牧場を思い出す
Sランク冒険者、冒険者順位が常に一位、冒険者一の魔法の使いに送られる魔導士の称号を持つのキースさんでも難しいなら、本当に難しいということがわかる。
だから、国王への安心感が半端ではないのだろうか。
学園の入学式の時に一度しか見ていないが、本当にルークス王国の父親のような存在だった。
キアン王子が同じような社会を作れるだろうか。
一度も見た覚えがない相手を頭の中で考えるのは野暮だ。でも、世間の噂とキースさんの反応からして警戒しておくに越したことはない。
――ベスパ、私って操られたらどうなるの?
「そうですね。普通に考えたら、スキルである私の方も操られると考えた方がいいかもしれません。ただ、私とキララ様の感情が分かれているのを考えると催眠も私に掛けられない可能性が高いです」
――なるほど。もし、私が催眠を掛けられたらベスパは私の頭の中と入れ替えて。そうすれば、操られないで済むかもしれない。まあ、相手が私を操る必要性がわからないけれど。
「キララ様の体質を知ったら魔力をふんだんに抜き取られる可能性があります。それでも、尽きぬ体の魔力を利用され、大量の魔造ウトサを生み出される可能性だって……」
――あぁ、私の体は正教会が喉や鼻、耳っていう穴という穴から手が出るほど欲しい存在なのかもしれないね。大量の魔力があれば、大量の魔造ウトサも作り放題だろうし。
「はい。ですから、キララ様は出来る限り穏便に過ごす必要があるのです。まあ、ここまであまり、穏便といえませんけど……」
ベスパは苦笑いを浮かべた。
ほんと、自分でもなんでこんなに目立つような動きをしているのかわからない。もっと穏便に動ければよかったのに。
――はぁー。じゃあ、これから、出来る限り穏便に過ごそう。
「はは……。すでに多くの人がキララ様の存在を知っていますし、力を隠すのも難しくなってきている状況です。存在を知られた時の対策も取っておかなければならないですよ」
ベスパは私の頭上でブンブン飛び回り、警報ランプのような赤色の光を放っている。今、そんな警報されても困る。
まあ、私が頭を突っ込んだのが悪い。
「キースさん。ありがとうございました。じゃあ、私はここら辺で失礼します」
頭を深々と下げ、キースさんよりも先に教室を出た。
すぐに冒険者女子寮に足を運ぶ。
すると、彼女のモークルの耳と人の優しい顔が私の方を向いた。
彼女のほんわかとした雰囲気に似た花の苗を持ったモクルさんが笑っている。
どうやら、私の姿を見て何かしら心を温かくしてくれたらしい。
「モクルさん、今日の自然委員の仕事は何ですか?」
「今日は各寮の花壇に花の苗を植えることだ。今、花屋さんから大量の苗を各寮の花壇に置いてきたところ。今から植えようと思っていたんだ」
モクルさんは木製の容器に入った花の苗を置き、腰に手を当てる。
体操服姿だが、胸の部分が吐出しすぎて今にもはち切れそう。
胸と腰の括れとお尻の大きさがボッカ~ン、キュ~、ドガンっ! という感じ。
いや、普通はボン、キュ、ボンという風船が割れた程度の音なのだが、彼女はダイナマイト級爆弾ボディーを持っているので、ただの体操服でも免疫がない男性が見たら鼻血を吹き出して倒れてしまうかもしれない。
私も、さすがにモクルさんほどの体型はいらない。ここまでいくと生活しにくそうだ。
――にしても、モクルさん。農家のような状況が物凄く似合うな。これぞ、田舎に咲く一凛の花。心は乙女、外は男勝り、何とも個性が強い方だ。
モクルさんはまだ開花していない苗を見てしみじみしていた。
根が地面の水分と栄養を吸い、葉が光と二酸化炭素からでんぷんを作って細胞を増やし、花を咲かせる。それが植物。
少なからず時間が掛かる。まあ、私が魔力を込めればあっという間に咲くのだけれど、それじゃあ、面白味がない。
「時間もないし、さっさと植えていこう。去年は一人で植えていたから大変だったけど、キララさんと一緒なら今年は楽しく作業できそうだ」
モクルさんは笑みを浮かべた。守りたいその笑顔。
おそらく、獣族というだけで二年間苦しい生活を送っていただろう。
でも、未だに心の温かさを忘れていない。
彼女が図太いだけなのか、鈍感なのか、どちらにしろ、彼女と一緒に自然委員の仕事が出来て私は運が良い。
「はい! 頑張りましょう!」
私は布製の手袋を嵌め、手が荒れるのを防いだ。土は少なからず酸性だから、手が荒れる。
石灰などを混ぜて中性に持って行けば花も綺麗に咲くだろう。
モクルさんと私は木製の容器を持ちながら寮の裏に回る。ちらほらと雑草が生えた花壇にやって来た。
「この土は耕しましたか?」
