休日の過ごし方
騎士男子寮の近くを通ると、朝練している生徒が他の寮より多めだ。
ゲンナイ先生が寮監督を務めているからか、本職の騎士の生活に合わせているのかもしれない。
もう、警察学校のようだ。
前も来た気がするが、その時は私が早すぎたのかな。
レオン王子やライアン、パーズの姿がみえ、ゲンナイ先生が指導に精を出している。
剣術部の顧問でもあるため、ライアンとパーズに対する当たりは他の生徒より強めかな。
それだけ、期待しているということか。
「レオン王子、疲れて来てからが本当の訓練です。気を引き締め、心を研ぎ澄ませてください」
「は、はいっ!」
ゲンナイ先生とレオン王子は木剣を叩き合わせ、つばぜり合いになる。
だが、ゲンナイ先生の容赦ない力の暴力と磨き抜かれた剣術によって、レオン王子の木剣は弾き飛ばされた。
朝から、訓練がきつすぎでは。
元近衛騎士、すなわち王城で勤務していたゲンナイ先生の実力は今なお衰えていない。
剣筋は過去よりも現在の方が綺麗だろう。
全盛期を見た覚えはない。
でも、力や体力は衰えても、洗練された剣筋は輝きを増す。
バレルさんのような、老剣士ほどになると力が全てじゃないとわからせられる。
私は見ているだけ。
騎士になりたいわけじゃないし、剣術をものすごく上達させたいわけでもない。
ただ眺め、観察する。
ゲンナイ先生とレオン王子が近づくときは入念に。
ときおり、バタフライが私のもとにやって来て、指に止まる。
大きな翅をゆっくり羽ばたかせ、休めているようだ。
私は手の平に小さく水を出し、魔力を含ませる。
するとバタフライは丸められたストロー状の口を伸ばし、水を啜る。
一匹だったのが、二匹、三匹に増え、八匹の色鮮やかなバタフライが手の平に乗っていた。
鱗粉で催眠効果があるというのが恐ろしいが、攻撃してくる気配はない。
むしろ懐いている気配があった。
まあ、サキア嬢の差し金なのはわかっている。
魔力水を飲んだバタフライはフワフワと飛び立つが、その速度が他の個体の八倍以上になっていた。強化されすぎじゃない?
顔が引きつる感覚を得て、やはり私の魔力は普通じゃないなと思いつつ休憩を終えて冒険者女子寮に戻る。
裏庭で騎士達の剣の振り方を見様見真似で試してみるが、上手くいかない。
バレルさんに教えてもらった素振りだけを徹底的にやり込み、いい汗を掻く。
休憩の合間に、カーレット先生の姿を見て何ら問題がないことを知り、弱い体を少しでも強くするべく自重の筋力トレーニングをこなす。
大量に汗を掻いたら、フルーファが舐めたそうにこちらを見ているところ、角を指先で弾き悶絶させ、寮の自室に戻った。
朝の勉強を終え、七日前にローティア嬢がくれた質が良い服を身に纏う。
やはり、質が良いため洗濯しても皴が目立たず、色あせていない。
魔法の影響もあるだろうが、質が良い品には質が良いだけの理由があるのだ。
詐欺を除いて……。
姿見の前に立ち、薄手の長袖シャツとデニムっぽいオーバーオール姿の私は今日も最高に可愛らしい。
ブラウン色の長い髪を珍しくツインテールにしようかなと思いつつ、いざしてみると恥ずかしさが勝ち、ポニーテールに落ち着いた。
やはり、心は三〇歳を越えたおばさんなのだ。おばさんがツインテールするのはさすがに抵抗がある。
首にフロックさんのお母さんの形見であるネックレスを付けた。
胸をじんわりと暖められる感覚を得たら、姿見の前で一回転し、服の崩れがないか再度見る。
「うん、問題ない」
ネアちゃんの魔力糸純度一〇〇パーセントの真っ白な杖と、フェニクスの羽根と共に編み込まれた真っ赤な杖が入ったホルスターを右腰につけ、左腰に鎖剣をかける。
スグルさんから貰った革製の試験管ホルダーを腰に巻き、ガラス製の試験管を差し込んでおく。
肩から外套を羽織り、内側にいつも使っている普通の杖を入れた。
何かあった時のために、ライトと私が考えて作った『消滅』の魔法陣が描かれた木版と扱うための道具を隠し持つ。
「準備しすぎかな?」
「近くに正教会があるのですから、準備のし過ぎということはないと思いますよ」
「そうだよね。準備しておくだけで、違うよね」
私は真っ黒な手袋をオーバーオールのお腹に付いているポケットに入れ、いつでも嵌められるように準備する。
「よし、ある程度準備できた。ベスパは服が入った荷台をレクーにつなげておいて」
「了解しました」
ベスパは窓から出て行き、仕事を手早く始める。
その間に私は部屋を出て、鍵を閉めてから食堂に向かう。
今日も部活がある生徒は朝から億劫そうだ。
溜息をついている者を見ると、こちらまで気分が落ちるのでやめてもらいたい。
でも、そう上手くいかない。
その中でも、ハキハキしている者は周りの空気に流されない強い人間だ。まあ、大貴族とか、他種族とか、余裕がある者とか……。
