どうにかして、降りなければ
Sランク冒険者は冒険者達の憧れの的だ。
熟練冒険者パーティーの『聖者の騎士』ですら、モーセの海割のように人々が道を作るくらいの影響力を持っている。
若くてイケメンなニクスさんは、八大貴族最強と名高いフレイズ家の人間だ。
おそらく彼ならSランク冒険者になっても疑われないだろう。
すでにSランク冒険者に姉がいるのだからなおさら。
パーティーメンバーのミリアさんとハイネさんも他種族で、運動神経にたけた獣族と魔法にたけた森の民。
とても質が良い冒険者パーティーだが、そこに私みたいな子供が入っていたら、冒険者たちの頭に疑問符が浮かんでしまう。
せめてドラグニティ魔法学園の卒業生という箔があればSランク冒険者パーティーに名前が書かれていても不思議じゃない。
でも村娘とわかれば、疑問の声が上がるだろう。
「キララさんの実年齢を言い当てられる人がいますかね? いないと思いますよ……」
「ど、どうしてですか」
「フリジア魔術学園の学園長であるフリジアさんはすでに数百歳を超えている。あの見た目から想像できませんよね。キララさんもそういう長寿の種族の血が混ざっていると言えば、絶対にバレませんって」
私はキアズさんの話の流れにずるずると引っ張られている。
このままだと、私は前世と同じように流される人生を送ってしまいかねない。
ここは、はっきりと断らなければ。
「キアズさん、Sランク冒険者が欲しいのはわかりますけど、私は学園に通っています。他の三人も冒険者としてまだ浅いと思います」
「ま、まあ……」
「冒険者になって五年もたっていないのに、Sランク冒険者は荷が重すぎますって。だから、もっと依頼をこなしてもらってから考えた方がいいです。他の経験豊富なAランク冒険者の方々をSランク冒険者に格上げすればいいじゃないですか」
「うぅ……、だが、プテダクティルの討伐でニクスくんは成果を上げ過ぎてしまった。他の冒険者から彼に助けられたという声も多い」
キアズさんが言うように、ニクスさんは多くの冒険者を助けた。
「今、ニクスくんは冒険者の中で物凄く人気なんですよ。彼は、これぞ冒険者って感じがします」
――それも、わからなくはない。
「彼は、もっと冒険者を集めるために良い宣伝になると思ったんです。最年少Sランク冒険者! ニクス・フレイズ率いる冒険者パーティーの快進撃。若い子でも夢はつかめる! みたいな……」
キアズさんは若い優秀な子を使って冒険者という従業員を集めようとしていた。
何という姑息な手順。
ニクスさん達の見かけが良いからってそういうのは少々気に食わない。
冒険者の数が依頼数と全然合わないのは知っているし、プテダクティルの件でさらに多くの冒険者が必要だというのもわかる。
だが、数よりも質を高めるのも大切なのだ。
数が多くても質が悪ければ燃費が悪い車と同じで、威力はあるがすぐにガソリン切れで走れなくなる。
燃費良く走り、時間を稼ぎながら燃料を補給していけば永続的にしっかりと走り続けられる。
今、キアズさんが取ろうとしている作戦は危険だ。目先の利益に捕らわれてはならない。
「キアズさん、一〇年後の未来を想像できますか?」
「え、そうですね。どうなっているんでしょうか……」
「できませんよね。想像できないのが当たり前です。だからこそ、軽い対策じゃなくて手堅い対策を取るべきなんです」
「手堅い対策?」
「ニクスさんは一〇年後ならSランク冒険者になれる実力があると思いますけど、まだ早い。一五歳から冒険者になっているとしても、彼は今、一七から一八歳くらいなはずです。才能を目先の利益に利用して、使い物にならなくなってしまったらもったいないですよ」
私はキアズさんに堅実な話をした。
もちろん、人気な者を持ち上げて一時のお金や新人を持ってくるのも一つの手だろう。
だが、私の人生も掛かっているので、少し大げさに、でも、キアズさんが納得できるような話をしなければならない。
「一〇年後、ニクスさんによって集められた新人の中にどれだけ質が良い者がいるかわかりません。それならニクスさんを大切に育てて一〇年後にSランク冒険者の枠を一つ埋めた方が堅実だと思いませんか? ニクスさんが実力が乏しい今、Sランクの依頼を受けて死んでしまったら意味がない。せめて、私が学園を卒業する三年後ならまだ、許容できますけど……」
「よし! それで行こう。キララさんが一五歳になったら、ニクスくん達を正式にSランク冒険者に格上げする。それなら、キララさんは文句ないんだね?」
「え……、いや、文句ないというか、私は冒険者になる気は……」
「三年待てば、Sランク冒険者になれるのに、何を言っているのかな?」
キアズさんは珍しく眼力強めに、私を見つめて来た。
あぁ、わかった。
このギルドマスターは私が欲しいのだ。
プテダクティルを数百頭倒し、巨大なプテダクティルを蒸発させるようなぶっ飛んだ人間が手ゴマに……。
