にすればSランク冒険者と同じ依頼を受けることになりますし、人数が増えた方が成功率が上がり、死亡率は下がります。丁度、新人の受付嬢を育てているんですから、質が高い冒険者パーティーを育てるのも一つの作戦ですよ」
「なるほど。一理ある。ただ、仕事の数と冒険者の数が足りていない状況で冒険者を割くというのも……」
「質が良い冒険者さんが育てば、その分依頼の達成早まります。キースさんがいなくなる前に質のいい冒険者を育てておかないと、あたふたしている途中では育てられなくなって育っていた冒険者さんをみすみす捨てることになりかねません」
「むむむ……。キララさんの話を聞くと、どうしていつも丸め込まれてしまうのだろうか」
キアズさんは腕を組みながら、首を傾げ私の発言を聞いていた。
そりゃあ、私は相手の心に歌を届けるプロだったから、声の質感や話し方、顔、身振り手振りといった細部に至るまで、相手の心を揺さぶるように伝えている。
どれだけ良いことを言おうと、校長先生のように教壇の後ろに立ってブツブツ言っているだけでは、耳に入らない。
逆に、どれだけ幼稚なことを言っていようと、話す技術を持った者が話せば感動するし、心に響いてしまうのだ。
会話は言葉だけではなく様々な技術が合わさっている。
だから、コミュニケーションが取れない者が現代で多い。上手く話すと会話は別ものだ。
「にゃ、にゃーは帰ろうかニャ……」
「なにを言っているんですか、トラスさん。トラスさんは『妖精の騎士』に入って私の代わりに働いてもらいます。もちろん、受付嬢もしながら」
「ニャ……、にゃぁあああああああああああああああ~!」
「あ! トラスが逃げた!」
キアズさんはスキルを使い、瞬間移動。トラスさんの尻尾を掴むと彼女は全身から力を抜かし、逃げられなくなる。
元は彼女が私の年齢を偽って『妖精の騎士』に入れたのが問題だ。責任は取ってもらわないと。
「トラス、私は君の尻を何度も拭いてやった。わかっているな?」
「にゃ、にゃぁーはキアズの性処理を手伝ってあげたにゃ~」
「はぁ……。いつの話をしている」
「そっくりそのまま返すのにゃ。いつの話をしているのかニャ~」
「今だが?」
「…………」
キアズさんは私と『妖精の騎士』たちの不正事実を隠している。
トラスさんの尻を今、拭いているのだ。彼女は何も言えなくなり、ペタリと座り込む。
「にゃぁ~、もう、仕事したくないのにゃ~。ただでさえ、大変な仕事なのに~」
トラスさんは大人にも拘わらず、見境なく泣き始めた。
見るからにウソ泣きだ。
キアズさんもわかっているらしく、尻尾を握って泣き止ませる。
「く……、ニャーの泣きまねが効かないなんて……。キアズも心が廃れているのにゃ。昔はすぐに慰めてくれたのににゃー」
「しっかり寝てるから、廃れてない。トラスの泣きまねが下手になっただけじゃないか?」
トラスさんとキアズさんは長い話合いが続けられた。
私は二人が若いころは性に乱れてたとか、一緒にバカやったとか、酒を飲み過ぎて全裸で抱き合っていた黒歴史を散々聞かされる。
両者共に若かったんだな……。トラスさんは今も若く見えるけど。
三〇分ほど話し合った末。
「はぁ……、トラスは引退してから結構時間が経っているから、本当の依頼に行くのは危険だ。新人教育に加え『妖精の騎士』の実力を底上げしてもらう。他のSランク冒険者にも手が空いた者がいたら、手を貸してもらうしかないな。キララさんは本当に冒険者になる気はありませんか?」
「危険な仕事なので、成りたくないというのが本音ですけど、手を貸さないという訳ではありません。何か不都合があれば、事前に連絡してください。私も手を渋々貸します。二年ほど前、無理言って頼んだのは私なので……」
トラスさんのせいにしようと思えば出来る。でも、あの時、一度止められたのだ。
それでも行きたかったから、無理やり押し通したのは私の自分勝手。そのしりぬぐいは自分でする。
「わかりました。じゃあ『妖精の騎士』はSランクのまま過ごしてもらう。だが、まだ見習いと言う形で、他のSランク冒険者につくよう伝えます。そうすれば、実力はおのずとついてくるはずです」
キアズさんは私の話を聞き、ある程度、以前と考えを変えてくれた。
私の存在は今まで通りひた隠し、何かあったらその都度対処する。