「キララ、その服装ということは、どこかに行く気?」
ローティア嬢は私の方を向いて話かけてくる。
学園が始まって半月も経てば、それなりに打ち解けられただろうか。勝手に私がそう思っているだけだが……。
「はい。今日もウルフィリアギルドに行ってきます。バリバリ稼いできますよ」
「はぁー、良いわね、部活がないと仕事が出来て。まあ、自分で選んだ道だもの、文句はないわ。互いに精一杯頑張りましょう」
ローティア嬢は微笑みを浮かべた。
やる気を見せているのは昨日、カーレット先生に授業参観の時のお手本を頼まれたからだろうか。
そうでなくとも、彼女はいつも本気なので私もやる気を貰える。付き合うなら、こういう友達にしないともったいない。
「じゃあ、わたくしは早速部活に行って練習してくるわ。次の乗バートンの授業は授業参観だから、絶対に失敗できないの。緊張で今でも逃げ出したいくらい。でも、やり遂げたらきっと強くなれる」
「私も、授業参観、すっごく緊張します。ローティアさんの友達に恥じないよう、頑張ってきますね!」
「ふっ……。別に、わたくしは芋娘と友達になった覚えはないのだけれど、まぁ……それなりに頑張りなさいよ」
ローティア嬢は金色ロール髪を靡かせ、朝八時頃に冒険者女子寮を後にした。
彼女のつやつやな髪は昨晩、銀貨一枚で配った櫛で梳いたのだろう。
以前にも増して艶やかだ。愛用してくれている姿を見るだけで嬉しくなるのは生産者の特権かな。
私は食堂でお盆に料理を乗せてもらう。麦パン、ソウル漬けされた肉、野菜スープと目玉焼き。
フルーツの盛り合わせもあり、栄養バランスが取れたいい朝食だった。
テーブル席に移動し、両手を合わせてしっかりと噛み締めて食す。
たった半月食べ続けたら、味が付いている料理の感動も当たり前のように薄れていた。
美味しいが、薄味の実家の味が恋しい。
ホームシックの前触れだろうか。
まったく、自分で美味しすぎる料理を作るのが悪いんだ。
あの新鮮な食材で作る絶品料理といったら、言葉で表せない……。
あぁ、取れたてのトゥーベルで作ったコロッケ、ブラッディバードのモモ肉のからあげ、ネード村産小麦の白パン。何もかもが恋しい……。
「食事に感謝して、地元を愛す。それすなわち、地産地消……」
「なにを言っているの」
部活に行く前のメロアは目を丸くしながら、私の姿を見ていた。
「土地の品を土地に住む者が食べる行為のこと。ルークス王国は地産地消がしっかりできていていいですね」
「当たり前のことを言ってドヤ顔しないでよ」
「当たり前のことじゃありませんよ。国によって育てられる品は違います。育てられても他の国の品が安ければ、買って自国で売る方が儲けられるんです」
「高い品を売った方が儲けられるんじゃ……」
「そう言う訳じゃありません。高い品を沢山売ればそりゃあ、儲けられますけど買える人が限られます。でも、安い品ならほとんどの人が買える。貴族に数個売るのと平民に八万個売るなら平民に八万個売った方が皆、幸せになれますよね」
「よくわからない……」
「まあ、ルークス王国は恵まれた国だということですよ」
私は両手を合わし、食事に感謝した後、食器を食堂に戻す。
「メロアさんは今日も部活ですか?」
「うん。今度の戦闘学基礎演習で親が見に来るってなっちゃ、努力しないわけにはいかない。あの糞親父に一泡吹かせてやるんだ。なんなら、一発ぶん殴ってやる」
メロアは拳を鳴らし、赤い髪をさらに燃え上がらせる。父親への暴力は……。
まあ、相手も強敵ゴリラだろうし、私は出来るだけ干渉しないように心がけるか。
彼女に振り撒く危機は父親ではなく、別の人物なのだから。
私はメロアと別れ、バートン術部の厩舎に向かった。
すでにイカロスはおらず、ファニーとレクーが話し合っていた。
どうやら、そこはかとなく打ち解けられたらしい。
まあ、一六日程度一緒にいれば仲良くなるか。きっと、一緒にいて話を沢山したのだろう。
「レクー様、レクー様、今日は交尾しませんか?」
「今日も交尾する気はないよ」
「あぁ~、そうですか。じゃあ、一時間後交尾しましょう」
「一時間後交尾する気はないよ」
「あぁあ~、じゃあじゃあ、二時間後交尾しましょう」
「二時間後も交尾する気無いよ」
「…………」
ファニーの攻めとレクーの守りが常に繰り広げられていた。
この中にいたイカロスが可哀そう……。
いや、イカロスがいなくなってから始まったのかもしれない。
私がやって来たころ、丁度リーファさんも厩舎にやって来た。午前八時三〇分ごろだ。
「リーファさん、おはようございます。今日も部活ですか?」
「おはよう、キララさん。もちろん、今日も部活だよ。今年の八月九月まで、思いっきり部活するんだ! その後は……、べ、勉強かな。色々と……」