「用務員の方が一度耕してくれたはずだ」
「なるほど、天日干しはしているようですね。なら、土の中の瘴気(菌)は減少している。じゃあ、魔力をちょっと流して土の栄養を増やします」
私は土に手を当て、魔力を土に流す。
ふわ~と髪が浮かび、土地に魔力が浸透していく。
私の魔力は自然由来なので、土地になじみやすい。そのため、土の中にいる虫達も喜んでいた。
「うぉおお~っ! キララ女王様の魔力だっ!」
「キララ女王様の魔力が体に沁み渡ってくるぅうううううう~っ!」
「漲る、漲るぜぇえええっ~!」
土の中にいる虫達の雄叫びが聞こえてくる。
大量の魔力を与えておけば、花を食べない。
まあ、虫が増える可能性はあるが、魔力が増えて戻ってくるので、与えても問題ない。
「こりゃ、良い土だ。そのまま食べられる」
モクルさんは土を握り、ふわりと固まった物体を見て呟く。
本当に食べてしまいそうだったので、止めた。
土を食べるのはワームとか、オリゴチャメタとか、そんな生き物だけで充分だ。体の中が土塗れになったら危なすぎる。
「じゃあ、私が花壇に統一に穴をあけるので、モクルさんは植えていってください」
「ああ、任せろ」
モクルさんは力こぶを見せる。私の腕二本分以上あるぶっとい腕で、筋肉の塊だとわかった。
あの腕の先に岩より硬い拳があり、一撃殴られれば失神じゃすまない。
私は小さなスコップで花壇に穴をあける。
別にベスパや他の者にやらせればいいが、毎朝見える景色なので、せっかくなら苦労した方が喜びもひとしおだ。
だから、汗水たらして仕事する。
街路樹の間に咲く花や花壇の花は全て誰かの手で手入れされているから、他の人が見た時に綺麗だなと思えるのだ。
何もしなければ、雑草しか生えていない殺伐とした景色が広がる。
だから、都会の花壇や街路樹の周りにごみを捨てるのは止めてほしい。でも、他人がやっている努力を簡単に踏みにじれるのが人間だ。
生憎、この世界にゴミらしいゴミは少ない。あって木材や麻袋くらいか。
化学製品がないだけで、自然に優しい世界だな。
おそらく、今の私なら生み出せてしまうだろう。でも、生み出す必要がないくらい、世界は上手く回っている。
無理やり文明を発展させる必要もない。なにを隠そう、私はこの世界が好きなのだ。
「ふぅ~。一つの花壇に苗を植えるだけで大変ですね~」
「まあな。自然の花畑にはかなわないが、同じくらい綺麗な花を咲かせてくれたら、気分がいい。花が咲く期間は短いが、その一瞬のために努力するのも悪くない。と思うのは私の感性だ。他の者は面倒臭がってやりたがらない」
「そうですか……。私もモクルさんと同じです。こうやって自然と触れ合っていると、自分は生きているって感じがして心地が良い。花が咲いていないけれど、この苗も生きている。綺麗な花を咲かせられるよう、私達が頑張らないといけませんね」
「うん、頑張ろう」
モクルさんは私の肩に腕を回してきた。
私は自分よりも精神年齢が低い一四から一五歳のモクルさんに大変可愛がられている。
今の私は一二歳なのだから彼女の方は何も思っていないだろうが、私としては複雑だ。
私の精神年齢は三〇歳を過ぎているのだから、生徒に可愛がられているようなもの……。
まあ、精神年齢など関係ないくらい、仲良くさせてもらっている。
「むぎゅ~」
モクルさんに肩を回されたのだから、私も彼女に抱き着いてもいいだろう。
彼女の匂いは牧場の匂い。モークルたちに囲まれていた時の情景を思い出せてしまうほど、懐かしい。
「はは……、可愛すぎるぞ、キララさん」
モクルさんも私をぎゅっと抱きしめてくれた。彼女にとっても私は懐かしい香りがするそうだ。
故郷の自然に似た匂いらしい。まあ、私の魔力の匂いは自然由来九八パーセントなので、ほぼ森の匂いといっても過言じゃない。
「はぁ~、キララさんに抱き着いていると安心する」
「私も、モクルさんに抱き着いていると安心します」
私とモクルさんは魔力を流してふかふかになった土の上で寝転がり、日向ぼっこしていた。
王都に来てから、森や川、動物達に触れあってこなかったので、彼女との休日は私の心をふんだんに休ませてくれた。
背中に土がつくなんてお構いなし。洗えば落ちるのだから気にしない。
何なら、魔法で綺麗にすればいい。
今はモクルさんに抱き着いて、少しでも心を穏やかにしたい。
「あまり長い間、ボーっともしていられない。ここの花壇が終わったら、あと、五カ所残ってる。急がないと間に合わないよ」
「ここ以外の花壇は私のスキルにやらせてもいいですよ」
「うーん……。ありがたいけれど、仕事が一瞬で片付いちゃうからな……」