今のところ、キアズさんがウルフィリアギルドのギルドマスターを務めているから成り立っているが、代が変わる時、もみ消してから次のギルドマスターに移り変わってもらう必要がありそうだ。
「キアズさん、話と関係ないですけど、この手紙を『聖者の騎士』に届けてください」
「ん? ああ、わかりました」
私はキアズさんに手紙を渡し、今日の仕事を終えた。
このためだけに来たのに、ものすごく面倒な内容に付き合わされた気分だ。
キアズさんの仕事部屋から出て、廊下をトラスさんと共に歩く。
「はぁ……。私、冒険者の依頼をほぼ受けた覚えがないのにSランク冒険者と名乗れてしまうなんて……」
返そうと思っていた白金プレートの裏に、キララと書かれており偽物感が半端ではないが表にウルフィリアギルドの印が彫り込まれ、王家の印も記されているため国に認められたあかしとして本物だと証明されている。
「まー、キララちゃんは凄いとブラックベアーの件でだいたいニャーもわかってたし、Sランク冒険者でも、何ら問題ないのにゃー」
トラスさんは街で暴走した魔石が壊れても何度も再生するブラックベアーと対峙する際、私と共闘した経験がある。
確かに、あんな経験しているのだから、私が彼女に弱い少女と思われているわけがない。それでも、配慮してほしかったなぁ……。
トラスさんと共に大きな広間に戻って来て、食堂で休憩している『妖精の騎士』たちにギルドマスターから受けた話をする。
「えぇ、ぼ、僕たちが『聖者の騎士』さん達と共同で依頼を受ける。そ、そんな夢みたいな話、本当なの!」
ニクスさんは真っ赤な目を輝かせ、笑っていた。憧れの冒険者パーティーと仕事ができるのだから無理もない。
「だが、キララちゃんがいないで、本当に大丈夫なのだろうか。以前だって、キララちゃんがいなければ、ニクスは大怪我を負ったまま死んでいただろう」
森の民のハイネさんは顎に手を置き、ニクスさんの方を見つめる。
確かに、私がいなければ、ニクスさんのお腹に突き刺さった木で死んでいたかもしれない。
プテダクティルを斃せたのも私の作戦ありきだった。
でも、その前にニクスさんはプテダクティルを一体斃している。
質が良い武器がもっとあれば、彼はフレイズ家の血を覚醒させて業火の如く燃え盛っていたはずだ。
やればできる人間だと知っているため、期待感が大きい反面、失敗した時の危険が大きすぎるのも少々不安だ。
「僕たちがこんなに早くSランク冒険者になれたのはどう考えてもキララさんのおかげだ。逆を言えば、僕たちはキララさんがいなければAランクどまり。なら、キララさんが胸を張って帰って来れるような冒険者パーティーになろう!」
ニクスさんは何て前向きな方なんだろうか。
ものすごく主人公っぽいが、私としては大きな迷惑……。でも、やる気をそぐような発言ができるわけがないので苦笑いを浮かべるしかない。
「タングスさん(ハゲ筋骨隆々男)、イチノロさん(口が悪い、顔がいかつい剣士。茶髪)、ロールさん(青髪、お金遣いが荒い魔法使い)、チャリルさん(金髪、性欲強めの聖職者、真面)にあって直々に指導してもらいたいっ! いますぐあいに行こう!」
「ちょ、ニクス、気が早すぎ!」
「でも早めに話を付けておけば、僕たちはすぐに指導してもらえるだろう。だったら、早くお願いした方がいいに決まっている!」
ニクスさんはロミアさんの手を握り『聖者の騎士』を探しに向かう。
あまりにも子供っぽいが、その子供っぽさがどこか英雄っぽい……。
ロミアさんもニクスさんに手を握りられて喜んじゃってるし。
「えっと、ハイネさん。これ、お返しします」
私はニクスさんとロミアさん、ハイネさんの持っていた白金のネックレスを手渡す。
「ああ、確かに受け取った。じゃあ、二年から三年、キララちゃんの手を借りず、死なずに努力するとするよ。私からすれば二、三年なんてあっという間だからね」
ハイネさんは切れ長の瞳をぱちくりと動かし、ウィンクしてきた。
彼女は私が『妖精の騎士』に入るとでも思っているのだろうか。それはない……。と思う。
何かしら利点があれば、考えるけれど。
私は自分が持っている白金のネックレスをポケットに突っ込み、記憶から消そう。
そうしなければ、溜息が止まりそうにない。