なんなら、新種の魔物の討伐もこなせるし、主戦力になるとわかってしまっている。
私がニクスさんのパーティーに入ってしまっているという弱点を使って、冒険者になる気がない私を無理やり、この業界に引きずり込もうとしている。
なんていう人だ。
隠蔽工作なんてしても、いずれ気づかれてしまう。
犯罪は一度すると、二度、三度と敷居が下がってしまうのに。
「キアズさん。犯罪は信用を大きく落とします。考え直した方がいいです。未成年のちょっとした悪戯をおバカな受付嬢が気づかずに受理してしまっただけ。そうしておけば……」
「だが、ニクスくん達の冒険者パーティーは犯罪に加担した者達というふうにいわれてしまう。そうなったら、育てるも何もギルドカードの没収もあり得る。そうなったら、キララさんはAランク冒険者になるまで頑張って来た三名を愚弄することになる」
「うっ。そもそも、こんな早くSランク冒険者に上げる必要はなかったじゃないですか。なんで、そんな判断を」
「キースさんがそろそろ引退すると言って来たんだ。質が良い者達が学園に入って来たから、そちらに本腰を入れたいと……」
キアズさんは両手握り合わせ、額に拳を当てる。ものすごく深刻そうな表情だ。
「き、キースさんが引退……」
私とトラスさんはその言葉に身を引いた。
だが、おかしい話じゃない。
キースさんはもう八〇歳を超えている。
その身で冒険者ギルドで仕事して、学園長の仕事もしてと仕事づくめの日々を過ごしていたら、どちらかに絞らなければならないと思うのも無理はない。
冒険者を辞めて学園長の方に本腰を入れる気なのか……。
それはありがたいことだが、ウルフィリアギルドにとっては一大事。
冒険者業界の長大御所、なんなら今でも看板になりえる大黒柱のキースさんが辞めてしまったら、ウルフィリアギルドの株は下がるのが目に見えている。
なんせ、冒険者ギルドはウルフィリアギルドだけじゃない。
他にも冒険者ギルドはあるのだ。
ただ、このウルフィリアギルドが一番古く大きいというだけで、他のギルドで心機一転する冒険者も現れるかもしれない。
「キースさんはルークス王国や他国に住む冒険者なら、誰もが知る冒険者であり、高名な魔法使いだ。彼が現役を引退したとなれば、次の世代に交代ということになる」
「ま、まあ、そうなりますね」
「次の世代となると『聖者の騎士』が一番貫禄あるわけだが、あいつらにウルフィリアギルドの看板を背負えるだけの心得がないというか。私は、不安しかない!」
キアズさんは同期の『聖者の騎士』というSランク冒険者パーティーの尻を何度も拭いてきた。
そのため、ウルフィリアギルドの看板が周りで騒動を起こせば、確実にウルフィリアギルドの株は下がる。
だから、新人を持ち上げてキースさんの引退の痛みを減らそうと考えていたそうだ。
なんなら、ニクスさんのパーティーは人間と獣族、森の民という他種族が混ざっており「これから先の社会の在り方そのもの」という意味も込められているらしい。
ルークス王国のウルフィリアギルドは人間だけではなく、他種族にも人気だと世間に知らせたいのだろう。
キアズさんの考えもわかる。わかるが……、きらきらした大人の近くに、私がチョコンと立っている姿を想像できなかったのだろうか。どう考えても異質だろう。
「はぁ……、キースさんが冒険者ギルドを引退するのなら、少しでも良い知らせがなければウルフィリアギルドに出資してくれている貴族の方々に示しがつかない。多くの貴族はキースさんがいるからお金を出してくれている。いなくなれば、他のギルドに乗り換えられる可能性が高い……」
「その可能性はありますが、ウルフィリアギルドは昔からあるはずです。そう簡単に多くの貴族が離れるとは思えません。ここの株を手放すなんて、もったいなすぎます。あまり、恐れずとも残り数年なら『聖者の騎士』も十分活躍できるはずですし、他のSランク冒険者さんを前に出すのもありだと思いますよ。フロックさんとカイリさんの二人組とか……」
「うぅん。できれば一人が良い。その方が、集中的に宣伝できる。ただ」
「Sランク冒険者の中でパーティーを組んでいないのはキースさん以外に一人しかいないんですよね。しかも、働く気が元からない」
「そう……、フェニルしかいない。あいつにこそ、ウルフィリアギルドの看板にするには怖すぎる。まあ、以前のプテダクティルの件で、多くの者がフェニルに関心を持っているのに加え、実力はSランクの中でも確実に上位に食い込む。ただ、仕事に対する熱意がない」
フェニル先生なら、ウルフィリアギルドの看板に成れるのに、彼女はお酒にしか興味がないのでいつも何かやらかしてしまう。
頼りになるけど『聖者の騎士』よりも扱いにくいときた。
私はふと思い出す。ニクスさん達は『聖者の騎士』を目指して冒険者活動していたのだと。
だから、名前が似ている『妖精の騎士』というパーティー名を付けている。